従来、ライブやイベントなどの現場では、音響は音響専門の会社、映像は映像専門の会社が仕事を請け負うのが常だったが、最近では音響専門の会社(あるいは音響担当の個人の技術者)が映像を手がけるケースも珍しくなくなっている。きっと読者の中にも、「映像機器のオペレートも一緒にお願いできないだろうか」と頼まれたことがある人もいるのではないだろうか。映像と言うと構えてしまう人が多いかもしれないが、音響のオペレートができる人であれば映像のオペレートはさほど難しくないと言われ(その逆は難しい)、音響と映像の両方を扱うことができる“AVミキサー”と呼ばれる便利な機材も普及し始めている。これからの時代、音響技術者といえども最低限の映像に関する知識を持っていた方が、間違いなくプラスになると言っていいだろう。本連載『音響技術者のための映像入門』では、映像オペレートに必要な基礎知識を分かりやすく解説する。第9回目となる今回は、東京・築地/汐留のライブ・ハウス&レストラン『BLUE MOOD』の事例を紹介することにしよう。昨年、コロナ禍でこれまでどおりの営業ができなくなった『BLUE MOOD』だが、当初ライブ配信には前向きではなかったという。しかし出演アーティストからの要望に応える形で始めてみたところ、今ではライブ配信に大きな可能性を感じているとのことだ。

東京・築地/汐留のライブ・ハウス&レストラン『BLUE MOOD』。収容人数約120名、本格的なイタリア料理も楽しめるライブ・スペース

ライブ・ハウス&レストラン『BLUE MOOD』

 浜離宮庭園の傍ら、汐留オフィス街のビルの1階にある『BLUE MOOD』は、“大人が楽しめる空間”をコンセプトに、2011年9月にオープンしたライブ・ハウス&レストラン。海外のジャズ・クラブを思わせる落ち着いた雰囲気の店内では、厳選されたアーティストの生演奏を、本格的なイタリア料理とともに楽しむことができる。同店でゼネラル・マネージャーを務める平野剛氏によれば、オーナーの音楽好きが高じて、オープンに至ったライブ・ハウスであるという。

「弊社(註:『BLUE MOOD』の運営会社、株式会社日本リアリスト)の代表が、ブルースとスティーヴィー・レイ・ヴォーンとお酒をこよなく愛する音楽好きで。自分が楽しめる場所が欲しいということで、造ってしまったのがこのライブ・ハウスなんです。音楽好きが高じてお店を始めてしまう方、けっこういらっしゃると思うんですけど、同じような感じですね(笑)。最初は下北沢とかライブ・ハウスが多いエリアで、もっと小さなハコを探したんですが、たまたま知り合いから、“こんな物件はあるけどどう?”と紹介してもらったのがこの物件で。本社がある茅場町や銀座からも近く、これはいいかもしれないということで、2011年9月にオープンしました。でも、イメージしていたハコよりも全然規模が大きかったので、最初の4年くらいは出演アーティストのブッキングに苦労しましたね。我々は音楽業界の人間ではなかったので、そういった繋がりがまったくなく、地道に営業活動をして徐々に認知されていった感じです。

 キャパは約120名で、エントランス近くにはバー・カウンター、音響卓と照明卓が置いてある後方のロフトにはスペシャル・シートもあります。出演アーティストは、ポップス、ロック、ブルース、フュージョンから、演歌やアイドルまで本当にオール・ジャンルなのですが、1980年代や1990年代に活躍されたポップスのアーティストがたくさん出演しています。たとえば、池田聡さんや山下久美子さんとか。こういう着席スタイルで、食事とともに良質のポップスが楽しめるお店というのはそれほど多くないので、40代、50代の大人の皆様からは大変好評です。他のライブ・ハウスと比較した当店の特色としては、音が良いことに加えて、本格的なイタリア料理を提供していることが挙げられると思います。著名なレストランで働いていたシェフがいますので、料理には本当に自信がありますね。出演アーティストとコラボレーションした料理やカクテルなどを提供することもあります」(平野氏)

