近年、国内における映画館の在り方が様変わりしていることは、PROSOUND本誌でも度々採り上げてきた。そんななか、東京テアトル株式会社が展開するテアトルシネマグループの動向から目が離せない。2020年春、「ヒューマントラストシネマ渋谷」に採用された音響システム「odessa」がさらに進化を遂げ、先頃「テアトル新宿」「シネ・リーブル梅田」にも導入された。本稿では「テアトル新宿」に起用された「odessa」の音響システムについて詳しくお伝えする。

 映画館がエンターテイメント空間として進化を遂げる現在、とりわけ音響面に特化した劇場が増加傾向にあるのは見逃せない。なかでも、2020年春、東京の「ヒューマントラストシネマ渋谷」の「シアター1」に採用された「odessa」(optimal design sound system+α)は、カスタムメイドのスピーカーシステムを取り入れ注目を集めている。テアトルシネマグループは関東および関西地区で計9館の劇場を展開。ミニシアターとしての個性に溢れる作品ラインナップにより、映画ファンの間で根強く支持されている。
 本稿ではテアトルシネマグループによる新たな取り組みをお伝えする。はじめに同社・映像事業本部 映画興行部の蒲建介さんに「odessa」導入についての背景をうかがった。

 

テアトルシネマグループの考える21世紀の映画館

蒲建介(以下・蒲) テアトルシネマグループはミニシアターとしての在り方を模索していくなかで、いま何をすべきなのかを考慮してきました。音響システムについて単に従来と変わらない形でスピーカーシステムを入れ替えるのでは、これからの劇場のニーズに応えることは難しいだろうという結論に至ったのです。「ヒューマントラストシネマ渋谷」や「テアトル新宿」では作品の公開前、映画監督やスタッフなどが劇場を予め訪れ、作品を確認することが少なくありません。その際、スタジオで聴くのと印象が少し違うというご意見をうかがうことが近年増えてきました。作品本来の音響をお届けすることは来場者の方々への誠意でもあるので、われわれとしても音響システムのリニューアルに際しては、これまでとは異なるアプローチをすべきだとジーベックスへ相談したのです。

 ジーベックスは小誌でも度々ご紹介してきた映画館のシステム全般をコーディネート・施工する集団。映画館の規模やスタイルに合わせ、音響や映像システムを調達する会社に他ならない。

東京テアトル株式会社 映像事業本部 映画興行部 蒲 建介氏

 2020年初頭、「ヒューマントラストシネマ渋谷」の音響システムに関してジーベックスへ相談したところ、提案されたのがカスタムメイドによるスピーカーシステムの採用でした。カスタムメイドのスピーカーシステムは既製品とは異なり、「ヒューマントラストシネマ渋谷」専用に造られているのが特徴です。それはミニシアターを各地で展開する弊社の取り組みともマッチしていると考え、導入を決めました。新しい音響システムには「odessa」という名称を付けることで差別化を図り、厳選した作品を「odessa」の音響システムで上映することで、弊社の取り組みを多くの映画ファンへ従来よりも明確にお届けすることができると確信したのです。

 ジーベックスのプランニングの下、カスタムメイドによるスピーカーシステムを設計・開発したのが、イースタンサウンドファクトリー。イースタンサウンドファクトリーは近年、劇場におけるスピーカーシステムをジーベックスと共に設計・開発し、すでに数々の実績を積み上げている。映画館と一言にいっても、規模やスタイルはさまざまで、空間として同じものは一つとして存在しない。同社はジーベックスから提供される映画館の情報を基にカスタムメイドのスピーカーシステムを設計・開発している。

 「ヒューマントラストシネマ渋谷」の「シアター1」では「odessa」導入後、音楽映画を筆頭に音創りの凝った作品を次々とラインナップ・上映することで、来場者の心を掴むことに成功してきた。同じ作品でも「odessa」で観・聴きしたいという映画ファンの声がSNS上でも広がるなど、確かな手応えを感じることも増えていったという。

 そして2021年初頭、「テアトル新宿」のリニューアルに際して、「ヒューマントラストシネマ渋谷」に起用された「odessa」の音響システムをいっそう進化させたものを導入したいとジーベックスへ相談した。「テアトル新宿」の支配人・大谷卓也さんへ「odessa」の音響システムの導入について尋ねた。

 

フロントL/C/Rとサラウンドにはすべて同軸ユニットを採用

大谷卓也(以下・大谷) 昨年、「ヒューマントラストシネマ渋谷」に起用された「odessa」の評判を受けて、「テアトル新宿」にも「odessa」の音響システムを導入する計画があると聞いたのです。「テアトル新宿」は現在、邦画専門の劇場として運営しており、「ヒューマントラストシネマ渋谷」よりさらに個性的な作品を上映し、ディープな映画ファンに支えられています。邦画を専門に上映しているので、監督を筆頭とする関係スタッフらが頻繁に訪れ、作品をチェックすることが少なくありません。スタジオの音響システムと品質的に変わらない音響システムを誂え・整えることは、われわれの作品に対する誠意の現われにもなると考えているのです。その想いをお客様へ少しでもお伝えし、感じてもらえたらと思います。

東京テアトル株式会社 テアトル新宿 支配人 大谷卓也氏

 ジーベックスには「テアトル新宿」も先の「ヒューマントラストシネマ渋谷」同様、映画以外のライヴ配信や音に特化した各種イヴェントが企画・運営できるようODS仕様に対応した音響システムを構築して欲しいとお願いをしました。

大谷 「テアトル新宿」の音響システム刷新に際して、サブウーファーを従来の1台から2台、サラウンドスピーカーも従来の8台から4台増やし計12台を起用することにしたのです。4台は客席の前方側に設置することで、サラウンドのつながりをより自然に再現する狙いがあります。

