文=土方久明/写真=嶋津彰夫

開発現場でサイバーナビ2023年モデルを聴いた

 真夏日の連続記録を更新し残暑がおさまらないとある日、僕は埼玉県川越市にあるパイオニアの川越事業所を訪れた。静寂に包まれ、少しヒヤッとする試聴室のドアを開けると、目の前には2DINサイズの2台のカーナビゲーションが置かれている。早速僕は、鞄の中から取り出した沢山のハイレゾ楽曲ファイルが保存されたUSBメモリーをその1つに挿入して再生ボタンを押した。その瞬間、試聴室に設置されたパイオニア派生のハイエンドブランドTADのフラグシップ3ウェイ大型スピーカー「TAD-R1」から、予想外にスケール感のあるサウンドが流れた。上下の帯域レンジ、SN比、ダイナミックレンジなど、本質的な音の良さを感じる上、作り手の感性の高さを実感させる音楽性の高い音だった。本日は10月に発表予定のカーナビゲーション サイバーナビ2023年モデルを試聴するのだ。

サイバーナビの開発本拠地である川越事業所、音質評価用に使用されている試聴室には2台のサイバーナビが置かれていた。左がサイバーナビ2022年モデル、右がサイバーナビ2023年モデルである。

 現在のパイオニアは、「カロッツェリア」ブランドでカーナビゲーションに力を入れている会社だ。機能に贅を尽くした「サイバーナビ」、高性能に加え使いやすさを求めた「楽ナビ」など、2つのカーナビブランドがあり、記事執筆時点で合計23機種が発売されている。

 話を試聴室での体験に戻すが、僕が最も驚いたのは、上述のサウンドを出していたのが、音質を徹底的に求めたハイエンドオーディオカーナビの「サイバーナビXシリーズ」ではなく、スタンダードラインに属すサイバーナビだったこと。この10月にモデルチェンジを行い、カーナビ機能の向上に加え、“音質を最大限高めた”ことに注目してほしい。つまり、表面上のデザインは変わらないなのだが、音質的な改善という意味では大幅に性能アップした代物なのだ。日本各地で開催されるカーオーディオコンテストでサイバーナビXシリーズを見かける機会が多い僕にとって、「これは試すしかないだろう」というプロダクトなのだ。

現行モデルと同じバリエーションのラインナップで展開する

 まずはサイバーナビ2023年モデルについて、ナビゲーションとしてのアウトラインと進化点をお伝えしよう。ラインナップは、AVIC-CQ912III「画面サイズ9V型」/CL912III「画面サイズ8V型」/CW912III「画面サイズ7V型(200mmワイド)」/CZ912III「画面サイズ7V型」、これにネットワークスティックがセットとなる-DCモデルが加わり、全8種類という陣容だ。

カロッツェリア、サイバーナビAVIC-CZ912III。7V型画面の2DINモデルだ。外観上、サイバーナビ22年モデルからフルフラットデザインを踏襲。しかし、聴けばこの違いは明かであった。

 サイバーナビ2023年モデルは、同社上位のカーナビブランドだけあり、基本となるナビ機能の充実に加え、昨今要望の高いエンターテインメント性を最大限高めるオンライン機能の能力を徹底的に高めたシリーズだ。-DCモデルに付属するネットワークスティックとドコモの車内向けインターネット接続サービス「docomo in Car Connect」を組み合わせる、もしくは手持ちのスマホやWi-Fiルーターを利用することで、インターネット経由でのYouTube動画視聴や音楽ストリーミングサービスの聴取、自宅に設置されたハードディスクレコーダーに記録された録画番組の再生など、オンデマンド機能を利用できる。

 さらに、インターネット接続によるリアルタイムな情報取得を利用して、出発から到着まで、カロッツェリア独自の渋滞情報、駐車場の空きやガソリン価格、天気も加味した“理想に近いルートでの案内”を実現してくれる「スマートループ」機能や、自動地図更新機能を利用できる。また、スマホやタブレットをインターネット接続させるWi-Fiスポット機能も利用可能だ。

 もちろんカーナビ単体としての能力も高く、高コントラストかつ高解像度で描画可能な高精細HDパネルや、クルマのコンソールとの一体感を演出するフルフラットデザイン、操作性を一気に高める専用リモコン「スマートコマンダー」の付属など、1990年に世界初の市販GPSカーナビゲーション「AVIC-1」を登場させて以来、蓄えてきたカロッツェリアの知見がふんだんに投入されている。また、フリーワード音声検索機能の認識率を向上させるなど、ナビとしての能力も上がった。

音質に関わる回路で大きな改善を実施

 本取材では、製品を開発したキーマンである技術開発本部技術統括グループの松永祥太(まつながしょうた)さんと、マーケティング部戦略企画課の蒲牟田洋明(かまむたひろあき)さんに、開発経緯や苦労談などを根掘り葉掘り聞きながら試聴した。

