StereoSound ONLINEでは、2013年から技術展示会「アストロデザイン プライベートショー」にお邪魔し、その内容を紹介するとともに、麻倉さんによる鈴木茂昭さん(アストロデザイン株式会社 代表取締役会長)へのインタビューをお届けしてきた。今年も去る6月に開催されたプライベートショーにうかがい、新たな時代に向けた同社の取り組みについてうかがってきたので、以下で詳しく紹介したい。(StereoSound ONLINE)
アストロデザイン株式会社 取締役会長の鈴木茂昭さん(左)にお時間をいただいてインタビューを実施
麻倉 今年もプライベートショーのご案内をいただきありがとうございました。御社のプライベートショーは、映像の世界の最前線を知るという意味でもたいへん勉強になりますので、いつも楽しみにしています。
鈴木 そう言っていただけて、こちらも嬉しいです。最近は映像技術も放送以外の様々なジャンルで活用されていますので、弊社としても色々な分野に取り組んでいかなくてはならなくなっています。
麻倉 確かに、今回のプライベートショーでも新しい展開が多く見受けられました。放送関連はもちろん、それ以外のテーマがひじょうに充実していた。最初に聞かせてもらった、32chのイマーシブ音声を様々なイマーシブオーディオフォーマットに変換しようという提案は、今までのアストロデザインには見られませんでした。
鈴木 実際に技術を開発されたのは鹿嶋建設さんですが、鹿島さんとしてもあんな特殊な技術をどう商売に展開するのか難しかったと思うんです。弊社ではそれを色々な分野で使えるようにしたいと考えました。
麻倉 鹿嶋のOPSODIS技術については私も取材したことがありますが、ひとつの技術を核に、新しい使い方を探っていく、その姿勢は日本のエンジニアらしくて素晴らしいと思いました。さらにアストロデザインとの協業でどんな展開を見せてくれるのか、これからも楽しみです。
鈴木 ありがとうございます。
最大32チャンネルのサラウンド音声を、リアルタイムで任意のチャンネル数のサラウンド音声にエンコードできるサウンドプロセッサーも展示。会場では22.2ch音声を2chのバイノーラルサウンドに変換し、OPSODISのスピーカーで再生していた
麻倉 さて、今回の展示で面白かったかったテーマのひとつが、8Kの産業応用でした。これまでもスポーツでプレイの内容を分析するとか、トンネルの中のクラックを調べるといった取り組みはありましたが、今回は“産業”という切り口が新しいなと感じました。
鈴木 産業応用といっても、色々な展開があると思うんです。例えば画像検査で一般的に使われているカメラは、エリアセンサーで撮るタイプと、ラインセンサーを使う2種類に分けられます。製造工場のベルトコンベアでの検査などでは、ラインセンサーは縦方向が1画素なので、コンベアの速度が早いときちんと撮影できないこともあります。でもここに8Kカメラを使うと、横4096画素で、しかもエリアとして撮影できるんです。これは大きなメリットです。
麻倉 8Kカメラならラインセンサーよりも高精細で、かつ広い面積で撮影できるんですね。
鈴木 信号処理の精度も上げられるし、荷物がランダムに動いたり止まったりしても問題ありません。なおかつカメラを取り付ける場所の自由度もかなり上がります。ただし問題もあって、8Kカメラなのでデータ量がすごく大きいんです。撮影はカメラがあればできますが、その後の処理が追いつかないんです。PCに入力する方法もそうですし、画像解析の負荷もそれなりにたいへんです。
麻倉 単純にこれまでのセンサーと置き換えるだけでは駄目で、情報処理側のシステムにも8K対応が求められる。
鈴木 おっしゃる通りです。でも弊社では8K放送用の機器を開発してきた経験がありますので、超高精細で高速の映像信号を扱う技術を持っています。これを活かして、従来は使いにくかったもの、もっと高解像度で撮影した方がいいと思っていたものも撮影・解析できるようになってきました。
麻倉 その意味では、8K放送でやってきたことは無駄ではなかったということですね。
鈴木 それがあったからこそ、ここまでの画像解析が可能になったといってもいいでしょう。
麻倉 そこに今度はAIも加わる。これは大きなターニングポイントですね。
