2016年「プロサウンド」12月号で紹介した英国「Aston Microphones」社のコンデンサー・マイク「Aston Spirit」と「Aston Origin」。「Aston Microphones」は、James Young氏が2015年に興した新鋭メーカーである。両機はサウンド・エンジニア33名の協力を得て開発され、斬新な設計思想とハイ・コストパフォーマンスで話題となった。Young氏は「Aston Microphones」の創立前、2000年に米国で設立された「sE Electronics」社創立メンバーの1人でもあり、マイク開発で得た造詣を最大限に活かし、他社とは一味違うマイク開発を念頭に置いてきた。その同社が、新たなアプローチで開発されたのが単一指向性ダイナミック型マイクロフォン「Aston Stealth(ステルス)」である。「NAMM Show 2019」に出展されて、話題となった「Aston Stealth」を、製品概要と実際の現場で使用したインプレッションをお伝えする。

常識に囚われない着想でマイク開発を行う Aston Microphones

 本題に入る前に断っておきたい点がある。「Aston Stealth(以下、Stealth)」は、キャッチコピーを“ブロードキャスト品質”としているが、使用対象は声(歌)や楽器、そしてレコーディング・スタジオやライヴまで様々な場面で使えるマイクロフォンである。

 「Stealth」の開発に際しては、先発機の「Aston Spirit」「Aston Origin」開発時に協力を仰いだサウンド・エンジニア、プロデューサー、アーティストなど計33名からなる「ASTON33」を拡大。総勢92名のパネラーを招集した。開発は発想スクリーニングとテストの繰り返しによって、練り込まれたという。おそらくは多数の意見があふれかえり、それをまとめていく作業量は尋常ではなかったであろう。その結果、先述の“ブロードキャスト品質”を越え、多用途に対応できるマイクロフォンに仕上がったに違いない。

 

剛性が高くどっしりとした外観

 届いた使用機の箱を開けて本体を取り出した。大型の円筒形は、梨地仕上げのブラック。持ってみるとズッシリ。「Neumann U87Ai」の重量500gを4割近く上回る692g。ダイナミック型がゆえに大型となるムービング・コイルも一因だが、「Stealth」は筐体がしっかりした厚手の金属製となっているからだ。

 「Stealth」は、円筒の長手方向へ指向性が向くフロント・アドレスタイプ。筐体の前方外周に形成された位相キャンセル・スリットにより指向軸外感度を音響的に下げ、前方への単一指向精度が高められている。収音面には6mm厚のスポンジ製ウインドスクリーンが貼られている。このウインドスクリーンは取り外せるので、汚れが付いた場合には洗浄できるだろう。筐体下部には、後述の「ボイスパターン」を切替えるロータリースイッチがある。

収音面には、取り外しが可能な6mm厚のスポンジが、ウインドスクリーンとして貼られている

 底面にはオーディオ信号出力用のXLR3オス・レセプタクルと、ファンタム電源駆動時に点灯するリング状インジケーターのON/OFFスイッチがある。また、付属のマイクスタンド取付けホルダーを挿して固定する小さな角型ソケットがある。ここにはロック機構は無く、当機を垂直下方に向けるセッティングでは、抜けてしまうのでは? と考えてしまった。実用上問題は無いだろうが、繰り返し使用による経年劣化が見込まれる。レコーディングでは、マイキングの設置、角度調整は極めて重要である。長期使用を考えて頑強な構造にすべきであっただろうが、これは後述のショックマウント「Aston Swift」で対応できる。ちなみにこの「Aston Swift」は既発売の「Aston Origin」「Aston Spirit」でも使用できる。

 

内部構造

 マイクカプセルは、25mm径の一般的なムービング・コイル型。円筒筐体内に3点支持で浮いた構造となっている。マイクカプセルは、200gほどのバラストが取り付けられており、3点の支持体に質量負荷を与えることでサスペンション性能を最適化している。支持体は内部にソルボセイン製の半球が使用されており、マイク内にショックマウント構造がある。ソルボセインは、医療装具や、家電、オーディオ製品などに使用される粘弾性ウレタンポリマーで、高い制振・衝撃吸収性能と耐劣化性を有する。この構造により、付属のマイクスタンド取付けアダプターのみでもセッティング可能とのこと。

