TOHOスタジオ株式会社は、世田谷・砧の東宝スタジオ内に、日本初となるHDR映像(ドルビービジョン)とイマーシブ音響(ドルビーアトモス)の両方に本格対応したポストプロダクションスタジオを開設、昨日その内覧会が開催された。
東宝スタジオは日本最大級の映画撮影スタジオで、1954年公開の『七人の侍』『ゴジラ』といった映画史に残る名作が撮影されたことでも知られている。2004年からスタジオ改造計画をスタートし、ステージの刷新も進めてきた。2010年にはポストプロダクションセンターが完成、ここには試写室や5.1ch/7.1chに対応したダビングステージ1などの施設も備えられている。
ポストプロダクションセンターの試写室もドルビーシネマに対応した
今回はその試写室がドルビービジョンに対応、さらにダビングステージ1もドルビーアトモスのミックスが可能になっている。同時にIMAX12(IMAXレーザーシアターで採用されている12.0chサラウンドシステム)の制作も可能になったという。IMAX12のミックスに対応したダビングステージは日本初で、こちらも大きなトピックだ。
このダビングステージ1についてStereoSound ONLINEでは、潮 晴男さんによるリポートをお届けしている(ドルビーアトモス対応後の取材です)。
機材の概要や音のインプレッションはこちらの記事を参考にしてもらいたいが、スクリーンバックにL/C/Rとサブウーファーを、サラウンドとトップスピーカーは左右それぞれ9基、サラウンドバックが6基、さらにサラウンド用のサブウーファーが左右各2基マウントされている。
ミックス用のコンソールにはAvidのS6と、NEVEのDFC GeMiNiのハイブリッドシステムを採用。S6ではProToolsの音源を使った作業が可能でドルビーアトモスとの親和性が高いのが特長、NEVEは16chフェーダーとしても活用されている。
TOHOスタジオ株式会社 代表取締役社長 島田 充さん
今回のリニューアルについて、TOHOスタジオ(株)代表取締役社長の島田 充さんは次のように解説してくれた。
「ようやく東宝スタジオにイマーシブが導入されました。今まで多くの方から、東宝ではイマーシブのミックスができないの? というお声をいただいていたんですけれど、なかなかそのご期待に応えることができる状況ではありませんでした。
そこについては、営業や技術担当者はイマーシブオーディオをやりたいと言っていたんですが、私が消極的だったというのが実態だったと思います。申し訳ありません。とはいえ、無下に消極的だったわけではございません。4〜5年前を思い返していただきますと、日本映画のイマーシブは、上映館数とか、興行収入も含めて、なかなか複雑な状態だったと思います。
ただ、最近はそれも大きく変わってきております。日本映画にはメガヒットと言える作品が沢山出てくるようになりました。そういった作品の中核を担っているのがイマーシブ音響の作品であり、ラージフォーマットであると思っております。このように状況が変わったことを受けて、東宝スタジオでもイマーシブ制作に対応させていただいたというのが経緯です。
ポストプロダクションセンター内のダビングステージ1は、ドルビーアトモスとIMAX12の制作に対応済
イマーシブスタジオへの参入は後発ではあるんですけれども、いい点もございます。というのも、先行したスタジオを参考にさせていただいたり、他にないような機能を採用することもできました。
そのひとつとして、ダビングステージにはCMA(クリティカル・ミキシング・エリア)、CLA(クリティカル・リスニング・エリア)が設定されます。立体音響の効果を正確に体験できる場所になりますが、弊社のダビングステージ1ではそのエリアが若干広く設計されています。
またコンソールも、Avid社のS6とNEVEのDFC GeMiNiのハイブリッドになっていますが、これも日本では他ではない形ということです。
そして何より、今回はドルビーアトモスだけではなく、ドルビービジョンのグレーティング作業ができるようになりました。ドルビーアトモス、ドルビービジョンの制作から、完成した作品の試写まで可能になっています。
今までは、ダビングはあそこ、グレーティングは別のスタジオ、そして試写も別ということが多かったんですが、東宝スタジオに来ていただければすべて完結することになります。忙しいクリエイターの方々の利便性向上につながるものだと思っております」
Dolby Japan株式会社 日本法人社長(兼)東南アジア・大洋州統轄の大沢幸弘さん
さらに、Dolby Japan(株)日本法人社長(兼)東南アジア・大洋州統轄の大沢幸弘さんからも挨拶があった。
「今日は誠におめでとうございます。ドルビービジョンとドルビーアトモスの両方で作られた作品をドルビーシネマと呼んでおります。その両方が1箇所で制作できてしまう、たいへんな施設が日本にできたものです。まさに “国宝” 級の施設です。もちろん日本初でございます。
