「より良い音を観客に届けたい」。音に関わる人間の誰もが、この目標に向かって、日々の仕事をこなしながら、研鑽を積んでいると思う。これまで、この企画では同志が集まりオーケストラを使った壮大な3Dオーディオ実験や、Dolby Atmosを使用したODS(非映画コンテンツ)の制作現場のリポートなどを行なってきた。今回の企画は、日本では初となるDolby Atmos Home(以下、Atmos Home)作品で、4月23日よりNetflix独占配信を開始した『攻殻機動隊 SAC_2045』の制作リポートである。世界を見渡せば、非常に多くのAtmos作品が溢れている。しかし、残念なことに日本ではいまだに制作環境も充分な数とはいえない状況にある。そんな状況下、世界的に人気のある「攻殻機動隊」シリーズで日本初のAtmos Homeに挑戦すると聞き、制作を終えたばかりの制作スタッフにお集まりいただき、『攻殻機動隊 SAC_2045』のサウンドに込めた思いをうかがった。

インタビューにご協力いただいた制作スタッフ(順不同)

●プロデューサー 牧野治康
株式会社プロダクション・アイジー

●サウンド・デザイナー/リレコーディング・ミキサー 高木 創
有限会社デジタルサーカス

●サウンド・エンジニア 小西真之
株式会社角川大映スタジオ

●クリエイティブテクノロジーエンジニア 宮川 遙
ネットフリックス株式会社
クリエイティブテクノロジー&インフラストラクチャー

 

『攻殻機動隊 SAC_2045』制作での役割

プロサウンド(以下、PS) 最初に、『攻殻機動隊 SAC_2045』において、ここに集まった皆様それぞれの役割を教えてください。プロデューサーの牧野様からお願いします。

牧野 私は「プロダクションI.G」に籍を置いておりまして、作品全体のプロデュースを担当しました。『攻殻機動隊 SAC_2045』は、多くのプロデューサーが関わっている作品ですが、私はいわゆる衣のつかない制作全般を受け持ちました。また、今作は製作委員会形式をとっている作品なので、その仕切りも行なっております。そして、何よりもこの作品はNetflixによる全世界独占配信作品としてNetflixとの連携が非常に重要な作品でしたので、その調整役も担当しました。他にも細かい業務を分担しましたが、音響の皆さんとの関係では、予算、スタジオ使用といった受発注、そして現場進行の立会い、納品に至るまで見届けるといった役割でした。

PS 続きまして高木様お願いします。

高木 私の役割は大きくは、サウンド・デザイナーとして音響の仕込みから仕上げまで音響全般をコントロールする事でした。具体的にはコンテやシナリオを読み込んだ上で、神山健治監督と荒牧伸志監督のディレクションの下でセリフ収録。そして、その編集/加工。また同僚の千本と共に、フォーリーを含めた効果音の作成も行ないました。そして、角川大映スタジオのMAルームでファイナルミックスを行い、「角川大映スタジオ」に所属する小西さんと一緒に、Netflixの納品基準に従った納品物作成を行い、その後のQC(クオリティ・コントロール)対応までが仕事でした。

PS サウンド・デザイナーの高木さんのお仕事は“音響監督”という言い方はできないのでしょうか?

高木 『攻殻機動隊 SAC_2045』では、神山監督と荒牧監督のお2人が音響監督も担っています。実写映画と同じで、監督が作品全体の意思決定をするスタイルでした。

小西 私は「角川大映スタジオ」のスタジオ・エンジニアで、高木さんと共にダビング作業を担当しました。他にもフォーリー収録時、弊社のスタッフと共にお手伝いをしたり、あとは納品物の管理ですね。命名規則に従ってファイルを作り、ストレージへのアップロードまで行っています。

高木 小西さんには、エンジニアリング上とても重要な部分を担当してもらいました。

PS 最後に宮川様お願いします。

宮川 私はNetflixの中にある“クリエイティブ・テクノロジーズ”というチームのメンバーです。私たちのチームが何をするかというと、制作の方々が実現したい内容について、技術的なサポートをする役割となります。弊社では作品に関わるチームの役割が細分化されていて、私のようなポジションは、日本では珍しいと思います。

 具体的な仕事内容としては、映像/音声それぞれのワークフローの確認や、技術的な部分でわからない事があったとき、その問題を解決できるよう一緒に考える役割です。また、弊社は2017年からAtmos Homeをサポートしていますが、『攻殻機動隊 SAC_2045』は日本のシリーズアニメとして、初のAtmos Home作品でしたので、弊社のガイドラインに沿った制作ができるよう技術支援をする事が私の役割でした。