 「テアトル新宿」は218席の座席数を誇る。3月下旬に導入された「odessa」の音響システムはフロントL/C/Rが12インチ同軸型2ウェイ・ユニットに12インチベース・ユニットを加えた3ウェイのシステム、サラウンドスピーカーがメインスピーカーと同じ同軸型2ウェイ・ユニットを搭載した2ウェイのシステム12本、つまりL/C/Rからサラウンドまですべてが同じ型式の同軸型ユニットで統一されている。サブウーファーが18インチ・ウーファー2発搭載の筐体を計2台というラインナップ。これらのすべてが「テアトル新宿」のために専用に設計・開発されたカスタムメイドのスピーカーシステムとなる。なお、「テアトル新宿」では今回の「odessa」の音響システムの性能を存分に引き出すため、劇場用プロセッサー/アンプをQSC製の最新モデルに入れ替えている。劇場の休館日を挟んで、ジーベックスに在籍するヴェテランのサウンド・チューナー達が集結し、映画館の空間に見合った音調整をていねいに施した。取材班はその様子を見学したが、マイクを利用した測定器によるデータ解析を基に各スピーカーのみならず、ユニットごとに音を細かく追い込み調整することで、音が徐々にまとまり、次第に音の余韻までもが空間に拡散していくのに驚かされた。東京テアトルの要望に応えるべく、ジーベックス、そしてイースタンサウンドファクトリーのスタッフが「テアトル新宿」の音環境を整えることに一丸となって取り組んでいる。

スクリーン裏に設置されるフロントL/C/Rおよび2台のサブウーファー。「odessa」という名称は映画『戦艦ポチョムキン』(1926年)に登場する地名が由来となる

フロントL/C/Rは12インチ同軸型2ウェイ・ユニットに12インチベース・ユニットを加えた3ウェイ・システム

サラウンドスピーカーは、メインスピーカーと同じく同軸型2ウェイ・ユニットを搭載した2ウェイ・システムを計12本採用している

「テアトル新宿」に設置されていた「odessa」のフロントスピーカー。通常はスクリーン裏に隠れており見ることができないが、熱心な映画ファンが興味津々の様子で見入っていたそうだ

 

 

音響システムのみならずスクリーンも最新仕様に換装

 ジーベックスにはカスタムメイドのスピーカーシステムの特徴をさらに際立たせるアイデアが他にないかとリクエストを出しました。そうするとまったく新しいスクリーンを取り入れることで、「odessa」の音響システムのみならず、映画で極めて重要な映像本来の持ち味をさらに引き出すことができる提案をもらったのです。

大谷 Severtson 社の SAT-4K(ファブリック・スクリーン)を貼り込むと、音の透過率がよくなると聞きました。そのファブリック・スクリーン裏にブラック・バッキングを貼り合わせることで、コントラストが向上するというのですから、それは歓迎すべき提案だったのです。結果的に作品の陰影感が伝わり、映像に奥行きが感じられるようになりました。「odessa」とファブリック・スクリーンの起用は、劇場としての差別化を図ると同時にわれわれのアートシアターとしての存在意義を改めてお客様である映画ファンへアピールする最大のツールになると考えています。

Severtson 社の SAT-4K(ファブリック・スクリーン)裏に貼り込まれた、ブラック・バッキング。これによりコントラストの表現力が格段に向上したという

「odessa」導入に合わせ、プロセッサー/アンプ類もQSCの最新システムに刷新。通常の映画上映に加え、ライヴ配信や各種イヴェントなどのプログラムが組み込まれている

 

 「ヒューマントラストシネマ渋谷」に導入した「odessa」の音響システムで得られる感動の世界を、今回の「テアトル新宿」、さらには大阪の「シネ・リーブル梅田」でもお客様の皆さんにその魅力を体験してもらい、存分に味わってもらえたら嬉しいですね。

大谷 映画をストリーミングで観賞する人達が急増しているいまだからこそ、われわれは劇場という空間で作品を思う存分に愉しんでもらえる環境をきちんと整えることが重要だと考えています。カスタムメイドのスピーカーシステムで構成される「odessa」が牽引力となり、監督やスタッフ、そして出演者達が創り上げた作品を、「テアトル新宿」では主に邦画の魅力をたっぷりと感じてもらえると幸いです。

 東京テアトルが現在3館で展開する「odessa」の音響システムは、すでに映画ファンの心に響き、映画監督の間でも徐々に評判になっているという。今後、その存在がさらに認知されれば、作品を生み出す監督や周辺スタッフも刺激を受け、将来的にさらに品質の高い邦画が創られる可能性もありそう。劇場のサウンドシステムが作品のクオリティを引き上げ、文化として引き継がれていくことは歓迎すべき動向といえそうだ。

 

INFORMATION

テアトル新宿
住所:東京都新宿区新宿 3-14-20新宿テアトルビルB1F
電話:03(3352)1846
HP:https://ttcg.jp/theatre_shinjuku/

 

写真提供:東京テアトル株式会社

「ヒューマントラストシネマ渋谷」
住所:東京都渋谷区渋谷 1-23-16
ココチビル 7・8F
電話: 03(5468)5551

2020年春、「odessa」の音響システムが初導入され、大きな話題に

写真提供:東京テアトル株式会社

「シネ・リーブル梅田」
住所:大阪府大阪市北区大淀中 1-1-88
梅田スカイビルタワーイースト 3・4F
電話:06(6440)5930

今年3月、同じく「odessa」が導入され評判が高まっている