先日、オンラインで開催されたCEATEC2021。その中でひときわ興味を惹いたのがドルビーが提供していたコンテンツ「自動車向けドルビーアトモスミュージック、Dolby Atmos for cars」である。これまで、車載向けのドルビー技術といえば、DVDフォーマットのDolby Digitalが実用化されているだけで、映画館やホームシアターで実現しているドルビーアトモスについては、クルマで体験することはほぼ不可能だった。しかし、音楽のサブスクリプションサービスが技術的に向上することで、現代の立体音響空間を車室内に持ち込むことが可能になったというのである。しかも、そのデモンストレーションが体験できる車両も存在するという。矢も楯もたまらず、ドルビージャパンへ取材を申し込んだ。

文/写真=長谷川 圭

 ステレオサウンドオンラインをご覧の方々からすれば、『やっとクルマにも入るようになったの?』と思われるかもしれない。しかし、これまでクルマで音楽コンテンツを楽しむ場合、CDやDVD、あるいはBDといったパッケージソフトや、リッピングしたデジタル音源を持ち込む以外、自由に聴きたい楽曲を楽しむことが適わなかったわけで、サブスクサービスが浸透してきた昨今、ようやく楽しめるメディアの幅が広がったという事情もある。しかも、データ量は多くなるものの、高音質で再生が適うサービスも一般的になり、いい音でカーオーディオを楽しみたいという要望にも応えられるよう成長してきた。そこに、アップルミュージックやアマゾンミュージックが立体音響音源の配信に対応、新型のスマートフォンなどに限られはするがスマホ本体に内蔵するスピーカーだけでの再生でも、ドルビーアトモスの世界が体験できるようになったわけだ。そして今、Dolby Atmos for carsの世界を実体験可能となる車両が完成したのである。

 東京東銀座にあるドルビージャパンへ行くと、ドアに「Dolby」のロゴをあしらったトヨタ アルファードが用意されていた。この車両は、CEATECの同社ブースでも紹介されている車両で、レコーディングエンジニアの古賀健一氏が体験レビューされているクルマそのものだ。
[動画閲覧可能なのは2021年11月30日まで。CTEATEC2021で、アカウントを登録(無料)し、ドルビージャパンブースへ進む、ブース内「自動車向けドルビーアトモス」をクリックすると動画表示ページへ入ることができる]

 このアルファード、スピーカーのシステムは7.1.6という構成。フロントLCR、サラウンドLR、サラウンドバックLRは、トゥイーターとウーファーの2ウェイが組まれ、フロント、ミドル、リアのハイトスピーカーは50mmユニットが載っている。サブウーファーは200mmユニットがラゲッジに搭載されている。2ウェイで組まれたセンター、フロント、サイド、リアは、ウーファーサイズが異なるものの、トゥイーターにはパイオニア/カロッツェリアの最上級ユニットを用いるなど、クォリティ重視で組み上げられたであろう事が容易に想像できた。

 楽曲は、TIDALを再生。ドルビーアトモス音源の楽曲を数曲再生した。通信によって得られた楽曲データは、PCを経由してデコードされ、同PC内で車載状態に合わせたDSP処理を行っている。D/A変換された信号は車載用パワーアンプを経てスピーカーをドライブしている。

 試聴は停車した状態で、セカンドシートに着座して行った。最初に聴いたのは男声アカペラの楽曲。各パートの声が自分を取り囲むように歌っているように聴ける。そしてハーモニーとなって車室内を充たす。声の響きは消え際まで美しく、見事なまでの没入感が得られる。続いて、エレクトリカルな打ち込み系の楽曲を聴くと、音像がクルマの中を駆け巡るアレンジが思わず笑いがこみ上げるほど手に取るように感じられた。聞けば、音像の移動といった演出は、従来のステレオ録音で行われるパンポッドと同様にあつかえるのだそうで、ドルビーアトモスの場合はジョイスティックのようなアイテムで記録することができるのだそうだ。