 

『攻殻機動隊 SAC_2045』制作スタッフ

●原作:士郎正宗
●監督:神山健治、荒牧伸志 ●シリーズ構成:神山健治
●脚本:神山健治、檜垣 亮、砂山蔵澄、土城温美、佐藤大、大東大介
●キャラクターデザイン:イリヤ・クブシノブ
●音楽:戸田信子、陣内一真 ●サウンド・デザイナー:高木 創

 

Dolby Atmos Home 採用のきっかけ

PS どのような経緯で、Atmos Homeを採用するに至ったのでしょうか。

牧野 発端から話しますと、高木さんにサウンド・デザイナーとしての仕事を発注した際、“NetflixはAtmos Homeに対応しているので、ぜひ制作してみたい”というお話がありました。「攻殻機動隊」シリーズは、世界的にも有名な作品ですので、全世界に対するアピール力がとても大きい。だからこそAtmos Homeで制作すべきだという高木さんの熱意を受け、スケジュールや予算を鑑みつつ、Netflixとの交渉の結果、実現に至ったわけです。私自身はAtmosの映画を観た経験があるくらいで、特別その仕様に詳しいわけではなかったんですが、制作進行に沿ってAtmosのような3Dオーディオが作品に及ぼす効果を知り、またシリーズでは映画館で体験してきたAtmosとはまた違う音響体験を得られることが分かり、結果的に腑に落ちたというような次第です。

 今回の『攻殻機動隊 SAC_2045』制作について音響面のお話をする際、どうしても外せない作品があります。それは、約2年前に監督陣を始めほとんど同じ制作チームで作った、現在もNetflixで配信中の『ULTRAMAN』です。これは5.1サラウンドでの制作でしたが、しっかりとしたサラウンド環境で制作できる場所は国内でも限られており、かなり早くからスケジュールを押さえないと、環境を確保できないという状況でした。

 高木さんと検討した結果、ほとんどの話数のダビングを「角川大映スタジオ」で行なう事になりました。「角川大映スタジオ」のポストプロダクションは、実写映画を制作するスタジオの中にあるので、映画的な作りに適した環境でした。『ULTRAMAN』は、テレビ放送ならびにNetflixによる配信作品として制作していたんですけども、これもハイエンドを目指した作品であり、まるで映画館で映画を体験しているような作品を目指しました。そのために、音響面でも映画みたいに作ろうというコンセプトが裏テーマとして通底していたんですね。

 音楽に関しても、劇伴を担当した戸田信子さんと陣内一真さんには、全話数それぞれのシーンに合わせて音楽を作曲していただきました。『ULTRAMAN』は全13話のシリーズ作品ですが、音響面では劇場版アニメを作るような手法になっていると思います。この体験が、制作に関わったクリエイターや神山監督と荒牧監督の満足度はもちろん、我々プロデューサー陣にとっても、目から鱗が落ちるような体験がたくさんありました。シリーズアニメーションなのに、ここまでやるんだと。

 この『ULTRAMAN』の成功を経験して、今後のハイエンドなシリーズアニメ作品は、映画に引けを取らないような内実を伴ったものを作っていく。こういう作りが1つのトレンドになっていくんだろうなと、その時感じましたね。我々はその先鞭をつけているという自覚が『ULTRAMAN』を制作している時にありました。その成功体験を元に、『攻殻機動隊 SAC_2045』の音響制作では『ULTRAMAN』で集まったメンバーに改めてお声掛けしました。その時、高木さんからDolby Atmosで作りたいという申し出があり、ハイエンドを狙うというこの作品の使命としても、Atmosを実現するために力を注ぎました。

PS 高木さんが牧野さんへ提案した際、Atmosの魅力をどのようにお伝えしたのでしょうか。

高木 牧野さんのお話にあったように、メンバー全員がハイエンドなアニメ作品を作るという共通認識がありました。「攻殻機動隊」シリーズは、士郎正宗の原作漫画を元に、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』から連綿と続いている高い人気を誇る作品群です。またそれらは、最新技術を取り入れた作品作りに挑んできています。だからこそ、「攻殻機動隊」の最新シリーズでは、音響的に国内のシリーズアニメ作品ではやっていなかったAtmos Homeでの制作を提案したのです。

