原題は『A Different Man』。その邦題を『顔を捨てた男』としたセンスは実に卓抜だ。
主人公のエドワードは、顔に極端な変形を持つ男。だが周りとは良好なコミュニケーションを築いているように見受けられる。だが当然ながら「この顔が“普通”であれば、俺はもっとうまくいくことができたのに」という思いにはとらわれている。友達みたいになった女性はいるが、自分の顔が気になってどうにもその先に踏み込めない。そしてある日、彼は大手術を受けて、ついに“変形していない顔”を手に入れた。しかもそれは、周りから「ハンサムだ」といわれるほどの二枚目タイプの顔で、つまり外見的には180度の転換である。名前も変えて、彼は新たな人生を踏み出そうとした。
が、人間の内面は変わらないし、二枚目になったからといっても、イケメンなど行くとこに行けば珍しくもなんともないのだ。そして、いかにもバツの悪いことに、かつての彼のような顔の変形を患いながらも、かつての彼以上に明るく、堂々と日々を生きる男が目の前にあらわれてしまった。しかも文章の先に触れた、意中の女性と妙に仲がいい。どうしてだ、あの男より俺の方がハンサムなのに。エドワードの中に手術前からあったのであろう、「ルッキズム」があぶりだされていく。
「人は見かけじゃないんだよ、中身だよ、心意気だよ」的なキレイな話に落ち着くのかと思いきや、そうはいかないところにも奥深さを感じた。監督・脚本を担当したアーロン・シンバーグは、過去に顔の変形の治療を受けた経験があるという。「私の顔の変形のコンディションはごく一般的なものですが、作品においては、私のような人間は否定的で侮辱的な描写でしか見たことがありません。物心ついたときから、どうすれば自分のような人物を肯定的に、少なくとも自分自身の経験をリアルに見せることができるだろうかと考えていました」と語る人物が作った渾身の一作が、この映画なのだろう。出演はセバスチャン・スタン、レナーテ・レインスヴェ、アダム・ピアソンなど。往年のフィルムノワールを思わせるジャズ調のサウンドトラックも印象深い。
第57回シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀脚本賞、第34回ゴッサム・フィルム・アワードで最優秀作品賞、スタンは第74回ベルリン国際映画祭最優秀で主演俳優賞(銀熊賞)や第82回ゴールデングローブ賞最優秀主演男優賞(ミュージカル/コメディ)を受賞。
映画『顔を捨てた男』
7月11日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
監督・脚本:アーロン・シンバーグ
出演:セバスチャン・スタン レナーテ・レインスヴェ アダム・ピアソン
撮影:ワイアット・ガーフィールド 編集:テイラー・レヴィ 音楽:ウンベルト・スメリッリ 製作:クリスティーン・ヴェイコン ヴァネッサ・マクドネル ガブリエル・メイヤーズ 配給:ハピネットファントム・スタジオ
2023年/アメリカ/カラー/ 1.85 : 1 /5.1ch /112分/PG-12/英語/原題:A Different Man
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