強靭かつ艶やかな音が魅力

 北欧デンマークには何度か出かけたことがある。人口約600万人と大阪府や香港よりも人口の少ない小国で、人間よりも羊のほうが多いのでは? と思わせる農業国だが、世界中で人気を博すスピーカーメーカーがすごく多い。思いつくまま挙げてみると、ディナウディオ、ダリ、ダヴォン、総合オーディオ・テレビメーカーのバング&オルフセンなどである。そうそう、ユニットサプライヤーとして著名なピアレスやスキャンスピークもデンマークゆかりの会社だ。

 なぜ同国に著名なスピーカーブランドが多いのだろうか。冬が長く夜が長い北欧には、家の中でいかに快適に過ごすかに心を砕く人が少なくない。だからこそ生活を彩るオーディオにこだわる人が多く、自ずと良質なスピーカーを開発/製造しようという機運が高まったのだろうか……。また北欧は豊富な森林資源を持ち、家具製造の長い歴史を持っている。その背景がスピーカーキャビネット製造に長けたメーカーを生み出したことは間違いないだろう。

 そしてここにご紹介するオーディオベクターも、デンマークの首都コペンハーゲンに本拠を置くスピーカーブランドだ。

 オーディオベクターの設立は1979年。創業者はオーディオマニアだったオレ・クリフォート。現在同社はオレの子息であるマッツがCEOの任に就いていて、社員数10人ほどのファミリー企業として良質なスピーカーをつくり続けている。

 そのオーディオベクターが新たな輸入元(PROSTO株式会社)を得て、我が国で新たな展開を図ることになった。ここにご紹介するのは、最新スタンダード・モデルをラインナップした「QR SEシリーズ」。センタースピーカーやサブウーファー、サラウンド用に最適なオンウォール型スピーカーを含む7モデルで構成されたこのシリーズから、QR 1 SE、QR 3 SEという2モデルを聴いた。

 

2kHz〜40kHzの超広帯域再生を実現した AMTトゥイーター搭載がポイントだ

 オーディオベクターのスピーカー最大の特長は、高域ユニットにハイルドライバー型のAvantgarde AMT(Air Motion Transducer)を自社開発し、搭載していることだろう。AMTは薄い振動膜を襞状に折りたたんで、蛇腹のように開閉させて音波を放射する仕組み。一般的なドーム形状のトゥイーターに比べてダイヤフラムの面積が8〜10倍となるため、音響エネルギーが大きく取れ、S/Nが稼げる。そのメリットにより昨今採用するメーカーが増えているが、開発/製造がたいへん難しいと言われている。

 同社はAvantgarde AMTを1988年に開発し、改良を重ねながら高域ユニットとして使い続けている。QR SEシリーズで採用されたトゥイーターは「ゴールドリーフAMT」と命名され、2kHz〜40kHzの広い帯域をカバーし、高域再生限界は102kHzにおよぶという。

 ウーファーはピアレス/スキャンスピークと共同開発された専用設計の3層サンドウィッチ構造の振動板が採用されている。2層の航空機グレード・アルミニウムの間に柔らかなダンピング材を挟み込んで、剛性の高さを活かしながら、固有音の少ない低歪み特性を得たという。磁気回路はデュアル・マグネット構造。歪みを抑制し、ダイナミックでタイトな低音を目指している。

 ネットワーク回路は2004年に開発された「ダイナミック・フィードフォワード・クロスオーバー」を採用する。コイルの抵抗を減少させて回路のエネルギー損失を低減、誤差0.8%という厳しい精度を定めるとともに、自社製コンデンサーを用いてドライバーユニット間の位相特性をリニアに保ち、ダイナミクスを向上させたという。

 エンクロージャーは内部に堅牢なブレーシングが施され、高剛性・低共振の筐体を形成している。組み立てはすべてコペンハーゲンの自社工場でハンドクラフトによって完成させるという。また、内部にはナノポア・ダンピング材を配置することで、ミッドレンジの開放感を改善したとのこと。仕上げはダーク・ウォールナット、ブラック・ピアノ、ホワイト・シルクの3色が用意される。