ゼネラル・マネージャーの平野剛氏

メイン・スピーカーは、RCF NX L23A(x4)とNX S25A(x2)

ハウス・コンソールは、Soundcraft Vi1

 順風満帆だった『BLUE MOOD』を突如襲ったのが、新型コロナウイルスの問題だ。平野氏によれば、昨年3月の終わりから約2ヶ月間休業し、6月からは観客の人数を制限して営業を再開したものの、以前のようにブッキングが入らず、出演アーティストからの要望に応える形で始めたのがライブ配信だったという。

「僕らはライブ配信に関してまったくと言っていいほど知識が無かったので、周りのライブ・ハウスが始めたという話を聞いても、前向きになれなかったんです。でも秋口くらいから徐々に、“ライブ配信はできますか?”という問い合わせが増えてきまして。また、乗り込みでライブ配信を行うアーティストもポツポツ出てきて、コロナ以前もアーティスト・サイドからの要望には柔軟に対応してきたこともあり、まったく知識は無いけれどもとりあえず始めてみようかなと。たまたま映像機材に詳しい知り合いが何人かいたので、彼らに相談してシステムを一気に揃えました。東京都の『非対面型サービス導入支援事業』という助成金を活用し、実際に機材が入ったのが昨年9月、本格的に運用を開始したのは昨年10月のことです」(平野氏)

 『BLUE MOOD』のライブ配信システムは、核となるビデオ・スイッチャーがローランド V-8HDで、ビデオ・カメラはソニー ハンディカム FDR-AX700が4台と、同じくソニーのアクションカム FDR-X3000が2台。そしてV-8HDの出力を、IPエンコーダーのMEDIAEDGE K1000Hを使って配信しているという。

「ビデオ・スイッチャーに関しては他にも選択肢はあったのですが、他社のはボタンが多くて、それだけでげんなりしてしまって(笑)。その点、ローランドのビデオ・スイッチャーはボタンの配置が分かりやすかったのと、パソコンを使って機能を設定するのではなく、ハードウェア単体で完結しているところがいいなと思いました。ローランドのビデオ・スイッチャー/AVミキサーの中からV-8HDを選んだ最大の理由は、8系統の映像を扱うことができたからですね。ビデオ・カメラだけでなく、ライブ配信ではパソコンの画面を映さなければいけませんから、4系統では足りないかなと。実際、8入力のV-8HDを選んで大正解でした」(平野氏)

ライブ配信の核となるビデオ・スイッチャー、ローランド V-8HD。コンパクト・ボディながら8系統のHDMI入力、3系統のHDMI出力を装備し、 3系統のバスによる映像/音声処理が可能。PinPやキー合成、テロップなど最大5レイヤーの画面演出にも対応、映像・音声を一括管理できる視認性の高いマルチビュー用ディスプレイも内蔵している。各種設定を瞬時に呼び出すことができるプリセット・メモリー機能も特徴だ(問い合わせ:ローランド株式会社 Tel:050-3000-9230)

 

8系統の映像入力に対応したローランド V-8HDを導入

 ここからは実際のライブ配信時のセッティング/オペレーション/運用について、ご紹介いただくことにしよう。普段のライブ配信では、平野氏が映像周りのオペレーションを行い、音響/照明のオペレーションはブッキング/PA担当の戸塚俊介氏が手がけているとのこと。つまり、2人体制でライブ配信を行なっているとのことだ。

▶ビデオ・カメラのセッティング

「ビデオ・カメラは、ハンディカムのFDR-AX700が4台、アクションカムのFDR-X3000が2台、合計6台使用しています。ハンディカムは、2台をビデオ・スイッチャーがあるロフトにセッティングして引きの画用に使用し、残りの2台はステージ側にセッティングするのが基本です。今日はキヤノンのカメラを使っていますが、ステージ手前のスライダーに装着したり、ステージ袖手前に置いたり。アクションカムの方は、ドラムの傍らやキーボーディストの手元など、アーティストによって場所を変えてセッティングしています。V-8HDとビデオ・カメラは、ステージ側の4台のカメラに関しては距離が長いのでSDIに変換して、ロフト上の2台のカメラはHDMIのまま接続しています」(平野氏)

