5月30日・31日の2日間、東京・秋葉原の損保会館にて開催された「アナログオーディオフェア2026」。その最終日に、ステレオサウンド主催による特別イベント「筒美京平 書き下ろし未発表曲アルバム『TOKYO SUITE』 現代に甦る16chアナログマルチ録音/驚異のアナログサウンド・レコードを聴く」が開催された。

 『TOKYO SUITE』は、2026年3月に株式会社ステレオサウンドから発売されたアナログレコードだ。本作には、作曲家・筒美京平氏が生前、ジャズの音楽仲間であるサックス奏者・苫米地義久氏のために書き下ろした未発表曲が収録されている。

 会場には多くのオーディオファンが集まり、『TOKYO SUITE』の試聴とともに、高田さんが語る「なぜ今この作品をレコード化したのか」「なぜ、全制作工程をアナログで貫くことにこだわったのか」という制作の背景や思想について耳を傾けた。

 本イベントの司会を務めたステレオサウンド代表取締役社長の原田知幸は、冒頭で次のように語った。
「『TOKYO SUITE』のレコード制作は、日本のポップス史に大きな足跡を残した作曲家・筒美京平さんが、ジャズというフィールドで遺した音楽を現代に届けるプロジェクトです」

司会を務めた弊社代表の原田。作品誕生の背景や企画の経緯を解説

筒美京平が託した5曲 -四半世紀の時を超えて生まれた『TOKYO SUITE』ー

 『TOKYO SUITE』の原点は1999年に遡る。
 青山学院大学OBによるジャズバンドでピアニストだった筒美京平氏は、同じく同バンドで活動し、長年親交のあったサックス奏者・苫米地義久(とまべち・よしひさ)氏へ5曲の譜面をFAXで送った。
 この5曲は、エンジニアからプロミュージシャンに転身して地道に活動を続けていた苫米地氏へのエールでもあったという。
 譜面が送られる数日前、筒美氏は苫米地氏に向かって「トマ(筒美氏が苫米地氏を呼ぶ時の愛称)もそろそろ何とかしないとね」と声をかけ、「にこり」と微笑んでいたそうだ。

筒美氏からFAXで送られてきた楽譜の一部(画像右)と『TOKYO SUITE』ライナーノーツの表紙(画像左)

 この5曲をもとに、『TOKYO SUITE』の元となる楽曲制作がスタートしたのは今から20数年前のこと。筒美氏と苫米地氏、そしてアルバムの全曲の編曲を手がけた石塚まみ氏の3人が生まれ育った「東京」をコンセプトに、アルバム制作が進められていた。しかし、筒美氏の体調が思わしくなかったこともあり、その構想は実現することなく、長い年月にわたって眠り続けることになる。
 転機が訪れたのは2025年春のことだった。
 苫米地氏から株式会社ミキサーズラボのサウンドプロデューサー/レコーディングエンジニアの高田英男氏へ、
 「筒美京平さんの未発表曲を数曲預かっており、これを何とか世の中に発表したい」
 と連絡が入ったことをきっかけに、『TOKYO SUITE』の制作プロジェクトが始動する。
 その際、高田氏より究極のアナログサウンドを目指した作品を作りたいという相談を受けたことから、ステレオサウンド社が本作の共同制作・販売を請け負うことになり、代表の原田がプロジェクト・プロデューサーを務めることになった。
 そして2026年3月、筒美氏が遺した5曲の未発表作品に、『NINGYO』(1994年に筒美氏がNOKKOに提供してヒットを飾った)のジャズアレンジ・ヴァージョンや、苫米地氏ら参加メンバーによるオリジナル楽曲を加えた全9曲収録のジャズアルバム『TOKYO SUITE』(LPレコード・ヴァージョン)として、日の目を見た。
 原田は、
 「J-POPの父とも呼ばれる筒美京平さんですが、その一方で、生涯にわたってジャズを愛した音楽家でもありました。本作は、その“もうひとつの素顔”を伝える貴重な記録でもあります」
 と語り、本作を世に送り出す意義を紹介した。

『TOKYO SUITE』を特別な1枚に変えた、全工程アナログ制作

 『TOKYO SUITE』を語る上で欠かせないのが、録音からカッティングまで全ての工程をアナログで貫くという制作方針だ。

 『TOKYO SUITE』制作の中核を担い音質の監修をしたのは、株式会社ミキサーズラボのサウンドプロデューサー/レコーディングエンジニア、高田英男氏だ。
 高田氏が目指したのは、アナログテープ録音ならではの素直な音色・深みのある中低域・音の艶&生音のリアルを活かしたサウンドだった。その理想を追求するために、自身の音楽制作の原点に立ち返り、録音からラッカー盤のカッティングまでの全工程をアナログで完結させる制作手法を選択したという。
 高田氏は、
 「演奏者が本当に目の前で演奏しているようなリアルな音を表現するには、録音からカッティングまでの全工程をアナログで貫き、アナログテープ録音独特の『素直な音色・深みのある中低域・音色の艶・生音のリアル感』を追求する必要があると思いました」
 と、本作の音づくりに込めた思いを語った。
 録音からミックスダウン、そしてカッティングに至るまで、全ての工程をアナログで制作した『TOKYO SUITE』のLPレコード。その徹底したアナログへのこだわりが、演奏の息遣いや空気感までも感じさせるサウンドを実現しているという。

