中国香港 02
オールホーンスピーカーで「自然」な音を聴かせるローマン・ユン氏

 ホーンスピーカーを愛するローマン氏は、あえて香港中心部から外れた地域で新たに部屋を入手し、壁を壊して広い空間を確保した。すべてCessaro Horn AcousticsのBeethoven I‌Iを自宅に迎え入れるためだ。巨大な低音用ホーンを含む5ウェイのシステムを、ドイツのCessaro Hornとギリシャのイプシロンが共同開発した真空管アンプで鳴らす。「ここまで広い空間を確保することはほぼ不可能なので、都心部には住みたくありません」と語るローマン氏が究極の「スピーカー・ファースト生活」を選んだのは、もちろんBeethoven I‌Iの音に惚れ込んだからで、アンプ以外の機器やケーブルもあくまでスピーカーを中心に選び、入念なチューニングを重ねているという。

香港西部にお住まいのローマン・ユン氏はオーディオのためにマンションの一室を購入、リフォームを施し40帖ほどの専用部屋を作り上げた。窓から見える東湾は絶景。デジタルディスク再生環境があるものの、アナログディスク再生がほとんどになっているそうで、取材当日のソースもすべてアナログディスクであった。

ユン氏愛用のスピーカーは超大型ホーンを備えるCessaro Horn Acoustics(ドイツ)の「Beethoven Ⅱ」。総重量1t(!!)の本機は、5ウェイ6ドライバー構成で、ドライバーユニットはアルニコ・マグネットを採用するTAD製が中心のようだ。写真左側に見える低域(バスホーン)には出力1200Wのアンプを内蔵する。

 

 「今回の取材にそなえて先週末からクリスと私でホーンの角度や各種パラメーターを再調整し、使用するケーブルも見直しました」との説明に恐縮しながら、デイヴィッド・アベルが弾くベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタのLPに耳を傾ける。

 そこにあるのはただ音楽だけで、最初の一音が出た瞬間から再生装置の存在は意識から完全に消滅する。ここまで自然なホーンスピーカーの音は聴いたことがない。しかも自然な音像定位や生楽器のような浸透力の強さなど、ホーンならではの長所はいくらでも聴き取れるのに、固有の鳴きなどホーンの短所は皆無。この音を聴いてしまうと、とても真似はできないものの、Beethoven I‌Iを鳴らし切るために家を買い替え、部屋を作り直したくなる気持ちも理解できる。

 「今日を100とすると、チューニング前の音は70ぐらい」とローマン氏とクリス氏は口を揃えるが、ではどこをどう追い込んだのか。Beethoven I‌Iは110dBと別次元の高能率なので、アンプの負荷は小さくて済む反面、わずかなノイズも耳に届いてしまうリスクがある。グランドピアノを思わせる巨大なバスホーンを含む5ウェイ構成のドライバー間でタイムアラインメントを揃え、自然なステージ再現を実現するのも至難の業だろう。クリス氏提唱のノイズ・ミティゲーションとチューニングの極意が真価を発揮し、ここまで自然な音場を達成したことがうかがえる。チューニングの狙いについて、「振動の適切なコントロールに神経を集中させ、低音のエネルギーが逃げず、ノイズのない状態のまま前に出るように工夫しました」と振り返る。巨大なシステムだが楽器イメージが過剰にふくらまず、ピアノの音色の描き分けもきめが細かい。

 ローマン氏が聴く音楽はクラシックが中心で、レコードが圧倒的に多いそうだ。プラッターだけで60kgという超重量級ターンテーブルの効果か、ハーモニーの基盤に揺らぎがなく、ノイズフロアーが桁違いに低いので繊細な表情ももらさず引き出す。ノイズ緩和のための機器は他の3名とほぼ同様の構成で、ウェルフロートはバベルとウェルデルタ・エクストリーム II を導入。取材時にはスピーカー手前にアンクVIを設置して床面での干渉を低減していた。ちなみにローマン氏の音の基準は生の音楽で、再生装置の音をベンチマークにはしないそうだ。クラシックファンにとって彼の哲学は参考になる。

アンプはスピーカーと同じくCessaro Horn Acousticsに統一。トランスを使用したパッシヴ・プリの「Air One」、写真に見えるモノーラルパワーアンプは「Air Two」。両モデルともにギリシャのイプシロンと共同開発された製品である。「Air Two」はドライバー段にWE製「437A」、出力管に211(GE製VT4C)を採用するパラシングル機で、出力は50W(8Ω)。

 

ターンテーブルのHartvig Audio「Hartvig Statement Turntable」は、110kgという重さの銅製プラッターをバッテリー電源で回転させる。トーンアームはターレスの「Statement」でフォノカートリッジは「風雅」。フォノイコライザーはロバート・コーダ「MC1」である。

 

 