ステージ手前に設置されたソニー ハンディカム FDR-AX700

ステージ手前の可動式レール。取材日はキヤノンのビデオ・カメラが装着されていた

ドラムに向けて設置されたソニーのアクションカム FDR-X3000

▶映像のオペレーション

「映像のオペレーションは、V-8HDでのスイッチングも大事ですが、それ以上に重要なのが個々のカメラの動きですね。ステージ手前のスライダーに装着したカメラを左右に振ったり、アクションカムをズームしたり……。固定された映像ですと、見ていて飽きてしまうんです。ソニーのアクションカムが良いのは、画角を決めたら自由にズームできるところ。例えばキーボーディストの脇にセッティングする場合は、あらかじめズームした状態で手元が抜けるような画にしておくんです。このくらいの規模ですと、個々のカメラにオペレーターを付けることができませんが、スライダーの振りとアクションカムのズームだけでも、かなり動きのある映像を作ることができます。

 V-8HDのスイッチングは、ギター・ソロであればギタリストを抜いたり、曲を聴きながら自分の感覚でやっています。バラードのときはキーボーディストの手元とボーカルの表情を混ぜるなど、フェードもよく使っていますね。やり始めの頃は、フェードはほとんど使っていなかったのですが、実際の配信を見てみると、どうしても感情移入がしにくかったんです。会場の雰囲気を伝えるには画作りが重要だと感じ、あくまでも自分なりの解釈ではあるんですが、そういった演出的な機能も使うようになりました。でも、スイッチングの頻度やフェードの使い方は、音楽のジャンルによって違ってくると思います。今晩はフュージョン・バンドが出演するのですが、そういった音楽ですとフェードの出番はほとんどないですね。

 V-8HDで他に使う機能としては、インスト・バンドのドラム・ソロで4分割表示にしたり、歌詞を重ねて表示させたい場合は、あらかじめグリーンバックで画像を作っておいて、それをクロマキーで合成するくらい。もちろん、USBメモリー経由で読み込んだスチール画像の表示は、よく使う機能の一つです」(平野氏)

▶音響のオペレーション

「音に関しては、PA卓のSoundcraft Vi1でアンビエンスをミックスした配信用のステレオ・バスを作り、アナログ・ライン出力からRadialのパッシブDI経由でV-8HDに送っています。アンビエンス収録用のマイクはオーディオテクニカ AT4040で、出演アーティストの音楽スタイルに合わせ、前方に設置するか後方に設置するか決めています。

 配信の音作りは最初、けっこう悩みました。お客さんを入れたハイブリッドでの配信ですと、現場のPAをやりながら配信の音も管理しなければならないので、どういうやり方がベストなのか……。最初はPAと配信で完全に分けて音作りをしていたのですが、それも大変。なので現在は、PAの音をベースにして、ヘッドフォンでモニタリングしながらアンビエンスを混ぜて配信用に補正しています。V-8HDは、V-8HD Remoteという専用アプリが用意されているので、それを使ってiPad上でレベルを監視しながら音作りをしていますね。V-8HD Remoteはいろいろな設定がやりやすく、レベル・メーターの視認性が凄く良いんですよ。

 具体的には、現場だとローが十分に出ていてバランスが良いと感じる音でも、配信された音を聴いてみると何だか物足りなかったりするんですよ。物足りなさを補うために、レコーディング・エンジニアのように音に味付けというか、肉付けした方が良い結果が得られることが多いですね。例えばボーカルなんかは、声に厚みが出るようにVi1のEQを使って200Hz近辺を持ち上げたり、ハイハットやシンバルといった金物系の音は配信だと耳障りだったりするので、3kHz近辺をほんの少し削ってみたり。PAの音は引き算で作りますが、配信の音は足し算と捉えて、積極的に音作りしてしまっていいと思います。

