従来、ライブやイベントなどの現場では、音響は音響専門の会社、映像は映像専門の会社が仕事を請け負うのが常だったが、最近では音響専門の会社(あるいは音響担当の個人の技術者)が映像を手がけるケースも珍しくなくなっている。きっと読者の中にも、「映像機器のオペレートも一緒にお願いできないだろうか」と頼まれたことがある人もいるのではないだろうか。映像と言うと構えてしまう人が多いかもしれないが、音響のオペレートができる人であれば映像のオペレートはさほど難しくないと言われ(その逆は難しい)、音響と映像の両方を扱うことができる“AVミキサー”と呼ばれる便利な機材も普及し始めている。これからの時代、音響技術者といえども最低限の映像に関する知識を持っていた方が、間違いなくプラスになると言っていいだろう。本連載『音響技術者のための映像入門』では、映像オペレートに必要な基礎知識を分かりやすく解説する。第6回目となる今回は、前回に引き続きライブ・ハウスにおけるライブ配信の実例について紹介することにしよう。今回取材したのは、東京・銀座の老舗ライブ・ハウス、ケネディハウス銀座と、東京・六本木のミュージック・バー、REAL DIVA'Sの2店舗。どちらもヒビノグループのライブ・ハウスであり、ハイ・レベルな音響システムが常設されているのも特徴だ。ライブ配信に興味を持っているライブ・ハウス関係者は、ぜひ参考にしていただきたい。

Case ❷ ケネディハウス銀座

1985年開店の老舗ライブ・ハウス、ケネディハウス銀座(東京・銀座)。キャパは約100名で、食事も楽しむことができる“大人の社交場”だ。手前に見えるのはローランドのV-600UHD

メインスピーカーはJBLのラインアレイ、VT4886で、AMCRON IT4×3500HDでドライブ。音質にこだわったシステム構成になっている

将来を見据え、4K対応システムを構築

● 1985年開店の老舗ライブ・ハウス

 有楽町駅と新橋駅の間、飲食店が軒を連ねるJRのガード下にあるケネディハウス銀座は、1985年開店という老舗のライブ・ハウスだ。ザ・ワイルドワンズのリーダーだった加瀬邦彦氏(2015年逝去)が立ち上げた知る人ぞ知るライブ・ハウスであり、専属バンドの“スーパー・ワンダーランド”が奏でるロック/ポップスを、美味しい食事とお酒とともに楽しむことができる。加瀬邦彦氏のご子息であり、同店の代表取締役社長の加瀬友貴氏によれば、ボトルをキープして通い詰める常連も多く、中には30年以上通っている人もいるとのことだ。

「この場所はもともと渡辺プロダクションが経営する銀座メイツというライブ・ハウスだったんです。平山みきさんや天地真理さんといったトップ・スターが出演していたお店で、キャンディーズの解散記者会見もここで行われました。先代の加瀬邦彦も当時、渡辺プロダクションに所属していて、1983年に六本木にライブ・ハウスをオープンしたのですが、そのことを知った渡辺晋さん(編註:渡辺プロダクションの創業者)が父に、“銀座メイツの跡地に音楽を楽しめる場所をつくってくれないか”という話を持ちかけて。その話を引き受ける形でオープンしたのが、このケネディハウス銀座なんです。

 お店のコンセプトは開店当時から変わらず、“大人の社交場”ですね。昔はライブ・ハウスというと怖い場所というイメージがあったのですが、女性一人でも安心して遊んでいただけるお店にしようと、接客サービスをしっかり行なっています。演目に関しても、特定のジャンルにこだわらずにやっているので、若い人から年輩の方々まで楽しんでいただける。男女問わず、どの世代でも楽しんでいただけるというのは、当店の一番の良さだと思っています」(加瀬氏)

代表取締役社長の加瀬友貴氏

 そんなケネディハウス銀座を突如襲ったのが、新型コロナウイルスの問題である。同店は政府の要請に従って2月の終わりから自主的に休業したのだが、店舗を維持するために、クラウドファンディングを利用して運営資金を募ったという。

