NHK放送技術研究所恒例のNHK技研公開2025 「広がる つながる 夢中にさせる」が、昨年5月末に開催された。本連載では毎回の技研公開の中から麻倉怜士さんが注目したテーマについて、より詳しいインタビューを実施している。今回も、麻倉さんが選んだ5つのテーマについて深堀りさせてもらった。前編では、「ボリュメトリック音声制作技術」「自在な曲面を可能にするディフォーマブルディスプレー」「触覚と香りで体感する3次元コンテンツ」の3つのテーマを紹介する。(まとめ・撮影:泉 哲也)
<テーマ1>ボリュメトリック音声制作技術
映像との一体制作を支援するスタジオを目指して
今回麻倉さんが注目した第一の展示は、ラインアレイスピーカーを使って奥行きを感じることができる音場を再現する「ボリュメトリック音声制作技術」。多視点カメラで撮影した映像と共に、その被写体(音声オブジェクト)が持っている音の放射特性を取得、様々な位置や向きで聞こえ方を再現するもので、今回は別々の楽器を演奏している人の間を動き回るデモを体験させてもらった。
ボリュメトリック音声のデモ再生用スピーカー。直径1インチのユニットが合計64基搭載されている
麻倉 今日はよろしくお願いします。今回の技研公開でボリュメトリック音声制作技術を体験し、なかなかおもしろいと思っていました。
佐々木 ありがとうございます。この研究を始めたのは2020年頃で、現在の形になったのが2年ぐらい前です。スピーカーには、16基の1インチユニットが直線状に並んでいます。今日はそのスピーカーを4台横並びにセットしましたので、トータルで64基のユニットを使っていることになります。64基のユニットの振幅と位相をちょっとずつ変えることによって、音場を制御する技術です。
麻倉 最近のサウンドバーなどでは、音のビームを制御して臨場感を再現する製品も出ていますが、あれと同じ技術と考えていいのでしょうか?
佐々木 この技術は、いわゆるビーム制御とはちょっと違います。ビーム制御の場合、従来のステレオ再生やマルチチャンネル再生を再現します。従来のステレオ再生ではスピーカーがふたつなので、音波は2箇所から広がっていきます。その場合、真ん中に音を定位させようとしたら、左右のスピーカーから同じ音(同じ位相と音の強さ)を出す必要があるわけですが、物理的には真ん中からは音波は広がりません。ビーム制御の場合、そこはステレオ再生と同じです。この技術は、左右のユニットを細かく調整して、真ん中から音が鳴っている時の音波の広がりを再現する技術になります。
麻倉 どちらもセンター定位はするはずですが、ステレオ再生とボリュメトリック再生では、まったく違う感じになるのですか?
佐々木 左右のスピーカーの正面・真ん中で聴くと、聴感上の大きな違いは感じられないかもしれません。ただし、ステレオ再生ではスイートスポットから外れた時に定位が狂ってしまうことがありますが、ボリュメトリック再生の場合は、どこで聴いてもセンターに定位するのです。もちろん極端にスピーカーに近づいた場合は別ですが、少し離れて聴いてくれれば大丈夫です。
ではここで、デモをご体験いただきます。技研公開でも上映したものですが、アコーディオン、ベース、カホンを演奏している3人の周りをカメラが移動すると、音もそれに合わせて変化します。3つの仮想音源を用意してあり、3種類の波面が足し合わさった音波の広がりが、ラインアレイスピーカーで再現できるというものです。
麻倉 ということは、自分がどこにいてもアコーディオンやカホンの演奏者の位置関係が明確に再現されるということですね。
佐々木 おっしゃる通りです。自由視点でカメラが動くようになっていて、カメラの動きに合わせて被写体と仮想音源の位置を合わせていますので、見る人がどこにいても映像にぴったり合った音場を体験いただけます。
スピーカーの仕様について、佐々木さんが解説してくれた
麻倉 確かに、カメラがカホンに寄っていくと、カホンの音が大きくなりますね。カメラが自分の視点になって、音もそれに寄り添っている。
佐々木 未来のテレビとしてバーチャルリアリティなり、ホログラフィが登場した際に、被写体の位置と向きに合わせた音を再生しないとダメじゃないの、みたいな話になると思うんです。この技術はそんな場合にも対応できます。
