イコライザーの役割と種類

 イコライザー(以下EQ)は本来、フラットな特性を再現する目的で使わる機能です。カーオーディオで音楽を再生する空間は、広さ、大きさ、材質などの条件から、ホームオーディオに比べて周波数特性は大きく乱れやすいことは間違いありません。ごく一般的なホームオーディオのように四角四面な空間でさえ、音の反射や吸収による特性の乱れから、フラットな特性を実現する事は困難な作業となります。カーオーディオでは二乗倍的な特性の乱れがある事は容易に想像がつくのではないでしょうか。

 カーオーディオ用の高級DSPでは31バンドグラフィックイコライザー、左右前後独立調整、パラメトリックイコライザー機能など、盛りだくさんの補正機能が採用されています。この機能を使いこなす為にはイコライザーによる調整の基本を押さえる事に加え、調整の基準とする音源(音楽ソフト)の聴こえ方を熟知している必要があります。

クラリオンのFull Digital Sound、Z3の31バンドグラフィックイコライザーは、スマートフォンやタブレットPCを使ってアプリ上で調整ができる。タッチパネルをなぞるだけでEQカーブが作り出せるなど、直感的なインターフェイスを持っている。

ダイヤトーンサウンドナビの31バンドグラフィックイコライザー。PREMIモデルのTuning Bridgeを使った調整モード画面でコントロールが可能だ。

ヘリックスDSP PRO MK IIのEQ調整は、31バンドのグラフィックイコライザーのようでありながら、全バンドともパラメトリックイコライザー機能を備える強者だ。

 音楽の内容を熟知する為には、先に何度か述べている通り、如何に詳細に聴きこんでいるかが重要です。例えば、何楽章のヴァイオリンの出だしは、その時の静寂感、次に出てくる音の間合い、等、何回となく聴きこむ事で理解できて来る音楽の情報がとても重要な判断のポイントとなるのです。

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 私の事で恐縮ですが、私のフェイバリットソフトにホリーコールトリオの「ドント・スモーク・イン・ベッド」と言うタイトルのCDソフトがあります。このソフトは1993年の発売ですでに24年が経つ古いタイトルです。その演奏や録音状態は発売当時から素晴らしく多くのオーディオファイルや評論家、音楽誌等から評価されたCDタイトルで今なお多くの音楽、オーディオ愛好者を魅了するソフトです。

 私はこのCDを初めて手にしてから同じタイトルをすでに5枚購入しています。

 1枚は国内盤、他4枚はオランダ盤の輸入CDソフトです。

筆者がリファレンスに使用している音源「ドント・スモーク・イン・ベッド/ホリー・コール・トリオ」。これまでに日本盤1枚(左)と、オランダ盤4枚を購入している。

 何故これ程に同じタイトルを手に入れているかと言いますと、かつて私がアルパインにおいてこのCDソフトをカーオーディオの音質調整時の基準ソフトとして使ったり、カーオーディオコンテストのジャッジの為の判断ソフトして使ったりしていました。CDソフトは長い時間が経つと、読み取り面の傷やクスミ、データ面の酸化等から記録されているデータの読み取り精度が下がり、読み取り誤差を発生させます。当然そうしたディスクは、音が徐々に劣化してきて、しまいにはパサパサというノイズが混じる音になります。このような事から、ある程度劣化したと判断する度に新しいディスクを調達した結果、都合5枚の同じタイトルを買う事となった訳です。このタイトルのある曲は優に2,000回以上聴いていると自信持って言えます。

一筋縄ではいかないカーオーディオのEQ補正

 話をイコライザーに戻しましょう。イコライザーなどの補正には、基準として判断材料になる音楽ソフトが不可欠というお話でした。そのソフトの鳴り方をチェックするためには、基準となる再生装置、ホームオーディオやDAP等で「こんな感じの音のはず」がチェック出来ることが重要です。

 ここでお話するイコライザーとは、特性をフラットにして音質を整えるとても重要な項目で、前回までの解説と重複しますが、使わないで済めばベストです。例えばですが、EQはお化粧みたいなもので、スッピンで美人は最高、薄化粧は色っぽい、厚化粧は下手をするとケバイ感じになる。事があります。敢えて書かせて頂きました。

 さて、それでは実際のイコライザーの調整です。シンプルな発想ですが、車にマイクを置いて、ピンクノイズ(ザー音)やインパルス(ピッピッ音)で周波数特性を測定し、そのグラフから逆特性をイコライザーで作る。よくある説明ですね。極めて簡単な発想でだれにも“もっとも”と思わせる調整法と思われるのですが、この方法でよい音と思える事は万に一つもないと思います。

音響測定によく使用されるピンクノイズを再生すると、スピーカーから出てくる音の周波数特性がわかるが、本来再生して欲しい音は全周波数にわたってフラットな特性だ。

 実践した事がある方なら、すぐに賛同いただけると思います。この結果は散々なバラバラ音であったり、違和感だらけの音になる事が普通です。その理由は、元々フラットな特性を再現できる性能を持つオーディオ機器が装着されていると仮定すると、車室内空間の特性から乱れた周波数特性が作られた事になります。その特性が乱れる原因への対策をせずに、結果の特性を周波数ごとのゲインのみを調整しても本来のフラットな特性になるはずがないのです。

車室内の音響特性は、ここに記した直接音と反射音の干渉をはじめ、定在波、走行ノイズによるマスキング、不要共振の干渉など、スピーカーユニットからの出音とは違う要因で思った通りの音にならないことが多い。イコライザーの調整だけでは解決できないことも……。

