麻倉怜士さんによる、CES2025インタビューの第二弾をお届けする。今回は有機ELのフラッグシップを発表したパナソニックブースにお邪魔して、新製品の進化点や画作りのポイントについてうかがっている。また同社は昨年アメリカのテレビ市場に再参入しているが、その狙いについても詳しくお聞きした。インタビューに対応いただいたのは、パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション株式会社 副社長執行役員 ビジュアル・サウンドビジネスユニット長の阿南康成さん、同ビジュアル・サウンドビジネスユニット 商品企画部 テレビ商品戦略課の高城敏弘さん、同じくビジュアル・サウンドビジネスユニット 北米テレビ事業推進室の河野 遥さんの3名だ。
麻倉 今日はCES2025のパナソニックブースにお邪魔して、今年の新製品についてのお話をうかがいたいと思います。
私はほぼ毎年パナソニックのCES会場を拝見していますが、近年ひじょうに画質が良くなっていると感じています。ディスプレイ分野では、毎年ピーク輝度が伸びたという点が話題になりますが、パナソニックテレビの絵については白だけでなく黒もちゃんと締まっていて、ワイドレンジだけど、作為的な感じがしないんです。いい意味でアーティスティックです。
パネルメーカーは質感というよりは、いかにダイナミックレンジを広げて白を伸ばすかに腐心したんでしょうが、パナソニックは単にそれを活かすだけではなく、独自の味わいというか、日本的な切り口、繊細感を入れこんでいることに、毎回びっくりしています。
今回は有機ELテレビの新製品「Z95B」と昨年モデルの「Z95A」を比較させてもらいました。原色を多く含んだ映像を拝見しましたが、色の違いがすごくよく出ていて、緑という色が持っている溌剌さもあるし、赤の妖艶さも出てきていました。Z95Bは白もいいですね、すごくピュアな感じです。
単に白ピークが伸びたということだけではないですね。これは発光層がRGBベースでできているところも効いているじゃないでしょうか。また、ベースの平均輝度も高くなっているのも色純度の高さに効いているんだろうと感じました。
阿南 ありがとうございます。
麻倉 そして今回は、何と言ってもアメリカ市場でテレビを発売したことがトピックです。昨年9月からアメリカに再参入したということですが、まずはその経緯から聞かせてください。
阿南 アメリカはひじょうに価格の厳しい市場で、以前当社はプラズマテレビを中心に展開をしていたんですが、経営的なことを考えると厳しい状況だったと、正直思います。
じゃあ10年経った今なぜ再参入するのかといいますと、その後我々も色々改革を進めてきています。かつてはアメリカ国内の自社工場で製造していましたが、現在は開発、製造、販売のグローバルオペレーションで様々なパートナーと協力してコストを切り詰めながら、競争力のある商品を作れるようになりました。
麻倉 今はアメリカ国内には工場はないんですね?
阿南 はい。その状況でパーツをどう調達するか、製品をどのように供給するかについて、現地のパートナーと協業して、コスト対応力をつけてきました。また、ありがたいことにFire TV OSを手に入れられたんです。ここについてはAmazonさんとも協議をしてきて、一緒にアメリカ市場を盛り上げようという結論に達しました。
我々としては、コスト面での体力が付いてきたことと、商品としてFire TV OSで大きく進化できるところを機に、もう 1 回チャレンジしようと考えたのです。
麻倉 商品の評判もいいそうですね。他社のセールス担当者から、パナソニックのテレビはきちんとしたものづくりが評価されているという話を聞いています。
阿南 ありがとうございます。商品作りについては、弊社として絶対に譲れない部分を持っています。今回はデザインを刷新していますので、この部分の価値も高めていきながら、しっかりお客様に認めていただけるように努力をしないといけないと思っています。
麻倉 パナソニックのテレビは、日本、ヨーロッパ、アメリカで販売しているんですか?
阿南 アジア地区でも販売しています。南米でも少しですがセールスは行っており、今回は最大市場の北米にもう一度チャレンジしようということです。
麻倉 その新製品ですが、有機ELテレビではデザインだけでなく、パネル構造も変わっているということですね。
阿南 弊社としては、有機ELテレビはフラッグシップと位置づけていますので、北米参入を機にもう一段商品力を上げたいということで、デザイン、それからパネル自体を進化させています。パネルは放熱構造を見直しています。
麻倉 そういう意味では、北米市場に出るということが、ひとつのモチベーションになっているわけですね。では、技術的な点について詳しくうかがいたいと思います。まずは、「4スタック」ですね。
この技術について、私は去年LGディスプレイに取材をしました。LGのパネル作りも毎回進化していて、去年まではMLA(マイクロレンスアレイ)を提唱していたのに、今回それをスパッとやめて、全然違う技術に行ったというのもすごいことです(笑)。率直にうかがいますが、4スタックという技術にはどんなメリットがあるのでしょうか?