「さすがに4ヶ月収入が無いのは厳しいので、かなり悩んだのですが、クラウドファンディングを実施したんです。返礼品としてグッズやミュージック・チャージOFF券などを用意して。600万円を目標に実施したのですが、あっという間に目標額を達成してしまい、最終的に1,800万円以上の資金を集めることができました。もう想像以上の反響で、ケネディハウス銀座が多くの人たちに愛されているんだということをあらためて実感しましたね。メッセージもたくさんいただきまして、すごく感銘を受けました。父は生前、“人は原始時代から音楽とともに生きてきて、音楽なしで生きることはできない。音楽はどこかで人のエネルギーになっているんだよ”とよく言っていたのですが、その言葉を思い出しましたよ」(加瀬氏)

 クラウドファンディングでは資金の使途として、“ライブ配信システムの構築”も掲げ、終了後直ちに導入機材の選定に入ったとのこと。ただ加瀬氏によれば、ライブ配信は新型コロナウイルスの問題が発生する以前から検討していたとのことだ。

「ライブ・ハウスは収容人数に上限がありますし、加山雄三さんの公演とかですと、わざわざ地方から来られるお客様もいらっしゃるんです。なのでライブ配信に関しては、前々からやってみたいなと思っていました。しかしビジネスとして成り立つのかとか、いろいろ考えるとなかなか腰が上がらなかったので、今回の問題がいいきっかけになりましたね」(加瀬氏)

 

● 4K対応の高画質配信システム

 ケネディハウス銀座が構築したライブ配信システムは、ビデオ・スイッチャーがローランド V-600UHD、ビデオ・カメラがパナソニック AG-CX350、同 AW-UE70(×3台)、GoPro HERO7 Blackという構成(図①)。V-600UHDのHDMI出力はコンバーター経由で配信用パソコンに接続され、またAW-UE70は、パナソニックのリモート・カメラ・コントローラー AW-RP60GJを使って遠隔制御できるシステムになっている。

図①ケネディハウス銀座のライフ配信システム

ケネディハウス銀座のライブ配信システムの核となるローランド V-600UHD。4K /マルチ・フォーマット対応のビデオ・スイッチャーで、高コントラストかつ豊かな映像表現を実現する HDR(ハイ・ダイナミックレンジ)もサポート。ケネディハウス銀座ではまだ 4K での配信は行なっていないとのことだが、4K/HDが混在したシステムを組めること、将来の高画質化を見据えてV-600UHD の導入を決めたとのこと。高機能な業務機ながら、シンプルで直感的な操作性も導入の決め手になったという 問い合わせ:ローランド株式会社 Tel:050-3101-2555 https://proav.roland.com/jp/products/v-600uhd

「システムの核となるV-600UHDは、マネージャーの今村と二人でインターネットで探して選定しました。入出力のチャンネル数が多く、機能面も充実していて、なおかつ直感的に使えるところが気に入ったんです」(加瀬氏)

 メインのAG-CX350とAW-UE70がステージ正面に、2台のAW-UE70はステージの上手と下手に、そしてHERO7 Blackはドラマー専用カメラとしてステージ上に設置。ケネディハウス銀座のサウンド・マネージャー、今村仁氏によれば、試行錯誤の末にこの配置に決まったとのことだ。

「ほとんど社長(編註:加瀬氏)がプランニングしたのですが、ステージ正面に定点用とズーム用の2台のカメラがあるのがウチのシステムの特徴だと思っています。これによってカメラは5台ですが、動きのある映像を収録できるシステムになっているのではないかと。それと導入前にいろいろなカメラを試したのですが、メーカーや機種によって画の映り方がけっこう違うんです。なので統一感を持たせるために、基本パナソニックで揃えました。各カメラの設置位置に関しては、ああでもないこうでもないと、かなり試行錯誤しましたね。お店に来られたお客様の邪魔にならない場所で、照明のことも考えなければならない。ようやく今の位置に落ち着いた感じです。音声に関しては、アンビエンスはPA卓で調整してもらい、2chのミックスをV-600UHDに入力しています。アンビエンス・マイクは6ch分用意しているのですが、今はお客様の数が少ないので、スピーカーの脇に4本立てていますね」(今村氏)