本体内のカプセルや基板は、衝撃吸収素材を使った柱状のショックマウントでボディとアイソレートしている

 さらに同社は、上記内部構造に加えて更に振動耐性を高める、外付けサスペンション「Aston Swift」を発売している。マイク筐体を掴む一般的なサスペンション構造だが、アルミ合金やグラスファイバーを使って軽量化、マイクを支えるゴム製のサスペンションを支えている。これを使用すれば、マイクスタンドから伝わる振動や衝撃が、筐体内部のショックマウント構造と相俟って、更なる制振・衝撃吸収効果を期待できる。

 「Stealth」は、円筒筐体内部の上部3分の1は、ステンレス製メッシュで覆われている。これでRF干渉から守っている。この構造体は「ファラデー・ケージ」と呼ばれ、金属などの導電体製の器を示す。導電体に囲まれた内部に電気力線が侵入できないため、外部の電場が遮られ内部の電位はすべて等しくなる。これは電磁波シールドの基本と言える構造であり、車や電車などの金属筐体の乗り物に落雷があっても車内の人には影響が無いことと同じ仕組みだ。

 

A級プリアンプを内蔵

 「Stealth」の最も特徴的な要素と言えるのが内蔵プリアンプだ。円筒筐体底部のエンドキャップ内側に取り付けられている。ダイナミック型マイクロフォンなので、プリアンプを経由しないシンプルなパッシブ駆動で電気信号を出力できる。プリアンプを搭載することにより高ゲインでの出力を可能とし、マイク・ケーブルの引き回しによる外来ノイズに対して高い耐性を持つ。

 このプリアンプはClass A回路で+48Vファンタム電源で駆動する。また、プリアンプ回路はバランス伝送となっており、コモンモードノイズへの耐性が高くCMRR(同相信号除去比)に優れるので、アンバランス回路に比べてS/N比が高い。プリアンプは、ファンタム電源を検知すると自動的に駆動するので、切替えの手間は無い。ファンタム電源が供給されていない状況では、パッシブ動作の低ゲイン出力となる。パッシブ動作時の感度(公称出力値)は1mV/Pa(1kHz/1kΩ)でアクティブ動作時は150mV/Pa(1kHz/1kΩ)である。単純計算で150倍、デシベル換算では43.5dBの高利得を獲得している。よって、出力電圧はライン・レベル(オペレーティング・レベル)に近く、別途アウトボードのマイク・プリアンプの接続を必要とせず、DAWのライン入力に直接接続も可能な範囲だ。この「Stealth」は、色付けを排した純度の高いオーディオ信号伝送と言えるが、これには注意が必要であり、後述する。

 

底面部。本体内部にはファンタム電源で動作するA級マイクプリを内蔵している

 

それぞれに独立したディスクリート回路を持つ4種のボイスパターン

 多用途で使用するために、「Stealth」は用途に応じて切替えができる4つの「ボイスパターン」(周波数特性カーブ)を持っている。このサウンド・キャラクター設定には、先述のパネラーを多数動員し、ブラインド・テストを経て決定されたと言う。4つの「ボイスパターン」は、フィルター回路による可変式ではなく、4つの独立したディスクリート構成による専用パッシブ・ネットワーク回路を持っている。フィルター回路は原理上、ある帯域に若干の位相歪みが生じてしまう。ディスクリート・ネットワーク回路の場合、可変要素が無いため、全周波数帯域において位相歪みが最小限に抑えることが可能である。

「Stealth」の大きな特徴であるボイスパターン選択。それぞれの特性は、内蔵のディスクリート回路によって変化する

 

 「ボイスパターン」はロータリー・スイッチで行うが、誤って切り替わらないよう固くしている。取扱説明書には、両手で筐体を握りひねるようにして回すよう指示がある。マイクスタンドに取付けた後は、セッティング角度によっては切替え難い。もう少し小さい力で可変できても良いと感じた。

 さて、「Stealth」の「ボイスパターン」は、①「V1」(Vocal 1):男性ヴォーカルやナレーションにフォーカスしたサウンド②「V2」(Vocal 2):女性ヴォーカルやナレーションにフォーカスしたサウンド。③「G」(Guitar):アコースティック・ギターやギター・アンプにフォーカスしたサウンド。④「D」(Dark):ビンテージのリボン型マイクロフォンにフォーカスしたサウンド、となっている。それぞれかなり特徴的な音色となっている。

 

周波数特性図、4種のボイス・パターンが確認できる

ポーラーパターン図

 