麻倉 なるほど、将来自由視点放送が出てきた時に、それに合わせた自由聴取点とでもいった音を作ることを目的にしていると。
佐々木 従来のステレオ再生では音像を画面の奥行方向に移動させることは難しいのですが、ボリュメトリック再生では音像を手前に飛び出させることや画面の奥に配置させることも比較的容易です。
麻倉 手前の楽器の音は近くから聴こえるし、奥にある楽器なら少し離れた音として感じられる。これなら音にも奥行感が出てきますね。
佐々木 デモの演奏は、マイクで囲ったボリュメトリックスタジオで別々に収録しています。例えばアコーディオンなら、こっちの方向にはこんな音、こっちの方にはこんな音が聴こえるという具合に、音の放射情報をキャプチャーして、その情報を再生時に埋め込んでいるのです。なので、仮想音源位置だけではなく、カメラの向きが変わったらそれに応じて音の放射特性も変化するような処理も行っています。カホンの演奏で音の変化がわかりやすいので、そこもご確認ください。
麻倉 演奏者の位置とカメラまでの距離を計算して、映像に合わせてリアルタイムで音を作っているということですか?
佐々木 そうですが、今回はリアルタイム処理ではなく、あらかじめレンダリングしたものを再生しています。ではデモ映像を再生します。
麻倉 素晴らしい。カメラが回ると音もそれに合わせて変化するので、まさに現場で演奏を聴いているような感じになります。今回は楽器が3つですが、技術的にはもっと増やせるんですか?
佐々木 楽器が増えると、それにつれて情報量も増えていきますので、リアルタイムでの処理は難しくなります。今お聴きいただいたデモはプリレンダリングしていますが、同様のやり方であれば、楽器も増やすことができます。
でも映像をチェックする麻倉さん。スピーカーの周りを歩きながら、音の変化を確認していた
麻倉 スピーカーについておうかがいします。ユニットは1インチがいいんでしょうか?
佐々木 この技術は、直線状に並んだユニットを個々に制御することによって音波の広がりを制御しています。ユニットが大きくなるとユニット間の距離が離れて空間解像度が粗くなってくるので、ユニットは小型で、間隔が狭い方が有利です。ただそうするとユニットの再生能力に制限が出てくるので、そのバランスが難しいところです。
麻倉 将来的に帯域を分けて、高域は1インチを使って、低域は大型ユニットにするといった展開もありそうですね。
佐々木 今回のユニットは、低域は250Hz〜300Hzくらいまでしか再生できていません。ただこれだけの数のユニットが、位相が制御されて同時に鳴ると、それなりの低域感は得られます。
麻倉 低域もそうですが、立体音場を作るのにラインアレイスピーカーだけで問題ないんですか?
佐々木 最近は音の制御技術が進んできたので、一列のスピーカーで広い音場を再現できるようになってきました。技研では、この他にも多面体スピーカーを使った立体音場の再現も研究しています。ラインアレイスピーカーと多面体スピーカーを組み合わせることで、広い範囲で空間再現も実現できると考えています。
麻倉 なるほど、ラインアレイスピーカーだけよりも、リアスピーカーを組み合わせたほうが良いと?
佐々木 ラインアレイスピーカーだけだと、広い空間を作ろうと思った時に無理がでてきます。具体的には、前方向から到来する音波の再現性は高いんですが、横方向から到来する音波は解像感が悪くなってしまうんです。そこを後ろや横から多面体スピーカーでサポートすると、解像度を保ったままアレイの横側の音場も再現できるだろうと考えています。
最後に、既存のモノ音源をリアルタイムレンダリングして、ラインアレイスピーカーで再生します。PCで音源位置を指定すると聴こえ方が変化しますので、前後だけでなく、画面の前方の空間で音をぐるぐる回すこともできます。こちらもご体験下さい。
麻倉 音が遠くなったり、近づいたりする。面白いですね。ただ、ロックではもう少し低域も欲しいから、ジャンルによっては低域の処理を考えたほうがいいかもしれません。あと、横方向に移動していると、ある点で位相が変わるのがわかりました。
佐々木 気が付かれましたか。かなり強烈に制御していて、位相の反転が起きているんだと思います。
取材に対応いただいた、放送技術研究所 テレビ方式研究部 佐々木 陽さん
麻倉 音を制御するアプリは独自開発ですか?
