finalのワイヤレスイヤホン「TONALITE」に採用された世界初の音色パーソナライズ技術「DTAS for Personalized Timbre」。前回はこのアプリの発想から実際に形にしていくまでの苦労点について、同社代表取締役社長の細尾 満さんと、営業部プロジェクトリーダーの森 圭太郎さんにインタビューを実施した。後編では、さらに詳しい技術の詳細や、実際にDTASで個人性適用したTONALITEの音を体験した麻倉さんのインプレッションを紹介する。(まとめ・撮影:泉 哲也)
ワイヤレスイヤホン:final TONALITE ¥39,800(税込)
●使用ドライバー:f-CORE for DTAS
●通信方式:Bluetooth 6.0
●対応Bluetoothコーデック:SBC、AAC、LDAC
●連続音楽再生時間:最大9時間(充電ケース込み最大27時間)
●バッテリー容量:イヤホン本体100mAh/充電ケース700mAh
●防水性能:IPX4(本体)
※付属品:充電ケース、イヤーピース(FUSION-G S/M/L/LLサイズ)、アジャストリング(S/Mサイズ)、ダストフィルター、DTASキット(ARマーカーシール、ヘアバンド)
個人性適用技術「DTAS」の流れ。耳の写真を撮影することから始まり、3Dアコースティックアバターの生成やバーチャル空間での音場シミュレーションまで、高度な処理を行っている
麻倉 TONALITEは、まずクラウドファンディングサイトのGREEN FUNDINGで応援購入を開始しました。それが評判を集め、一般販売にこぎつけた。
森 クラウドファンディングを始めたのが10月で、一般販売は12月にスタートしました。反響もかなり大きく、クラウドファンディングでも8000万円ほどの支援をいただきました。
麻倉 クラウドファンディングの反響はどうでしたか?
細尾 嬉しいことに、音についてのネガティブな意見がなかったんです。大して差がないって言われたらどうしようと思っていたんですけど、そういった声はほぼありませんでした。
森 私たちが一番恐れていたのは、効果が地味に感じられるかもしれないということでした。今までの個人性適用を謳った製品は、好みを調査して分かりやすい方向の音に調整するといったものもあったので、本質的な音色が良くなるというということが受け入れられるかが心配でした。
また、DTASの測定をしていない状態の音も、差を付けた方が良いのか、どういった方向性にするか様々議論がありました。結局、基本の音を最大限頑張った上で、個人性適用でさらにもっと音を良くしようとなりました。
細尾 基本の音を頑張った上で、個人性適用でもっと音をよくしよという狙いでした。効果は地味ですが、しばらく使ってから元に戻すと何か違うと感じてくれるはずで、そこには自信がありました。
森 でもユーザーの皆さんは、DTASを掛けた瞬間に違いがわかったようで、色々な感想をいただきました。
細尾 面白いのが、感想の中にオーディオ用語があまり出てこないんです。
「DTAS」のアプリ操作。画面に細かい作業手順が表示されるので、それに従っていくことで測定&個人性適用が行われる。同梱されているヘアバンドやARマーカーシールは複数回使えるようになっている
森 皆さん長文の感想を書いてくれるんですが、あの曲のここが聞こえるようになったみたいな具体的なコメントが多かったですね。音楽の話をたくさん寄せていただいたのが嬉しかったです。
細尾 音楽の響きが良くなったとか、クラシックを初めてイヤホンでちゃんと聴けたとか、そういうことをおっしゃってくれる人は、個人性適用がうまくいったのかなと思っています。
麻倉 TONALITEは元々音がよくなるように作ってあるけど、それでもDTASで個人最適化したらもっといい音で聴こえるということは、素の状態ではどこかに合っていない部分もあるということでしょうか。であれば、DTASが一般化すると、TONALITEだけでなく、すべてのイヤホン/ヘッドホンの音がよくなる可能性も出てきますよね?
