名古屋芸術大学 芸術学部 サウンドメディア・コンポジションコースでは、ドイツよりトーンマイスターを招いたクラシック音楽録音や3Dオーディオ制作についての公開講座などを積極的に開催している。しかも、これらの公開講座は学生だけでなく一般の方も参加でき、名古屋のプロフェッショナルの音響関係者も注目する公開講座になっている。今回、1月9日に行なわれた公開講座は「マイクロホンワークショップ」と題され、日本のレコーディング・エンジニアの第一人者のひとりである深田晃氏が招かれ、2部構成で行なわれた。第1部ではマイクロホンの基礎として、構造や特徴、さらに最近の収録手法なども解説された。第2部では実際にドラムのレコーディングが行なわれ、ドラムにおけるマイクロホンや収録方法が検証され、さらに深田氏のドラム収録の捉え方も披露された。ここでは誌面の都合で、主に第2部の概要をレポートしたい。

公開講座の目的

 この「マイクロホンワークショップ」では、最初に名古屋芸術大学サウンドメディア・コンポジションコースの長江和哉准教授より、次の挨拶で始まった。

 「今日は、たくさんの方にお越しいただきまして、学生のみならず、特に名古屋の放送局の勉強組織である『名古屋音ヤの会』のみなさんにたくさんお越しいただいております。また、名古屋を中心としたPAの仕事に従事されている方もたくさんお越しいただいております。学生向けの公開講座ではありますが、ドラムの録音にフォーカスして、深く学んでいく内容になったらと企画させていただきました。

 前半では、ドラムのマイキングを中心にレクチャーしていただきます。そして、後半はドラム、キーボード、ベースの方を招いて、実際の演奏を録音します。また様々な比較ができるようマイキングをセッティングしていただいていますので、その違いによって、どのように音楽が変わっていくかということを皆さんと一緒に勉強できたらと思っています。」

 続いて、講師の深田晃氏が登場。

講師の深田晃氏
CBS/SONY録音部チーフエンジニア、NHK放送技術局・番組制作技術部チーフエンジニアを歴任。1997年、ニューヨークAESコンベンションでFukada Treeを発表。大型中継番組やウィーンフィルニューイヤーコンサートなどのサラウンド伝送、海外中継、セイジ・オザワ 松本フェスティバルなどに関わり、ドイツ・カナダ・アメリカ・中国などで多数の講演も行なう。2011年 dream window inc.を設立。数々のCD制作及びTV番組制作、音響空間デザインを行なっている。AES(Audio Engineering Society) Fellow、IPS 英国放送音響家協会会員、洗足学園音楽大学客員教授、名古屋芸術大学 非常勤講師。

 

 「今回はマイクロホンセミナーということで、ドラムのレコーディングにフォーカスしています。ドラムを録音するのも、ピアノを録音するのも、エレキギターを録音するのも、アコースティックギターを録音するのも、基本的には同じです。ドラムには、いっぱいマイクが立っていますが、たとえばマイク1本でもドラムは録ることができます。でも、音楽によってサウンドも違うし、演奏する場所によっても音の響きは違うし、もちろん演奏される方によっても音は違います。

 環境と音楽と演奏家のトータルでサウンドはできているので、マイクをこういうふうに立てたらこういう音がしますよ、ということだけを覚えてもきっとうまくいかないと思います。そういうこともありますので、前半の、実際に録音する前に、マイクの基礎的なお話をしていこうと思っています…」と、レクチャーは始まった。

 

「マイクロホンワークショップ」第1部はマイクロホンの基礎

 なお、今回の講座は動画収録がなされ、レクチャーの様子は次のURLにてご覧いただくことができる。

 

第2部 ドラムのマイキング

 第2部の最初に、今回の録音システムについて、長江氏から次のような説明があった。

 「今日の録音システムは、大学で所有するRMEのMADIシステムを用いています。MADIface XTを経てMacのPro Tools 10を用い、48kHz/24bitで録音されています。そしてベースとキーボードは本来はライブというシチュエーションでしたらアンプかPAから聴こえるわけですが、ドラムの比較をするということで、演奏者のヘッドフォンのみにキーボードとベースの音が返るようになっていますので、録音している最中はドラムの音しか聴こえてきませんが、録音後にプレイバックするということになります。

 またこの空間でドラムを録って同じ空間でPAを使用してプレイバックしますと、この空間の音響特性が加わってしまいます。今回、ここではPAスピーカーで聴いていただきますが、音の細かい比較はこのファイルをWebにアップロードしますので、後日、皆さんの環境で比較していただけるようにしたいと思っております。」

ドラムのマイキング

 