佐々木 技研で開発しました。オブジェクトベースで処理をしており、どこに仮想音源を置いて、どちらの方向に動かすかというメタデータを音源に付加しています。
麻倉 音源自体はPro toolsで再生して、そこにメタデータを追加しているのですね。
佐々木 おっしゃる通りです。メタデータに基づいて音を制御することで、映像にあった音に作り変えているとお考えください。レンダリングのアルゴリズムは以前からあったものですが、技研でそれを発展させました。
麻倉 この技術では、どれくらいの大きさの音場が再現できるのでしょう?
佐々木 アレイのサイズにもよります。また音像をスピーカーの奥に定位させる場合は、音像までの距離感が分かりにくくなってしまうんで。ここをどうするかが今後の課題です。他にも、聴取者の横方向や後ろ方向をどう再現するかもテーマになるでしょうか。
麻倉 アレイスピーカーに限定しなくても、様々な用途での応用が期待できそうですね。来年の発表を楽しみにしています。
<テーマ2>自在な曲面を可能にするディフォーマブルディスプレー
伸縮配線材料の均質化技術による多画素化
2023年の技研公開に続き、「ディフォーマブルディスプレー」(伸縮可能なディスプレー)も注目テーマに選ばれている。当初はごく小さなサイズで、解像度も32✕32画素だったが、2024年にはカラー化を果たし、さらに今年は高画素化や大型化も達成したという。それを可能にした新技術とは何だったのだろうか。
今回の技研公開で展示されたディフォーマブルディスプレー。約5インチまで大型化された
麻倉 今日はよろしくお願いします。私はここ数年ディフォーマブルディスプレーに注目してきましたが、今回はカラーで、しかも伸縮自在になった。ひじょうに大きな進化だと思います。
宮川 いつもご注目いただき、ありがとうございます。ディフォーマブルディスプレーはLEDディスプレーの一種で、自由曲面を可能とする、変形可能な表示デバイスです。ドーム型やウェアラブルデバイス、ハンカチのように折り畳めるといった、今までなかったものを目指して研究を続けています。
麻倉 ディフォーマブルディスプレーが技研公開で展示されたのは、何年前でしたか?
宮川 最初は2023年でした。緑の単色で、マイクロLEDを使った5mmピッチで構成していました。2024年にフルカラーになりましたが、カラー化するとその分信号線が増えるので、開発ではそこもたいへんでした。
そして2025年は、大型化を達成しました。128✕128mm、およそ5インチほどのサイズになっています。同時に128✕256mmの試作パネルも展示しました。ちょうどA4くらいのサイズになります。
麻倉 カラー化と伸縮自在を両立できた要因はどこにあったのでしょうか?
宮川 一番は、配線の改良です。ディフォーマブルディスプレーは液体金属の伸縮配線を使っていますので、そのための液体金属の材料開発から取り組んでいます。今回は、液体金属の材料改質に取り組み、パターン印刷がしやすいように改良しました。
これまではペースト化した液体金属にナノ粒子の凝集や不均一性、ムラがあったので、大面積に綺麗に印刷するのが難しかったんです。今回は材料開発をいちからやり直したことで、均一な配線パターンを大きい領域に対しても形成できるようになりました。
麻倉 そもそも、電極は金属ケーブルではダメなんですか?
宮川 金属ケーブルは伸縮しないので、ドーム形にするためにも伸縮性が必要でした。今回の技研公開では、液体金属を袋に入れて、こういった材料ですという展示も行いました。これが実物になります。
麻倉 なんだか、『ターミネーター2』のT-1000みたいですね(笑)。液体金属とは、どんな素材なのでしょう?
