山梨県の山中湖で、築30年前後の古民家を購入、改修して、住み始めてから早7~8年。住み慣れた東京から田舎に移った1番大きな理由は、還暦を迎える前に、残された時間を楽しく過ごすための環境を整えたかったからだ。
車の音も気にならず、5分ほど歩けば湖畔にでられて、夏もほぼエアコンなしで過ごせるくらい涼しい(そのかわり冬は極寒ですが……)。そんな場所で、自分の好きな空間を確保して、好きな人、好きなモノに囲まれて、音楽、映画を最高のクォリティで心置きなく、楽しむ。前々から思い描いていたそんなささやかな夢を実現すべく、この場所に移ってきたというわけだ。
これまで音楽、映画の鑑賞と言えば、市販のパッケージメディアの再生と放送の録画/再生と相場が決まっていたわけだが、インターネット回線の普及/高速化とともに、ここ数年で映像配信、音楽配信サービスがにわかに存在感を増している。
特に音楽については、96kHz/24ビット、192kHz/24ビット収録の楽曲に代表されるように、これまでなかなか聴けなかった高品質の音源が手軽に入手可能。音にこだわるオーディオマニアの間でも、自宅のネットワーク環境を整え、音質的に優れたネットワークプレーヤー/トランスポートを吟味して、システムに加える動きが広まりつつある。
山中湖に設えた視/試聴室<山中湖ラボ>での高音質、音楽配信サービスへの期待は大きい。基本的なクォリティの高さに加えて、物理メディアではないため、保存用のスペースを確保する必要がなく、嘘のような本当の話、「たった1枚のCDの捜索に1日費やしてしまった」、そんな不毛なこととも決別である。
とにかく好きな場所で、好みの音楽が、いい音で、快適に楽しめるというQobuzのような定額制音楽ストリーミングサービスは、私が志向するいまの生活にもってこい、ジャストフィットするのである。
ただ長年、レコードやCDなどのフィジカルメディアに親しんできた身からすると、定額制ストリーミングサービスに不安がないわけではない。定額で聴き放題となる音楽配信サービスは言わば<音楽を聴くというサービスの利用料>であり、そこには未来永劫、その楽曲が聴き続けられる保証はなにひとつない。ある日突然、お目当てのアーティストが、全ての楽曲を引き上げてしまう可能性もないではないわけだ。
この不安を解消してくれる方法はないだろうか。ということで注目したいのは、Qobuzが提供しているデジタルファイルのダウンロードサービス。「音楽配信サービスの利用」にとどまる定額制ストリーミングに対して、ダウンロードサービスはデータを所有/利用する「購入」という行為であり、データを紛失しない限り、フィジカルメディア同様に永遠に聴き続けられる。当然ながら、日常的に再生している楽曲が、突然、聴けなくなってしまう心配もない。また中には一部のアーティストの楽曲には「購入」限定でデジタル配信しているケースもある。
ストリーミング再生とダウンロード購入の違い
セールを定期的に開催。DSDなどの高音質音源も用意あり
ブラウザーからQobuzのダウンロードストアにアクセスすると、邦楽/J-POP、アニメ/ゲーム、ロック/ポップス、ジャズ、クラシックと、ジャンル分けした多彩なタイトル(主にハイレゾ作品)が表示され、そこからお目当ての楽曲を1曲単位で、あるいはアルバム単位で購入するというシステムだ。購入作品については、ご自身のパソコンやサーバーなどに保存してローカルでの再生が可能となるが、インターネット経由で、リアルタイムでストリーミングした状態での再生も有効。ストリーミング上で、グレイアウトして再生できない楽曲を見かけるときがあるが、これもダウンロード購入をした後には、再生可能になる。
さらにその時々で「BLUE NOTE厳選ハイレゾ・プライスオフ(最大32%オフ)」、「ショパン国際ピアノコンクール開催記念 スペシャル・プライスオフ!」といった特別企画も用意され、お値打ち作品に出逢うチャンスがあるというのも楽しい。