 また、Atmos Homeに挑戦したいと牧野さんに伝えようと思ったのは、お話を受けした当時、私が所属している「デジタルサーカス」には7.1.4のAtmos Homeの仕込み作業をすでにできる環境が整えていたからでもあるんです。そして、たまたま「角川大映スタジオ」のMAルームがAtmos対応にリニューアルしたと耳にしたからなんですね。これで、仕込みからダビング、納品までAtmos Homeでできる環境が整ったわけです。そして、プラットフォームのNetflixも、7.1.4以上の環境で仕上げたAtmos Homeフォーマットで配信している。こういった偶然が合わさり、いままで他人事であったDolby Atmos制作が、一気に身近なものとなり“これなら僕らでもできるんじゃないか?”と思ったんですね。それで牧野さんに“ハイエンドを狙うならAtmosで作りましょう”と提案したわけです。

 

Dolby Atmos Homeフォーマットへのダビング作業を行なった「角川大映スタジオ」のMAルーム

同「角川大映スタジオ」MAルームの後部画像。Atmos Home制作ができるように7.1.4の制作環境が整えられている

「角川大映スタジオ」のフォーリールーム。実写映画をメインとするスタジオだけに、充実した設備を持つ

 

約190カ国同時配信。Dolby Atmosで作る意味

PS Netflixは、いつからAtmos Home対応になったのでしょうか。

宮川 全世界で2017年からサポートを始めました。弊社はメンバーの視聴体験が向上する新しい技術を積極的に採用し、配信している約190カ国同時に対応することができると言うのが大きな特徴かと思います。

PS 日本国内で作られる作品に限ると、最初からAtoms Homeで制作された作品は他にありません。そんな中、牧野様から“Atmos Homeで作品を作りたい”と聞いた時、どんな印象を持ちましたか?

宮川 Netflixには、とてもシンプルなミッションが2つあります。それは、世界中にいるすべてのメンバーに最高の視聴体験を届ける事。私たちの会社は、シリコンバレーにルーツがあるということもありまして、どんどん新しい技術を採用していくという社風があります。

 もう1つは、いつでも誰でもインターネット環境があれば楽しむことができることです。例えば配信したばかりの作品を、その日に見ることもあれば、5年後にNetflixに加入された方が見ることもあります。ですから、現時点ですばらしいコンテンツであることだけではなく、5年後、10年後でも色褪せない作品であってほしいということが、弊社が作品に求める大きなポイントになります。

 いまの日本ではAtmos Homeの普及に時間がかかっており、テレビのスピーカーや、スマホとイヤフォンで視聴しているケースが一番多いのが現状です。しかし、それは現在の日本のトレンドであって、何年か後には家庭で体験ができる人が増えているでしょう。また、欧米のように5.1サラウンドの普及率が相当高い国もあります。Netflixで視聴できる作品は、いまの日本のトレンドに合わせて作る必要はまったくないんですね。それよりも、世界中が満足する作品をできる限り高品質で作っていただきたいという事が、弊社オリジナル作品の制作において前提となっています。

 また、他の国では、Atmos Home作品がかなりの数が作られています。2017年のスタート後、主にシリーズドラマやDolby Atmos Cinema仕様の映画配信などの対応から始まったんですが、最近はバラエティ、ドキュメンタリー、スタンダップ・コメディみたいなジャンルにもAtmos作品が増えてきています。また、アニメもどんどん出てきています。

 一方、日本国内の状況は、Atmosに対応した制作環境を整えている場所も少ないですし、ミックスをした経験があるサウンド・エンジニアも少ない。そのためか、国内で唯一のDolby Atmosを使ったアニメは、2017年に公開した映画『BLAME!』だけです。この作品は、最初にDolby Atmos Cinemaでミックスされたものを、Netflixで配信するにあたりAtmos Homeにミックスしなおしています。

 『攻殻機動隊 SAC_2045』の新シリーズをAtmosで制作したい、という、お話をいただいた時、私たちは素晴らしい提案だと思いました。日本初のAtmos Home仕様のアニメを世界中の人達に楽しんで見ていただける。そのために、クリエイターの意図はどうあるべきなのかというところも、相談しながら進めていきました。今後もどんどん制作側からAtmosで作りたいという話になり、ノウハウを共有できるようになれば嬉しいです。

士郎正宗氏による『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を起源とした「攻殻機動隊」シリーズの主人公草薙素子。人々の意思が情報ネットワークに繋がれた世界で、電脳犯罪に立ち向かう