宮川 ガリウムとインジウムの合金で、常温で液体です。そのため、ディスプレーの向きによっては流れてしまい、ショートする可能性もあります。そこで、ナノ粒子を加えることで粘性を上げて、印刷もできるようにしています。もちろん液体金属を封じ込めるようにカバーはしていますが、簡単に流れてしまうようだと、均一性も保てないことになります。
引張テストの耐久性も大きく改善されている
麻倉 ディフォーマブルディスプレー自体は、ゴムのような可塑性の膜をベースにして、伸縮配線になる液体金属を形成しているんですよね。これまではその液体金属にムラができていたということですか?
宮川 その通りです。今回の良質な液体金属ペーストが実現できたことで、歩留まりも上がりました。
麻倉 新しい材料ということですが、混合するナノ粒子の素材も違うということでしょうか?
宮川 ナノ粒子も、混ぜ方の比率も違います。それらを調整することで、均一分散したペースト状の金属材料が開発できました。これまでは、液体金属の中にだまができていたんですが、配線にだまがあると均一に伸ばすことができません。今回は材料を変えたことで、均一分散を実現できました。
麻倉 新しい材料を見つけるまでには、どれくらいの時間がかかったのでしょう?
宮川 材料については、2023年の初展示の何年も前から探していました。
麻倉 去年と比べて、ディスプレー自体の強度も上がっているんですか?
宮川 単純比較はできませんが、引っ張りへの耐性もよくなっています。去年までは、引っ張り試験も1万回までは難しかったのですが、今回は5万回〜10万回でも大丈夫というところまで来ています。
麻倉 解像度はどれくらいまで緻密にできそうですか?
宮川 今回展示したタイプは、画素ピッチが4mmと2mmです。現行の4Kテレビは88インチで画素ピッチ0.5mm前後ですので、まずはそのくらいを目指していきたいと考えています。そこから、小型・高精細タイプとの両面で開発を進めていければと思っています。
麻倉 現状でも、A3サイズなら作れるそうですから、それを複数枚並べて大型サイズにすることは可能ですよね。
宮川 12インチサイズは、今回の技研公開で展示しました。もちろん、用途やアプリケーションに応じて求められるスペックが違ってきますので、それに応じてアレンジしていければと思います。サイネージとか舞台演出であれば、ある程度ピッチが粗くても使っていただけそうです。
麻倉 引っ張りの強さに応じて、表示する映像を変化させているという説明もありました。
宮川 こちらが、「センサー内蔵型触れるディスプレー」です。
坪内 今はディスプレーの後ろから空気を入れているので、ゴム風船のように膨らんだ状態になっています。つまり画素ピッチが離れた状態です。空気を抜いていくとディスプレーが縮んで、画素ピッチも短くなります。今回はディスプレーの下にセンサーシートを重ねて伸び率を測り、それに応じて映像を変えています。
伸縮可能なディフォーマブルディスプレー。写真の丸い部分が空気で膨らむ仕組みだ
麻倉 触っても大丈夫ですか?