 もっとも感動的だったのはオーケストラの演奏。ジョン・ウィリアムスがウィーンフィルを指揮した「帝国のマーチ」を聴いたが、なにしろホール感が見事。演奏会場はムジークフェラインスザール。実際にこのホールでの演奏を聴いたことはないのだが、これほど綺麗な響きで音楽を聴かせる場所なのかとクルマの中であることを忘れるほどであった。なんといっても、全方位から聴き取れるアンビエンスが、一分の隙も感じさせないほどシームレスに鳴っている。もちろん、各楽器の配置までもが整然と描かれる。これがドルビーアトモスの真価なのだろうと感じた。

ダッシュボードの中央、フロントガラスに近い場所に30mmデュアルアークリングトゥイーターを、トゥイーターより聴取位置に近い場所へ170mmウーファーをレイアウトし、センタースピーカーとして機能させている。

ピラーのほぼ上端にはフロントハイトスピーカーがマウントされる。ユニットは50mmのコーン型だ。

ダッシュボードの端、ピラーの付け根近くにフロントスピーカーのトゥイーター(30mmデュアルアークリング)が配置される。2ウェイを構成する170mmウーファーは、ドアの純正スピーカー位置にマウントされている。

スライドドアに配置されたサラウンドスピーカー。ドアリリースノブの上に30mmデュアルアークリングトゥイーターを、ドア下方の純正スピーカー位置に170mmウーファーを装着している。トゥイーターはドアやや後方に角度を付けて固定されている。

車両のほぼ中央、スライドドアの上にミドルハイトスピーカーがマウントされる。

スピーカー装着部分を拡大してみると、コーン型の50mmスピーカーユニットが確認できる。

サラウンドバックスピーカー。30mmデュアルアークリングトゥイーターと170mmウーファーの2ウェイを左右に配置。トゥイーターは前方にやや内側へ角度を付けて装着されていた。

リアゲート近くの天井に小型のエンクロージュアへマウントされたリアハイトスピーカーが固定されている。

最後方のハイトスピーカーも、他のユニットと揃えた50mmコーン型ユニットが採用されていた。

ラゲッジのフロアに搭載されているのが200mmサブウーファー。約20Lのシールドエンクロージュアとともに低音を再生する。

 ドルビーアトモスは、新録音の音源だけではなく、古い音源でも構築が可能だという。マルチトラックで収録された音源が残っている事が条件ではあるのだが、リミックスすることで新たな音源として聴くことができるのだという。全ての音源をアトモス化する必要もないのだが、ライブ盤などで会場に居るかのような没入感が得られるのであれば、ぜひ聴きながらドライブしてみたいと思う。そしてこの先、自動運転が一般化された時、この楽しさはクルマという移動空間を極めて上質なエンターテインメント空間に一新させるはずで、ドルビーアトモスがもたらすカーエンターテインメントへの恩恵は多大だろうと感じるのだ。

 ところで、気になるのはスピーカーの数。高級車で採用されるほど多くのスピーカーが必要なのだろうか? スピーカーの数、これはDolby Atmos for cars普及のハードルと言えそうである。この点については同社のバーチャルハイト技術で解消されそうである。つまり、前途洋々なのである。

 カーエンターテインメントの令和革命となりそうなDolby Atmos for cars。現状はと取り巻く環境を見回すと、2021年11月初頭時点では、アメリカのルシードモーターズが間もなくドルビーアトモス再生機能を搭載した車両「ルシード エア」の出荷を始めるほか、メルセデスベンツが2022年に市場投入するマイバッハとSクラスで採用すると発表している。他にも、立体音響を謳うカーオーディオシステムを採用する自動車メーカーは少なくないため、メルセデスベンツに追従するメーカーも出てくることだろう。車載機メーカーとしてはパナソニックが採用に名乗りを上げており、市販AVナビや車両純正インフォテインメントシステムで国産のクルマに装備されるのも近いかもしれない。楽曲についてはユニバーサルとワーナーがDolby Atmos Music制作を表明しているので、楽しみは広がるばかりだ。