サウンド・マネージャーの今村仁氏

 ケネディハウス銀座のシステムで特筆すべきは、4K対応の機材で構成されている点だろう。現時点ではまだ4Kでのライブ配信は行なっていないとのことだが、将来を見据えて先行投資したという。

「これから通信が5Gの時代になると、4Kでのライブ配信も当たり前になると思うんです。そのときに機材を入れ替えるのもどうかと思ったので、最初からビデオ・スイッチャーもカメラも4K対応のもので揃えました。また、お店で使っているインターネット回線とは別に、IPv6対応のインターネット回線もライブ配信用に導入しました。最初はお店のインターネット回線で配信していたのですが、何かしらのトラブルが発生して配信が止まってしまうのが怖かったので、4Kの通信量にも対応できるIPv6対応のインターネット回線を別に導入することにしたんです。二回線あれば、一方の回線にトラブルが発生しても配信を続けることができますから」(加瀬氏)

ステージ正面の天井に設置されたメイン・カメラは、パナソニック AG-CX350(写真左)と同 AW-UE70(写真右)。どちらも4K対応で、AW-UE70はリモート・コントロールにも対応。V-600UHDからもコントロールすることができる(Ver.2.00以降)

AW-UE70はステージの上手と下手にも設置されている

ドラマー専用カメラとしてステージ上に設置されているGoPro HERO7 Black

 ケネディハウス銀座は7月1日から営業を再開し、来場者は通常の半分の50名に制限して、観客入りのライブ配信をスタート(編註:その後再び感染者が増えてきたため、8月末の時点では無観客にしているとのこと)。配信プラットフォームとして利用しているのはYouTube Liveで、同店のチャンネルを使いオンタイムで配信を行なっているという。

「まだそれほど回数をこなしたわけではありませんし、積極的に宣伝も行なっていないのですが、視聴していただいた方からは大変好評ですね。映像がとてもきれいで、普段客席からは見えない部分、たとえばドラマーの表情とかも見えて楽しいといった反応をいただいています。YouTubeのチャット機能でコメントを書き込まれる人も多いですし、とてもいい感じになってきているのではないかと。今のところ配信トラブルも発生していません」(今村氏)

 ライブ配信を担当しているのは、ケネディハウス銀座のスタッフである立花康大氏で、これまでこういった機材の操作経験はなかったとのことだが、問題なくオペレートできているとのことだ。

「本当にまったく経験がなかったので、最初は何が何だかさっぱり分からなかったのですが、V-600UHDはすごく簡単なので、すぐにオペレートできるようになりました。この機材なら、きっと誰でも操作できると思います(笑)。私がライブ配信時に行なっているのは、V-600UHDでのカメラの切り替え、クロマキー合成を使ったお店のロゴの表示、“しばらくお待ちください”といった静止画像の挿入、あとはパナソニックのカメラのリモート・コントロールくらいですね。リハーサル時に楽曲をよく聴いて構成を覚え、事前にカット割りを考えながらオペレートしています。重要なのが、アーティストの良い表情をいかに捉えるかということ。マルチ画面の中で良い瞬間を見つけて、いかに早く切り替えられるかというのがポイントだと思っています。私自身、まだまだ習得中の身で、配信の度に緊張していますけどね(笑)」(立花氏)

配信のオペレーション担当の立花康大氏

 また今村氏によれば、ステージ上の演奏/パフォーマンスは通常営業時と基本同じとのことだが、配信用音声のMCの音量には気をつけているという。

「会場の音をそのまま配信してしまうと、MCの音量がすごく小さくなってしまうんです。配信を始めたとき、視聴者の方から“MCが聴こえない”という声がたくさん寄せられまして。以降、配信の方だけMCの音量を上げるなど工夫をしています。それとアンビエンス・マイクの足し加減も最初は難しかったですね。臨場感を出すためにアンビエンスを上げ過ぎてしまうと、実音の方がボケてしまう。ちょうどいいバランスを見つけるまでに、少し時間がかかりました。V-600UHDは、オーディオ入力にトリムが備わっているので、いざというとこはそこでも調整できるので便利です」(今村氏)

ステージに向かって右手手前に設けられたライブ配信用のスペース。左に見えるのはAvid Pro Tools用のパソコンで、出演者の要望に応じてマルチトラック・レコーディングも行なっているとのこと