鈴木 そうですね。AIは大問題というか、想像以上で侮れないですね。直近の課題としては、画質改善にAIを使えないかを検証しています。
例えば今でも、昔のアナログ映像をデジタル化するといった際に映像を綺麗にしたり、監視用カメラの映像を高精細にするといった技術が使われています。ただそれらの技術の完成度を上げていっても、一定以上の画質にはならないというか、限界があるのです。
録画した素材から必要なデータを簡単に検索してくれるAIアシスタント搭載アーカイブサーバーも展示。そこでの検索に使用するエッジAI(CE-LLM)はシャープと協業している
麻倉 あくまでも画像補完技術ですから、それは仕方ないでしょう。
アストロデザインでは、数年前から8K高解像度とハイフレームレートの組み合わせを提唱している。今回もDLPプロジェクターでの映像比較がデモされていたが、240pと60pの違いは一目瞭然でした
鈴木 ところがAIにはそういう限界がないように見えるんです。最近のテレビで昭和の映像が多く使われていますよね。それらは捜査線525本のNTSC信号ですから、今のハイビジョン放送としては解像度が足りません。加えて、記録メディアも多くはアナログテープなので、それ自体の劣化も避けられないでしょう。
それをどう変換するかは弊社にとっても重要な商売のタネで、以前から画質改善用機材も手掛けていました。ただそこにも限界があって、それなりの情報を持った映像であればかなり綺麗な絵にできますが、といってもそれで充分というレベルには届かないんです。
麻倉 そこにAIが加わることで、大きな変化が起きるんですね。
鈴木 最近のAIは、これまでの高画質変換とはまったく違う絵が作れるんです。従来はオリジナルデータの足りない部分に補正を加えて改善していくというアプローチでしたが、今のLLM(大規模言語モデル)のAIはそうじゃない。
オリジナルデータに関連のありそうな素材を持ってきて、置き換えたり、合成するわけです。その結果、びっくりするくらい綺麗になることがあります。ただよく考えると、それってオリジナルと違うんじゃないかなっていう気もしています。
そもそも映像コンテンツは創作物、クリエイターの感性が入った成果物です。だけどAI が処理した結果は、作った人の狙いとは違っているかもしれない。AIが勝手に判定して綺麗にしているので、元の映像はわざと汚していたかもしれないのに、いつの間にか綺麗になっている可能性もあるわけです。そこまで考えた画質改善が本当にAIでできるのか、これは大きなテーマだと考えています。
麻倉 アストロデザインが製品として画質改善AIを作るとなると、今の問題も避けては通れませんね。
鈴木 画質改善自体は弊社にとっても不可欠な技術ですから、社内に研究開発チームを立ち上げて、外部と協業しながら研究を進めているところです。今申し上げた点も含めて、かなり難しいテーマになると思います。
麻倉 AIについてはシャープとの協業で、色々な言葉でアーカイブを検索するという展示もありました。これはすごく現実味がありましたね。
鈴木 シャープさんは研究開発にひじょうに熱心で、エッジAIの開発に対しては日本メーカーの中でもかなり進んでいると思います。今回の展示では、その力をお借りしています。
麻倉 もうひとつ、8K関連では240pのハイフレームレートでの動画ボケレス映像が素晴らしかった。いくら8K映像と言っても、動いた時にぶれてしまったら意味がありませんからね。
鈴木 解像度が上がれば上がるほど、動画ボケの問題は大きくなります。放送では120pや240pは採用されそうにありませんが、ハイフレームレートになれば映像としての情報量が増加して、識別度や解析力も上がっていきますので、色々な意味で産業面での転換に役立つでしょう。
イマーシブ・ディスプレイシステムの展示。複数台の4Kプロジェクターを使って8Kを超える高精細・大画面映像を投写するというもので、映像のつなぎ目が識別できない点には麻倉さんも感動したそうです
麻倉 他にも2台の4Kプロジェクターを使って8K相当の超大画面投写もデモされていましたが、あの映像ブレンディング技術も素晴らしかった。
鈴木 まったくつなぎ目がわからなかったでしょう。あれは完全にソフトウェア処理なんですよ。
麻倉 複数台の4Kプロジェクターで8K相当の大画面を投写するわけで、通常の映画用とも違いますが、どんな使い方を想定しているのでしょう?
