東京・世田谷に広がる国内最大級の映画撮影スタジオ「東宝スタジオ」。数々の日本映画の名作を送り出してきたこの場所の、最新事情をご紹介する。前編ではステージや大道具、小道具などの撮影に関する内容をお届けしたが、今回は撮影が終わった後の、いわゆるポストプロダクション関連設備についてご紹介したい。リポーターは映画音響にひときわうるさい、潮晴男さんだ。(編集部)
編集部注:東宝スタジオでは、一般見学は受け付けていません
潮 ここからは、いわゆるポストプロダクション関連の施設についてお話をうかがいたいと思います。先ほど、一通り設備を拝見させていただきましたが、ポストプロダクションセンターを2棟も備えていることには驚きました。
立川 東宝スタジオサービス ポストプロセンターの立川です。ここからは私と早川がご説明します。
現在の東宝スタジオでは、音のファイナルミックスなどの作業を行なう施設は、ポストプロダクションセンター1と2のふたつの建物に入っています。ポストプロダクションセンター1は10年程前に完成したもので、7.1chまでが作成できるダビングステージ1、アフレコ/フォーリーステージ、画や音の編集室を備えています。試写室もここにあります。
ポストプロダクションセンター2には、5.1ch対応のダビングステージ2と画・音の編集室などがあります。建物はポストプロダクションセンター2の方が古いのですが、2003年にミキシング卓などを修正し、2011年には部屋の構成を変更、2016年に内装も改修し、現代の映画音響に合わせた作りとなっています。
邦画初のドルビーステレオ作品を送り出したダビングステージ2
早川 ダビングステージ2では、国内初のドルビーステレオ収録作品の『連合艦隊』(1981年)や、同じく国内初のドルビーデジタル5.1ch作品『ゴジラvsメカゴジラ』(1993年)のファイナルミックスを行ないました。
潮 私も1997年に『天地無用 真夏のイヴ』の5.1ch版を作る際、ダビングステージ2でファイナルミックスの作業をしたことがあります。でも当時とは内装も機材も違いますね。音の印象も変わったように感じます。
立川 改修前のダビングステージ2は、昔のホールっぽい響きがあり、ここで仕上げた作品を試写室で再生すると、音が違うと言われることもありました。その意味では、改装せざるを得ない状況になっていたとも言えます。
潮 先ほど、来年公開の邦画のファイナルミックス作業の様子を拝見しましたが、セリフにも押し出し感がありました。ダビングステージ1も同じ方向なのでしょうか?
立川 ポストプロダクションセンター1と2の違いとしては、ポストプロダクションセンター1は、ワーナーブラザースさんから紹介いただいたアメリカの設計会社ソルターに設計してもらいました。すべての部屋ではありませんが、ダビングステージ1やアフレコステージなどの主要な施設ではソルターの設計を採用しています。
例えば試写室もそのひとつです。いわゆる映画の0(ゼロ)号試写は基本的には現像所で行ないますが、最近はDCPを上映することも多く、スタッフ試写などはこの試写室を使うこともあります。
潮 試写室も拝見しましたが、落ち着いていて作品に没入できる空間だと感じました。ところで、ポストプロダクションセンターの紹介の中にサウンドエディットルーム、サウンドデザインルームといった名称がありましたが、それぞれどのように分類されているのでしょう?