音質インプレッション

 この度のテストは、女性ヴォーカル、アコースティック・ギターの各オーバー・ダビングと、男性ナレーション(筆者)を試した。比較マイクは「Neumann U87Ai」と「SHURE SM57」、マイク・プリアンプは、「Millennia HV-35」を使用した。マイクスタンドへの取付けは、最初に本体に付属の樹脂製マイクホルダーで取り付けてみたが、やはり筐体重量に対して心許ない印象を受けた。スタンドの種類にもよるだろうが、一般的なスタンドで設置角度によって、若干だが頭を垂れた。

 そこで、サスペンション「Aston Swift」を使用した。「Aston Swift」のホールド機構は2点のバネによるクリップ・タイプとなっており、固定の1点に押し付け3点で「Stealth」を固定する。いとも容易にセッティング完了。「Stealth」を購入するなら「Aston Swift」は、必須アイテムであろう。ちなみに「Stealth」は、ウインドスクリーンとして6mm厚のスポンジがある。ヴォーカルやナレーションといったマイクに接近する場合、ポップ対策としては物足りず、別途ウインドスクリーンを必要とした。

現在リリースしている「Aston Microphones」の3モデルで使用できるショックマウント「Swift」。「Swift」は、独自開発の「ShockStar」サスペンションを搭載しており、価格はオープンプライス(実勢価格¥11,700/税別)

筐体はグラスファイバーやアルミ合金などを使用。サスペンションは、マイクに触れる場所にはゴム素材を採用。軽量でありながらも高い剛性と振動吸収性能を獲得している

マイクの取り付け/取り外しは、ワンタッチでしっかりと固定される機構となっている

 

 試用はパッシブ・モードとアクティブ・モードの出力信号レベルの確認から始めた。パッシブ・モードで、ボイスパターンはV1。まず、感じたのはゲインの低さ。「SM57」よりかなり低く感じた。「SM57」の感度(公称出力値)が1.6mV/Pa(1kHz/1kΩ)なので、1mV/Pa(1kHz/1kΩ)の「Stealth」は「SM57」より約37%も低いことになる。パッシブ・モードでは別途マイク・プリアンプが必要となるだろう。ヴォーカルの場合、50dB増幅する必要があった。アコースティック・ギターの場合は、さらにプリアンプで増幅し結果的に65dB増幅した。パッシブ・モードは、マイクロフォン内で余計な回路を経由しないシンプルなシグナルパスとなっているがゆえの低ゲインなのであろう。しかし、低過ぎる出力電圧は、プリアンプにケーブルで伝送される間に外来ノイズを拾うリスクが増えるしS/N比も悪くなる。S/Nはマイクやマイク・ケーブルのみならず、使用するマイク・プリアンプ自身の残留ノイズ増幅によってももたらされる。もう少し出力ゲインを上げた設計でも良かったであろう。

 対してアクティブ・モード。マイク・プリアンプ「HV-35」のファンタム電源を入れた。ボイスパターンはV1。出力ゲインはどうか。先述の通り、パッシブ・モード時に対して43.5dBも増幅されて出力されている。「HV-35」のゲインを絞りきっても大きくライン・レベルに近い。場合によっては、PADが必要となる。ならば、ライン入力で受けるかDAWのオーディオ・インターフェースにダイレクト結線とも思うがこれはできない。ミキシング・コンソールを含めて、マイク・プリアンプのライン入力には、ファンタム電源供給回路がないからだ。よって、アクティブ・モード時の出力をライン・レベルで受け取るには、次のいずれかの対応が必要となる。

 ①マイク入力にPAD回路をON。②入力がマイク・レベルからライン・レベルまで対応したマイク・プリアンプを用意③別途ファンタム供給ユニットを用意。内蔵プリアンプの利得設計は、もう少し低くしてもよかったのではないだろうか。ちなみに、アクティブ動作の際は、リング状のLEDインジケーターがぼんやりとした紫色で光る。これは全身ブラックの筐体にアクセントとなり離れて見てみると美しい。円筒底面にはインジケーターのON/OFFスイッチがある。ステージでの使用に対する配慮だと感じた。