東宝スタジオで、映画でも、配信でも、放送やライブでも、世界中に通用するような作品を作っていただいたら、コンテンツ業界が日本を代表する自動車業界に肩を並べているような時代が来るんじゃないかと思っています。
こんな素晴らしいスタジオを作ってくださった東宝スタジオさん始め、作品制作業界の皆様に改めて御礼を申し上げます」
続いてダビングステージリニューアルについて、俳優の水谷 豊さん(日本映画初のドルビーシネマ『轢き逃げ-最高の最悪な日-』の監督)や、映画監督の山崎 貴さんからのお祝いコメントが上映された。水谷さんは人気TVドラマ『相棒』のセットで、役柄の衣装のままお祝いコメントを収録するという “大物ならでは” の内容で、発表会が行われたポストプロダクションセンターの試写室も大いに盛り上がっていた。
トップスピーカーには、エレクトロボイス「EVF-1152D-99」を使用。今回のドルビーアトモス対応に合わせて、サラウンドとサラウンドバックスピーカーも同じモデルに入れ替えている
島田社長の話にあった通り、この試写室にはドルビービジョン対応プロジェクターが新たに導入され、ドルビーシネマ上映に対応している。内覧会でも、ドルビーシネマのデモコンテンツ『ESCAPE』や予告編が上映された。
『ESCAPE』では、冒頭の暗闇の再現や3色の宝石のキラメキなど、ドルビービジョンらしいHDR再現が明瞭。色のクリアーさ、グラデーションの滑らかさと相まって、CG映像に見惚れてしまう。
F1レースの映像では、夜の走行シーンでの暗がりと、ライトが当たった車体のきらめきやその対比、メタリックな色の再現が美しい。車が横をすり抜けていくシーンでのドルビーアトモスの移動感も迫力充分だ。
ミュージカル作品では、デフォルメされた衣装や髪の毛の色が美しいし、靴がキラッと輝く様子も印象的に再現する。歌唱シーンでも、ドルビーアトモスならではの、劇場を包み込むような音響体験を楽しめる。
ミキサー卓には、AvidのS6とNEVEのDFC GeMiNiのハイブリッドシステムを採用
『ゴジラ-1.0』の大戸島上陸シーンは、ゴジラの咆哮が上から響いてきて高さを演出するし、眼の前に迫るゴジラの顔や皮膚のディテイルもひときわ明瞭で恐怖も増す。クリエイターが自分で作った作品をこの環境で確認できるのであれば、作品そのものの完成度もより高まることだろう。
そこからダビングステージ1に移動し、こちらのドルビーアトモスの音も確認させてもらった。ここは、バーバンクにあるワーナー・ブラザースのダビングステージ(ナンバー9)を模して建設されており、世界トップレベルのダビングステージとなるような構想で施工されたという。
この点について、TOHOスタジオ株式会社ポストプロセンター ポストプロ営業部長 兼 ポストプロ営業課長の早川文人さんが解説してくれた。
「なぜそこまで音にこだわったのかというと、より良い音で作業していただくことで作品のクォリティを向上する、その一点でございます。ダビングステージ1で私たちが目指したいい音というのは、作った音がそのまま素直にモニターできるというものでした。
またドルビーアトモスに対応したことで、5.1chや7.1chでは表現しづらかった深さ、音の表現が可能になりました。さらに、ドルビーアトモスにはオブジェクトという機能があります。今までは沢山並んでいるサラウンドスピーカーはひとつの面として考えられていたんですけれども、ドルビーアトモスでは点として鳴らせるようになって、移動感がスムーズになっています。そのあたりの違いをお聞き下さい」
ミックス・再生時にオブジェクトの動きをリアルタイムで確認可能。写真左側のモニター上の緑色の点がドルビーアトモスのオブジェクトを示している
ということで、劇場で上映されているドルビーアトモスのトレーラーが再生された。5.1ch再生でも移動感はしっかり再現され、音に包まれる感じは出ているのだが、ドルビーアトモスと比べるとやはり平面的な印象は避けられず、斜めに音が移動していく際のつながりのよさや、後方上側から囁く声の定位感などに大きな差がある。これを聴いてしまうと、ドルビーアトモスで作品を作って欲しい(クリエイターなら作ってみたい)と思うのは当然だろう。
東宝スタジオに誕生したドルビーシネマ対応スタジオは、一箇所ですべての制作が可能な利便性はもちろん、ダビングステージ1の快適な環境や優れた音質、試写室のクォリティの高さなど、クリエイターの立場にたった配慮がなされている。ここから素敵な新作が登場するのが楽しみだ。
(取材・文・撮影:泉 哲也)
ドルビーシネマの今後の展開を、ドルビージャパン 大沢社長に聞く
内覧会終了後、ドルビージャパンの大沢社長に、同社が考える今後のドルビーシネマの方向性をうかがうことができた。以下で潮 晴男さんによるインタビューを紹介する。
潮さんと大沢社長
潮 東宝スタジオへのドルビーシネマ制作環境の導入、おめでとうございます。
大沢 ありがとうございます。劇場用ドルビーアトモス対応スタジオとしては4箇所目、ドルビービジョン対応としては2箇所目の制作環境が実現されました。
潮 今回は、東宝さんからドルビーシネマ対応スタジオを作りたいという打診があったのでしょうか?