「攻殻機動隊」シリーズの主人公の相棒バトー。本作では草薙と共に傭兵部隊に入隊している

「攻殻機動隊」シリーズに登場する架空の兵器で、汎用型AIを搭載する多脚戦車タチコマ。リアリスティックな3DCGアニメで描かれている

 

日本初のDolby Atmos Home作品。今後のモデルケースになるのは間違いない

PS そのようにして、Atmos Homeでの制作が決まった時、高木さんはどんな思いを込めて制作に挑んだのでしょうか。

高木 Netflixによる独自コンテンツは、音響的にも映像的にも非常に手の込んだ作品がたくさんあります。その他、海外で制作されたAtmosを使ったアニメやドラマ、映画と日本のアニメは同列に並べられます。それに対して、映像/音声含めて、我々もクオリティは落としたくない。しかも、宮川さんがおっしゃったように、どの作品も世界中に配信されています。ということは、僕らが作った作品はインドのマハラジャが観るかもしれないし、欧米の日本アニメ・ファンがAtmos対応のAVシステムで観るかもしれない。そういう可能性があるわけです。

 だから、アニメも国内需要に限定して作るのではなく、たくさんの予算と人材を投入したハリウッドの作品に比肩するものを作っていく。“日本じゃ、誰もAtmosで聴いていないよ”という視野の狭い話ではなくて、世界中にいる「攻殻機動隊」のファンも納得したクオリティを提供する。そして多くの人々が新たにこの作品をみて、もっとファンが増えたら嬉しいなと考えながら、一所懸命に作りました。

小西 この作品は、弊社の「角川大映スタジオ」としても、Atmosで制作した初タイトルでした。日本初のAtmos Home作品ですから、今後のモデルケースになるのは間違いありません。

 私も映画のサウンド・エンジニアですが、邦画においては5.1サラウンドで作られることがほとんどです。ご存知の通りAtmosの制作環境は、もう何年も前に日本に入ってきていますが、全然コンテンツが増えていません。映画制作に携わっているエンジニアとして、海外作品がどんどんAtmosを採り入れているのを見て、日本は世界のスタンダードから取り残されているんじゃないかという危機感を持っていました。そんな時に日本初のAtmos Home仕様の作品制作に携われる、という機会をいただきました。それだけに、本当に成功させたいという思い一心で、やらせていただきました。

PS 実際にダビング作業にあたって、どんな感想を持ちましたか?

小西 オブジェクトをパンニングしたとき、その動きの滑らかさであったり、「攻殻機動隊」シリーズのキーとなっている“電脳空間”のシーンは、Atmosのベッドを使って宇宙のような上下左右のない空間を表現しているのですが、5.1サラウンドで同じような表現はできないのではないかと思いました。

「攻殻機動隊」シリーズ独特の世界観を表す電脳空間シーン。高さ方向の音場表現が可能となったDolby Atmosによって浮遊感を演出している

牧野 音響に関して言うと、『ULTRAMAN』の音響制作もハイエンドを目指した作品だったので非常にリッチだったんです。私が関わってきた過去の作品と比べても『ULTRAMAN』は、いわゆる映画ではないシリーズ作品なのに、ここまでやっていいのかと不安になるくらいだったのです。映像/音響共に、仕上がったものに対する満足度、チーム一丸となってやりきったという達成感、そして、我々の満足だけでなく、お客様から得られたご感想。どれをとっても、私のキャリアの中で『ULTRAMAN』以前、『ULTRAMAN』以後、と言えるくらい大きな革命が起きたんです。と同時に、先程から話が出ているように、今後は世界を見据えたハイエンド作品を作っていかないとダメだという、私自身の戒めになった作品でもあります。

PS テレビのシリーズアニメの現場と、どんな違いがあるのでしょうか。

牧野 テレビ・シリーズは、スケジュールを始め、様々な制約条件がある中で、落としどころを探して行くという場合が多いんですね。でも、そういうところから脱却して“これまでにない”“他の誰もやっていない”ことを作品に込められるNetflixのようなプラットフォームもある。そういう場で、いかんなく自分の能力を発揮したいという情熱を持ったメンバーが『ULTRAMAN』で集まり、その情熱が冷めないままに『攻殻機動隊 SAC_2045』の制作に入っていきました。しかし、そういう制作スタイルがまったくお客さんに響かなかったら『ULTRAMAN』だけで終わってしまった可能性もありましたが、幸いなことに、非常に大きな反響をいただきました。

 そのような経緯があるので、ファンの多い「攻殻機動隊」の新シリーズにおいては、意気込みというよりもちょっとプレッシャーを感じていました。

 