技術開発本部技術統括グループの松永祥太氏。サイバーナビ2023年モデル開発エンジニアのオーディオ回路設計チーム筆頭的立場で手腕を振るっている。

マーケティング部戦略企画課の蒲牟田洋明氏は、開発にあたってエンジニアチームとタッグを組んで、要所要所での判断を下して来たという。

 まずはサイバーナビ2023年モデルのオーディオ/ビジュアル周りスペックから見ていこう。対応音楽ソースは、CD、FM/AM、SD、USBによる音楽再生が可能で、Bluetooth接続機能も備える。映像周りはDVD、USB、SD、HDMI入力および地上デジタル放送対応のTVチューナーを搭載する。

 内蔵パワーアンプは50W×4チャンネル分を搭載。外部アンプ用/サブウーファー用ライン出力も搭載する。乗車位置や人数に合わせて音響特性を可変する「リスニングポジション変更機能」や、44.1kHz/16bitのCDフォーマットやAAC/MP3などの圧縮音源をHi-Resオーディオ相当にアップサンプリングする「マスターサウンドリバイブ」の実装に加え、52bitで内部処理されるDSP機能を活かした、左右独立31バンドを0.5db単位で調整できるイコライザー機能、各スピーカーのカットオフ(クロスオーバー)機能、距離0.35cm単位で調整できるT/A(タイムアライメント)機能、各スピーカーのレベル調整機能などを実装する。

 これらの仕様を読み解くと、サイバーナビ2023年モデルは日常的な使用から本格的なカーオーディオコンテストに対応する能力も付与されていることが印象的だ。これらの充実した基本性能のオーディオ部は、さすが現在も愛用者がいるXシリーズを擁するカロッツェリアといったところ。

 ここからはオーディオ部の進化点について詳しくご紹介したい。前提として、そもそも前世代サイバーナビ2022年モデルは音質の評価が高く、大手量販店から日本各地のカーオーディオプロショップまで一定の評価を得ていたモデルだ。

 松永さんによると、サイバーナビ2023年モデルでは回路などの基本構成にはあえて手をつけず、サイバーナビχシリーズ開発時のノウハウをベースとして、音質に大きな影響のあるマスタークロックとオペアンプを刷新したのち、その周辺部品を変更し徹底的に音質チューニングを行なったという。

 マスタークロックは位相雑音(ジッターノイズ)が少ない新型に変更したのち、電源部周りとマスタークロックの出力の非磁性体抵抗のパーツを変更。オペアンプは、オーディオファンから音質が評価されていた日清紡マイクロデバイス社MUSES01/MUSES02コンセプトを踏襲しながら、チップ及びフレーム材料の最適化を行った新型の「MUSE8820」に変更し、オペアンプフィルターのパーツも見直している。さらにDAC部のコンデンサ類も変更したという。

試聴室でサイバーナビ2023年モデル開発キーマンへ根掘り葉掘りインタビューする筆者。

最大の変更ポイントがマスターサウンドクロック(赤丸内)とオペアンプ(緑丸内)の変更だ。実際にはこの素子だけではなく、周辺素子を適宜変更して音を整えているという。

オーディオ基板だけではなく、電源回路についても手を入れているという。音楽を楽しく聴くことができるようにチューニングしたとのこと。

新旧比較しながら厳密にサウンドをチェック
音質的に別クラスに位置する製品だ

 試聴は、2022年モデルと2023年モデルを聴き比べる形で厳密に実施した。システム構成については、AC100V-DC12Vの電源変換を行い両モデルを駆動する。そしてスピーカー「TAD-R1」を直接内蔵アンプで駆動した。試聴音源については、USBメモリに保存されたハイレゾファイルで以下の通りとなる。

(1)女性ジャズヴォーカル:
ダイアナ・パントンアルバム「Blue」から『Yesterday』(192kHz/24bit)
第8回ハイエンドカーオーディオコンテスト課題曲
(2)クラシック:
グスターボ・ドゥダメル/ロサンゼルス・フィルハーモニックアルバム『ドヴォルザーク:交響曲第7・8・9番』から『Dvořák:SymphonyNo.9inEMinor,Op.95,B.178』(96kHz/24bit)
第8回ハイエンドカーオーディオコンテスト課題曲
(3)洋楽ポップス:
チャーリー・プースのアルバム『チャーリー』から『There'sAFirstTimeForEverything』(44.1kHz/24bitFLAC)
(4)邦楽:YOASOBI『アイドル』(96kHz/24bitFLAC)

