この“ネルソンさん”とは、アレン・ネルソンという実在の人物。もう亡くなってしまったが、日本ともゆかりがあり、平和を訴えると共に、ギターを弾きながら実に味わい深いブルースを歌う一面もあった。私は彼の『LONG PLAYING 74 min.』という、下北沢で収録されたライヴCDを持っている。
ネルソンが生まれたのはニューヨーク・エリアなので、まあ、都会っ子である。家庭は貧困で、生活のため、そしておそらく人種差別から逃れるために、海兵隊に志願する。兵隊になれば黒人も白人も一緒になって「敵」と戦うことになるからだろう。軍の中でアメリカ人どうしで仲間割れや人種差別などやっていたら敵にやられる前に「負け」だ。そして軍ではアジア人差別を徹底的に叩き込まれ、沖縄に送り出されて、ベトナムに行く頃には、殺人マシンへの改造が済まされていた。もっともネルソンの「改造」は比較的穏やかなもので、同じ部隊のなかにはアジア人を殺しまくることにエクスタシーを覚えているのではないかとしか思えない者もいる。
死なずに除隊したのはいいけれど、後遺症はしっかり残った。大きな音が鳴ると爆撃を思い出し、目をつぶると、よく考えれば別に敵でも何でもない現地の民間人の命乞いのしぐさや、土地いっぱいに転がっている死体の図が浮かんでくる。そこからネルソンが、どう「次の一歩」を見つけ、「光明」に向けて歩き出したかを、この映画はフラッシュバック技法で巧みに描き出す。「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」という質問がどのシーンで出るのか……その答えはもちろん「イエス」なのだが(殺さなければ殺されるのが戦争だからだ)……ネルソンがどんな表情、口調でこの言葉を発するのかも、作品のクライマックスであることはいうまでもない。
ネルソン役はロドニー・ヒックス、その妻の役はタチアナ・アリ(歌手としても知られる)、精神科医ニール・ダニエルズ役はジェフリー・ラッシュ、ネルソンの活動をサポートする黒井役はリリー・フランキー。劇中、ゴスペルの「ジス・リトル・オブ・マイン(私の小さな光)」が歌われるのも印象的だ。監督・脚本・撮影・編集は塚本晋也。
映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
9月11日(金)よりkino cinema 新宿 ほか公開
監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也
出演:ロドニー・ヒックス ジェフリー・ラッシュ マーク・マーフィー リリー・フランキー and タチアナ・アリ
原作:「「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」」(アレン・ネルソン著、講談社文庫刊)
参考文献:「戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言」(アレン・ネルソン著、新日本出版社刊)
製作:木下グループ 制作プロダクション:キノフィルムズ、Cross Media International、J&B Entertainment、Chanh Phuong Films 配給:キノフィルムズ
2026年|日本|英語|116分|カラー|5.1ch|Dolby Atmos|ビスタサイズ|英題:Mr. Nelson, Did You Kill People?|PG12
(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (C)Allen Nelson/KODANSHA