 

● 『LivePocket』で視聴チケットを販売

 肝心の収益化だが、ケネディハウス銀座ではエイベックス・グループの電子チケット販売プラットフォーム、『LivePocket』を利用して視聴チケットを販売しているとのこと。加瀬氏によればチケット販売は好評とのことだが、ライブ配信ビジネスに関しては焦らずに取り組んでいきたいと語る。

「将来的には4K配信もそうですが、フリーのカメラを1台追加したいと思っています。別にテレビと同じようなことをする必要はないと思いますが、手持ちのカメラを1台追加できれば、飽きのこない映像になるのではないかなと。今回、かなり良い品質の機材を揃えることができましたし、お金を払って視聴していただくものですから、配信のクオリティはどんどん高めていきたいと思っています。

 ビジネスに関して言えば、焦らず取り組んでいきたいですね。こういう新しい価値は、皆さんに浸透するまで時間がかかりますし、ゼロだったものがいきなり100にはならないですから。今のところお客様の反応も良く、可能性はかなり感じていますが、焦らずに辛抱強くやっていこうと。自分たちにできることを着実にやっていけば、この先に想像できない広がりがあるのではないかなと思っています。新しい事業としてしっかり育てて、他の店が簡単に真似できないものを作っていけたらいいですね」(加瀬氏)

ケネディハウス銀座 東京都中央区銀座7-2番先 コリドー通りB1F
Tel:03-3572-8391 https://www.kennedyhouse-ginza.com/

 

Case ❸ REAL DIVA'S

東京・六本木のREAL DIVA'S。隠れ家的な雰囲気の中で、生演奏と豊富に取り揃えられたお酒、こだわりのフード・メニューを楽しむことができる“Live Music Food & Bar”だ。キャパシティは通常営業時は約30名とのこと

6台のカメラで臨場感のある配信を実践

● 2018年にリニューアルしたREAL DIVA'S

 六本木の交差点を飯倉方面に進み、左手の路地を少し入ったところにあるREAL DIVA'Sは、2009年開店の“Live Music Food & Bar”だ。隠れ家的な雰囲気の中で、実力派アーティストの生演奏と豊富に取り揃えられたお酒、こだわりのフード・メニューを楽しむことができる。店長の廣瀬眞人氏によれば、マネージメント担当のプロデューサーとともに、ポップスからジャズ、ボサノバ、さらにはブルースに至るまで、さまざまなジャンルのアーティストを日替わりでブッキングしているとのことだ。

「レストランというには少し小さいので、音楽だけでなく食事も楽しめるバーという感じですね。出演アーティストのスタイルは本当にいろいろで、J-POPのカバーをやる人もいれば、オリジナル曲をやられる人もいます。路面店ではないので、ふらっと立ち寄るタイプのお店ではないんですが、この雰囲気が好きで通われているお客様も多いですね」(廣瀬氏)

REAL DIVA'S店長の廣瀬眞人氏

 REAL DIVA'Sは2018年、前オーナーからヒビノに経営権が譲渡され、現在はヒビノエンタテインメントが管理を行なっている。ヒビノグループのライブ・スペースだけあり、ミキシング・コンソールはSoundcraft Si Performer 1、メイン・スピーカーはCODA AUDIO D20、パワー・アンプはCODA AUDIO LINUS 14Dと、最新鋭の機材で音響システムが組まれているのが特徴だ。ヒビノエンタテインメントの代表取締役社長/CEOの大高正巳氏によれば、2018年6月のリニューアル・オープン時に音響機材はすべて入れ替えられたという。

PAコンソールは、Soundcraft Si Performer 1

メイン・スピーカーのCODA AUDIO D20

CODA AUDIO LINUS 14Dなどが収納されたステージ袖のアンプ・ラック。右側に見えるのは、日本音響エンジニアリング製のチューニング機構『AGS』

「ヒビノの看板を背負っているお店ですので、サウンド面は妥協ができませんから、すべてプロ機材に入れ替えました。マイクロフォンもShure SM57やSM58といった定番のものからDPA Microphones d:factoなど、いろいろなものを取り揃えています。音響的にも以前は少し音が回ったり、定在波の問題があったので、グループ会社の崎山(編註:日本音響エンジニアリングの崎山安洋氏)に見てもらい、『AGS』を随所に取り付けてチューニングしました。出演アーティストからの評判も良く、音の良さはこのお店の大きなウリだと思っています」(大高氏)