阿南 我々としてもしっかり評価をしており、商品力向上に必ずつながると信じています。
高城 輝度も向上していますが、一番大な改善点だと思ったのは、色域の拡大です。デモで様々な色のドレスの映像を見ていただきましたが、あのような映像はドラスティックに変化していると思います。
麻倉 確かに見た目でもすごく違いました。色域というのは、例えばBT.2020比で10%くらい広がっているんでしょうか?
高城 それくらいの差を感じていただけると思います。会場でも、多くの方に色の違いに驚いていただいています。
麻倉 これまでのWOLED方式は、頑張っているんだけど、ちょっと色が物足りないといった部分はありましたが、そういったエクスキューズがたいへん少なくなったという感じがします。パネルにここまでのリソースがあれば、画作りもしやすくなるのではありませんか?
高城 そうですね。高色彩な映像に関しては、復元しやすくなっています。
麻倉 肌色再現にも効果があるんじゃないですか? 原色がギラギラする感じではなく、中間色もいいんだろうという気がします。とはいえ新しいパネルは他のセットメーカーさんとも共通なわけですから、差別化としての放熱構造が重要になってきます。パナソニックとしては、これまでも有機ELパネルについては独自の放熱構造をアピールしていましたが、今回は考え方というか、基本的なところから一新したのでしょうか?
阿南 パネルそのものの構造は同じですが、セット内で温度が上がっていく現象について、今回は熱が対流するような形に見直しました。バックカバー内での熱のこもりを避けることで、さらに温度に対する余裕度を持たせています。パネルの輝度を上げていこうと思うと、当然発熱も増えます。ここについてきちんと放熱ができないと製品の信頼にもつながっていきますので。
麻倉 これまでは対流という点までは踏み込んでいなかったんですか?
阿南 パネルの熱を後方に逃がすというところにとどまっていました。
高城 去年までは、暖かい空気が一度セットから出て行ったのに、また別のところから入ってくる、といった非効率な部分もありました。例えば背面の下、真中、上の3ヵ所に排熱孔を設けていましたが、今回は下と上の2ヵ所にして、下から入った空気が上に抜けていくといった効果を狙っています。
麻倉 放熱効果としては、どれくらい改善されたのでしょう?
高城 この構造単体での効果を具体的に申し上げることはできませんが、セット全体での改善はできています。
麻倉 搭載しているウーファーの位置を変えたというのも、構造の変化に関連しているんですか?
高城 昨年は背面パネルの中央にサブウーファーを配置していましたが、ちょうどそのあたりが熱のこもりやすいポイントになっていました。今回はサブウーファーの位置を上げて、空気孔もその下側に移動しました。
麻倉 音的な影響はなかったんですか?
高城 音質的には、いい方に働いています。今回サーマルフローのためにフルフラットデザインにしました。これにより空気の流れがスムーズになっています。同時に上向きスピーカーは従来より外寄りに、サイドスピーカーをこれまでより上の位置に変えて、音の面でも広がり感を再現できるように改良しています。
麻倉 その他、音質面での進化は?
高城 本体が薄くなっていますので、スピーカーユニットもすべて新設計しました。ウーファー部分が外側に露出していることもあって、音がダイレクトに伝わりやすくなっていると思います。
麻倉 テレビの容積は小さくなったけど、新開発ユニットと開口部の形状の工夫などで、従来モデルを超える音のクォリティが確保できたと。
阿南 はい、特に広がり感再現にはご期待ください。
麻倉 さて、ここからは画作りについてお聞きします。パナソニックの画作りというと、基本的にはナチュラルで、映画モードはハリウッドと一緒にやります。そこについて、今回新しいパネルになったことによる変化はあったのでしょうか?