鈴木 まずは今回の展示のような、企業の紹介映像になるでしょう。そもそも8Kプロジェクターについては、現在はデルタ電子とJVCケンウッドの2社くらいしか製品がありません。サイネージも映画用もメインは4Kプロジェクターが使われています。
麻倉 そうでしたか、業務用プロジェクターも厳しい環境にあるんですね。でもアストロデザインとしては、以前からデルタと協業して8Kプロジェクターを開発していましたよね。
鈴木 10年前から続けてきました。もともとは私が8Kプロジェクターを提案して、そこからデルタとしての開発が始まったんです。
麻倉 そうだったんですね。でもそういった取り組みを続けてきたから、デルタが今も生き残っているともいえそうです。
鈴木 商売としては厳しいようですが、技術の研鑽としては意味があったんじゃないでしょうか。
様々な測定にも対応できるよう、紫外線から近赤外線の波長まで撮影できるカメラも準備している。可視光では見えないコロナ放電まで撮影可能とのこと
麻倉 8Kの家庭への普及の可能性については、どうお考えですか?
鈴木 麻倉さんお得意のオーディオの世界は、ある意味枯れた技術なのにも関わらず、ずっと熱心な愛好家がいて、自分の好きなスピーカーとかアンプを楽しんでいますよね。これって楽器と一緒で、技術が安定してくると、安心して長く使えるようになるということじゃないかと思うんです。
将来的には映像もそういった世界になると思うんです。ホームシアター文化も麻倉さんたちが頑張って普及に努めてくれていますが、なかなか一般にまでは届いていないという気もしています。
でも特に映像にこだわっていない人であっても、本物の8K映像を体験したら、これはすごいってみんな感じるでしょうし、他の家にはないんだよっていう自慢につながれば、マニアが飛びついてくれると思うんです。
麻倉 先日渋谷のPARCO劇場で、8Kで収録した舞台『蒙古が襲来』の上映を拝見しました。ひじょうにリアルで、新しい映像体験だと思いました。
鈴木 実際に体験してくれると、みんな8K映像の素晴らしさがわかると思うんです。そうして8Kマニアが育ってくれば、その人たちが見るためのコンテンツが求められます。需要が生まれれば、供給もされ始めるんじゃないかと期待しているんです。
おそらくネット経由になるでしょうが、ストリーミングが難しければダウンロードでもいい。極端な話かもしれませんが、現在放送衛星のトランスポートは余裕があるはずです。その空き帯域を8Kのダウンロードサービスに使ってもいいじゃないですか。実際、今の4K放送も内容的にはひどいものですし。
麻倉 そうなんですよ。特に民放系はショップチャンネルばっかりです。
鈴木 せっかく4Kテレビを買っても、ちゃんとした4Kを見る機会が少ないのは悲しいですよね。映画だってオリジナルフィルムから4K/8K化したら本当に綺麗なのに、勿体ない。
麻倉 海外では、特定のサーバーと契約することで自宅のストレージに4Kの映画を送ってくれるサービスも始まっているようです。これの8K版が実現したら、映像マニアは飛びつくと思います。
鈴木 コンテンツホルダーが嫌がるのはデータの流出ですから、セキュリティさえしっかり担保できれば可能だと思います。そういった環境を日本にも作ることができれば、コンテンツホルダーにもちゃんとビジネスにできますといったアピールが可能になります。
麻倉 マネタイズできるのであれば、賛同してくれるコンテンツホルダーは出てくるでしょうね。
8K映像から、様々なアングルの2K素材を切り出すシステムも展示されていた。例えば8Kカメラで捉えた野球スタジアムの映像から、ポジションや選手の寄りのカットを取り出そうという提案だ
鈴木 8Kテレビも今は放送しかソースがないからビジネスとして難しくなっていますが、技術がなくなっているわけじゃありません。シャープやパナソニックにはエンジニアもまだいます。しかし、近い将来エンジニアがいなくなると、いざ8Kテレビを作ろうと思ってもいちからやり直さなくてはなりませんから、たいへんですよ。
麻倉 確かに、エンジニアが持っている技術は国の宝ですからね。
鈴木 そんな体験の場、さらに環境を手に入れるお手伝いをしたいですね。さすがにアストデザインがそれを全部やるわけいきませんが、私も会長になって、以前より時間ができそうなので、そういった動きを始めたいと思っているんです。その際にはぜひ麻倉さんにお力添えをお願いします。
麻倉 それはいいですね、喜んでお手伝いしますよ。ところで、今回鈴木さんが会長に就任されて、新しい社長さんがいらっしゃったそうですが、今後の役割分担はどうなっていくのでしょう?
