押井 守 監督・原案・脚本によるOVA(オリジナルビデオアニメーション)作品として根強い人気を集める『天使のたまご』が、4K/ドルビーアトモスでリマスター、現在ドルビーシネマで先行上映されている(11月21日から全国順次公開)。その公開を記念して、11月14日に押井監督の舞台挨拶が行われた。以下でその詳細を紹介する。(まとめ:泉 哲也)

 今回の舞台挨拶は、東京・丸ノ内ピカデリー ドルビーシネマにて、『天使のたまご 4Kリマスター』本編上映後に行われた。平日の午後にも関わらず劇場はほぼ満席で、本作の人気の高さがうかがえた。

 拍手に迎えられて登壇した押井監督は、MCを務めるニッポン放送・吉田尚記アナウンサーの「初めてこの作品を見た時に寝落ちしました」というコメントを受け、「映画って寝落ちするのは恥でもなんでもなく、敢えて言うと、寝落ちする映画は傑作だと私は思っております。(『天使のたまご』も)割とそういうものを目指して作った作品ですので、寝てもらっても全然構わない。ただお金は返せませんので」と、会場の笑いを誘っていた。

 続いて今回のリマスターについて、押井監督がどのような作業を担当したのかについて、質問があった。

 「こんなに真面目にやったのは初めてです。これまでもリマスター作業はやったんですけど、本作に関しては余人に代えがたいがたいっていうか、本来なら美術監督の小林七郎さんとか、色指定の保田道世さんなどの色の専門家が見るべき作品なんですよ。ただ、どちらも亡くなられてしまったので、私がやるしかないということで、全カットチェックさせていただきました。

 ある意味でひじょうに不憫な作品なんです。世にうまく出られなかった娘だってよく言うんですけど、残念な形で世に出してしまったっていうか、受け入れてもらえなかった。40年経って、もう一回お化粧直しして世の中に出してもらえるっていう話なので、これはやっぱり親として責任があるなっていう」と、作品に対する愛着の深さを話してくれた。

押井守監督

 さらに吉田アナウンサーから、『天使のたまご』はOVAの可能性を拡大した作品ではないかという指摘があった。

 「当時はOVAってどういうもので、どういう風に作って、世の中に出せばいいのかってことがはっきりわかってなくて。アニメーションをパッケージにして売るっていうことは、誰も経験してなかったんです。だからみんな手探りだったんですよ。

 この作品に関して一番大きいのは、徳間書店さんが映像作品を仕事にしたいって言ってくれたことでした。そこで、やりたいことをやってよろしいでしょうか、その代わり責任は取りますからって言いました。責任を取るというのは、ギャランティーがいりませんって(注:印税契約だったとのこと)。だからこれを一年間くらいで作ったんですけど、無収入で頑張ったんですよ」(押井監督)

 そこまで本作に入れ込んでいたことについて問われると、「やってみたかったからっていうことだし、あともうひとつは自分なりにアニメーションっていう技法に自信を持ち始めた時期だったんです。今までのアニメーションと全然違う、ストーリーとかキャラクターに依存しないで映画を作ってみたいと。そこまでの表現力を当時のアニメーションが持っていたかどうかはよくわからないけども、やる価値はあると思ったんです」と話してくれた。

 続いて吉田アナウンサーからは、押井監督の作品としては1981年に『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』があり、続いて1985年に『天使のたまご』が発売されていることを受け、「監督の名前で本作を見た人は、あまりの作品性のギャップに驚いたと思うんです」という話が出た。

 そこについては、「『〜ビューティフル・ドリーマー』って、映画としてはまあまあ成功した部類で、なおかつビデオがたっぷり売れたことで、ある意味、私自身が天狗になっていたんです。不思議な話とか変な映画を作っても、多分見てもらえるんじゃないかっていう。なおかつ、今ならこれがやれると思ったんです」との返事。