坪内 はい、触ってみて下さい。押されたことを感知して映像が切り替わる仕組みも搭載しているんです。
麻倉 意外と硬いんですね。なんだかこの質感は癖になるなぁ(笑)。
坪内 裏側から空気で押していますので硬く感じられるかもしれませんが、ディスプレー自体はひじょうに柔らかい素材です。
宮川 ゴム素材の上にフィルム状の電極を転写して、その上にマイクロLEDを実装しています。さらに液体金属で各画素をつないであげることで、柔らかいディスプレーが作れます。
麻倉 色の再現は、RGB 3色のLEDを使っている。もうちょっと LED が小さくなるといいですね。
宮川 LED自体は、信越化学工業株式会社、SAL株式会社と共同研究を進めています。狭ピッチ化ができてくれば、より高精細なディスプレーも実現できると思います。
麻倉 そうなったら、展示会などで壁に貼ることもできますよね。しかも運搬時は丸めてコンパクトになるから便利です。
宮川 壁に貼るだけでなく、角に沿って曲げることもできます。もし配線にクラックが入っても、一度伸ばして軽く叩いてあげると修復します。配線の復元能力があるというのも、大きなメリットだと思います(笑)。
麻倉 なるほど、メタル線のように本当に切れるわけじゃないから、修復もできる。これはいいですね。
宮川 液体金属自体は温度にも強いんです。あまり高温だと素材のゴムがもちませんが、人の体温ぐらいなら問題ありません。
麻倉 ということは、ウェアラブル用にも使える。そうなると、ディスプレーのUIや使い方も変化してきそうですね。
宮川 形状と同期したUIは今までなかったので、そういった点では面白いかもしれません。既に多摩美術大学と共同で、ディフォーマブルディスプレーの応用についての共同研究を実施し、プロトタイプについて作品づくりもしています。ワークショップも開催しています。そこでは、車の内装に使えるんじゃないかとか、おもちゃに応用できそうだといった色々なアイデアが生まれています。
取材に対応いただいた、放送技術研究所 新機能デバイス研究部 博士(工学) 宮川幹司さん(中央)と、新機能デバイス研究部 坪内研太さん(右)
麻倉 天井に貼り付けて、照明として使ってもいいですよね。色温度も変えられたら、なおいい。
宮川 こういったディスプレーは、求められるスペックが厳しいんです。高精細でムラがあってはいけないし、画素欠落も許されない。もちろん最終的にはそこに向かっていきますが、その前段でも色々なアウトプットができたらいいと思っています。
麻倉 液体金属の配線は、どれくらいの細さまで可能なのでしょうか?
宮川 100ミクロンまでは確認できています。もっと細かい配線ができないか開発しているところです。
麻倉 配線が細くなれば、高精細化も進みますね。また将来的に配線を縦方向、厚み方向に配置すれば、画素ピッチもさらに細かくできるでしょう。
宮川 そういった可能性もあります。大型化、高精細化に向けてさらに開発を続けていきます。
麻倉 この技術は毎年進化しているから、本当に楽しみです。来年はもっと大型のディスプレーを期待しています。
<テーマ3>触覚と香りで体感する3次元コンテンツ
「技研公開2025」会場入口に展示されていたのが、「触覚と香りで体感する3次元コンテンツ」だった。スティック型のリモコンを通じて、テレビ画面に写っている被写体の温度や振動、さらに匂いまで体験できるというもので、裸眼立体映像と組み合わせて、新しい映像体験を提案していた。麻倉さんは、その応用の幅広さに注目したという。
体感リモコンを使ってデモを体験する麻倉さん
麻倉 この展示は、たいへん興味深いですね。これまで映像でしか確認できなかったテレビの中の出来事を、匂いや触覚で共有できるというのは、視聴者からすると “新しい映像体験” に入ったと言ってもいい。今回、なぜこういったデモを企画したのでしょう?
半田 技研では、Future Visionとして、2030〜2040年を目指した未来の視聴体験を描いています。技研公開では、そこに向かっていく過程として、現在の技術でどんなことができるかを視聴者の方に体験してもらいたいと考えました。
Future Visionでは、3Dディスプレーの映像に触っている様子を描いていますので、それについて、コンテンツとしてこんな面白いことができますよということを示し、それを体験していただきたいと思っています。
麻倉 体験できるのは、振動と温度、風、匂い、音ですね。五感でいうと、視覚と聴覚に加えて、触覚と嗅覚がカバーされることになります。今までのテレビは視覚と聴覚向けのデバイスでしたから、さらにふたつの体験が増えたということですね。
半田 映画の世界を体感できるシアターがありますが、それらのコンテンツは最初から匂いとか振動を使う前提で作られているわけではありません。今回は、コンテンツを作る段階から、各要素をどう表現するかを考えました。
麻倉 映像を3Dで制作したのは、どんな狙いがあったのでしょう?
半田 まさにその場に行った気分になってもらいたいという思いもありました。映像が飛び出してくることで、実在感を出したいという狙いもあります。今回のデモでは、3D映像を見るだけじゃなく、触覚や匂いで実在感を与えたいと考えました。
麻倉 コンテンツのストーリーもよく考えられていますね。ところで、なぜ昭和をテーマにしたんでしょうか?