Netflixが日本アニメの制作にもたらしたインパクト

PS この場に集まっている皆さんが同じことを感じているのかもしれないですが、宮川さんのおっしゃったように、Netflixの10年経っても色褪せない優れたコンテンツを、どんどん積み上げていくというような制作スタイルだからこそ、ここまで行けたのかもしれないですね。

牧野 おっしゃるとおりです。じつはNetflixが、いまの日本のアニメ制作業界にもたらしているインパクトはものすごくて、革命が起きていると言ってもよいほどの変化が起きています。この十数年でアニメのビジネスモデルが行き詰まっていて、制作現場も大きなリスクを負ってまで、ハイエンドを目指すというモチベーションがなくなりかけていたんですね。それが、クライアントでもあるNetflixが配信している作品の反応を聞くと、やっぱりハイエンドなコンテンツを求めているお客様がいるじゃないか、と気付かせてくれたんです。

 『ULTRAMAN』と『攻殻機動隊 SAC_2045』、ともにアニメ・シリーズとしては、これ以上はないだろうという作品を作らせていただいているという自負があります。

 『攻殻機動隊 SAC_2045』の制作当初を思い返すと、わりと戦々恐々としていましたね。いくらハイエンド・タイトルとはいえども、当然コストやスケジュールには制限があります。その制約の中で、より優れた作品とするためには何を武器に戦えばいいのだろう? という『ULTRAMAN』の時とは違ったプレッシャーを強く感じていました。その意味では、高木さんからの「日本初のAtmos Home作品」というご提案は、我々プロデュースチームに大きな武器を与えてくださった。ハイエンドを目指すなら、音響面ではAtmosの採用。それが正解だったなという思いでいますね。

PS Netflixや制作サイドからサウンドチームに何か要望をしたのでしょうか?

宮川 “技術的なガイドライン”は決まっていますが、Atmos Homeは7.1.4の環境で制作する。ラウドネスの基準値(ダイアログベースで-27LKFS±2LU)。トゥルーピーク(-2dBFS以下)と、特に強い縛りはありません。与えられたフィールドをめいっぱい自由に使って、素晴らしい音響を目指してくださいと伝えたくらいですね。

PS 牧野さんはいかがですか?

牧野 “高木さんがAtmosでの制作を望んでいる”と監督陣に相談をしたら“できるだけ高木さんの想いに寄り添ってくれ”という反応がありました。

 これは当たり前の話のように聞こえるかもしれませんが、プロデューサーや監督からクリエイターに“こういう事をやってくれ”という圧が強ければ強いほど、残念ながらその仕事はクリエイターにとって、ライスワークになってしまうんです。“これは食べるための仕事だから、監督やプロデューサーの言うことはきちんと聞かなきゃ”みたいなところが出発点になってしまうんですね。むしろ、そのクリエイターのポテンシャルを最大まで引き出すには、何も要求しないのが一番良いんです。

 だから、サウンド・デザイナーである高木さんのやりたいことをどこまで実現できるのか、そのための仕事がしやすくなる環境整備に力を注ぎました。これは映像でも同じで、それがプロデューサーの使命と感じております。

 両監督はこれまで一緒に仕事をしてきた中で、高木さんに全幅の信頼を寄せているのがよくわかります。お2人ともにベテランの域に達していらっしゃるので、一から十まで指示をするような人の動かし方では、あまり良いものは生まれない。そういう経験知をお持ちなんでしょうね。だから、今作でも大枠だけを決めて、その中で自由度や自主性をできるだけ尊重しようという考えがあったと思います。

高木 いま牧野さんのお話で、両監督がクリエイターに対して好きなようにやらせているというお話をしていましたが、シリーズ後半にとあるシーンがあったんですね。しっかりと仕込みをしてMAルームに行ったのですが、そこを聞いて神山監督が“高木さんって、案外普通の考え方するんですね”と言われたんです。それを聞いてヤバいと思いました。自分としては、自由にそして先進性をもって仕事にあたっていたつもりだったのに、監督には普通に聴こえるような部分を作ってしまったんだとショックでした。その時は“そんな失敬な!”と笑いながら反応していたんですけど、内心ではまったく笑えませんでした。やはり、常にクリエイティブであるには、観察と思考を妥協してはいけない事を思い知らされた瞬間でした。

<後編へ続く>
後編は2020年7月掲載予定です。

『攻殻機動隊 SAC_2045』Ⓒ士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
※本企画内のすべての劇中画像クレジットは上記になります