立川 サウンドエディットトルームは、クランクアップ後に録音部さんがセリフの整理をする際に使ってもらう部屋です。オールラッシュが終わってから5.1ch環境でセリフをパンニングしたり、ニュアンスを付けたりといった音響設計をする際にはサウンドデザインルームを使ってもらいます。
早川 サウンドエディットルームは、現場で録ってきた音データに名前を付けたり、ノイズがひどい場合にトリートメントしたり、あとはアフレコが必要な場所があるかをチェックしたりと、時間をかけて作業されることが多いですね。
潮 なるほど、作業内容の違いでふたつの部屋を用意しているわけですね。。昔はサウンドエディットルームのような施設はありませんでしたよね。
立川 ふたつの違いとして、サウンドデザインルームはソルター社の設計で聴音を施していますが、サウンドエディットルームは通常の仕上げです。また編集用ProToolsのプラグインも、サウンドデザインルームはダビングステージと同じ物が使えるようになっています。つまり、サウンドデザインルームはダビングステージとまったく同じ状態が再現できます。使用料金は、サウンドエディットルームの方がお安くなっています。
潮 なるほど、そこまで細かく考えて部屋が作られていのですか……。
早川 弊社では、ポストプロダクションセンター1にデザインルームが3つ、エディットルームが4つあります。ポストプロダクションセンター2にもデザインルームがふたつありますが、あちらはソルターの設計は入っていません。
セリフや生音を収録するためのステージとは
潮 他にもアフレコステージやフォーリーステージまで準備されているそうですが、そういった需要は立体音響になって必然的に高まっているように思いますが?
立川 アフレコの機会は多いですね。撮影した後に演出的にセリフを変えたいといったこともありますので、そうなるとアフレコせざるを得ません。
アフレコステージもソルターの設計です。ソルターはアメリカの色々なスタジオの設計をしており、多くのノウハウを持っているのです。この部屋はピクサーのアフレコステージを模倣していると聞いています。ピクサーのアフレコステージは壁を5角形にして平行面をなくし、同じ方向に音が返らないようになっているそうです。弊社のアフレコステージも同じ仕様になっています。
早川 映画用ですから、最大30人くらいの人が入ってガヤも収録できるよう考えて作りました。おそらく日本で一番広いアフレコステージではないでしょうか。天井高もかなりあります。
潮 フォーリーステージも、ここまでの規模で設計されている場所は最近ではなかなか見かけない気がします。
立川 フォーリーとアフレコステージは、まさにマイクで音を収録する部屋で、室内環境やNC値(Noise Criteria=室内騒音)にもかなり配慮しました。
奥には小部屋もあり、東宝スタジオの建物の中で一番静かな場所になっています。ここではもっぱら衣擦れの音、服を脱ぎ着する音などを収録します。実は女性が着替える音も、収録時は男性が演じていたりするので、見られていると恥ずかしいのです(笑)。
潮 今でもフォーリーの演技ができるアーティストはいるんですか?
立川 映画のフォーリーができる職人さんは20人もいないと思います。生音については作品ごとに音響さんがチームを組んで、まず全体の流れを収録し、後は音響さんひとりでスタジオにこもって細かい音を収録するという形が一般的です。
5,1chの時代になってからは、映画のシーンにある音は基本的にすべて収録しています。というのも、編集の際に音を入れ替えることもよくありますので、それに対応できるようにしておく必要があるのです。
早川 映画を見ていただければおわかりでしょうが、ほぼすべてのシーンに音がついています。現場での同録に加えて細かい効果音が必ず入っていますが、ここでその素材を作っているわけです。
立川 実際は、収録しても使わない音もたくさんあります。でも、素材がないと、そもそも音を加えることもできません。また、後に海外版を出すことになったら吹き替え音声を作りますが、そのときにセリフと一緒に使う効果音が必要なので、それらも準備しているわけです。
足音などの動きを伴なう音はシーンによってすべて違いますので、ここで録音しています。またこの部屋のコンセプトとして、エクステリアからインテリアまで揃えています。部屋の入口側の床には道路や庭石が並び、だんだん玄関石に変わって、最後にフローリングになるのです。
潮 映画作品以外で、フォーリーを収録する事もあるのでしょうか?
