極限の緻密さを描くヘッドホンこそ大画面映像と組み合わせるべきだ

 グローバルなヘッドホン市場で安定した人気を誇る中国のヘッドホン専業メーカー/ハイファイマン。特に近年は、独自の磁気回路/振動板によってドライバーを進化させ続けており、信頼性と革新性から圧倒的な支持を受けている。そんな同社からこの度、新型ヘッドホン2機種が発表された。今回はそれらを使ってヘッドホンによる映画鑑賞の醍醐味を分析してみたい。

 ヘッドホンの長所は、周囲に気兼ねなくリスニングに没入できること(オープン型は多少の音漏れがあるにせよ、スピーカーでのリスニングに比べればずっと小さい)。深夜や早朝に関わらず、また音量の大小に関わらず、家族等に迷惑をかけずに自分本位でコンテンツを楽しむことができる。

 また、発音源が耳の近くに置かれるため、小さな振幅で満足できる音量での再生が可能で、微細な音が聴き取りやすく、ワイドレンジや高分解能な音を実現しやすい点もメリットだ。部屋の反射や残響といったルームアコースティックの影響も受けないので、モニタリングにも適している。

 一方の短所は、音像の頭内定位だ。これは仕組み上、仕方がなく、前方定位や三次元的な立体感が獲得しにくい。

 また、機種によっては耳への圧迫感を感じることがある。ヘッドバンドを含めた側圧の具合は個人差があり、購入前に事前に確認しておくのが無難だ。

 以上のことを踏まえたうえで、ヘッドホンで映画鑑賞する醍醐味、本質を考察すると、作品の世界観に没頭できることだ。声のセンターイメージは実感しにくいかもしれないが、セリフに込められた感情の機微は聴き取りやすい。爆発炎上音の迫力や地響きの轟音などは、サブウーファーが関わる帯域の再現はやや厳しいところがあるものの、一人でじっくり鑑賞するには充分なパフォーマンスが得られると思う。

ヘッドホンでのオーディオビジュアル再生の魅力を探るため、HIFIMANの最新モデル2種を試す。プレーヤーはマグネターUDP900、アンプはGoldenWaveのPRELUDE。UDP900のアンバランス2ch出力をPRELUDEに繋いで、ハイファイマンのヘッドホンを駆動している

 

 

人気沸騰中のハイファイマンの最新2モデルを映画再生で試す

 では、今回のハイファイマンの新製品の特徴をみてみよう。いずれのモデルも近年同社が推し進めている平面磁界型振動板の採用がセールスポイント。この形式は振動板の全面に規則正しく均等にボイスコイルと磁石が配列され、振動板を均一に駆動(振動)させることが可能だ。一般的なダイナミック型は磁石の近くと外側とで駆動部からの距離が異なるため、ミクロレベルではどうしても歪みが発生しがちで、位相差等も生じやすい。平面磁界型の振動板はこの距離差が無視できる範囲で、トランジェント(過渡特性)でも抜群の高い性能が期待できる。ハイファイマンでは、「ステルス・マグネット・デザイン」という独自技術により、マグネット間やその周囲を音波が通過する際の干渉が生じにくい構造となっている。

 Ananda UNVEILEDは、厚さ100万分の1m以下の振動板を採用。この技術は2024年デビューのSUSVARAで実用化されたもの。従来型ではこの薄膜の動作を保護用のバックカバーが妨げていたが、本機は大胆にもそれを取り去った、いわば“むき出し”状態である。そんな「完全なオープン型構造」のため、振動板を不慮の事故(磁力で金属物などが引き寄せられ破損すること)から保護するための専用カバーを非使用時に付けておくのである。振動板は従来に比べて60%の薄さを実現した第二世代版。ヘッドバンドに関しても、より快適性を高めた第二世代となっている。

 もう1機種の新製品HE600も、前述の第二世代ダイヤフラムや第二世代ヘッドバンドを採用している点は同じだが、こちらは丸型の振動板にステルスマグネットを使用した汎用的なオープンバック型(つまり、振動板はむき出し状態ではない)だ。銘機として知られるHE6に対して40%以上の軽量化も果たしており、改良されたイヤーパッドもよりいっそう優れた装着感を実現している。

 HEシリーズは同社の中核をなす製品群で、2009年に無垢材のイヤーカップを採用した平面駆動型のHE5を発表。同機が評判を呼んだことでハイファイマンは世界的に高い評価を受けた。HE600はいわば同社の礎を築いたモデルラインの最新型なのである。

Headphone
HIFIMAN
Ananda UNVEILED
¥86,900 税込

●型式:平面磁界型・オープン型ヘッドホン
●出力音圧レベル:93dB
●インピーダンス:22Ω
●質量:449g

HIFIMANでは「UNVEILED」アンヴェールドと名付けた、振動板をむき出し状態にして、開放感を極限まで高めたヘッドホンを2024年リリースの「SUSVARA UNVEILED」から展開。2018年登場のAnandaヘッドホンは、「ステルスマグネット」と「NEO“supernano”Diaphragm」を採用しつつ、比較的手頃な価格を実現し人気が高いモデル。そのAnandaのグリルレス仕様が本機だ

本機は、保護用カバーを取り外し、振動板と磁気回路がむき出しの状態で用いる。使用しない場合は、付属の保護カバーを装着し、磁石で金属が吸い寄せられることによる、振動板の破損を防ぐ

 

 

● HIFIMANとGoldenWaveの問合せ先:(株)HIFIMAN JAPAN EMAIL:info@hifiman.jp

 