AMTトゥイーター搭載機ならではの 浸透力のある音。声も絶品だ

 小型2ウェイ機のQR 1 SEから聴いてみよう。本機は6インチ・ウーファーにゴールドリーフAMTトゥイーターを組み合わせたバスレフ型コンパクト2ウェイ機。フロント・バスレフでスピーカー端子はシングルワイヤリング・タイプ。視聴室に常備されたスチール製スピーカースタンドに載せて試聴した。

 音楽の姿かたちをくっきりと明快に描く音像表現に優れたスピーカー。AMTトゥイーター搭載機ならではと思わせる強靭で力強い、浸透力のあるサウンドだ。ヴァイオリンや金管楽器がややきつく感じられる傾向がないではないが、これはエージング不足だからかもしれない。鳴らし込んでいけば、その表情は大きく変わるはずだ。

 低音は澄明でタイトなサウンド。ハイレゾで聴いたリビー・タイタスのセカンド・アルバムで聴ける歯切れのよいハイスピードなベース・サウンドは得難いごちそうだった。また声の艶めかしさも出色で、浮遊感に満ちた彼女のヴォーカルの魅力を満喫した。

 内田光子がクリーブランド管弦楽団を弾き振りしたモーツァルトのピアノ協奏曲第17番では、ストリングスをダイナミックかつ情感豊かに描写すると同時に、クレッシェンドしていくピアノの造形をスムーズに描写し、クラシック音楽を聴く楽しさを訴求した。L/Rスピーカーの間に65インチ有機ELテレビを置いて、エリック・クラプトンのUHDブルーレイ『レディ・イン・ザ・バルコニー』を観たが、ヴォーカル音像がぐっと前方に張り出してくる力強いサウンドを聴かせ、映像との親和性の高さを実感させた。

 続いて、6インチ・ウーファー2基をスタガー動作(受け持ち帯域をずらす)させて、ゴールドリーフAMTトゥイーターと組み合わせたトールボーイ型のQR 3 SEを聴いてみた。音調はQR 1 SEによく似ているが、予想通り中低域から中域が厚くなり、AMTトゥイーターとのエネルギーバランスがより揃う印象に。QR 1 SEで少し気になったヴァイオリンや金管楽器のきつさ、甲高さが消えてより本格的なエネルギーバランスが実感できた。

 ビートの描写力、グルーヴの表現もいっそう良くなり、キックドラムとベースのアタックと余韻のバランスが向上、量感を伴なったキレのよい低音を楽しむことができた。

QR SEシリーズの最大の特色が「ゴールドリーフAMTトゥイーター」だ。マイラーと呼ばれるプラスティック系フィルム素材を襞状に折りたたみ、それを高速で収縮させることで音を放射するAMT(Air Motion Transducer)方式のユニットで、ゴールドプレート・グリッドが歯擦音(しさつおん)を抑えるという。高域再生限界は驚異の102kHzに達する

 

 

サラウンド再生を試す。最新映画の強烈な低音も緻密に描写

 最後に、QR 3 SEをフロントL/Rに、QR 1 SEをサラウンドL/Rに充てて4.0chでドルビーアトモス収録の『レディ・イン・ザ・バルコニー』と、カティア・ブニアティシビリがイスラエル・フィルと共演したUHDブルーレイを再生してみた。両スピーカーの音調がピタリと揃っているからだろう、360度方向にみっちりと音が詰まった違和感のないサラウンド音場が出現、ライヴ現場を目の当たりにしているかのような臨場感を楽しむことができた。

 とくにエルサレムのコンサートホールで収録されたカティア・ブニアティシビリのライヴ会場を埋め尽くした聴衆のあたたかな拍手の再現がすばらしく、その立体的な音場感に浸りながら、幸せな気分を味わった。

 このQR SEシリーズにはセンタースピーカーも用意されてはいるが、直視型テレビあるいはスクリーンを用いた「お一人様シアター」であれば、このQR 3 SEとQR 1 SEによる4.0ch再生、またはそれにサブウーファーを加えた4.1ch再生がお勧め。デンマークから登場したオーディオベクターの今後の展開に注目していきたいと思う。

 

シリーズはトールボーイ型3機種のほか、ブックシェルフ型、センター用、壁掛け用、サブウーファーをそれぞれ1機種ずつ、計7製品のラインナップとなっている。今回は、QR 3 SEとQR 1 SEの2製品を視聴している

>本記事の掲載は『HiVi 2025年冬号』