立川 最近はゲーム用素材の収録も増えています。ゲーム用も映画の効果部さんが音響を担当していることが多く、本格志向になっています。
潮 隣にあった音素材の倉庫も凄かったですね。本当に何でもあるといった感じで。
立川 これでもかなり片付いている方だと思います(笑)。ちなみにこの倉庫の鉄階段も収録で使えるように考えています。セットの鉄階段と、きちんと建物の躯体に取り付けてある階段ではやはり音が違うのです。
早川 珠暖簾なども最近は見かけませんので、音録りには重要です。またウェディングドレスのような特殊な物も用意しています。こういった、いい生地を使った衣装の音は、他のものでは代用できないのです。それらの音を細かく録っていくと時間はかかりますが、最終的に作品に大きな違いが現れてきます。
立川 摸擬刀やモデルガンも昔の製品を揃えています。これらは鉄が使われていて、重さがしっかりあるのです。フォーリーではここが重要で、こういったものをフォーリーの職人さんが抱えて走ると、本物らしい音が録れるのです。
他にも、フォーリーステージのために特注した音響調整板もあります。片面にはポールが並んでいて、裏側は反射面になっています。これでマイクを囲んで吸音と反射を調整して色々な音を工夫しています。こういった備品は他にはない特長かもしれません。
ダビングステージ1のために、建物から設計した
潮 そうやって作られた音素材を最終的にまとめるのが、このダビングステージ1ということですね。
立川 ここもソルター社の設計です。実はポストプロダクションセンター1の躯体そのものが、この部屋を入れるために設計されていますので、かなり贅沢な造りだといってもいいでしょう。
潮 ここは7.1chまでのファイナルミックスができるとのことですが、ミキシングの機材は何チャンネル対応なのでしょうか?
早川 48kHz/24ビット信号であれば、1000シグナルパスまで使えます。96kHz/24ビットでは500シグナルパスになりますが、映画は48kHz/24ビットの場合が多いですね。
潮 設備を作る際にポストプロダクションとして気を遣ったのはどんな点だったのでしょう?
立川 弊社では、プロフェッショナルの皆さんの要望に耐えうる環境をきちんと整備して、常に使っていただけるようにしています。
早川 大型コンソールは一年に一回はメインテナンスしています。その他の音響調整でも気になるところがあれば、弊社のスタッフがサポートしています。整音前の音が流れますので、スピーカーユニットが飛んでしまったりということも案外多いのです。
潮 設備側として、サラウンドのクォリティを上げるために考えていることはありますか?
立川 映画の音を作っていく段階での、サウンドエディットルームからサウンドデザインルーム、ダビングステージといったすべての工程がここでできますので、それぞれの段階でスタッフさんから弊社に相談をいただくことができます。音としてこういうアプローチをしたいのだけど、どうしたらいいといった具体的な内容もあります。
ではここで、ダビングステージ1で仕上げた音源をお聴きいただきたいと思っています。近年の作品から4本をピックアップして特徴的なシーンをつないでいます。
潮 3.1chや5.1chなど、種類も豊富ですね。この部屋でファイナルミックスを行なう場合はマルチチャンネルが多いのですか?
立川 基本的には5.1chがほとんどです。先程お見せした4作品にもコンセプトがあって、5.1chで派手に音付けされた効果音や、セリフの整音具合を聴いて欲しいと思っています。他にも、音楽の荘厳な感じがどれくらいのボリュウムで造られているかを聴いてもらっています。監督はこの音量感を目指していますので、お客さんには劇場でそれと同じ音量で聴いて欲しいと願っているのです。
潮 全体的な音のゆとり感が素晴らしいですね。確かに映画館でもこれくらいの音量で再生してほしいものです。ちなみにダビングステージ1はアトモス対応ではないそうですが、今後対応する予定はあるのですか?
立川 私たちとしましても様々思う事はありますが、現在予定しておりません。ですが以前よりご利用の方々からのご要望も数多くいただいていたりもしますので、実現できるか分かりませんが、いろいろと模索し続けていかなければと考えています。
潮 最後に映画製作者の皆さんにお伝えしたいことがあれば、ひとことお願いします。
立川 ぜひ弊社のスタジオをもっと使っていただいて、いい作品を作っていただければと思います。
潮 今日は貴重な空間にお邪魔させていただき、本当にありがとうございました。
(11月14日公開の後編に続く)