そしてもうひとつ、見逃せないのが音楽配信サービスでは得られない高解像度の音源が入手可能となることだ。Qobuzの音楽配信では最高192 kHz/24ビット収録(FLAC)の楽曲を提供しているが、ダウンロードサービスでは、最高384kHz/24ビット(FLAC)まで跳ね上がり、DSD11.2MHz 音源も提供している。楽曲数は限られるが、スタジオ収録時に限りなく近いグレードの音源が入手できるわけで、考えるだけでもワクワクしてくる。
ちなみにQobuzだけでなく、Apple MusicやAmazon Musicでもダウンロード機能はあるが、これはあくまでもサブスク会員が音楽をオフラインで聴けるようにする機能で、デジタル購入とは意味合いが異なる。ダウンロードした曲はオフライン時でもアプリ内で再生可能となるが、ストリーミング契約を解約すると再生できなくなる。
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Qobuzでは「ダウンロードストア」という名称でデジタル音源の購入サイトが用意されている。なお、Qobuzアプリでも、再生ボタンの近くにある「カバン」のアイコンをクリックすると、表示されている楽曲/アルバムのデジタル購入画面に遷移する
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ダウンロードストアのバナーからテイラー・スウィフトの新譜画面をクリックするとこの画面に移動。ここで「ストリーミング再生」と「デジタルダウンロード」の選択が可能だ
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「アルバムを購入する」をクリックすると「カートに入れる」という画面に移動。この画面で音源のフォーマットを選び、カートに入れ決済へと進む。画面のテイラー・スウィフトの新譜は「ハイレゾ48kHz(48kHz/24ビット)」(¥4,277税込)と「CDクォリティ(44.1kHz/16ビット)」(¥3,422税込)が選択できた(価格は取材時点)
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カートに音源を入れると決済画面に移る。まずは登録しているアカウント情報を入力しログイン。未登録の場合は新規登録を行なう流れだ
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ログイン後、決済画面に遷移する。この段階で音源スペックの確認と、購入の最終確認が促される。「ご存知ですか?」の表示の下には決済の安全性/(ダウンローダーを利用したときの)別フォーマットの変換機能/DRMフリー/アンチクラッシュ保証(データ再ダウンロード機能)の説明書きが掲載されている
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取材で使った『Audiophile Analog Collection Vol.3』は「DSD 128(5.6MHz)」や「Hi-Res 352.8kHz」のようなストリーミング配信を大きく超える音源が提供されている。価格はそれぞれ¥3,360税込となっている
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Qobuzアプリのストリーミング再生画面で、上段の「カバン」のアイコンをクリックすると「購入済み」という画面となり、デジタル購入した楽曲がストリーミング再生できる。ストリーミング配信には未提供の楽曲も、デジタル音源として購入していると、「ストリーミング」できる
ストリーミングとダウンロードでどこまで音質が違うのだろうか
では最終的な音質がどのくらい違うのか、気になる方も少なくないだろう。ということで、デラのミュージックサーバーN1A/3とデノンDCD-SX1 LIMITEDを使用し、聴き慣れた楽曲を中心に、ストリーミング音源とデジタルダウンロードで購入した音源の聴き比べを敢行。さらにダウンロード購入限定の高解像度音源のパフォーマンスを確認してみた。
