皆さんは映画館を選ぶ時に、何を基準にしていますか? 最近は映画館でも様々な上映方式が登場し、選択肢は豊富です。しかし純粋に映画を楽しみたいのなら、気にすべきは絵と音のクォリティでしょう。そんな品質志向のファンに注目してもらいたいのが、「kino cinéma 横浜みなとみらい」です。“音のいい映画館”というコンセプトで作られ、オーディオファンにはお馴染の、フランス・トリノフのシネマプロセッサー「OVATION」も採用されているのです。その音質はいかほどのものか、多良政司さん、潮晴男さんに体験してもらいました。

「シアター2」の全景。スクリーンサイズはシネスコ作品上映時で6.2×2.6mという大きさだ。壁や天井はブラックのトーンでまとめられており、上映時にはほぼ真っ暗な環境が再現される

——今日は、横浜にある「kino cinéma 横浜みなとみらい」にお邪魔して上映中の作品を拝見し、どれほどの音質・画質なのかを体験させてもらいました。メンバーは映画音響のプロである、協同組合日本映画・テレビ録音協会の多良政司さんと、オーディオビジュアル評論家の潮晴男さんです。

 いや〜面白かったですね。今日は「シアター1」で『ホワイト・クロウ』を拝見しましたが、たいへん贅沢な空間になっているというのが第一印象でした。

多良 こちらの映画館には初めてうかがいましたが、とても好印象でした。特にピアノの音がこれだけ綺麗に聴こえたのは久しぶりです。そのあたりについて、じっくりお話しをしたいですね。

——ではここからは、「kino cinéma 横浜みなとみらい」の支配人 佐古和磨さん、上映機器の設置を担当した株式会社ジーベックス テクニカルサポート部の松村茂さんを含めた4名で、今日の視聴インプレッションを語り合っていただきたいと思います。

 佐古さんにうかがいたいのですが、「kino cinéma 横浜みなとみらい」は今年4月12日にオープンしたばかりとのことです。そもそもの映画館としてのコンセプトはどのようにお考えだったのでしょう?

佐古 “居心地のいいシアター”というコンセプトで作っております。そのために、音がいいことはもちろん、シートもゆったりとしたタイプを準備して、作品をじっくり楽しんでいただけるように工夫しました。

シートは左右に肘掛けとドリンクホルダーが付いた、ゆったりとしたサイズが並んでいる。シートの前後の間隔も広く取られており、足を伸ばして映画を楽しめる

 映画館としては座席数を増やして売り上げを求めたいのに、そうしていないのが偉いですね。ちなみにこちらは何館目の劇場なのでしょうか?

佐古 弊社直営としては初めてになります。この後6月28日に立川に2館目となる「kino cinéma 立川髙島屋S.C.館」がオープンします。こちらも3つのスクリーンを備えていて、上映システムも基本的には横浜と同じものを準備しています。

松村 「kino cinéma 横浜みなとみらい」のシステムで特徴的なのは、トリノフのシネマプロセッサー「OVATION」を採用していただいたことです。

 というのも今回の施工一式を担当された東映建工さんから、kino cinéma取締役会長の木下直哉様から、音にこだわった、音のいい映画館を作って欲しいというご相談をいただいています、というお話を聞いたのです。

 弊社は、東映建工さんからの依頼で上映機材のインストールを担当させていただいていますが、それならばトリノフはいかがでしょうと推薦したのです。

 このご時世に、そんなことを言う施主さんがいるんですか?

松村 おそらくこれまでにない映画館を作りたかったのではないでしょうか。その“音がいい映画館“という点を実現するために「OVATION」をお薦めしました。映画館への導入は弊社としても初めてのことでした。

 といっても、“音がいい映画館”にするためにはスピーカーやアンプとの組み合わせが重要になりますが、それらのシステムはどんな基準で選んだのでしょう?

松村 スピーカーの場合、設置スペースの問題もあります。今回はスクリーン裏のスペースが狭いこともあり、薄型モデルを使っています。「シアター1〜3」まで同じスピーカーです。そういった条件でスピーカーを選んだ場合に、「OVATION」でルームチューニングを加えることでメリットがあるだろうと考えたわけです。

シネマプロセッサー「OVATION」の役割は?