ヒビノエンタテインメントの代表取締役社長/CEOの大高正巳氏

 そんなREAL DIVA'Sを襲ったのが、新型コロナウイルスの問題だ。行政からの要請に従って3月9日から自主的に休業したという同店だが、驚くのはそのわずか3日後、3月12日にライブ配信をスタートしたことだろう。配信に向けて特に準備をしていたわけではなく、手持ちのミラーレス一眼カメラとパソコンを持ち込み、とりあえず始めてみたのだという。

「3月頭というと、大阪のライブ・ハウスは問題になっていましたが、東京はまだそれほどではありませんでした。休業前日も普通にお客様は入っていましたしね。ですからもう少し営業を続けることもできたのですが、万が一このお店でクラスターが発生してしまったら大変だと思い、早々に休業することにしたんです。しかしこのお店を10年を超えて支えてきてくれたのは、たくさんのアーティストたちで、お店を閉めれば、彼らの活動の場が無くなってしまう。大きな問題が起こり始めていたわけですが、ここで音楽を止めたくないという想いは強かったので、それだったらライブ配信をやってみようということになったんです。もちろん、出演アーティストにはキチンとギャラをお支払いして。店内にお客様を入れることはできないので、こちらは収入は無いわけですが、ずっと一緒にやってきたわけですから、皆でいけるところまでいこうと」(大高氏)

 

● HDMI入出力が豊富なV-8HDを導入

 スタート時のシステムは、カメラがソニー α6600で、HDMI出力をUSBに変換してパソコンに接続。音声はライン入力ではなく、α6600に取り付けたステレオ・マイクで収音し、OBS Studio(編註:ライブ配信用ソフトウェア)を使ってYouTube Liveにストリームしたとのこと。

「音声をライン入力にしなかったのは、このお店の雰囲気を伝えたかったからです。このお店、しっかりした防音をしていないので、階下の音が聞こえたりするんですよ。ラテンの音楽がドンドンドンドンと(笑)。でも、そういう音やエアコンのノイズも引っくるめて、REAL DIVA'Sの音なわけじゃないですか。お客様も皆さんその音を知っていますし、ステレオ・マイクで収音された音を聴いていると、六本木にいるような気分になるんです(笑)」(大高氏)

「お店のYouTubeチャンネルで配信を始めたのですが、お店の雰囲気がよく伝わってくると、最初からとても好評でした。“REAL DIVA'Sが配信を始めてくれて嬉しい”というコメントもたくさんいただきましたね」(廣瀬氏)

 ライブ配信を始めて間もなく、ストリームを安定させるためにエンコーダー・ボックスを導入し、緊急事態宣言後には小型のビデオ・スイッチャーを設置してカメラも追加。短期間にどんどん機材をグレード・アップしていったという。

「1台のカメラでずっと同じ映像というのも良かったりするんですけど、やり始めると色気が出てくるんですよね。なので小型のビデオ・スイッチャーを導入し、カメラをちょっとずつ追加していきました。最初のシステムは、パソコン中心の構成で、それはそれでシンプルで僕は好きなんですけど、毎日営業で使うものとしてはやっぱり厳しい。パソコンですから、調子が悪くなることもありますからね。動作が安定していて、絶対に失敗しないシステムを組もうと」(大高氏)

 そして配信システムの中心機材として導入されたのが、ローランドのV-8HDだ。V-8HDは、A4サイズ強のコンパクトなサイズながら、HDMI入力を8系統備えたビデオ・スイッチャー。各カメラの映像を1画面で確認できるマルチビュー用ディスプレイも搭載し、5レイヤーの映像合成機能や多彩なエフェクト機能も備えているのもポイントだ。