中国香港 03
空間再現を入念に追い込んだバーニ・ウォン氏

中国香港 03 バーニ・ウォン邸

 香港滞在の最終日に訪れたバーニ・ウォン氏は、保険業界のIT部門でのビジネスに携わったあと、いまはオーディオをはじめとする趣味を満喫する日々を送る熱心な音楽ファンである。集合住宅の広いリビングルームの一角にオーディオシステムを導入し、ゲーベルの「Divin Comtesse」を中心にシンプルでスタイリッシュなシステムを構築。クラシックを含む幅広いジャンルの音楽を楽しんでいる。

Burni Wong(バーニ・ウォン) 氏

香港島東部のマンション最上階にお住まいのバーニ・ウォン氏。オーディオ機器が置かれるのはタイル張りのリビングルームの一角。現在のおもな音楽ソースは、Roonを用いたデジタルファイル/ストリーミングとアナログディスクという。

 

 以前は仕事で使い慣れたコンピューターで音楽を聴くことが多かったというが、デジタルノイズに起因する音質劣化の存在に気付き、ノイズ対策に頭を悩ませる日々が続いた。そんなときにオーディオ・エキゾティクスのクリス氏に出会い、ノイズ・ミティゲーションに興味を抱くようになったという。

 現在のシステムにはTripoint AudioのTroy Signature N‌G(グラウンドノイズフィルター)やPranaWireの電磁ノイズフィルターとACグラウンドノイズフィルターなど、合計で約10種類のノイズ対策アイテムを導入済みだ。その他のノイズ対策機器として、スピーカーの上に置かれた円錐形のphiTon(Corfac2 S‌A)というレゾネーターも気になる存在。北京のレックス氏や香港のハン氏の部屋にも設置してあったが、動作原理はよくわからない。クリス氏の説明では、コンサートホール後方の座席近辺に設置することで音が届きやすくなる効果を確認し、リスニングルームの音響エネルギーのコントロールに活用するなど、オーディオ用途でも積極的に導入を進めているという。

 メインソースはコバズ、KKBOXなどのストリーミングとアナログレコード。APLのW‌R DACとN‌S‌P‌ ‌G‌Rストリーマー、ザンデンのアンプを組み合せたスタイリッシュなシステムで、ターンテーブルはヴァルテレのMG1を導入している。

 取材中に音像定位の精度が高いことを私が指摘すると、室内オーケストラによるヴィヴァルディ《四季》を聴きながら、ノイズ対策の有無でステージ再現がどう変るか、実験を試みることになった。グラウンドノイズとRFノイズの対策機器いずれかいっぽうを外すと、音像の高さ、エネルギーバランスがそれぞれ変化し、元に戻すと本来の位置に高精度に定位する。オーディオ機器を設置しているスペースは部屋のコーナーにあり、左側は窓、右側は開放空間と左右非対称の環境なのだが、それにしてはサウンドステージの広がりに違和感がなく、奥行きと高さの再現性も優れている。スピーカー手前の床に設置したAGSの効果も含め、複数のノイズ緩和手法を組み合せることによって、空間再現を入念に追い込んでいることが再生音から伝わってきた。

 Divin Comtesseというスピーカーはもともと位相の乱れがひじょうに少なく、空間情報を精度高く再現するが、ノイズ対策によってその長所をさらに引き出しているというのがバーニ氏の認識だ。その考えに強く賛同することをバーニ氏に伝え、帰国の途についた。

ウォン氏が愛用するのはGöbelの「Divin Comtesse」。AMTトゥイーターに8インチ口径のミッドレンジとウーファーを組み合せた、Divinシリーズの末弟機である。スピーカーの天板上に設置されているのはCorfac2 SA (スイス)の「phiTon」。音のタイミング(時間軸のズレ)を修正し、より自然な音へと変化させるアクセサリーなのだという。

 

Divin Comtesseを駆動するアンプ群はフォノイコライザーと同じくザンデン製。プリアンプの「Model 3100」に、プリメインアンプ「Model 6000」のパワー部を組み合せる使用法だ。「Model 6000」は、出力管にKT120を使用するシングルプッシュプル機であり、8Ω時の出力は90W。

 

 

音楽への愛が、オーディオに対する情熱を駆り立てる

 オペラ・声楽への強いパッション。それが壮大なオーディオシステムを構築したレックス・チャン氏の飽くなきこだわりの原点にある。音楽への愛がオーディオへの情熱を駆り立てる強いモチベーションになることを今回訪問した愛好家全員からあらためて教えられた。

 ロック好きのハン・レン氏はライヴの感動の再現を目指してシステムのチューニングに余念がない。音楽のエネルギーをどこにも逃さないという思いが生んだ力強いサウンドには説得力がある。ホーンシステムの音に魅せられたローマン・ユン氏のリスニングルームでは、巨大スピーカーの存在を忘れさせる自然なサウンドに強い印象を受けた。演奏家の意図をありのままに伝える誇張のない素直な音はローマン氏の音楽への愛の深さを物語る。バーニ・ウォン氏は精度の高い音像定位と正確なステージ再現を目指し、その目標を高い次元で実現していた。理想の音を見出した満足気な表情が忘れられない。

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https://online.stereosound.co.jp/_ct/17808834

Audio Exotics' First Documentary - 藝聚人和 (Art brings Friendship)

www.youtube.com