 ここで、当時これだけのスタッフを、どうやって集めたのかについても質問があり、「僕だけでは何もできないので、あなたがやってくれないと勝算がなんだよと、そういう説得の仕方もあるんですよ(笑)。結果的に、こういう作品をやってみたいという人は意外にたくさんいたんです。こういう作品を作る機会はそうそうないので、関われてよかったっていわれました。あと、仕上がりがとてもうまくいったので、私はまあまあいけたかなと思いました」と、監督自身は手応えを感じていたことを明かしてくれた。

 そこでの押井監督の仕事が、作品作りのディレクションだけでなく制作チームの招集にまで及んでいることを聞かれると、「演出家と監督の違いってその辺にあるんですよ。監督って映画を成立させることも仕事なんです。演出家は与えられた仕事の中でシーンを演出したり、キャラクターを動かすのが仕事ですよね。でも監督は今までやったことがないような映画も含めて、映画自身を成立させるっていう仕事だと思っています」と、自身の考える監督像も語ってくれた。

 また、「監督の仕事って、商業的に成功すればOKだって思われがちなんだけど、僕はそうだとは思ってないんです。10年後、20年後に作品が生き残っていることの方が、むしろ大事だと思っている。だからこの作品も40年前にOVAとして作ったけど、今、お化粧直しして映画館のスクリーンにかかったっていうことは、ある意味では時間との戦いに勝ったっていうことですよね」と、『天使のたまご』が4Kリマスターで再上映された喜びにも触れる。

押井監督のファンだという、ニッポン放送・吉田尚記アナウンサー(右)がMCを担当

 それを聞いた吉田アナウンサーから、「つまり、40年という時間との勝負に勝った結果が、今日ここにあるということですね」と驚嘆の声が出た。

 「映画って、見てくれる人がいなくなった時に死ぬんですよね。消滅するっていうか。フランスの有名なアーカイブ機関の館長さんが、映画のフィルムっていうのは、映写機で光を通すこと以外では保存できないという言葉を残しているんです。つまり、見る人がいる間は映画は生きている、でもそうならなくなったら、ただの物質としてのフィルムに過ぎない。だから映写機にかけて光を通すことでしか映画は生き残れない。

 デジタルデートだって永遠に不滅じゃないんですよ。コピーするたびに劣化するし。僕の好きな言葉ですが、映画は最終的には、燃えて、溶けてなくなる。要するにフィルムとしては消滅するんです。ただその映画を見たって記憶だけは残るんです。でもその人がなくなると映画もまた死ぬ。つまり映画は二回死ぬわけ。

 僕は今74歳で、あと10年くらいはがんばろうと思っているけど、その後に『天使のたまご』が残っているかという話ですよね」と映画作品のあり方についての見解も披露してくれた。

 さらに『天使のたまご』に関して、当時のアニメーションは16mmフィルムで作るのが普通だったところを、35mmフィルムで作られていたことについて、レストアを見越していたのではないかという質問があった。

 ここについては、「映画作品は35mmフィルムで撮影していたんです。OVAっていうのは結構微妙だったんだけど」とのこと。

 さらに撮影について、「あんまりピンとこないかもしれないけど、(この作品は)全編同じ撮影台、同じカメラで撮影されているんです。映画はスケジュールもあるから、通常は10〜20台に分けて撮影するんですよ。でもそうするとレンズも変わる、フレームも変わる、レンズが変わるってことは色も変わる。

 一人のカメラマンがひとつの台で、全編撮影するってことは多分ないと思う。この作品は、杉村重郎さんというカメラマンが、『俺が全部このカメラで撮る』って言って、そうやって撮ったんですよ。職人の夢というか、とことん作り込んでみたいという思いはあったと思うんです。そうでなかったら、多分できなかったと思う」と押井監督も感慨深げだ。