細尾 その可能性はあると思います。今後はDTASを汎用の技術として展開し、外付けで提供できないかと考えています。
麻倉 個人のダミーヘッドは作れるわけだから、後はイヤホン自体の素性が分かればいいんですよね。
細尾 理論的にはその通りです。ただそうなると、イヤホンの測定も必要ですので、他社製品にも対応できるかはまだわかりません。
麻倉 TONALITEのドライバーは、独自のf-COREです。ここもDTASの効果に関係があるんでしょうか?
細尾 そうですね、f-COREはわれわれが熟知しているドライバーですので、それもあるかもしれません。
またDTASの特長として、個人性適用を行った状態であればみんな同じ音に聴こえているはずです。つまり録音現場でもみんな同じ音が聴けるはずなので、本当はプロ用モニターヘッドホンに搭載したいんです。そうなれば、プロデューサーとディレクター、演奏家が同じ音でモニターできるはずですから。
麻倉さんも、改めて「DTAS」の測定を体験することに
同梱されているヘアバンドを装着し、ARマーカーシールは耳の上に来るように貼り付ける
麻倉 ではそろそろ、今後の展望についてうかがいます。DTASを搭載した第二弾、第三弾も当然考えていますよね。
細尾 個人性適用について、今回のDTASに投入できた研究成果はまだ一部です。今後の課題も分かっていますし、もっと音をよくするネタもたくさんありますので、アップデートも考えていきたいですね。
麻倉 DTASの個人性適用には、まだ続きがあるんですね。
細尾 他にもヘッドホンへの搭載も検討しており、アダプタータイプと据え置き型を開発中です。その次はワイヤレスヘッドホンもやりたいと思っています。こういった技術は蓄積が大事で、地道な作業になりますが、弊社のスタッフなら何とかしてくれると期待しています(笑)。
麻倉 昨年のヘッドホン祭でもDTASの体験デモをされていましたが、反響はどうでしたか?
森 実際に試してくれた人たちは、すごく反応が良かったです。中には、左右の耳の形が違う方もいらっしゃって、その方は、これまでどのイヤホンで聴いてもヴォーカルがセンターに定位しなかったそうです。DTASでは左右別々に最適化を行いますのでそれを試してもらったら、初めてイヤホンでセンター定位が体験できたとおっしゃっていただきました。
麻倉 それは貴重な意見でしたね。DTASの効果の高さが証明されたわけだ。ところで、DTASで他の人に最適化した音を聴いた場合、いい音に感じないんですか?
アプリの指示に従って、顔や耳の写真を複数回撮影する
横からの撮影はアングルが微妙なので、注意して行いましょう
細尾 個人性適用の共有はできません。鳴っている音は同じですが、いい音とは思えないでしょうね。でも、そうやって他人に最適化した音を聴いてみるのも、好き嫌いは別にして結構楽しいですよ。
麻倉 その人にとって正確な音が出ているはずだけど、それは他の人が好きな音とは限らないというわけですね。
細尾 実は、DTASで測定した後にEQをちょっとかけると、すごく変化が感じられるんですよ。ここもユーザーの皆さんにはぜひ試していただきたいポイントです。
麻倉 DTASが作った正確な音をベースに、今度は自分の好きな音に微調整していこうと。
森 音のベースが整ったので、EQ機能がより生きてくるのでしょう。これまでは同じEQに設定しても、厳密な意味ではそれぞれ違う音に聴こえていたはずです。でもDTASで個人性適用した後にEQをかけると、同じ音が聴こえることになります。
麻倉 EQの補正内容は従来と同じでいいんでしょうか?