 次は「ボイスパターン」4種(V1/V2/G/D)とそれらのキャラクターについて記す。「V1」(男性ヴォーカル向け)が「Stealth」の標準特性と言えよう。周波数特性図を見ると4つの中で最もフラットに近い。実際の聴感でも印象が良かった。男性ヴォーカルのみならず、女性ヴォーカルやアコースティック・ギターでも問題なく使用できた。これとは対照的に「V2」(女性ヴォーカル向け)は、顕著なサウンド。出力レベルが「V1」に比して、5dBほど大きくなり、200Hz以下の低音域がスッキリしていた。1kHz~2kHzを中心に高音域が強調され、女性の声の明るさが出てくる印象。比較した「SM57」のサウンド・キャラクターは、「V1」と「V2」の中間というイメージ。「G」(ギター向け)の音色は、ギターアンプよりアコースティック・ギターにフォーカスされている印象。「V2」の特性からさらに低音域がリデュースされている。特性図を見ると、それは「V2」に対して400Hz以下が、顕著に下がっているからだろう。アコースティック・ギターのブーミーな低音域や、ナレーションなどにおける近接効果を避けたい場合に有効であろう。ただ、今回のテストでは、サウンドが痩せて聴こえなくもないので、マイクセッティングを考慮する必要がありそうだ。低音域が抑えられているので、出力レベルは聴感上4つの「ボイスパターン」中で最も低いと感じた。大音圧、近接収音に向いている。

 最後に「D」(ダーク)。ヴィンテージ・リボンマイクロフォン的なサウンドを標榜している。実際に、中低音域が太く表現され、中高音域は抑えられている。落ち着いたウォーム・サウンドだ。ステージでのトランペットやエッジの立ったエレキ・ギターアンプなどに試したら良いかもしれない。低音域が強調されているためか、出力レベルは「V1」と同等か、それ以上に聴こえた。

 4つを聴き比べると、「V1」「V2」「G」の3つでは400~500Hzが持ち上がっている。これは「Stealth」の持つ音質キャラクターと言えるだろう。また、各パターンでディスクリート回路を作っているのだから、「ボイスパターン」の出力レベルは、もう少し近似してほしい。

 以上、4つの「ボイスパターン」は、どれもサウンド・キャラクターを持っていた。マイクロフォンの周波数特性は必ずフラットである必要はない。その特徴が、目的に合致し近道になるのであれば、積極的に採用して良いのである。コンデンサー型と比べれば、奥行き感や微妙なニュアンスは苦手だが、最大入力音圧レベルは140dB(THD0.5%)と高いので、音源に対して近接設置による収音に適している。これは、ナレーション収音にて、確かに「V1」が男性、「V2」が女性とイメージできる音でもあった。“ブロードキャスト品質”という言葉が理解できた。

 これだけの機能や個性を持ち合わせ、92人ものクリエイターによるアイデアの坩堝となったマイクロフォンが、場実勢価格は4万円代前半。導入コストを抑えることが出来るのは、業界にとってもアマチュアにとっても福音だ。多数のクリエイターをバックに持つ「Aston Microphones」。この「Stealth」に載せられなかったアイデアは、まだまだあるのは間違いない。後継機の開発に熱い視線が注がれる。

テキスト:種村尚人

 

Tester Profile
種村尚人
たねむら・なおと。1998年、ソニー・ミュージック信濃町スタジオでキャリアをスタート。2009年からのスタジオファインを経て、音響芸術専門学校講師。現在はテイチク・エンタテインメント唯一のレコーディング・エンジニア。マスタリングスタジオ「TEMAS」にミキシング・ルームを立ち上げ本拠とする。アコースティック系音楽を中心に映画、ゲーム、TV番組などの劇伴やCM音楽まで手掛ける

 

Specification

●型式:ダイナミック型 ●周波数特性:20Hz~20kHz ●指向特性:単一指向性 ●感度(1kHz、1kΩ):1mV/Pa(プリアンプ非動作時)、150mV/Pa(プリアンプ動作時)※いずれも平均値 ●最大入力音圧レベル:140dB(THD 0.5%) ●等価雑音レベル:10dB ●寸法/重量:φ 58×H196mm/ 692g ●備考:ボイスパターン=4 種類(V1、V2、G、D)、プリアンプ内蔵(自動ON/OFF、Class A、ファンタム電源で動作)
■価格:オープンプライス(実勢価格¥39,600 /税別)

 

Aston Microphonesに関する
お問合せ
ローランド株式会社 お客様相談センター
Tel:050-3101-2555
https://www.roland.com/jp/support/contact_us/

 

Aston Stealth 製品情報