熟練技術者たちによって設立された
Austrian Audio
——— まずはデイヴさんの経歴から簡単におしえてください。
デイヴ・カールセン(以下、DK) 私は数年前まで「Harman International」に勤めていて、そこでは様々な製品のセールスを担当しました。「Harman International」には14年間在籍していたのですが、最初の8年間は「DigiTech」や「dbx」といったプロセッシング系の機器、その後は「AKG」を担当して、最後の6年間はヨーロッパ全体のリテールを見るポジションに就いていました。それ以前はイギリスの大きなディストリビューターに勤務し、「Harman International」をはじめ、「Native Instruments」や「Fender」など多くのブランドの販売に携わりましたね。
——— 4月の『Prolight + Sound 2019』は本誌も取材したのですが、今年の最大のトピックは、誰に尋ねても「Austrian Audio」でした。ブースが常に黒山の人だかりだったのを憶えていますが、「Austrian Audio」設立の経緯をおしえていただけますか。
DK 「Austrian Audio」は、オーストリアのウィーンで「AKG」製品の開発や生産に関わっていた22名のスタッフが設立した会社なのですが、そもそものきっかけは我々が勤務していた工場の閉鎖でした。会社から工場の閉鎖が発表になり、それを聞いたスタッフ…… 特にベテランの技術者たちから、“工場が閉鎖するのだったら自分たちで会社を立ち上げたらどうか”という話が持ち上がったのです。工場は2017年6月30日に閉鎖になり、我々はその翌日の7月1日に自分たちの会社を設立しました。それが「Austrian Audio」なのです。22名のスタッフでスタートした「Austrian Audio」ですが、現在は昔の仲間たちが28名在籍しています。
会社設立後しばらくは、他の企業からODM(Original Design Manufacturer)の仕事を請け負っていました。ODMは単に製品を生産するだけのOEMとは異なり、製品のコンセプトを考案して設計も行います。取引先の企業名は明かせませんが、業務用製品だけでなく、コンシュマー製品のODMもかなり請け負いましたね。そんな業務を手がけながら、オリジナル・マイクロフォンの開発を進めていったのです。
——— オリジナル・マイクロフォンを開発するにあたって、どのようなコンセプト/アイディアがありましたか。
DK 「Austrian Audio」には、ウィーンで長年マイクロフォンの開発/生産に従事してきた熟練の技術者が何人も在籍しており、古き良きヘリテージを継承しているわけですが、我々はヴィンテージ・サウンドや名機のコピーを作ろうとはまったく思っていません。1970年代や80年代と今とでは、レコーディングやプロダクションのワークフローは大きく異なっています。我々の目標は、現代のワークフローにマッチしたマイクロフォンを作ること。伝統と最新技術の融合、これが「Austrian Audio」のフィロソフィーです。
——— 製品開発の中心となるコア・メンバーは何人くらいいるのですか。
DK スタッフの多くが技術者なのですが、そのうち6〜8名が製品開発のコア・メンバーです。誰もが知っている名機の開発/生産に携わってきたこの世界では有名なビルダー、モニカ(Monika)も「Austrian Audio」に在籍しています。
素材にセラミックを採用した
特許申請中の新開発カプセルを搭載
——— それでは最初の製品である2種類のマイクロフォンについて伺います。まずはマルチ・パターンのコンデンサー・マイク「OC818」についておしえてください。
DK 我々はオリジナル・マイクロフォンを開発するにあたり、最初にカプセルの設計に取り組みました。なぜならカプセルはマイクロフォンの心臓であり、DNAでもあるからです。カプセルは昔の「CK12」をお手本に設計を開始したのですが、我々はまずその素材に着目しました。ご存じのとおり、カプセルのリムの素材はブラスやプラスチックが一般的で、「CK12」でもブラスが使われていますが、ブラスは湿度や温度など環境からの影響を非常に受けやすい素材なのです。そこで我々は、環境からの影響を最小限に抑えるため、リムの素材としてセラミックを採用することにしました。セラミックという素材は湿度や温度による変化がほとんどなく、経年劣化も非常に少ない。極めて安定している素材なんです。
——— 今日は「CKR12」を持ってきていただきましたが、実際に手に取ってみると、けっこう重いですね。
DK おっしゃるとおり、見た目よりも重さがあります。この重さが音にとっては重要なファクターで、それが多くのマイクロフォンでブラスが採用されている大きな理由なんです。しかしブラスは繊細な素材で、コンポーネントとして採用した場合は入念なチューニングが必要であり、個体差もありました。その点セラミックは安定していて、重さもしっかりあるというマイクロフォンのリムには理想的な素材と言えます。ちなみにリムにセラミックを採用したマイクロフォンは、おそらくこれが世界初で、現在特許を申請しているところです。
——— このカプセルには名前はあるのですか?
DK 「CKR12」とネーミングしました。そしてこのカプセルのもう一つの大きな特徴が、サスペンション構造になっている点です。周囲の黒い部分にサスペンションが仕込んであり、これによってタッチ・ノイズに非常に強い設計になっています。我々はこの構造のことを、“オープン・アコースティック・テクノロジー”と呼んでいます。
オリジナル・カプセルを開発するにあたって目標としていたのが、ダイアフラムの周囲に空気層を作ることがでした。その上で内部にデフューザーを設けることで、乱反射した音をダイアフラムが極力拾わない設計になっています。こういった細かいデザインの積み重ねにより、「CKR12」の最大SPLは158dB、セルフ・ノイズは9dB以下というスペックを達成することができました。これ以上ないくらい静かなマイクロフォンです。この「CKR12」は、先ほどご紹介した熟練ビルダーのモニカを中心に、すべてハンド・メイドで生産を行なっています。
もちろん「OC818」には、「CKR12」を搭載していること以外にも様々な特徴があります。「OC818」は、マルチ・パターンのコンデンサー・マイクですが、「PolarPilot」というスマートフォン用アプリを使用して、パターンを遠隔かからコントロールすることが可能になっています。このような機能を紹介すると、デジタル・マイクと思ってしまう方もいらっしゃるのですが、「OC818」は完全にアナログ回路のマイクロフォンです。表と裏に2枚のダイアフラムが備わっており、それを電圧で制御することによって、パターンを変化させる設計になっているのです。
——— 「OC818」とスマートフォンは、どのように接続するのですか?