まずは音楽配信の再生とダウンロード購入の再生の比較試聴から。ここでは「First We Take Manhattan/ジェニファー・ウォーンズ」(44.1kHz/16ビット)と、「Steppin' Out with My Baby/ホリーコール」(96kHz/24ビット)を中心に聴いたが、すぐにその音質差を実感するほどの違いはない。再生機がN1A/3と外部D/Aコンバーター(デノンDCD-SX1 LIMITEDのDAC部を使用)の同じ組合せということもあって、いずれもクォリティは高い。声、ピアノ、ドラムスと、十分なダイナミックレンジを確保しながら、大振幅、小振幅ともに立ち上がりが素早く、細かな響きまで丁寧に拾い上げいく。鑑賞用としても不満を感じることはない。
ただ5分、10分と様々な音源を聴いていくと、空間の静けさ、響きの拡がり、声のニュアンスといった部分で、両者の違いが感じられるようになる。
44.1kHz/16ビット音源のジェニファー・ウォーンズはイントロで、スネアドラムの色濃い響きが勢いよく張り出すが、この勢い、フォーカス、空間の拡がりと、やはりダウンロード購入音源に分が有る。しかも音の粒子感が細やかで、複雑な表情を持った響きが、やさしく、おおらかに拡がっていく様子が、新鮮だ。雑味を感じさせない滑らかな空間への拡がりや、彼女の個性が溢れる艶やかな声の質感は、ダウンロード音源の方がナチュラルで聴きやすい印象だった。
96kHz/24ビットのホリー・コールは、正確に制御されたアルトヴォイスでリードしていく楽曲だが、その声のトーンやフレージングの微妙な変化で、聴き手をグッと引きつける。このあたりの表現力はまさに、彼女の独壇場で、ストリーミング再生、ダウンロード音源を問わず明確に感じ取れる。
2本のスピーカーの中央にフワッと浮かび上がる声の実在感、バックに拡がるピアノ、ベース、ドラムスの響きの浸透力といった部分まで注目していくと、やはりダウンロード音源の方が余裕を感じ、ホリー・コールが目の前で歌い、その横/斜め後ろに配置された楽器の位置関係まで、イメージしやすい。ちょっと不思議な感覚だが、演奏の落ち着き、馴染みの良さのような微妙なところに違いがあるように感じた。
超高解像度スペックの特別な音源を満喫したい
ストリーミング配信ではサポートされていない、超高解像度スペックのダウンロード音源の再生。選んだのはPCM 384kHz/24ビット音源とDSD 5.6MHz音源の聴き比べが可能な『Audiophile Analog Collection Vol.3』。音質にこだわるオーディオマニア向けに用意されたコンピレーション作品で、176.4kHz/24ビット、88.2kHz/24ビット、44.1kHz/16ビットの音源も用意されている(それぞれ価格は異なる)。
稀代のベーシスト、ジャコ・パストリアスが参加している楽曲「Fannie Mae」を中心に両音源を聴き比べたが、ホールの空間に浸透するように拡がる歌声、強い推進力を伴なうパーカッションの響き、そしてリズムを的確にリードするベースの躍動と、いずれも情報量が豊かで、音の鮮度が高い。響きの粒子、その場の空気感まで感じさせる繊細な感触はPCM 384kHz/24ビットとDSD 5.6MHzの両者の音源ともによく似ているが、DSD音源の方が微小信号の再現性に長けている印象で、演奏の現場の気配、情景、雰囲気まで感じとれる。
反面、バスドラムの大振幅の立ち上がり、ギターの響きのスピード感といった部分ではPCM 384kHz/24ビット音源が優勢。多彩な信号は躊躇なく一気に吹き上がり、空間に放出される様子が実に清々しい。それぞれ持ち味は異なるものの、総合的なクォリティは五分と五分。リスナーの好み、再生楽曲によって選ぶということになるだろう。
最後に1曲。ギタリスト福田進一の「プレリュード/組曲 ニ長調より」(DSD 11.2MHz)を聴いたが、彼の技術、感性、想像力と、その豊かな表現力にすっかり魅了されてしまった。情報量うんぬんということではなしに、ほどよく音の芯を感じさせる肌合いのいいサウンドで、その響きに包み込まれる心地よさはこのうえない。
いまこの瞬間に集中して、この上質な音に身を委ねられる喜び。ストリーミングは非常に優れたサービスではあるが、ダウンロード音源は所有できる特別な音源であり、わたしの音楽生活になくてはならない大切なものの1つとなったと明言できる。
>本記事の掲載は『Qobuzのすべて』