半田 2025年は、ラジオを含めてNHKが放送を開始して100年、また昭和100年に当たるということがひとつあります。
さらにテレビ番組って、普段我々が行けないところにリポーターが行って、現地の様子を紹介してくれるのも魅力だと思うんです。そこで臨場感や実在感が出せて、視聴者が懐かしいと思ってくれたら成功じゃないかと。そのベンチマーク的な意味もあって、昭和をテーマにしています。
今回デモ用システム。視聴位置の後ろにはセンサーも配置されている
麻倉 では、技術の詳細について教えて下さい。コンテンツに連動して体感リモコンが温度や振動を伝えるとのことですが、どんな体験ができるのでしょうか?
半田 ロゴにタッチすると、昭和の世界に入っていきます。画面も3Dに変化し、体感リモコンから地響きのような振動が出て、さらに風と共に昭和をイメージした醤油の匂いとか、燻製の匂いが漂ってきます。
続いて、駄菓子屋さんでかき氷を削るシーンになります。その時は、ゴリゴリという振動が感じられます。さらに苺シロップの匂いも感じられるはずです。またこのシーンでは、かき氷の3D映像を上や下から眺めることもできます。
麻倉 ということは、センサーで手の位置を見ているのですね。
半田 リモコンにマーカーがついていて、それを赤外線カメラによるセンサーで検出しています。このデモはそれなりに本格的なシステムになっていますが、将来的にはもっと簡略化していいと思います。
麻倉 将来的にこの機能がテレビに入るとすると、センサーやリモコンも小さくしていく必要がありますね。
半田 そうですね。どれくらいの精度を求められるかにもよりますので、これから検証していくことになると思います。
麻倉 匂いはどこから出しているんでしょう?
半田 画面下のアロマシューターから出しています。音の錯覚で腹話術効果というのがありますが、匂いも、目に見える物体があるとそこから臭っているように感じるという特性があると考えています。ですので、映像と一致した匂いを出せば、あたかも画面から匂いがしているように感じてもらえると思います。ただし、どれくらいの距離や方向まで有効なのかについては、これから調べないといけないんですが。
麻倉 今回のデモでは数種類の匂いがありましたが、それらはすべてアロマシューターに入っているんですか?
半田 匂いの数だけのカートリッジを使っています。将来的にはベースとなる匂いを準備して、リアルタイムで合成できるようになっていくと思います。
映像に合わせた匂いを出す、アロマシューター。今回は6種類のカプセルを使っている
麻倉 その次のデモは水風船の映像でしたが、重さを感じると言うか、破裂した時の振動も結構響いてきました。
半田 リモコンの中の振動子を使って、水風船のチャポチャポした感じを出してみました。自分が覚えている感覚とマッチすると、本当に水風船を “感じて” いただけるんじゃないでしょうか。
麻倉 確かにこういった感触がついてくると、より感情が刺激されますね。最後に水風船が破裂するのもゲーム的でいいと思います。
半田 そこについては、加納が色々なアイデアを考えてくれました。
加納 3D映像的には、向こうから水風船が飛んできて顔にぶつかって割れるというのも面白いと考えました。それを今回のデモに入れたかったのですが、スケジュールの都合で実現できませんでした。
半田 次のシーンは、黒電話などの昭和グッズのCGが並んでいるお茶の間になります。ここでお茶が出てきますが、茶柱も今の若い人はあまり見たことないだろうと思って、3Dで作ってみました。
麻倉 昭和のお茶の間にあるブラウン管テレビが操作できるのも楽しかったですね。昔はこうだったなぁと懐かしく感じました。
半田 ブラウン管テレビは、動態展示のイメージでした。チャンネルもダイヤル式で、回す感触を楽しんでいただきたいという狙いです。
麻倉 将来この技術が実用化されたら、テレビはどう変わるとお考えですか?