トリノフのシネマプロセッサー「OVATION」はサーバールームにセットされていた。シネマサーバーからのリニアPCM信号を入力し、ルームチューニングのEQ処理を加えた後に、パワーアンプに出力している

——ちなみに今回は「OVATION」でどのような処理をしているのか、詳しく教えて下さい。

松村 「OVATION」は劇場用のシネマプロセッサーと呼ばれる製品になります。映画館のシステムでは、サーバー室のデータストレージからプロジェクター内部にあるシネマサーバーにデータが送られます。そしてそこからシネマプロセッサーに音声信号が送られ、ここでルームチューニングやボリュウム調整などを行なうことになります。

 つまり「OVATION」で音量やチャンネルバランス、ルームチューニングの調整をしていることになります。トリノフの製品は、特にこのルームチューニングのEQ(イコライザー)が優秀なのです。

 ほぼ同じルームチューニング機能が、家庭用AVプリアンプの超高級モデル「ALTITUDE32」などにも搭載されているので、読者の中にはご存じの方もいらっしゃるでしょう。

多良 昔はアナログイコライザーを使って人の耳でルームチューニングを行なっていましたが、最近は「OVATION」のような製品が出てきて、それをデジタルでできるようになりました。

 ドルビーアトモスなどもそうですが、サラウンドのチャンネル数が増えていったときに、人間が全部のチャンネルを調整することは不可能です。となると機械である程度のリファレンスを作ってもらって、人間はそれを聴いて、仕上げとして聴感上で合わせるのが一番理にかなっている方法だと思います。

松村 最近は熟練の技術者が減ってきていることもあり、ある程度までは機械で調整できるシステムが必要になってきています。オートチューニングでどこまでハイレベルに仕上げられるかは、とても重要です。

 ぼく自身、トリノフについても最初はオートチューニングは時間短縮の手助けになるくらいで、最終的には人間がやった方がいいだろうと思っていたんです。でも実際には「OVATION」内で位相干渉までコントロールしているので、逆に人間では適わないと感じてしまいました。

多良 低域については、現場でどうしても位相干渉を起こしてしまいます。しかし、それを人の耳で解消するのは難しい。でも「OVATION」なら、位相のずれまで微調整してくれるんです。その結果、音がひとつひとつクリアーになって、粒が見えるような気がするほどです。

松村 アナライザーを使って、頑張って手動で調整できるかも知れませんが、時間は相当かかってしまいます。高域だけでなく、低域があそこまでクリアーになるのは、人間の調整では実現できません。

85dB(c)という映画再生の基準を守っている

当日は「シアター1」で上映中だった『ホワイト・クロウ』をおふたりにご覧いただいた

——では、潮さんと多良さんに具体的な作品の印象をうかがいたいと思います。

 「OVATION」の効果なのかわかりませんが、室内がとにかく静かです。残響も短いし、機材の動作音もまったく気になりませんでした。これほどS/Nがいい映画館は久しぶりです。

多良 確かにそうですね。THX映画館などは吸音がきつくて耳に違和感があるのですが、今日はそんなこともありません。適度な残響もあって、よく調整されていると思いました。

佐古 弊社の会長や社長が東映建工さんやジーベックスさんを信頼して、映画館の施工をお願いしています。おそらく弊社からは“音のいい映画館”が欲しい、としかお願いしていないと思います。

 建物としての仕様はとてもうまく仕上がっていますね。ではそこに実際にスピーカーやアンプを設置した場合に、どんな苦労があったのでしょうか?

松村 スピーカー設置に関しては、角度に注意しました。ルームチューニングはオート処理なので、かなりの部分は「OVATION」に任せています。とはいっても最終のジャッジは人間の耳で行なっていますが……。

 私の持論ですが、映画音響で大事なのはセリフで、セリフによっては作品の印象まで変わってしまうと思っています。ですので、セリフに関しては女性の声、子供などいくつかのコンテンツを聴いて、全部問題ないように仕上げました。

多良 『ホワイト・クロウ』でも、女性がしゃべりながら右に移動するシーンでパンを使っていましたが、つながりがとてもよかった。L/C/Rのバランスもうまく取れていると思います。

 ちなみに上映機器や音決めの方法は、「シアター1〜3」のどれも同じですか?