株式会社ミキサーズラボ サウンドプロデューサー/レコ―ディングエンジニアの高田氏。録音からミックスダウン、カッティングまで、『TOKYO SUITE』の制作工程について詳しく解説した

1.キング関口台スタジオで実施された16ch 2インチ・アナログマルチ録音

 『TOKYO SUITE』の録音は、キング関口台スタジオに構築された16ch 2インチ・アナログマルチチャンネル録音システムを用いて行われた。録音方式には、奏者が同時に演奏した音を記録する一発録音を採用。2インチ16chヘッドアッセンブリーを装着したテープレコーダー「STUDER A827 MCH」で演奏をアナログテープに記録した。
 2インチ16chヘッドアッセンブリーは、主流であった2インチ24chヘッドアッセンブリーに比べて1チャンネルあたりのトラック幅が約150%広い。この余裕のあるトラック幅が音質面で有利に働き、高田氏は「16ch 2インチ・アナログマルチチャンネルで録音できたことにより、音の解像度が向上し、中低域に深みのある音色が生まれた」と振り返る。

2.「STUDER A827MCH」から「AMS Neve VR Legend」を介して「Studer A820」にミックスダウン

 ミックスダウンの工程では、「STUDER A827MCH」で録音した16chアナログマスターテープの出力をミキシングコンソール「AMS Neve VR Legend」卓に立ち上げ、「Studer A820」を使用して2ch(ステレオ)のマスターテープにミックスダウンされた。
 高田氏曰く、
 「AMS Neve VR Legend」と16chで録音したマスターテープの音の相性はとても良く、中域~低域にNeve独特の音色(クリアー&パワー感)があり、各演奏のリアル感が作れた」
 という。
 2ch(ステレオ)にミックスダウンされた『TOKYO SUITE』のトラックダウンマスターには、ハーフインチ(1/2インチ)テープを採用している。一般的なシブイチ(1/4インチ)のマスターテープよりも記録面積が広く、録音時同様にこの幅の広さが音質面で総合的に有利に働くからだ。

3.ハーフインチのマスターテープからラッカー盤へ直接刻み込んだ匠のカッティング

 ラッカー盤に音を刻むカッティングの工程では、通常必要となるカッティングマスターを介さずに、ハーフインチのトラックダウンマスターの信号を直接カッティングマシンに送り込む手法が選択された。
 これは、演奏現場の空気感やダイナミクスの鮮度を維持したまま、音楽が持つエネルギーをレコードへ封じ込めるためのアプローチだ。
 高田氏によれば、『TOKYO SUITE』の制作において重要だったのは、完成した2chアナログマスターテープに記録された情報を、可能な限り損なうことなくレコードへ刻み込むことだったという。
 マスターテープの情報あますことなくラッカー盤へ直接刻み込むという重大な責務を担当したのは、株式会社ミキサーズラボのカッティングエンジニア 北村勝敏氏だ。
 高田氏は北村氏について、
 「音楽から伝わる感情などをくみ取ってカッテイングされるエンジニア」
 として大きな信頼を寄せていると語った。
 高田氏が目指した「演奏者が目の前にいる」と感じられる音をレコードへ刻み込むうえで、北村氏に、この大事な工程を託したことは必然だったといえるだろう。

▼高田氏が語る「アナログにこだわった『TOKYO SUITE』レコード制作の舞台裏」のYouTube動画はこちら

筒美京平の未発表ジャズ曲をレコード化|アナログにこだわったレコード制作の舞台裏『TOKYO SUITE(Tsutsumi Kyohei Presents for TOMA)』

www.youtube.com

“音楽でオーディオチェックができるレコード”を目指して

 『TOKYO SUITE』は音楽作品であると同時に、オーディオシステムの実力を確認できるリファレンスソフトとしての役割も意識して制作されている。
「周波数バランス、立体感、解像力、低域表現など、オーディオシステムの性能が自然に分かる作品にしたかった」
 と高田氏は語る。
 試聴セッションでは『TOKYO SUITE』に収録されている楽曲について、高田氏による試聴ポイントの説明と併せて再生された。

試聴前には高田氏が楽曲の試聴ポイントについて解説。試聴タイムには全工程アナログならではのサウンドが会場を包んだ

試聴曲と高田氏による試聴ポイント

「Tokyo Confidential」作曲:筒美京平
<試聴ポイント>
 深く重厚なベースサウンドを音創りの核とし、タムのドライでリアルな音色とは対照的にピアノサウンドに奥行き・拡がりを創り、心地良い緊張感を音で表現。