 また、一部の特殊なイコライザーをのぞき、チャンネルディバイダ―の項目でお話しした通り、ゲイン変化にともなう位相特性の乱れが発生する事を考慮しなければなりません。

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EQ補正のセオリー

 では、どのように補正を行うのがいいのでしょう? 具体的な手法を解説いたします。

 前回までの記事で、何らかのフィルターをかけるとフィルターをかけた周波数より高い周波数帯域の位相回転が起こるとお話致しました。

 イコライザーはピーキングフィルター(チャネルディバイダーではビべリングフィルター)の集合体ですから、周波数の補正は低い周波数帯域から調整するのが基本となります。低い周波数帯域から補正するとそれ以上の周波数帯域の位相特性が変化する為、補正帯域以上の周波数特性は位相回転し、測定時の特性とは既に違っているのです。この変化により測定時にあったピークディップは消えたり増えたり別の周波数に偏移する可能性もあります。このような変化を音を聴き取りながら順次高い周波数へ調整を重ねていきます。

低い音の周波数バンドから調整をはじめて、都度音を確かめながら高い音の周波数へと進めていこう。

 この調整を行う時、必要最小限の音を出すことが判断を行いやすくする事につながります。つまりチャンネルごとに独立したイコライザーであれば、左フロントだけ低域から高域までを鳴らし、ほかのスピーカーは鳴らさないようにします。

 すべての項目で同じですが、調整しようとするチャネル以外の音はすべてノイズと考えてください。熟練したエキスパートはスコーカーのみ、ツィーターのみで音の特性を判断する人もいらっしゃいます。

 こうして各チャンネルをそれぞれ調整してから、全体のスピーカーを鳴らしバランスの確認を行います。

DSPによっては、チャンネルごとにミュート(消音)機能を備えるモデルもあるので、活用してスムースに作業を進めていきたい。

 ここで、イコライザーに使われるフィルターの種類について触れておきます。

 基本的に、グラフィックイコライザーと言われる周波数帯域を分割し特定周波数を中心にゲインの上げ下げを行うイコライザーです。現在のカーオーディオで最上位クラスのグラフィックイコライザーは、1/3オクターブ分割の31バンドタイプが採用されています。さらにゲインの上げ下げに加え、特性を急峻な上げ下げからブロードな上げ下げの特性に変化させる(尖鋭度“Q値”調整)機能を加えたのがパラメトリックイコライザーです。一般的にパラメトリック機能を付加するとDSPのパワーを大きく必要とする事からバンド数を減らす設定とすることが一般的です。また、DSPのパワーを効率的に使うためには、基本的に―方向(マイナス方向)にゲイン設定をすることが理想となります。これはDSPの演算処理で、SN比やダイナミックレンジを確保するために、各社ともにHi Bit処理を行う仕組みを採用していますが、DSPのゲインを上げる方向で調整するとそのハイビット化で加算された桁数を食い潰してしまうのです。したがって、基本は―方向に調整するよう考えましょう。

グラフィックイコライザーは、中心周波数部分のエネルギーを増減させる機能を、複数バンド搭載した調整機能だ。通常、グラフィックイコライザーは、オクターブ単位で中心周波数が決められている。

上は5バンドグラフィックイコライザー、下は31バンドグラフィックイコライザーの調整幅を記したもの。隣接したバンドとの間隔や、各バンドが影響する周波数帯はEQごとに設定されている。

グラフィックイコライザーに、中心周波数の変更機能やバンドあたりの調整帯域幅(尖塔値:Q値)の調整機能をもたせたものがパラメトリックイコライザーだ。

デジタルイコライザーの場合、各バンドの調整はゲイン上昇ではなく、ゲイン下降で使用するのが好ましい。

イコライザーを音質調整として使う場合について

 本来、前述の通りイコライザーはフラットな特性に戻す為に細かなピークディップを補正できるように周波数帯を部分的に大きな変化が加えられる機能の集合体です。音質調整として使う場合にはより少ないバンド数(設定できれば)で穏やかな変化、パラメトリックではQ(尖鋭度)を低くする設定としてください。それでもトーンコントロールにするには細かすぎる変化となるので隣接するバンドとあわせてブロードな特性として使うように心がけましょう。

周波数特性のピークやディップを整えるほか、音質調整機能として活用できるイコライザー。その場合には急なイコライザーカーブはなるべく作らないようにし、なだらかなカーブで調整するように心がけたい。

 ここまでDSPの調整要素3項目に絞り解説させていただきました。この調整要素が満足のいく結果であればシステムのパフォーマンスはご満足いただける音に達しているのではないかと思います。ここまで調整要素で満足できない結果であれば、再度繰り返し音の煮詰めを行う必要があります。

 場合によってはスピーカーの取付けなど、ハードウェアの再調整からスタートする必要があるのかもしれません。いずれにしても、ウィークポイントがどこにあり何をすべきかを明確にする事がカーオーディオライフをより楽しめるものにする事は間違いありません。愛車のカーオーディオシステムに満足しているあなたも、ぜひ、より再現性の良いシステムトライしてみてください、さらなる音の世界にいざなわれることでしょう。

 もっと具体的なDSP調整方法が知りたい方のために、本シリーズの記事を継続していく予定です。お楽しみに。

筆者プロフィール
中村重王:プレミアムオーディオメーカー「ラックス(現ラックスマン)」、カーオーディオメーカー「アルパイン」を経てフリーとなる。アルパインでは jubaシリーズやF#1 statusといったハイエンドモデルにも参画。いっぽうでカーオーディオプロショップの教育係としても腕を振るった経験を持つ。