「楽曲のテンポに合わせてスイッチングのスピードを変えたり、演出面をもうちょっとしっかりさせたいなと。それでどうしようかなと思ったときにヒビノのスタッフからV-8HDの話を聞いて、試しにデモ機をお借りして使ってみたら、スタッフ全員気に入ってしまって。このお店はデュオやトリオのアーティストが出演することが多いのですが、2画面とか3画面にスプリットするとメンバー全員の表情を一度に捉えることができる。演者さんもモニターを見て、“テレビ局みたい”とビックリしていましたね(笑)。大人気の製品で品薄だったのですが、6月半ばくらいにお店に入れることができました」(大高氏)

REAL DIVA'Sのライブ配信システムの核となるローランド V-8HD。非常にコンパクトなサイズながら、HDMI入力を8系統/出力を3系統装備しているのが大きな特徴。映像・音声を一括管理できる視認性の高いマルチビュー用ディスプレイも内蔵し、ピクチャー・イン・ピクチャーやキー合成、テロップといった映像演出機能も充実。本体内に静止画を最大8枚保存できるスチル・メモリー機能や、各種設定を最大24個まで保存/呼び出すことができる。問い合わせ:ローランド株式会社 Tel:050-3101-2555 https://proav.roland.com/jp/products/v-8hd/

 REAL DIVA'Sを機材面でサポートするヒビノエンタテインメントの前田保旭氏によれば、HDMI出力が3系統あるのもライブ配信用機材としては非常に便利だという。

「最初に導入したビデオ・スイッチャーは出力が1系統だったので、マルチビュー用、配信用、演者へのモニター用と、異なる画面を3系統出力できるのは非常に便利ですね。たくさんの機能が備わっているのですが、直感的で使いやすいところも気に入っています」(前田氏)

ヒビノエンタテインメント Live & Entertainment事業グループの前田保旭氏

 

● 6台のカメラを接続した配信システム

 現在のREAL DIVA'Sの配信システムは、ビデオ・スイッチャーがV-8HD、カメラはソニー XDCAM PXW-Z280、同 α6600(ILCE-6600)、同 α6400(ILCE-6400)、同 RX100IV(DSC-RX100M4)、同 RX0(DSC-RX0)、同 アクションカム FDR-X1000Vという構成(図②)。V-8HDのHDMI入力8系統という特徴を生かし、充実のラインナップになっている。メインはXDCAM PXW-Z280とα6600、α6400で、サイズが小さなRX100IVやRX0、FDR-X1000Vはステージ周辺やステージ上に配置。中でも目を惹くのがメインのPXW-Z280で、この規模のライブ・ハウスで業務用のXDCAMを使用しているのは珍しいと言っていいだろう。

「カメラをすべてソニーで揃えているのは、映像の色味や質感を統一したかったからです。違うメーカーのものを混在させると、たとえ色温度を合わせたとしても、何か違った印象になってしまう。ソニーのカメラには『ピクチャープロファイル』という機能が備わっているので、パラメーターの設定も簡単に行えるんです。また、カメラとV-8HDの接続はHDMIですが、ステージに近いカメラは5メートル以上あるので一度SDIに変換して接続しています」(大高氏)

図②REAL DIVA'Sのライブ配信システム

メイン・カメラのソニー XDCAM PXW-Z280

XDCAMの脇に設置されているソニー α6600

ステージ前には演者用のモニターが設置。3系統のHDMI出力を備えたV-8HDならではのシステムだろう。モニター右上の小型カメラは、ソニー RSC-RX0

 音声に関しては、PA用コンソールとは別にライブ配信用のコンソールとしてSoundcraft Ui24Rを用意し、そこにPAコンソールからの2ミックスとアンビエンス・マイクの出力を入力しているとのことだ。

「ステレオ・マイクで収録した音も臨場感があっていいんですが、ボーカルはもっとソリッドに密度がある感じにしたいとか、ギターはもっとクリアに響かせたいとか欲が出てきて、ラインで入力することにしました。ただ、PA用のコンソールで配信用のミックスを作るのは大変なので、2ミックスとアンビエンスを混ぜる配信用のコンソールを別に用意しようと。Ui24Rはサイズが小さくて、iPadでリモート・コントロールできますからとても便利ですね」(大高氏)

ライブ配信用コンソール、Soundcraft Ui24R

 配信時のV-8HDのオペレーションは、廣瀬氏あるいは別のスタッフが担当しているとのこと。廣瀬氏いわく、良い配信を行うために最も重要なのは、やはりスイッチングのタイミングだという。