大沢 東宝スタジオは、日本はもちろん、世界でも有数の映画制作スタジオですから、弊社としてもご提案していました。どちらからということはないんですけど、スタジオのリニューアルと合わせて実現できました。
潮 島田社長のお話にもありましたが、東宝スタジオ用にカスタマイズした部分もあるそうですね。
大沢 普段から色々なご相談をしていますので、特にどこかを変えたというわけではないんですが、リクエストをいただいた中で、可能な範囲で調整しながら進めていきました。もちろん私どものお薦めの仕様、基準がございますので、そこについてはちゃんとクリアーしていただいています。
潮 ドルビービジョンの基準というのはHDRの制作に関するものなのでしょうか?
大沢 もちろんそうです。ドルビービジョンの場合、輝度が映画作品の2倍ぐらいになっているのが決定的な違いです。
潮 ドルビービジョンの規格が発表された当初は、映画作品の表現はハイライトよりローライト側に意識が向いていたので、大丈夫かなと思っていました。
大沢 最初はそんな感じでしたが、2000年代初頭から半ばにかけて賛同してくださる皆さんが増えて、議論がなくなりました。そもそもエンドユーザーの皆さんは、実際に作品で提示されないと理解するのも難しいと思います。
潮 試写室のシステムもドルビーが監修したんですか?
大沢 特に監修ということはありませんが、ドルビービジョンに関しては、対応レーザープロジェクターはアメリカのクリスティとドルビーが共同開発していますので、その機器を導入いただいています。
潮 コンテンツの制作に関しては、例えば制作会社が自分のスタジオで作ってきたものを、東宝スタジオでドルビービジョンに仕上げるといった流れになるのでしょうか?
大沢 おっしゃる通りです。最終的にこのスタジオでグレーディングを行い、それにドルビーアトモスの音をつける。その一連の流れがすべてできることが一番のトピックになります。その意味で、監督さんにも仕事を進めやすい環境を提供できると思っています。
海外ではこういったスタジオも増えていて、ドルビービジョンとドルビーアトモスをセットで制作するのが当たり前になってきたと聞いています。そうすることで、劇場はもちろん、配信用にもドルビーシネマという同じフォーマットが使えます。つまり複数の露出先であっても、共通のフォーマットで作ることができるのです。それがクリエイターさんにとっても、一番嬉しいのではないでしょうか。
潮 確かに、ひとつのフォーマットで作って、それが多方面で活用できるなら、作り手としてはそれに越したことはありません。一貫した環境が実現されたことで、コンテンツ制作も加速していくでしょうし。
大沢 そこも期待しています。そもそも映画や配信、放送などの出口に対して、別々のフォーマットで制作していくというのはマイナスの方が大きいと思います。
国内のドルビーシネマ対応劇場は11月時点で11スクリーン、ドルビーアトモス対応が50スクリーンほどです。それに加えて配信などの出口が活用できるようになるのであれば、ドルビーシネマで制作しない意味がわかりません(笑)。ぜひ多くのクリエイターさんに東宝スタジオさんとドルビーの技術を活用いただきたいと思います。