高城 基本的には、忠実画質という方向性は変わっていません。
麻倉 忠実画質といっても、パネルのリソースが増えるわけだから、画作りでの新しい方向性、パネルを活かすような工夫が必要になります。
高城 色のポテンシャルは間違いなく上がっていますので、そこについてはこれまで抑えていたものが解放されていると思います。
麻倉 デモ映像を見ても、明らかに原色が違うし、中間調の再現も違っているんじゃないかと思いました。当然、絵としての表現力も広がるでしょう。最近はコンテンツも玉石混交ですから、それらに対しての対応力も向上するはずです。
高城 BT.709でもそうですが、BT.2020の色域を活かしたコンテンツなら、今回の画作りの真価が一番わかりやすいだろうと考えています。
麻倉 さて、こういう商品力の高いアイテムを得たことは、市場拡大だけでなく、パナソニックというブランドイメージを上げるという意味でも重要になります。その点を踏まえて、パナソニックとして今後も北米市場でテレビ事業をちゃんとやっていくということでよろしいでしょうか。
阿南 もちろん、私も事業責任者としてしっかりやっていきたいと思っています。当社としては、ハイエンドの分野で高い評価もいただいていますし、それにお応えすることでパナソニックのカラーも明確にしていけるでしょう。廉価ゾーンの製品については価格の問題もありますが、商品作りというところでは手を抜いてはいけないという意識もありますので、そのバランスを考えていきたいですね。
麻倉 ハイエンドモデルへの取り組みはひじょうに重要です。ブランドのイメージづくりもそうですし、実際の技術も上がりますからね。
阿南 日本市場にも中国などアジア圏のメーカーが進出してきていますが、我々としては価格面よりも、パナソニックとしての商品力で差別化を図っていきますし、そこについて妥協せずにしっかりやることで、お客様に認めていただけるんじゃないかと思っています。
麻倉 もうひとつ、最近はテレビの大画面化も注目です。御社も大型モデルを展示されていますが、このあたりについてはどうお考えですか?
阿南 グローバルでの展開としては、有機ELは77インチ、ミニLED液晶では85インチまで考えています。
河野 今年発売したW95Aでも85インチをラインナップしています。
麻倉 今後の大画面化についてはどうなっていくのでしょう?
阿南 当然市場の動きは認識していますが、我々が主軸にしている市場で言うと、日本・欧州は65インチや55インチが一番ニーズの大きいゾーンだと考えています。ただ、今回再参入する北米はやはり大画面市場だと認識していますので、そういう意味で順次拡張というか、充実させていくことを考えています。
麻倉 河野さんは北米のマーケティングを担当されているとのことですが、再参入してからの市場の反応はいかがですか?
河野 ポジティブな意見をいただくことが多いですね。「Z95」シリーズも色々なディーラーやメディアの方々に見ていただいていますが、いい評価をいただいています。
麻倉 “ウェルカムバック!” なんですね。
阿南 また今回調べてみたら、未だにパナソニックテレビをお使いいただいている方が一定数いらっしゃったんです。
麻倉 プラズマテレビを、ですか?
阿南 液晶、プラズマに関わらず、10年前のパナソニック製テレビを使っていただいています。特に北米ではパナソニックブランド=テレビという印象が強いので、心待ちにしていたと言っていただいています。
麻倉 そうだったんですか、それはブランドとしても嬉しいですね。
阿南 プラズマ使っていただいていた方に、10年後に有機ELをお届けできたら嬉しいですね。
麻倉 Amazonと組めたのも、渡りに船でよかったですね。AmazonはFire TV OSがあっただけではなく、小売としても大きな力を持っていますからね。
阿南 Amazonさんもお客様価値ということに重きを置かれていますので、その意味では双方で共感したというところもあります。
麻倉 Amazonとしても、ちゃんとしたメーカーにFire TV OSを採用して欲しかったでしょうから、win-winの関係と言えるでしょう。コンテンツが激増する時代に入ってきたから、FireTV OS の検索機能が活きてくる、最適なタイミングでしたね。
阿南 近年は、ストリーミング機能をテレビに内蔵するメリットが大きくなってきましたし、我々もそこを融合させることに価値があると思っています。放送と配信コンテンツは同一線上にあるべきで、お客様にとってはどこのプラットフォームかというよりも、見たいコンテンツを簡単に探せることが大切です。
昔は地上波が中心で、Netflixも見たいからネット機能を追加するというイメージでした。さらにネット機能にも複数のアプリがあるなど、手間がかかりましたよね。この点については、お客さまに不自由をおかけしていると感じていましたが、今回の融合によってそこが解決できれば、喜んでいただけるのではないでしょうか。
麻倉 アメリカでの販売は、実店舗が中心ですか?
