音楽の本質がダイレクトに伝わってくる、80年代の名盤のSACD化はまさに大金星

ステレオサウンド社から、3人組音楽ユニットTM NETWORKのCD/SACDハイブリッド盤、『GORILLA』、『Self Control』、『humansystem』がリリースされた。

ソニー・ミュージックレーベルズとの共同企画・制作として昨年1月に発売した第1弾『Gift for Fanks』と、『CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』に続く復刻盤で、今回はその第2弾にあたる。第1弾の発売を知ったとき、「これはまさに金星、ステレオサウンドの快挙だ」と胸が高鳴った。

TM NETWORKは、1980年代に、小室哲哉がシンセサイザーやシーケンサーを大胆に駆使した画期的なサウンドを生み出し、その後テクノポップ、ニューウェーブ、ロック、ポップスを融合させ、「Self Control」、「Get Wild」、「Kiss You」など、数々の名曲を作り上げた。宇都宮隆の透明感あるヴォーカルと、耳に残るキャッチーなメロディは今も多くの人に記憶されているだろう。小室哲哉が後にプロデューサーとしてtrf、安室奈美恵、篠原涼子といったアーティストを手がけ、“小室ファミリー”と呼ばれる時代を築けたのも、TM NETWORKで培った音楽的基盤があったからだ。

そして、何よりも1972年生まれの僕にとってTM NETWORKは、多感だった青春時代の音楽を支えてきた存在で、その後のJ-Popに対する音楽センスを構築する礎になった。きっと、同世代の多くが同じ経験をしていると思う。

彼らの楽曲は、本SACDが発売される以前からリマスターされており、CDやデジタル楽曲ファイル、またQobuzやSpotifyといったストリーミングサービスで聴けるが、僕が冒頭で「金星」と書いた理由の1つは、まさにその音質的な部分。SACD化された5枚のアルバムはいずれも出色の仕上がりだ。

CD/SACD化に向けたマスタリング作業は、ソニー・ミュージックレーベルズの全面的な協力のもとで行なわれ、Sony Music Studios Tokyo所属の鈴木浩二氏が担当している。氏は2014年に発売された松田聖子の一連のSACDも手がけ、オーディオファイルのリファレンスとして高く評価されている。

注目すべき点は、前2作に続き、いずれも最上流のマスター音源を使用していることだ。『GORILLA』と『Self Control』ではハーフインチ・アナログテープのトラックダウンマスターを用い、『humansystem』では最終工程がデジタルであるため、Uマチックに記録されたPCM形式のマスター音源を採用している。

実際のマスタリング作業では、音への加工を必要最小限にとどめることで、当時の音色や音調を保ちながら、情報量を確保できるSACD層に記録している。また、CD層用にはSACD層用に作成したDSDデータを基に、Sony Music Studios Tokyo独自の機材を使って制作している点が嬉しい。つまり、SACDプレーヤーを持っていない人であっても、本音源の魅力を最大限に味わえるということだ。

試聴は、SACDプレーヤーにマグネター「UDP900」、アンプにコード「Ultima Pre2」+「Ultima 3」、スピーカーにオーディオネック「EVO 3」を使用した。ここではSACD層の印象をご紹介したが、CD層でもリマスターの効果は明らか。音量を上げるほどに生々しいサウンドが立ち上がってくる。活動40周年という記念イヤーを迎え、現在も進化を続けるTM NETWORKを語る上で欠かせないこの2作。当時からの“FANKS”だけでなく、新しいリスナーにお楽しみいただきたい。

まずは、国内のスマイルガレージや、ニューヨークのMEDIA SOUND、SORCERER SOUND等でレコーディングされた1986年発売の『GORILLA』を聴く。トラック1「GIVE YOU A BEAT」が流れた瞬間、僕は眼をハッと見開いた。1986年発売のオリジナルCD、および上述したストリーミングサービスの音と比べると音のディテイルが明瞭で鮮度が高い。その上で、音色は当時を踏襲しているのだから、「製作陣はファンの心理を大切にしているのだな」と思った。また、本作における音楽的なテーマとされた、「血湧き肉踊る人間臭さ」「ライブで再現可能なサウンド」が聞き取れるし、当時、「サンプリングの音色が多い」というイメージを打破するために、あえて取り入れられた金管楽器の質感も上がっており、同時に音が出た時のダイナミクスの描き分けも別物といっていいほど異なる。

Stereo Sound REFERENCE RECORD
CD/SACDハイブリッド盤『TM NETWORK/GORILLA』

(ソニー・ミュージックレーベルズ/ステレオサウンド SSMS-081)¥5,500 税込

●1986年作品●演奏:清水信之、佐橋佳幸、北島健二(g)、青山純(ds)、伊藤広規(b)、迫田到、松武秀樹(synthe)、他●録音:伊東俊郎、大森政人、森岡徹也、デヴィッド・アヴォイダー、吉田睦