マイクロホンの選択

 続いて、深田氏より、ドラムのマイキングの説明があった。ドラムにセッティングされていたマイクロホンは次のとおり(図①参照)。

図① 「マイクロホンワークショップ」セッティングプラン

 キック:AKG D112(ダイナミック型:単一指向性)、DPA 2011(コンデンサー型:単一指向性:ウインドスクリーン付き)、少し離してDPA 2011、キック(フロント側):Shure PGA56(ダイナミック型:単一指向性)。スネア:Shure SM57(ダイナミック型:単一指向性)、DPA 2011、DPA 4099(コンデンサー型:単一指向性)、スネア(ボトム):Shure SM57。タム1・2:Shure SM57、DPA 4099、フロアタム:Shure PGA56、DPA 4099。ハイハット:DPA 2011。トップDPA 4091(コンデンサー型:全指向性:AB方式)、DPA 4011(コンデンサー型:単一指向性:AB方式)。さらに、今回は色々なマイキングを聴きたいということで、グリン・ジョンズ方式のマイキングとして、AKG C414B-ULS(コンデンサー型:可変指向性)がスネアのトップとフロアタムに向けられてセッティングされていた。

 なお、エレキベースとキーボードはラインで収録された。

 

キック:AKG D112、DPA 2011(ウインドスクリーン付き)、少し離してDPA 2011、フロント側はShure PGA56

スネア:Shure SM57、DPA 2011、DPA 4099、ボトムはShure SM57

タム1・2:Shure SM57、DPA 4099

フロアタム:Shure PGA56、DPA 4099

ハイハット:DPA 2011

 

レコーディングと試聴

 マイキングの説明のあと、いよいよレコーディングが始まった。

 演奏は、ドラムが鳥居亮太氏、キーボードが芝田育代氏、E.ベースが吉田大将氏。

 

ドラム:鳥居亮太氏

キーボード:芝田育代氏

E.ベース:吉田大将氏

 1曲目の『Tell me a bedtime story』が演奏・録音・再生され、最初に再生されたのは、キック:DPA 2011、スネア:DPA 4099、タム:DPA 4099、トップ:DPA 4091の組み合わせで、キックだけ逆相になっているということで、トップのマイクに合わせてディレイで位相が合わされた。深田氏はフェイズを合わせる方法として、ファイルをずらす、プラグインで補正する、ディレイで補正する、というような様々な方法を用いているが、今回収録に使われたMacにはプラグインが入っていないので、Pro Toolsのディレイで調整して、252サンプル分ディレイしたということだ。同様に、スネアのフェイズも調整され、128サンプル分ディレイされた。この曲を試聴して、深田氏は、次のようにコメントしていた。

 「音はだいぶ変わりますね。今はキックとスネアだけですけれど、おそらくハイハットなんかもちょっとズレていると思うので…波形を見るとスネアと同じタイミングの128サンプルです。これを入れた方がきっと音的には良いと思います。」

 続いて、グリン・ジョンズのマイキングが再生された。

 グリン・ジョンズのマイキングとは、The BeatlesやThe Rolling Stones、Led Zeppelinなどのレコーディングで多用されたマイキング手法で、オフマイクとして、マイク1とマイク2が、中心のスネアから等距離にセッティングされ、キックの前30cmぐらいにキック用マイクが置かれた、計3本のマイキング。今回は、AKG C414B-ULSが2本とキック用にDPA 2011がセッティングされていた。

トップ:DPA 4091、DPA 4011。AKG C414B-ULSはグリン・ジョンズ方式でのセッティング

ドラム全体
手前とトップのAKG C414B-ULSがグリン・ジョンズ方式のセッティング

 続いて、各マイクロホンの音色の違いが試聴されていった。

 まず、キックのAKG D112、DPA 2011、少し離れたDPA 2011が単体で再生された。EQはすべてノンEQということだ。続いて、スネアのShure SM57、DPA 2011、DPA 4099、スネアボトムのShure SM57、トップのDPA 4091(AB)、トップのDPA 4011(AB)、ハイハットのDPA 2011が順に再生され、来場者は、個々のマイクロホンのサウンドを確認できた。

 次に、キックのDPA 2011のマイキングが修正され、録音・再生された。深田氏はこれについて次のように述べていた。

 「DPA 2011を少し奥に入れました。また、ディレイを入れた状態にしたので、タイムアライメント的にはキックとスネア、ハイハットは合っている状態です。ここで、例えばタムが鳴っていないところでは、カットしたりゲートを入れたりすることもありますが、ドラムはスネアドラムが鳴っている間、タムも少し振動しています。そして、その音をマイクが拾っているので、それをカットすることが良い場合と、何か音が綺麗になり過ぎるというか、厚みが少なくなるというか、そういうこともあるので、必ずしもゲートで切ってクリアにしていくことが正しいかどうかというのは、楽曲と聴いた感じでその時々の判断になると思います。」

名古屋芸術大学公開講座「マイクロホンワークショップ」(2020年1月9日)
主催:名古屋芸術大学 芸術学部 芸術学科 サウンドメディア・コンポジションコース、機材協力:DPA Microphones - ヒビノインターサウンド株式会社

 

<後編>に続く