 そこまでスタッフの思いが強かった理由を聞かれて、「多分、達成感はあったと思う。そういう仕事って、普段のアニメーションの現場では本来あり得ない。分業化されていて、流れ作業になってて、ひとりがすべてに関わるってことはほぼできないんですよね。可能な限り同じ人間が同じ領分の仕事を、責任もってやれるっていうような体制を作れた、多分最初で最後の作品でしょう」と、現場の貴重さにも言及していた。

 作品作りの姿勢については、「アニメーションってテーマがふたつあるっていう話を結構するんだけど、例えば作品の内容としてのテーマ、物語とかキャラクターとかと、あと技術的な、形式とか様式を含むテーマですね。このふたつのテーマがないと求心力が出ないんです。

 技術的な冒険っていうのは何かしらするべきだし、前作ったものとちょっとでもいいから違うもの、新しい表現力をなんとか開拓しようっていうものは必要です。それがスタッフのスキルとして残っていく、色々な作品にそれが応用されていくというのが理想なんですよね。

 そのためには、そういう一線を超えちゃうっていうか、やりすぎちゃう作品は定期的に作られていかないと、スタジオ自体のスキルが上がっていかないっていうことになっちゃう」と、制作現場についての思いまで話してくれた。

 ここで吉田アナウンサーから、今回のリマスターという作り方で冒険をした点はあったのかという質問も出た。

 「今回は音を作り直しています。もともとモノラルでミックスしているので、効果音とセリフを重ねているわけです。そこからどうやってセリフだけを抜き出そうかって、そういう技術はいままでなかった。それを音響さんが頑張ってくれて、クリアーにセリフだけ抜き取ってもらって、もう一回ミックスし直しています」と、音声面での取組みについても紹介。

舞台挨拶は、東京・有楽町の丸ノ内ピカデリー ドルビーシアターで行われた

 「音響は、私は若林和弘音響監督にほとんどおんぶに抱っこで作ってもらっているので、『若、頼むね』っていっただけ(笑)。そういう信用できる人間がどれだけいるかっていうこともあるし、音響スタッフも今までやってなかったことを成功させたいっていう思いもある。リマスターっていう作業は、実はそういう意味で、ゼロから作るのと同じではないけども、クリエイティブな欲求と力が必要なんです」と、今回のドルビーアトモスミックスの難しさにも言及してくれた。

 最後に、『天使のたまご4Kリマスター』版の感想を聞かれた押井監督は、「真っ先に思ったのは、もうこの世に存在しない方たちが、もし今日この場に来てくれたら、きっと喜んでくれたろうなということ。というのは、今までのビデオでもブルーレイでも、全部の情報は出ていないんですよ。黒の中にも黒のディテイルがあるんですよ。それが今回初めて見えたんじゃないかなって思うよね。本当の姿って僕も見ていなかったから。

 35mmフィルムって、皆さんが考えるはるかに多くの情報量があるんですよ。4Kといえども全部を出しているわけじゃない。ネガフィルム原版は粒子の化学反応で成立しているから、その中からどれだけの情報量を取り出せるかはその時代の技術によって変わる。そう考えると、昔の作品が新しい顔を持って、また登場する可能性って実はあると思っているんだよね」と、これからのリマスターについての期待も語って、舞台挨拶は終了となった。

 40年という時間を超えて、押井監督とスタッフの思いが蘇った『天使のたまご4Kリマスター』版。実際、劇場に足を運んでいたファンの皆さんもとても満足そうで、貴重な映像・音響体験ができたことがうかがえた。

 なおStereoSound ONLINEでは『天使のたまご』のドルビーアトモス音声制作の裏側(音声分離の使い方やリミックス時の苦労話)について、詳しいインタビューを紹介しているので、関連リンクからお読みいただきたい。

『天使のたまご 4Kリマスター』

●11月14日(金)ドルビーシネマ先行公開、11月21日(金)全国順次公開●提供:徳間書店、配給:ポニーキャニオン

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