DK 「OCR8」という専用ドングルを「OC818」に装着し、スマートフォンとはBluetoothで接続します。つまり無線でパターンをコントロールできるというわけです。パターンは連続可変のようですが、実は255ステップで、設定はアプリ内に保存することができます。また、お気に入りの設定を「OC818」の中に保存することもでき、決まったパターンで使い続ける場合は「OCR8」やスマートフォンは不要です。出荷時は、ワイド・カーディオイド・パターンの設定になっています。
——— パターンを遠隔でコントロールできるというのは、レコーディングの可能性を大きく広げてくれそうですね。
DK 特徴は、これだけではありません。「OC818」にはダイアフラムごとに出力が備わっており、両方の音をDAWに収録することによって、プラグインを使ってパターンを変化させることが可能なのです。これは「OC818」のために開発した「PolarDesigner」というプラグインによって実現し、名前のとおりパターンを自由自在にデザインすることができます。プラグインなので、パラメーター設定はDAWのプロジェクト・ファイルに保存され、オートメーションにも対応します。「PolarPilot」と「PolarDesigner」は、「OC818」ユーザーならば無償でお使いいただけます。
——— マルチ・パターンなので、おそらくはどんな楽器/ソースにも合うマイクロフォンだと思うのですが、あえて得意とする楽器/ソースを挙げるなら何になりますか。
DK おっしゃるとおり、どんな楽器/ソースにも適しています(笑)。非常に高いSPLと優れた周波数特性を達成しているので、繊細なアコースティック楽器から「Marshall」をフルテンで鳴らしたようなアンプ・サウンドまで、どんな音でも的確に捕えてくれるでしょう。ただ、“どんな楽器/ソースに合う”というのは、伝わりにくいのも事実です。私がいろいろな人に話を聞いた限り、最も多かったのはピアノでした。今日の発表会にゲストで出演してくださる橋本さん(註:レコーディング・エンジニアの橋本まさし氏)からは、ボーカルに向いているという感想をいただきましたね。
個体差が極めて少ないため
イマーシブ・オーディオ収録にも対応
——— もう1本のマイクロフォン、「OC18」についてもおしえてください。
DK 「OC18」は、「CKR6」というセラミック・カプセルを搭載した単一指向性のコンデンサー・マイクです。音響特性は「OC818」と同じで、「OC818」を単一指向性に設定すれば、マッチド・ペアで使用できるほどです。分かりやすくマッチド・ペアという言葉を使いましたが、我々にはそのような概念はありません。なぜならすべてのマイクロフォンは、個体感度差が1dB以内になるように品質管理しているからです。ですので、シリアル・ナンバー1番の個体とシリアル・ナンバー1,000番の個体を使って問題なくステレオ収録することができます。この個体差の無さには、セラミックという素材が大きく貢献しています。ステレオだけでなく、6本や9本組み合わせたイマーシブ・オーディオの収録にも最適なマイクロフォンと言えます。
——— 出荷はいつ頃開始したのですか?
DK ヨーロッパでは6月に販売を開始しました。ただ、すべてウィーンでハンド・メイドで生産しているため、大量生産することができません。ですので、ディストリビューションをあえて広げておらず、現時点では日本を含めて4カ国でしか販売していないのです。なお、「OC818」の初回出荷分の818本には、スペシャル・ブックレットが同梱されています。初回出荷分を手に入れることができたラッキーな方は、ぜひチェックしてみてください。
——— 気が早いですが、新製品の計画はありますか?
DK 実はマイクロフォンと同時にヘッドフォンも発表しており、そう遠くないうちに日本の皆様にもご案内できるのではないかと思っています。独自のドライバー技術を取り入れたユニークなヘッドフォンに仕上がっていますので、ぜひ楽しみにしてください。マイクロフォンに関しては、将来的にはフル・ラインを揃えたいと考えていますが、単にバリエーションを増やしただけでは意味がありません。我々はすべての製品に音質や機能面での存在意義が必要であると思っています。中国に工場を構えて、やみくもに大量生産を行うブランドになるつもりはありません。
——— 「Austrian Audio」という社名に込められている想いをおしえてください。
DK 音楽の都であるオーストリア・ウィーンのヘリテージを継承したいと思い、この社名にしました。我々のスローガンは、“メイド・イン・ウィーン・アゲイン”です。
——— 最後に、この記事を読んでいる日本のプロフェッショナルにメッセージをお願いします。
DK 我々はウィーンから日本に製品を届けられることを誇りに感じています。また、サウンド・クオリティと品質にこだわりを持ち、思想が似ているエムアイセブンジャパンのような会社にディストリビュートしてもらえることも大変光栄に思っています。今回、日本のスタジオを何件か回りましたが、いずれも凄く良い反応だったので、興味のある方はぜひエムアイセブンジャパンにお問い合わせください。
——— 本日はお忙しい中、ありがとうございました。
取材協力:株式会社エムアイセブンジャパン 写真:鈴木千佳
Austrian Audio
OC818:130,000円(税別)
OC18:90,000円(税別)
問い合わせ:エムアイセブンジャパン
https://www.mi7.co.jp/