 まずはダイアナ・パントンから聴いてみよう。聴きどころとなるのは、イントロのピアノのリアリティと音色、ヴォーカルの定位感と優しい感じの声質が出ているか、ベースのリアリティ、さらに弦楽四重奏のレイヤー感などだ。最初に聴いたサイバーナビ2022年モデルは、これらを十分な再生能力を持って表現した。「全く悪くない。これは殆ど差が出ない可能性もあるのでは」と僕は思った。多分、同席したオートサウンドウェブの長谷川氏も同じ感想を持っていただろう。

 そんな矢先のこと……続いて新型であるサイバーナビ2023年モデルから音が出た瞬間、一同が驚嘆することになった。一聴して情報量が違い、楽器とヴォーカルのアンビエントなど小レベルの音が明瞭に聴こえてくる。バックミュージックに対するヴォーカルの前後距離感の表現や、背景で鳴っている弦楽四重奏のディテールさえ表現できている。しかも中音域の密度があり、彼女らしい優しい声質が表現されている。そして印象的だったことは、低域の分解能が高い!

 続いて聴いたドヴォルザークは圧巻の一言。小レベルの音の分解能が高く、オーケストラの楽器の数が違うし、サウンドステージの空気感が違う。ダイアナ・パントンを聴いて印象的だった優れた低域表現は、オーケストラの迫力とスケール感を増大させ、コントラバスなどの低音楽器のリアリティや抑揚への追従力も上がって聴こえる。僕は、あまりの違いに我慢できなくなり、後ろにいた松永さん、蒲牟田さん、編集長の長谷川さんに「これは音質的に別クラスに位置する製品です」と声を出してしまった。同席していたカメラマンのSさんでさえ、驚嘆の顔をしている。あまり派手に書きたくないが、それほど差があったのだ。

試聴はテクニカルオーディオデバイセズ(TAD)のスピーカーシステムをサイバーナビの内蔵アンプでドライブして聴いた。

 また、サイバーナビ2023年モデルの良いところは、S/N、分解能、Fレンジなどオーディオ的な再生能力の向上に加えて音楽性とのバランスが取れていることだ。それを如実に感じたのはチャーリー・プースで、音がスピーカーに張り付かず明瞭なディテールを保持しながら前方へしっかり飛び出してくる。そして何より低域が立体的だから音楽的にカッコ良い! 本楽曲はベース表現の周波数が段階的に下がって聞こえるのだが、それをリアルに表現できている。最後に聞いたYOASOBIの感想を書いたメモには「音のグルーブが素晴らしい」と書いた。音数が多く団子になりやすい本音源を、適度な分解能がサポートしikura(幾田りら)のヴォーカルとバックミュージックがちゃんとレイヤー上に前後に定位している。もちろんサイバーナビ2022年モデルも悪くない、だが総合的にいえばサイバーナビ2023年モデルのオーディオ的再生能力と音楽的なグルーヴは、もはや別の領域に進化している。

 そもそもサイバーナビ2023年モデルは、コロナの社会情勢下で内部構成パーツの手配さえ苦労する状況で開発が始まったという。蒲牟田さんによると、定評のあるサイバーナビ2022年モデルの基本設計は変わらず、音質を大幅に上げられるかという要望が来た時は身構えたそうだが、サイバーナビXシリーズで取得したノウハウの一部に音質を大きく上げられるであろうヒントが隠されていたのだとか。それが先述したクロックとオペアンプの変更だった。しかし「実際に2つのパーツを変更しただけだと音質は向上し、マスタークロックの変更は分解能が上がるものの、その反面帯域バランスが変わってしまい、音楽的なバランスが取れなかった」と松永さんは語る。そこで、周辺パーツの変更と徹底した試聴によるセッティング変更で音を整えていった。僕が感じたサウンドステージの立体感はクロックが、低域の大幅な分解能向上は内蔵アンプの素性の良さに加え、オペアンプおよび周囲の電源部の変更が効いているようだ。 

 まとめとなるが、まずサイバーナビ2023年モデルはコストパフォーマンスが素晴らしい。

 かなり大型のフロア型スピーカー「TAD-R1」を十分に鳴らしたことに驚かされた。シャーシレベルでノイズコントロールされるサイバーナビχシリーズとは同時比較できなかったが、サイバーナビ2023年モデルは大幅に安価だ。せっかくナビを買うなら音質が良いものを選びたいと考えているビギナー層からカーオーディオコンテストにチャレンジしたい層という幅広いユーザーにとって、サイバーナビ2023年モデルの充実したエンターテインメント性能とナビ性能、そして何よりも大幅に向上した音質は大きな魅力となる。購入後の満足感はかなり高そうだ。それに、松永さんを始めとして、音楽の楽しさを重要視した開発チームの音作りのセンスを何より称賛したい。

「別クラスの製品です」と試聴中に何度も言う筆者。同行編集者もサイバーナビ2023年モデルのパフォーマンスに驚いていた。

提供:パイオニア株式会社