松村 「シアター1」と「シアター2〜3」は部屋の大きさが違いますので、アンプの出力などは違いがあります。しかし音については、色づけを変えているといったことは一切ありません。

写真左はスクリーン越しにフロントスピーカーを覗いたところ。スクリーンは織物素材で、サウンドホールが目に付くこともない。右はサラウンドスピーカー

 もうひとつ気になったのが「OVATION」のボリュウムです。こちらでは本編をレベル7で再生しているとのことでした。「OVATION」のレベル7はいわゆる85dB(c)という映画上映の基準値に即しているそうで、それは素晴らしいことなのですが、実際にはほとんどの映画館ではもっと小さいレベルで再生していることが多い。この音量をきちんと守っていることに驚いたのです。

佐古 ジーベックスさんから「OVATION」の音量は7で使って欲しいというアドバイスをもらっていました。ぼくも実際に音を聴き比べてみたのですが、レベルは7の印象がよかったので、それを守っています。

 実は以前、400席のシアターのあるシネコンで働いていましたが、その時はボリュウムを85dB(c)にするとやかましいと感じたのですが、ここはもっと小さな小屋なのにやかましいと思ったことがありません。

 ぼくは先日「シアター1」で『空母いぶき』を拝見しました。その時も今日見た『ホワイト・クロウ』も、音の歪みがとても少ないのが印象的でした。特に『空母いぶき』は、邦画でこれくらいセリフが聴きやすければ充分だと思ったほどです。

多良 スピーカーを含めて、トータルのバランスがいいですね。『ホワイト・クロウ』でもセリフの整音が綺麗にされているし、効果音、フォーリー(生音)も丹念に仕上げてありました。バレエシューズや床の素材が変わったシーンでも、まったく違和感はありませんでした。大きめのボリュウムでも音楽が綺麗で、ピアノをここまできちんと聴けたのは久しぶりだなぁと思ったんです。

 音響演出としては、ちょっと物足りないところはありましたが、細かい部分の目配せ、エンジニアはとても頑張っているなと感じました。空間再現も自然でよかった。ここにも「OVATION」のチューニングが効いているんじゃないかな。

松村 今回は、「OVATION」でルームチューニングをかけた後に、EQのパラメーターに調整を加えています。というのも、部屋の大きさ、吸音の仕方によっては高域が足りなくなってしまうことがあるのです。そこで、最後に耳に心地のいいところ、8kHz前後を1dB以内で微調整しています。ここはやりすぎてはいけないし、かといって効果がはっきりしない程度では駄目。その案配が難しいのです。

多良 松村さんのような人たちが頑張ってくれているから、映画館のグレードも全体に上がってきてくれていると思います。ぼくのような映画の作り手にとっては嬉しいことですよ。

プロジェクターは天井に設けられたボックスに収納されているので、動作音もまったく気にならない。解像度は2Kとのことだが、スクリーンサイズとのバランスがいいのか、とてもクリアーな映像が再現されていた

——ところで、これまでお客さんから音について何か反響はあったのでしょうか?

佐古 予告篇がうるさいので、音を下げて欲しいという要望が1件だけありましたが、本編についてはそういったことはありません。満足度はひじょうに高いのではないでしょうか。

 予告篇はインパクトを残すために、キャッチーにしがちですからね。それもうるさい音ばかり鳴らせばいいという変な方向になっています。

多良 予告編がうるさいからとボリュウムを下げる映画館もありますが、そのまま本編を上映してしまうと、真面目に基準を守って作っている作品の音が聴きにくくなってしまう。これはとても可哀想なことです。

 最近はどの映画館も本編の音が小さい! ぜひ「kino cinéma 横浜みなとみらい」を見習って欲しい。

多良 作り手としては、まずはセリフを基準にして映画の音を作っていきます。アップの人物と引きの人物があるとすると、アップはそれなりに寄ったセリフで、引いたらその場のアンビエントも含めた距離感が欲しい。

 さらにささやき声もあるし、ぎりぎり声が聴こえるといったところを探ってセリフの再生レンジを決めるんです。そこをベースにして、映画の中でのセリフのメリハリを作っていきます。

 そこに音楽と効果音を加えていくのですが、これらにはサイズ感はほとんどありません。爆発などはセリフ以上にレベルも大きく、低音も含んでいます。また音楽は演出に応じてぐっとレベルを上げることもあります。

 つまり、お客さんが音が大きいと感じるのは、音楽と効果音についてであって、セリフは決して大きくはないのです。だから、音楽と効果音のために全体のレベルを下げてしまうと、セリフが損をするわけです。

佐古 なるほど、そう聞くとますます今のバランスを大切にしなくてはいけないと思えてきました。

 その通りです。いや〜素直な支配人さんで嬉しい(笑)。

多良 他にも音がいいという映画館はあるでしょうが、「kino cinéma 横浜みなとみらい」は、部屋の環境やチューニングがとてもうまくまとまっていて素晴らしいと思います。ぜひ自信を持って、今の上映環境を守って欲しいですね。