細尾 そこは同じです。またEQの調整はアプリから可能で、将来的にはEQのパラメーターもDTASに最適化したものにアップデートしたいと思っています。
株式会社final 代表取締役社長の細尾 満さん(右)と麻倉さん
麻倉 イヤホンの世界は今まではハードの進化が中心だったけど、DTASの登場によって人間との関わりが生まれた。これまでは自分が好きな音のイヤホンを選ぶという方法しかなかったけど、これからはDTASで自分の基準になる音を体験して、そこから好みの音を探していくのが普通になるかもしれません。
細尾 そうなっていくといいですね。
麻倉 DTASは、もっと汎用的な技術になっていくべきです。今のイヤホンって、大多数が認める平均的ないい音を目指しています。でもDTASを使えば、アナタにぴったりのいい音が実現できるわけですから。
細尾 今後は測定スピードの短縮化を含めて、アプリの改善にも取り組んでいきたいと思います。
麻倉 DTASは、単なる音質改善効果に留まっていませんね。それは、音源に入っている情報が、“音情報” としてではなく、“音楽情報”
として出てくるからだと思うんです。音情報だったらワイドレンジですかとか、キレがいいみたいなところがメインになるんですが、TONALITEの音はそこに留まらず、音楽を聴くという最終目的を尊重している気がします。
森 ありがとうございます。弊社としても、音楽を好きな方にこの効果をどんどんアプローチしていきたいと思います。
アプリの個人性適用で、初めて効果を実感できた!
「TONALITE」+「DTAS」は、音楽のパッションをリスナーに届けてくれる
今回、finalの個人性適用技術「DTAS」を体験しました。これまでの個人性適用技術は、はっきりいって効果がいまひとつで、さらに音質にも影響があるなど、これはダメだなぁと思っていたんです。でも実際にDTASを試して、予想以上の効果に驚きました。
今回は、DTASで私に最適化したTONALITEで、UAレコードの『情家みえ/エトレーヌ』(96kHz/24ビット)を再生しました。この音源には音楽の魂がかなり入っているんですが、今まではなかなか再現できなかったのです。でもそれがDTASによって掘り起こされて、これまで聴いていたものとは違う印象につながっていました。
この音源は一発録りで、編集もしませんというスタイルなので、歌手も演奏者もみんな緊張しているんだけど、その緊張感がいい形で音に出ている。音楽のテンションは、パッションにも通じるんですよね。そういうパッションが、DTASを入れるとパーッと出てきて、音楽がエンジョイできるモードになるな、という感じがします。
音楽には、メインとなる部分とサブの部分があると思います。このアルバムで言えば、ヴォーカルがメインで、次はベースですね。そういった要素について、DTASオフの状態では全部平均的に出てきます。ヴォーカルとベース、ドラム、ピアノが、どれもクリアーに聴こえるんだけど、どれもなんとなく細身で、同じ体積で出てくるという感じです。
しかしDTASで個人性適用すると、ものすごく違います。まずヴォーカルが前に出てくる。これは情家さんの作品だぞという意志が明確になって、その後ろでピアノ、ドラム、ベースがバランスよく伴奏している感じです。
情家さんの表現力は素晴らしくて、単に歌っているだけじゃなくて、歌詞の意味をよく考えて、それを分かりやすい形で聴かせてくれます。曲の途中にビブラートが入ったり、音色が変化したり、裏声っぽい部分があったりといった手法を使って、メッセージ性、音楽の世界を聴く人に届けているんです。
DTASオフでは、その辺りの微細なニュアンスがあまり出てこない。音もフラットで、他のミュージシャンとも同じような雰囲気になるんだけど、オンにすると、音の太さとか体積感、色々な方向に向かう感情みたいなものが聴き取れるんです。
そうなると、演奏が目立たなくなるんじゃないかと思うかもしれませんが、なんとバックミュージシャンも生き生きしてくるんです。ピアノの音の立ち方とかドラムの細かい振動感、ベースのパフォーマンス感などすべて違って聴こえてきます。音楽の興奮感、面白さを、聴いている人に伝えたいというメッセージ性を感じます。ミュージシャンの思いまで伝わってくる、そんな感じになるんです。(麻倉怜士)