収録曲
1.GIVE YOU A BEAT
2.NERVOUS
3.PASSENGER ~a train named Big City~
4.Confession ~告白~
5.You can Dance
6.I WANT TV
7.Come on Let's Dance
8.GIRL
9.雨に誓って ~SAINT RAIN~
10.SAD EMOTION
●マスタリングエンジニア:鈴木浩二(Sony Music Studios Tokyo)
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続いて1987年2月発売の『Self Control』をトレイに乗せた。スマイルガレージやCBSソニー系のスタジオ等でレコーディングされ、オリコンチャートで最高位3位を獲得するなど、TM NETWORKの評価を盤石にした1枚、僕自身、数えきれないほど聴いたアルバムだ。

アルバム前半はロックやダンス・ミュージックを意識したアップテンポな曲が並び、シンセサイザーの音が明瞭で、左右に広がるサウンドステージも広い。小レベルの音がスポイルされておらず、今まで分からなかったようなリバーブが聴き取れる。アルバム表題曲「Self Control」のキックドラムの弾力感が上がり、かなり明瞭に聴こえる。アルバム後半にはバラードをメインとしたスローテンポな曲を中心に変化してくるが、音質が上がるとよりメロディアスに聴こえる。もちろん、音色は当時を踏襲しており、違和感はない。

Stereo Sound REFERENCE RECORD
CD/SACDハイブリッド盤『TM NETWORK/Self Control』

(ソニー・ミュージックレーベルズ/ステレオサウンド SSMS-082)¥5,500 税込

●1987年作品●演奏:佐橋佳幸、今剛、松本孝弘、窪田晴男(g)、青山純、山木秀夫(ds)、有賀啓雄(b)、中村哲(sax/horn Arrangement)、他●録音:伊東俊郎、吉田睦、大森政人●ミックス:伊東俊郎

収録曲
1.Bang The Gong (Fanks Bang The Gongのテーマ)
2.Maria Club (百億の夜とクレオパトラの孤独)
3.Don't Let Me Cry (一千一秒物語)
4.Self Control (方舟に曳かれて)
5.All-Right All-Night (No Tears No Blood)
6.Fighting (君のファイティング)
7.Time Passed Me By (夜の芝生)
8.Spanish Blue (遙か君を離れて)
9.Fool On The Planet (青く揺れる惑星に立って)
10.Here, There & Everywhere (冬の神話)
●マスタリングエンジニア:鈴木浩二(Sony Music Studios Tokyo)
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最後は、1987年11月に発売された『humansystem』だ。レコーディングとマスタリングは東京とロサンゼルスを中心に10ヵ所以上のスタジオで行なわれ、最終ミックスはミック・グゾウスキー、マスタリングはバーニー・グランドマンが担当。オリジナルアルバムとしてついにオリコンチャート1位を獲得した。トラック1のイントロでは、シンセの音色の美しさ、迫力と弾力感を兼ね備えたキックドラム、そして宇都宮隆のハリのあるヴォーカルが重なり、序章からの流れが鮮烈に展開する。僕は、このパートが特に好きなのだが、本盤の音に鳥肌が立った。音源が本来持っていた情報量や空間表現力の再現性が高まり、制作者の感性の高さをより強く感じさせることに驚く。

Stereo Sound REFERENCE RECORD
CD/SACDハイブリッド盤『TM NETWORK/humansystem』

(ソニー・ミュージックレーベルズ/ステレオサウンド SSMS-083)¥5,500 税込

●1987年作品●演奏:スティーヴ・フェローン、青山純、小田原豊、山木秀夫(ds)、ウォーレン・ククルロ、鳥山雄司、松本孝弘(g)、桜井哲夫 from CASIOPEA(b)、ラリー・ウィリアムズ(sax)、中村哲(sax/horn Arrangement)、他●録音:伊東俊郎、吉田睦、渡辺茂実、松岡義昭、ポール・クリンバーグ、ジェフ・ヘンドリクソン、ロバート・ファイスト●ミックス:ミック・グゾウスキー

収録曲
1.Children of the New Century
2.Kiss You (More Rock)
3.Be Together
4.Human System
5.Telephone Line
6.Leprechaun Christmas
7.Fallin' Angel
8.Resistance
9.Come Back to Asia
10.Dawn Valley (Instrumental)
11.This Night
●マスタリングエンジニア:鈴木浩二(Sony Music Studios Tokyo)
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多くのファンが愛聴している作品だが、彼らを愛する熱狂的なファンにこそ本当に聴いて欲しい。この音で聴けば、当時彼らが目指した音楽の本質がダイレクトに伝わってくる。そして今回SACDとして発売されたことで、オーディオファイルである僕たちは最高の音質を体験できる。これはステレオサウンド社からの大きな贈り物だと思う。

それにしても、ここまでの復刻を実現できたのは驚きだ。この音を超えるタイトルを今後出すのは難しいだろう。よくぞ出せたと思う。これが「金星」と書いたもう1つの理由でもある。今年のオーディオショーでは、この音源を繰り返し再生したい。今から来場者の喜ぶ顔が目に浮かぶ。