①〜④『ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調/オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニー管弦楽団』 192kHz/24ビット
⑤「フリッツ・クライスラー:愛の喜び/石上真由子(vn)/江崎萌子(pf)」 96kHz/24ビット
⑥「Hejira (2025 Remaster)/ジョニ・ミッチェル」 192kHz/24ビット
⑦「Manchild/サブリナ・カーペンター」 48kHz/24ビット
⑧「野ばらのエチュード/松田聖子」 96kHz/24ビット 『Seiko Invitation −Kazuo Zaitsu Works−』から
⑨「天までとどけ/松任谷由実」 96kHz/24ビット
⑩〜㉒「シューマン:子どもの情景/中川優芽花(pf)」 96kHz/24ビット
㉓「Maybe Psychic/maya ongaku」 48kHz/24ビット
今回紹介する楽曲のプレイリストはこちら>
①〜④ 1960年10月録音のアナログ的なフレーバーと、芳しい音楽の香りにはノックアウト。歴史的な名演が、生命力豊かに甦るのを聴くのは、何事にも代えがたい幸せだ。堂々たる陣容で始まる第1楽章の前奏。悠々たるテンポで、大河がようやく大海に注ぐような、器量の大きさを痛感。レンジが広く、弦の倍音も豊潤。第1と第2ヴァイオリンの対向配置から、イ長調の音階上昇を第2ヴァイオリンが右側で鮮やかに奏でるのが、明瞭に分かる。第1主題の迫り来る、怒濤のような勢いも聴きどころ。
⑤「デュオM&M」として活動する、ヴァイオリン/石上真由子とピアノ/江崎萌子による最新アルバムから、鋭角的なアーティキュレーションで歌うクライスラー。通俗的な名曲だが、アクセントの明確さ、勢いの鋭さ、流れの流麗さから、まるで今日登場した新曲のように新鮮だ。サビのウィーン風メロディは、しっとりとした感情を湛え、主部とは対照的にデジャヴ的な懐かしさを演出。再現部では、冒頭と同じキレキレの演奏に戻る。一粒でふた味楽しめる。
⑥ ジョニ・ミッチェルが1976年に発表した代表作『Hejira』からタイトルチューン。実に鮮明で、音の一粒一粒がくっきりと屹立し、本作を含んだボックスセットのタイトル『Joni’s Jazz』の名にふさわしいグルーブを聴かせる。ジャズの名手たちによるハイスピードでハイシャープネスな演奏と、センターに位置する、懐かしくもヒューマンにして、ドライタッチのジョニ・ミッチェルの声とが、スリリングに協演。1979年のライヴレコーディングだが、それが信じられないほど、細部までのクリアーさと透明感が横溢。
⑦ 世界的に人気爆発の女性歌手、サブリナ・カーペンターの最新シングル「Manchild」。快適なテンポに乗って、可愛いフェミニンな声がハイスピードで疾走する。心地好く、どこか官能的、でも透明感が高い……という複雑な魅力を持つ歌声だ。シングルとダブルトラックによる歌唱を交互に配し、快感的なリズムがポップで陶酔的。子役的な個性が楽しい。
⑧ 松田聖子のアルバムプロデュースの切り口は極めて多岐だ。最新リリースは財津和夫、大瀧詠一、細野晴臣、呉田軽穂(松任谷由実の変名)の作曲家別のコンピレーション。ここでは財津和夫の代表曲「野ばらのエチュード」を聴く。松田聖子の全盛期特有の、ワイドレンジに伸びたクリアーな声やニュアンスの豊かさ、とくに語尾のしゃくり上げの「エモさ」が、十全に味わえる作品だ。私はこの曲が大好きなのは、ヘ長調のF/Gm/C7というツーファイブ進行で、FとG7mの間にD7というセカンダリー・ドミナントを挟むところだ。このエモいコード進行と聖子の圧倒的な歌唱力、そして可愛いしゃくりが、深い感動を聴き手に与えてくれるのである。それが最新のコンピレーションでも聴けたのは改めて新鮮。
⑨ AIで、かつての荒井由実、松任谷由実の歌声を合成し、さらに現在の声と協演するテクノロジカルな作品だ。昔的なメロディ、鼻に掛かるような典型的ユーミン的ボイシング、そしてダブルトラックが醸し出す響きは、ある意味古風だが、そうしたテクニカルなトピックを離れても、とても心地好い楽曲だ。旋律やコード進行という曲自体の魅力に加え、シンプルな楽器編成、ダブルトラック、ベースの旋律進行というサウンドプロデュースこそ、荒井由実の魅力だったことを気付かせてくれた。声は確かに若い。でも、人生を訓示する年上からの説得する声質も懐かしい。この歌声が好きだったと、改めて思った。
⑩〜㉒ 2021年、クララ・ハスキル国際ピアノコンクール優勝の俊英、中川優芽花の『シューマン:子どもの情景』。子供への眼差しが暖かい、詩情豊かなシューマンだ。第1曲「見知らぬ国について」の夢見るような情感、第2曲「不思議なお話」の健康的な快活さ、第3曲「鬼ごっこ」のヴィヴィッドな進行、第4曲「ねだる子供」の安寧感、寄り添ってくれる嬉しさ。なかでも第7曲「トロイメライ」は圧倒的に素晴らしい。一音一音を噛みしめるような、濃密な時間がたいへんゆっくりと過ぎゆく。暖かな陽射しのなかで、たおやかな雰囲気が醸し出され、特にフィナーレ、上行旋律の頂点を飾るG9の和音が絶品。2024年9月、浜離宮朝日ホールのライヴレコーディング。咳声など生々しい。
㉓ maya ongakuは江ノ島近傍出身の3人組バンド。maya(マヤ)はサンスクリット語のマーヤー(幻影)に由来する造語という。日本語の歌だが、宇宙的な気だるさが魅力だ。ビートルズの「Tomorrow Never Knows」、もしくは「Within You Without You」的なフィードバック音とパーカッションから始まり、「多分、超能力♪」という部分のアラブ旋律に加え、シタール音によるインド的な瞑想もエスニックな雰囲気。一定のリズムに乗る不思議なダブルトラックの歌声と、パーカッションの咆吼。シンプルでミステリアスなメロディが耳に付いて離れない。
候補として試聴した曲のプレイリストはこちら>
>本記事の掲載は『HiVi 2026年冬号』