「NINGYO」作詞:NOKKO 作曲:筒美京平
<試聴ポイント>
 筒美京平氏のヒット曲「人魚」のサックスとピアノによるデュオ演奏。
 アルバムの「音の基準」としたNo EQ/No Compによるピュアなピアノサウンド及び、余韻の美しさなどを表現するために、エコーの送りの量を少し変化させて音空間を創った。

「Metropolitan Heartbeat」作曲:筒美京平
<試聴ポイント>
 静かで美しいピアノの響き、木の実で作られた楽器と口笛(小鳥)、ベースの繊細なタッチで創られるピアニッシモの美しさから始まる。
 スネアドラムのブラシサウンドによるビートを核にピアノソロ~サックスソロは、4人で創られるライブ演奏のような音楽の拡がりはサウンド的にも聴き所。

「Metro Tokyo」作曲:苫米地義久
<試聴ポイント>
 美しく響くピアノサウンド、サックス演奏のブレスまで音楽として伝わるリアル感は、バラードならではの音世界が拡がる。
 石塚まみの美しいスキャットはLexicon 960Lデジタルリヴァーブで奥行きを創り、コーラスはノイズリダクションの Dolby A を録音で使用するが、デコードせずにそのまま再生することで超高域が伸びた心地良いサウンドになった。

「Tokyo.exe」作曲:筒美京平
<試聴ポイント>
 楽曲から伝わる哀愁をサウンドで表現することをポイントに、サックスは真空管式のマイクプリアンプTube Tech MP1Aを使って音の深さを狙う。
 ピアノサウンドはSchoeps MK2H無指向性マイクを使用し優しさを表現。ベースのリズムラインは低域の深さを大切に、ベースソロはフレットレスベース独特の音色感を忠実に録音。ドラムサウンドはメインマイクとサブマイクの位相感を注視し自然な音色でシンバル、スネア、タムのリアル感を創った。

「One Night in Kasumicho」作曲:苫米地義久
<試聴ポイント>
 TOMA&MAMIのサックスとピアノの繊細なニュアンスによるコール&レスポンス演奏を立体的に表現するために、サックスを少しドライサウンドで前に定位させ、美しいピアノの響きで奥行感を表現。
 ピアノがタンゴのリズムになる箇所の演奏は、リヴァーブなしのドライサウンドにしてピアノサウンドに変化をつけた。

※全編曲:石塚まみ

ハイエンドシステムが引き出した『TOKYO SUITE』の魅力

 試聴システムは株式会社PDN、有限会社上杉研究所、株式会社デジタルストリームの協力によって構築されたシステムが、全工程をアナログで制作した『TOKYO SUITE』の魅力を引き出した。

株式会社PDN・有限会社上杉研究所・株式会社デジタルストリーム協力によるオーディオシステム

イベントで使用されたオーディオシステム

スピーカー:パラダイム「Persona 7F」
アナログプレーヤー:トーレンス「TD124DD Exclusive」
カートリッジ:DSオーディオ「DS-W3」
フォノイコライザー:ウエスギ「U・BROS-220DSR」
フォノケーブル:「U-BROS-KC1」
プリアンプ:ウエスギ「U・BROS-280R」
パワーアンプ:ウエスギ「U・BROS-120RX Limited Edition」

全ての工程をアナログで貫いて制作した『TOKYO SUITE』で伝えたかったこと

 講演の終盤では、高田氏から『TOKYO SUITE』の仕上がりの手応えが語られた。
 「今のデジタル時代において16chアナログマルチ録音は、テープ操作でDAWのようにすぐに再生~録音が出来ず、決して効率の良い制作手法ではありません。それでも16chアナログマルチ録音でアルバムを作りたいと思い、多くの技術者やスタジオ関係者のみなさまのご協力を得て作り上げたのが、この『TOKYO SUITE』です。完成した音源を制作に携わったみなさまとはじめて聴いた時、『16chアナログマルチ録音で作るとこんな音になるのか!』と、感動してくれました。苦労は多かったですが、それだけの価値があったと思います」

 そして最後に、『TOKYO SUITE』に込めた思いを次のように語って締めくくった。
 「全ての工程をアナログで制作したからこそ表現できた、生音のリアルさをこのアルバムから感じていただけたら嬉しいです。そして筒美京平さんが愛したジャズの世界を、『TOKYO SUITE』を通して多くの方に知っていただければと思います」

 16chアナログマルチ録音によって制作された、筒美京平氏の未発表曲を収録した『TOKYO SUITE』。四半世紀の時を超えて完成した、アナログ録音ならではの魅力と、筒美氏が愛したジャズの世界を、ぜひ多くの方に体験していただきたい。

写真は弊社代表の原田知幸(写真左)と株式会社ミキサーズラボのサウンドプロデューサー/レコーディングエンジニアの高田英男氏(写真中央)と有限会社上杉研究所取締役社長の藤原伸夫氏。イベント終了時には来場者から大きな拍手が沸き起こり、満員のイベントは盛況のうちに終了した

▼本記事で紹介した『TOKYO SUITE』は、ステレオサウンドオンラインストアからお買い求めいただけます