半田 テレビで “見たことがある” というところから、“やったことがある”、つまり体験に変わっていくと嬉しいですね。テレビだけど、価値としては本当の体験に近づくというところに、この技術が使えるんじゃないかと思います。
麻倉 そうなると、番組の作り方も変わっていきますね。
半田 こういったことができるとなると、制作サイドからも新しい番組を作りたいといった発想が出てくると思うので、そこは楽しみにしています。
独自開発した体感リモコン。グリップの裏側にベルチェ素子が取り付けられている
麻倉 ところで、このリモコンは汎用品ですか?
半田 いえ、今回我々が作った特注品です。グリップ部分にペルチェ素子が付いていて、冷たくなったり、熱くなったりします。グリップに振動子も入っています。
麻倉 お茶を入れる時と、テレビのチャンネルを回す時で振動の仕方も違いましたが、どのように制御しているのでしょうか?
半田 振動はまず音の信号として作り、さらに映像からイメージされる振動になるように調整しています。また、リモコンの振動の音と、テレビから出す音を分けています。今回はかき氷機やチャンネル操作でしたので比較的うまくいったのですが、すべてのコンテンツにマッチするかは、研究の余地があります。
放送で運用する場合には、それなりの仕込みが必要かもしれません。ネットを使って振動用の音を別に送るとか、22.2 チャンネルのどこかに振動用の音を流すとか、方法は色々あると思います。
麻倉 実用化のスケジュールはどのようにお考えですか?
半田 今のところ2030〜2040年を目指しています。今回のようなローカル環境ではコンテンツもできているのですが、放送として家庭に届ける、映像も8Kレベルにしたいといったことになると、2040年より先かもしれません。
麻倉 イベントなどで視聴者が体験できる機会が増えるといいですね。
半田 NHK技研としては、どんなデバイスでも同じように体験いただけるようにするとか、安全性をどこまで担保する必要があるのかなど、まだ研究としてもやることがあると考えています。
麻倉 放送で扱うとなると安全性も重要ですね。今回の開発で、おふたりが苦労した点はどんなところだったのでしょうか?
半田 3D映像では、できるだけ自然な立体感になるように細かい作り込みが必要でした。裸眼3Dディスプレーでちゃんと見せるのは技術的にも難しいので、キャリブレーション技術を開発しました。
あとは、匂いをどのタイミングで出すかも難しかったですね。映像より先に匂いが出るとおかしいのですが、一方で先に匂いを出しておくことで次のシーンにスムーズにつながったといったこともあります。最後はどれくらい早めに匂いを出すかなど、いろいろな人に体験してもらいながら作り込んでいきました。
取材に協力いただいた、放送技術研究所 空間表現メディア研究部 副部長 博士(科学) 半田拓也さん(右)と、研究企画部 加納正規さん(左)
麻倉 番組自体も、あまり長すぎると疲れてしまいますから、どれくらいの時間がいいのかも重要になるでしょう。
半田 番組全部ではなく、特定のシーンに使うといった方法もあると思います。振動にしても、例えばチャンバラシーンで、刀で斬った人の感触を再現するのか、斬られた側の感覚なのかも難しいですね。もともとテレビは客観的な映像を中心にしたメディアですが、そういう映像演出について、振動や感触をつけることで壊してしまうのではないかという点も考えなくてはなりません。
麻倉 映像は3Dにこだわらなくても、8Kの大画面映像も充分臨場感がありますから、それに匂いや振動を追加できれば、魅力的なコンテンツになるんじゃないでしょうか。スイスの牧場のシーンで、チーズを作っている匂いがしてくるだけでも、旅気分が盛り上がります。
半田 匂いも記憶に直結する感覚ですので、番組を見て旅行に行ったことを思い出してもらえるといいですね。
麻倉 最後に、今後はどういう展開を計画されていますか?
半田 今回の展示で、我々のコンセプトを体験いただける環境ができました。こういったリポート形式のコンテンツなら、色々なテーマで使えるという可能性を感じています。今後は、もっと触覚とか匂いを全面に出した、今までにないコンテンツを作れるのではないかとも思っています。
麻倉 それも楽しみですね。完成したら、ぜひ体験させてください。
※後編に続く