鈴木 まずは新社長の難波をご紹介します。彼はシャープ出身で、以前からアストロデザインの社外取締役を勤めていました。
難波 初めまして。難波豊明と申します。
麻倉 麻倉怜士です。これからよろしくお願いいたします。さっそくですが、難波さんはシャープでどんな業務を担当されていたんですか?
難波 入社してからは、コピー機を担当していました。1990年代の話で、当時はキヤノンさんや富士ゼロックスさんという強豪があって苦戦していたんです。そこで B to Bに目を向けて、ちょうどコンビニに複合機が入り始めたタイミングだったので、大手コンビニチェーンにアプローチして採用してもらいました。今は多くのコンビニチェーンがシャープのシステムを採用しています。
麻倉 なるほど、B to Bで大躍進を遂げたんですね。
難波 その後、シャープがNECディスプレイの株式を取得したタイミングでサイネージ事業の担当になりました。首都圏のターミナル駅のディスプレイとか、地下鉄の柱に巻くディスプレイを展開しました。大阪では、ターミナル駅で数十本の柱にディスプレイを巻くなんてこともありました。
麻倉 アイデアマンですね。それもうまくいったんですね。
難波 ありがとうございます。それが一段落したら、次にロボットを担当することになり、AGV (Automatic Guides Vehicle=自動搬送車)の制御システムや自動組み立て機を作ったりといった業務を担当していました。
麻倉 放送機器や家庭用製品は担当されなかったんですね。
難波 仕事では担当してないんですけど、昔から趣味で無線を楽しんだり、アンプを作ったりしていました。「ステレオサウンド」誌も読んでいました。
インタビューに対応いただいた皆さん。写真右からアストロデザイン株式会社 取締役会長の鈴木茂昭さん、麻倉さん、代表取締役社長 難波豊明さん、執行役員 企画・マーケティング戦略部門長 古瀬弘康さん
麻倉 そうでしたか。では難波さんとして、これからアストロデザインをどんな風に発展させていこうとお考えなのでしょうか?
難波 難しい質問ですね。アストロデザインという会社は、放送業界はともかく、一般の方にはあまり知られていないと思いますので、もうちょっと幅広く認識してもらいたいと考えています。
今回社長に就任して、アストロデザインはすごい技術を持っていることがわかりました。これを生かさないと、本当に勿体ない。放送だけでなく、色々な分野で持っている技術を展開していきたいと考えています。
麻倉 アストロデザインは優れた映像技術を持っている会社ですから、そこに対するニーズは絶対あるはずです。
難波 ひとつひとつの商品が、大きなポテンシャルを持っていると思うんです。さらに研究機関用の特殊なカメラなども開発できますので、そういった需要にも応えているのではないかと思います。
麻倉 これまでも大学と組んで研究開発のサポートもされていましたが、そういった取り組みは残しつつ、新たな展開を探していくと。
難波 アストロデザインとしては、しかるべき技術は持っていますので、それを使って試作機などを作ることもできます。そういった新規開発の分野でトップランナーとして走り続ける、そういう会社になっていけたらと思っています。
麻倉 素晴らしい覚悟ですね。日本の技術イノベーターとしてぜひ頑張ってください。これで鈴木さんも肩の荷が降ろせますね。
鈴木 そうなんです。これからは、私は趣味でできること、会長がそんなことやっていいんですかって言われそうなことにも取り組んでいきたいと思っています(笑)。
麻倉 私も鈴木さんとは長くお付き合いさせていただいていますが、アストロデザインは常に最先端の面白さを伝えてくれる会社と思っています。B to CとかB to Bに関係なく、ひじょうにワクワクさせてくれる感じがするんです。
難波 私もアストロデザインに入るまでは、そこに気がついていませんでした。でも、他社がやってないことに取り組む面白さを知って、これをやるしかないと。もっと色々なところに弊社の技術を紹介できれば、さらなる展開が期待できると感じています。
麻倉 今回のプライベートショーでも、ハードウェアでワクワクさせてくれる展示が多くありました。これは本当に楽しかった。
難波 会場に来られる皆さんが、一目見てわかるようにしたいというコンセプトを徹底しました。来場者の皆さんにも好評のようで、よかったです。
麻倉 今、日本の物作りは本当にたいへんな時代だと思います。しかし、先程鈴木さんのお話にあったように、最先端の研究や開発を止めてしまったらそこで技術も失われてしまいます。アストロデザインは、他がやっていないことに取り組むという貴重な会社ですから、これからもぜひその姿勢を貫いていただきたいですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。