映画ファンなら、ぜひここの音を体験して欲しい

「kino cinéma 横浜みなとみらい」には、この階段を上って入る(エレベーターもあり)。踊り場ではパディントン君がお出迎え

——さて最後に、多良さんと潮さんに「kino cinéma 横浜みなとみらい」で映画を楽しんだ感想をお願いします。

多良 映画について、音がいいとか悪いとかと言い出したのは、映画館の音響特性がよくなってきたことがきっかけではないでしょうか。映像もデジタルになったことで、音がいいのも当たり前という風潮になっています。でも、映画館によっては旧態依然として古いシステムをリペアーして使っていたりして、なかなかその恩恵を得られないことも少なくないのです。

 しかし今回の「kino cinéma 横浜みなとみらい」のように、最初からいい音のために最善の機材をチョイスして映画館を作ってくれると、悪かろうはずがない。

 個人的には、映画はジャンルの幅がとにかく広いので、各作品にマッチしている音が本当の意味でいい音だと思うのです。ぼくら作り手が目指しているのは映像に即した音、絵に合った音で、そうなっていたらいい音だと判断しています。そのあたりはオーディオファンの潮さんとは違うかも知れませんが。

 今日の『ホワイト・クロウ』も、バレエ音楽をそれなりに計算して作っていますし、ショーパブのシーンではいかにもそれっぽい音でした。回想シーンで初めて聴いた音を昔のスピーカーで鳴らしている時も、古めかしい雰囲気になっています。ちゃんと細かく演出しているのです。

 そんな作り手の狙いが音として再現されているということは、映画館として素晴らしい証拠だと思います。ぼくとしては、これは好きな音ですよと言いたいし、映画を見るならそういう場所で見て下さいと読者さんに伝えたいですね。

 映画館としてひじょうに素晴らしいと思いました。空間の居心地のよさ、シートの座り心地もいいし、静けさもあって作品に没入できます。

 『ホワイト・クロウ』は多くの国が舞台になっていますが、それらの背景音や音楽もあちこちのスタジオで収録されているようです。他の映画館でこれを聴いたらその違いが耳について、うるさく感じたのではないかと思います。しかし今日はバランスよく聴かせてくれました。

 逆に言うと、それだけオリジナルの音がわかってしまう、そんな怖さを備えている映画館ともいえるでしょう。だから映画ファンが「kino cinéma 横浜みなとみらい」に来たら、これまで他の映画館でどんな音を聴いていたのかがわかるんじゃないでしょうか。

松村 同じ作品をあちこちの映画館で見るという人もいるようですが、そういう方は、ぜひここの音も聴いて欲しいですね。

 本当に大人の音だと思います。たとえドンパチ映画だったとしても、落ち着きのある音で聴かせてくれるのではないでしょうか。映画好きにはぜひ経験して欲しい聖地です。

佐古 おふたりにそこまで褒めていただいて、嬉しい限りです。でもこれは責任重大ですね。今後も今日の品質をキープして、居心地のいい映画館を続けていきますので、ぜひ「kino cinéma 横浜みなとみらい」においで下さい。

取材に協力いただいた、kino cinéma 横浜みなとみらい 支配人の佐古和磨さん(左)と、株式会社ジーベックス テクニカルサポート部の松村 茂さん(右)

「kino cinéma 横浜みなとみらい」

●住所:横浜市西区みなとみらい4-7-1 みなとみらいミッドスクエア2F
●営業時間:10:00〜(営業終了は上映作品により異なる)
●定休日:年中無休

 「kino cinéma 横浜みなとみらい」は、TSUTAYAの2Fにある、落ち着いた雰囲気の映画館だ。事前にホームページから座席を購入しておくと、携帯にQRコードが送られてくる。当日はこれを提示するだけなので、とても簡単だ。

 6月下旬には『パピヨン』『COLD WAR あの歌、2つの心』といった作品が、さらに7月12日からは『トイ・ストーリー4』『さらば愛しきアウトロー』も上映される。ぜひ潮さんと多良さんが認めた映画サウンドを体験していただきたい。

<主な上映システム>
●シート:コトブキCN552642 (タイプ背ロッキング特注品)
 ※座席数:シアター1は55席(車椅子2席)、シアター2〜3は各111席(車椅子2席)
●デジタルシネマプロジェクター:クリスティデジタルシステムズCP-2308
●デジタルシネマサーバー:GDCテクノロジーSR-1000M
●シネマサウンドプロセッサー:トリノフ OVATION
●パワーアンプ:QSC DPA-4.2、QSC DPA-4.3
●メインスピーカー:QSC SC-2150
●サブウーファー:QSC SB-1180
●サラウンドスピーカー:QSC AD-S8T-BLK
●スクリーン:SEVERTSON SAT-4K