 以前、お客さんにアンケートを取ったこともあるんですが、ライブ配信はスマホなどで視聴される方が一番多いんです。なのでスマホのスピーカーとヘッドフォンで聴いて、“まぁまぁな音”を作るというアプローチですね。スマホのスピーカーとヘッドフォンで、完璧な音作りはできませんから。でもスマホのスピーカーとヘッドフォンで“まぁまぁな音”を作れれば、他の環境でもある程度よく聴こえるんです」(戸塚氏)

ブッキング/PA担当の戸塚俊介氏

▶配信プラットフォーム

「実際のライブ配信は、IPエンコーダーのMEDIAEDGE K1000Hを使って行っています。配信プラットフォームは、現在のところツイキャスとStreaming+の二択で、有料で配信しています。アーティスト側で配信したいというときは、当日ストリーミング・キーとURLを提供する場合もありますが、それだけだと怖いので、こちらでログインさせてもらって配信の状況をチェックするようにしています」(平野氏)

▶これから配信を始める人に向けてのアドバイス

「僕らも始めたばかりでアドバイスできる立場にないんですが、機材の選定に関して言えば、ビデオ・スイッチャーは8入力あった方が絶対にいいですね。最初は4カメでも満足すると思いますが、すぐに物足りなく感じると思います。最近はZOOMなどのパソコンの映像を入力しなければならない場合もありますし。V-8HDは、7chと8chにスケーラーが内蔵されているので、どんな映像入力しても映るのでとても便利です。それとビデオ・カメラのクオリティはできるだけ高いものにした方がいいですね。映像の良し悪しは一目瞭然で、安いカメラですとそれなりのクオリティになってしまいます。映像が良いと、アーティスト・サイドも“あのハコは映像がきれいなので、またやりたい”となるでしょうし。FDR-AX700も4台揃えると決して安くはないんですが、このレベルのカメラを導入して本当に良かったと思っています」(平野氏)

ビデオ・スイッチャーの傍ら、一段上がったロフトに設置された2台のソニー FDR-AX700

PA卓の脇に設けられたライブ配信スペース

IPエンコーダーのMEDIAEDGE K1000H

最後に

 新型コロナウイルスの問題が発生し、急遽ライブ配信を始めた『BLUE MOOD』。最初はあまり前向きではなかったとのことだが、今ではライブ配信に大きな可能性を感じているとのことだ。

「僕は現場主義なので、最初はライブの音を配信でどこまで届けられるかとても不安でした。でもいざ始めてみると、喜んでくれるお客さんが多く、手探りでも始めてみて良かったと思っています。今後も研鑽を積んで配信の音をより良くしていきたいですね」(戸塚氏)

「やり始めて感じるのは、ライブ配信は生のライブと比較するものではなく、固有の価値があるものだということ。“ニューヨークから見ています”なんてコメントは、ライブ配信をやってなかったら聞けなかったでしょうし。コロナの問題が終息したとしても、ライブ配信がきっと続いていくでしょうね。今後はハイブリッドがスタンダードになっていくのではないかと思います」(平野氏)

監修:ローランド株式会社 写真:鈴木千佳

ライブ配信に大きな可能性を感じていると語るゼネラル・マネージャーの平野剛氏(写真左)とブッキング/PA担当の戸塚俊介氏(写真右)

BLUE MOOD
東京都中央区築地5-6-10 浜離宮パークサイドプレイス1F
Tel:03-3549-6010 https://blue-mood.jp/

HDビデオ・スイッチャー V-8HDに関する問い合わせ
ローランド株式会社
Tel:050-3000-9230(お客様相談センター)
https://proav.roland.com/jp/