「リハーサルのときによく曲を聴いて、この曲のイントロではピアノの手元を写そうとか、大体のスイッチングをイメージしておく。事前に演者さんと話をしておくのも大切ですね。V-8HDで行うオペレーションは、基本はカメラのスイッチングなんですが、iPadを接続して告知画像を挿入したりもしています」(廣瀬氏)

「実際に配信の映像を見ると、結局はセンスという感じがします。彼(廣瀬氏)はミュージシャンだけあってセンスがいい。それに10年以上このお店にいるので、各アーティストや楽曲をよく知っているというのも大きいですね。我々のような素人がいきなりやろうと思っても難しいですよ(笑)。それとカメラのズームは、最近ようやく使うようになりましたけど、これまでは基本画角は固定していました。なぜかと言うと、フォーカスやズームって映像演出そのものなので、素人が動かしてもちっとも良くないんですよ。お父さんが子供の運動会で張り切って撮影して、後で見てみたらズームがうるさくて見てられないのと同じ(笑)。これまで80回以上配信をしてきましたが、ここではなく外で聴いたり、家で視聴したりすると、いろいろ気づくことがありますね。アンビエンスが効きすぎとか、カメラの位置が良くないとか。先日も年輩のフォーク・ミュージシャンの公演だったんですが、配信の音を聴いてみたら、何かお店で聴いているようなソリッド感が無いなと。それで試しにマイクをSM58からKSM9に変えてみたら一気に良くなりました」(大高氏)

 

● 今後は事業として着実に収益化していきたい

 7月4日から観客を入れてのライブ配信をスタートさせたREAL DIVA'S。現在は誰でも無料で視聴できる公演が多いが(実店舗のようにミュージック・チャージを支払うことも可能)、今後はチケット制の公演を増やし、着実に収益化していきたいと大高氏は語る。

「なぜ、お店のYouTubeチャンネルをオープンにしているかと言えば、できるだけ多くの人に視聴していただきたいからです。当店に出演してくださっているアーティストは、素晴らしいパフォーマンスの人たちばかり。その魅力を多くの人たちに感じてほしいと思い、誰でも視聴できるようにしています。その結果、YouTubeチャンネルの登録者数は大幅に増加しました。しかし、誰でも観れる=無料というわけではなく、基本的には実店舗でのミュージック・チャージのオンラインでのお支払いをお願いしています。また、一部の公演では6月から、チケット制も導入しました。こちらはチケットを購入いただいた方のみ視聴でき、今後はその割合を増やしていく予定です。また、事業としての収益化を見据えて、月間見放題のサブスクリプションにも挑戦していきたいと考えています。ライブ配信では、公演を告知するWebサイトやチケットを販売するECのシステムが欠かせませんが、当社では『HIBINO LIVE STYLE LAB』というECサイトを運営しています。このサイト運営によるノウハウを生かし、WebサイトやECシステムなどはすべて内製化しています。

 それにしても新型コロナウイルスは、こういうライブ・ハウスには本当に難しい問題ですよね。人間が避けては通れないエッセンシャルな部分、人と人とのコミュニケーションがNGなわけですから。この難局を乗り越えるには、日本人全員が一丸になってブレイクスルーを作り出していかないとダメだと思っています。我々ヒビノは、音と映像のスペシャリストであり、大きなイベントから小さなハコまで、さまざまなお手伝いができると思いますので、困っていることがあればぜひご相談ください。この記事を読んでREAL DIVA'Sの配信システムに興味を持った方も、ぜひお店に遊びに来ていただきたいですね。どんな機材を使って、どういう風に接続しているかとか、すべてお話しできますので(笑)」(大高氏)

向かって右から店長の廣瀬眞人氏、ヒビノエンタテインメントの前田保旭氏、キッチン担当の竹内仁美氏、ヒビノエンタテインメントの大高正巳氏、フロア/映像担当の枡康樹氏

REAL DIVA’S 東京都港区六本木3-15-24 ウイン六本木ビル3F
Tel:03-6438-9360 https://www.realdivas.net/

監修:ローランド株式会社 写真:八島