阿南 流通大手とお話をさせていただいています。テレビを選ぶ場合は、やっぱり実機を見たいそうなんです。特に我々が重きを置いているハイエンド製品は、実機を見て納得して買いたいということでしょう。
麻倉 SNSを参考にして買うといった商品も増えてきましたが、テレビについてはやはり絵や音を確かめて買うという習慣が残っているわけですね。
阿南 近年、量販店で実機を見て試せるものってテレビぐらいじゃないでしょうか。テレビの絵の違いは誰でもわかるから、ごまかしもききませんし。
麻倉 最近の廉価なテレビは長時間見ていると疲れるというか、眩しく感じることも多い。でもパナソニックのテレビは我が道を行くというか、すごくいい道を進んでいるので、きっとアメリカでも受け入れられるんでしょう。
阿南 我々が狙っているハイエンドゾーンは、価格とクォリティのバランスが取れていないと、商品価値を認めていただけないと思います。
麻倉 映像のテイストは、市場によって変えているんでしょうか?
阿南 最近は、グローバルで合わせていきながら、市場ごとの要望を聞いた上でチューニングを加えています。
麻倉 アメリカ向けのチューニングは、どこがポイントですか?
高城 画質の方向性は変わっていません。どの市場でも忠実画質を訴求しています。パナソニックはダイナミックモードでも自然な映像だと言っていただいています。
阿南 ブラウン管の頃は、ヨーロッパ圏でもドイツと英国で絵づくりを変えていましたし、アメリカと日本でも画作りは違いました。しかし忠実再生というものは国と関係がありませんから、そういった差もなくなっています。
麻倉 ネットコンテンツは世界どこでも同じ画質ですしね。
阿南 そうなんです。その点でも、世界で統一していくという方向で努力しています。
麻倉 さて今回は、液晶テレビも北米で発売するとのことです。
河野 北米では「W70」シリーズを販売します。デザイン面では、プレミアムなメタルフィニッシュベゼルを使っています。HDRブライトパネルを搭載し、4Kスタジオカラーエンジンを使って、HDR10+をサポートしています。
麻倉 普及価格帯で、そういった機能性も重要なんですか?
河野 アメリカ市場では、HDR10+が他の国よりも重視されています。ATSC(アメリカの地上デジタル放送規格)がHDR10+に対応します。
麻倉 日本ではHDR10+といってもあまりピンと来ないんですが、アメリカ独自の事情もあるんですね。そのATSCも3.0がスタートするそうですが、これについては対応テレビを売り出すのか、ソフトウェアアップデートで対応できるのか、どちらになるのでしょう。
高城 ATSC3.0には、1月から対応を開始しました。今年のフラッグシップだけではなく、去年のモデルも含めて上位機は対応済みです。
阿南 もともと昨年モデルにATSC3.0のデコード機能を盛り込んであり、アップデートで対応することは決めていました。
高城 普及版のW70シリーズはATSC3.0には非対応ですが、W95BとZ95Bシリーズは対応予定です。北米ではHDR10+に対応していないメーカーも多いのですが、パナソニックは幅広い機種で対応できていることを評価いただけています。
麻倉 今回展示されていたモデルは、日本ではいつ頃発表されるのでしょう?
阿南 例年同様を目指していますが、サイズ展開については検討中ですので、全モデルを一度に発表できるかは、市場によって違ってくるかもしれません。
麻倉 有機ELのZ95Bは、日本では55/65/77インチで発売されますか?
阿南 77インチ以上は市場を見て考えます。ただ、他社も含めてテレビの大型化が進んでいますので、そのあたりもウォッチしていかなくてはいけないでしょう。
麻倉 最近の市場ではミニLED液晶が増えていますが、そういった流れはラインナップに影響するのでしょうか? パナソニックはこれまで有機ELを押してきたんだけど、有機ELもミニLED液晶もやりますよ、みたいな方向になるのでしょうか?
阿南 メーカーとしては、お客様の要望にお応えしていかなくてはいけません。市場のトレンドとして、ミニLEDが拡充しているのは認識していますので、今の延長線プラスアルファで考えないといけないと思います。ただ、フラッグシップが自発光の有機ELであるというのは変わらないと思っています。
麻倉 今日は色々なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。Z95Bの映像も、白のピュリティとか、原色の力強さが向上しているのが確認できました。最終的な画質を拝見するのが今から楽しみです。
阿南 今日はお褒めの言葉もいただいて、たいへん勇気づけられました。ありがとうございました。