映画のリアリティを高めるAnanda UNVEILEDの緻密な音

 試聴に際して用意したのが、ハイファイマンの関連ブランドで協力関係にあるGoldenWaveのヘッドホンアンプPRELUDE。バランス出力端子を装備するフルバランス構成クラスA増幅回路を採用したモデルだ。出力段はMOS-FETのシングルエンド構成。ゲイン切替えやプリアンプモード切替え等を内蔵する。筐体はアルミニウム切削加工による堅牢なもの。ソース機器はマグネターUDP900を使い、アンバランス接続とした。

 まずは音色傾向を探るため、パトリシア・バーバーのSACDから「ハイ・サマー・シーズン」を聴いた。Ananda UNVEILEDではヴォーカルが実に瑞々しく、質感再現がとても心地よい。色艶もしっかり感じられる。アルペジオでメロディーを奏でる伴奏のギターの繊細な響きも素敵だ。

 一方のHE600は、よりダイナミックでHi-Fiな傾向。ヴォーカル音像にはボディ感があり、ローエンドの膨らみも感じられる。ギターの音色はよりリアルで、爪弾く指の動きの臨場感が素晴らしかった。

 映画コンテンツは、米クライテリオン版UHDブルーレイ『ノーカントリー』を観た。主なシーンは、夜の殺戮現場の丘陵での攻防と、メキシコ国境近くのホテルでの主人公ルウェリンと殺し屋シガーの対決場面だ。

 Ananda UNVEILEDは、緻密でリアルな描写力を有しており、その分解能の高さに平面駆動型ならではの美点が感じられる。たとえば水道の蛇口を捻る音、キーを回してエンジンが起動する音、砂利道を走行するタイヤの音といった、ちょっとした物音のリアリティが実に生々しいのだ。雷鳴の遠近感こそやや難しかったが、轟く様子自体は非常に生々しい。散弾銃の音の散らばり、フロントガラスの粉砕音やボンネットを貫通したような音など、破裂音の描き分けも見事というほかない。

 肝心のセリフの実体感もたいそう生々しく、ボディ感も十二分に感じ取れる。ただし前述したように、前方定位の再現が難しいのは、ヘッドホンとしては仕方がない。ここは納得ずくで使うしかない。音漏れもまた仕方のないところ。振動板がむき出しの「完全オープン構造」ゆえ、銃声や衝突音は周囲にも明瞭に聞こえてしまうため、配慮が必要な状況も少なからずあるかもしれない。

 

微かな気配まで描き切る。HE600の生々しさを驚嘆

 続いて同じ場面をHE600で観てみたところ、微細な音の描写力がさらに高いことが実感できた。特に驚いたのは、殺し屋シガーがホテルに到着したことを察知したルウェリンが、ドア前の床に顔をつけて廊下の様子を探るシーン。ドア下からの隙間風の音が大きくなったのがはっきりとわかったのだ。

Headphone
HIFIMAN
HE600
¥126,500 税込

●型式:平面磁界型・オープン型ヘッドホン
●出力音圧レベル:94dB
●インピーダンス:28Ω
●質量:389g

HIFIMANは2009年登場のHE5ヘッドホンが創業初製品となる。HE600は、HE5をベースにしたHE6(2010年)、さらにその後継のHE500(2011年)の系譜に連なる重要なモデルだ。「NEO“supernano”Diaphragm」の第2世代の振動板を採用、磁束密度を高めた「Enahanced Magnet」の搭載で強力な再生を追求したヘッドホンとなる

パンチングメタル状のカバーが取り付けられており、振動板が「むき出し」にはなっていないが、開口面積がかなり広いので、相当にオープンな状態だ。エルゴミクス形状のヘッドバンドも使い心地に配慮され、しかもヘッドホン自体もかなり軽量であるため、長時間の映画鑑賞でも疲労は少ないだろう

 また、大金が収まった鞄に仕込まれた発信器からの信号を受ける受信器——ドアの向こうにいるシガーが持っているのだが——、そのピコピコ音の大小や間隔の変化も、如実に現われた。極薄膜の振動板のリニアリティの高さが、こうした微かな効果音の描写や情景の気配の再現に繋がっているのは確かだろう。撃たれて傷を負った下腹部の痛みを耐えるルウェリンの嗚咽など、セリフとも効果音ともとれない音の生々しさたるや、実に痛そうだ。

 同様に丘陵の殺戮現場のシーンでも、銃撃を受けた車のドアを開けた際にガラスの破片がパラパラと落ちる音、あるいは丘の上のマフィア二人の会話の様子、ルウェリンに撃たれたピットブルの絶命のうめき声などが克明に再現された。

 

スピーカーの替わりでなく積極的にヘッドホンを選択したい

 今回映像は120インチサイズのスクリーンに投写したが、この2機種のヘッドホン、特にHE600からは、大画面のスケール感にまったく引けをとらない立体感が得られた。

 一般には、遠近感を含めた音場の広さを感じ取りにくいのがヘッドホンの宿命だが、最新のハイファイマンの平面駆動型ヘッドホンは、そうしたウィークポイントについてもブレイクスルーを果たしているのかもしれない。ヘッドホンによる映画鑑賞をスピーカー再生の代償行為ではなく、積極的に選択する意味合いを強く感じた取材だった。

 

視聴に使ったソフト

●SACD:『Higher/パトリシア・バーバー』から「ハイ・サマー・シーズン」
●UHDブルーレイ:『No Country For Old Man』(Criterion)

リファレンス機器
●プロジェクター:ビクターDLA-V90R
●スクリーン:キクチ Dressty 4K/G2
●ユニバーサルプレーヤー:マグネターUDP900
●ヘッドホンアンプ:ゴールデンウェイブPRELUDE

 

 

>本記事の掲載は『HiVi 2025年秋号』