JVCケンウッドは、新たな価値創造の拠点となる「Value Creation Square(VCS)」のお披露目を行った。神奈川・新子安の横浜本社地区に新たに設立されたもので、既に従業員の移転も完了、12月から本格的な稼働をスタートしている。

 JVCケンウッドは、1927年に誕生した日本ビクターと1946年創業のケンウッドが2008年に経営統合し、2011年に誕生した。それぞれ100年近い歴史を持ったブランドで、映像・音響・通信といった分野で多くの技術的な強みを持っている。一方でそういった経緯もあって、研究開発や営業、商品企画、コーポレート部門の拠点が東京近郊だけでも4箇所に分散していたという。

 今回のVCSはそれらの拠点を一箇所に集結し、人的な流動を高めてグローバルな視点での技術開発を強化するとともに、労働環境を整備して働き方改革も推進していくことを目的としている。重なり合う技術を持ちながら、事業部が離れているためにお互いに交流がなかったという状況を変え、人的交流を高めることで蓄積された知識の共有を図っていこうという狙いだ。

 ちなみに、もともと新子安には日本ビクター(JVC)の工場があり、この場所でVHSビデオなどの多くの製品が開発・製造されていたことを覚えている方も多いだろう。VCSはその敷地内の一角に建てられている。

 VCSは、新たに建てられたHybrid Center(未来創造研究所、イノベーションデザインセンター、商品企画、各種検証設備など)と、The Central(旧本社ビル。コーポレート、営業、技術、品質保証など)、Testing Lab(各種検証設備)の3つの建物で構成されている。従来は事業分野で分かれていた執務エリアを機能別に変更し、座席もフリーアドレスに変更されたという。さらに技術部門の什器や設備を標準化し、どの事業分野の担当者も、設備を使いこなせるようにしているそうだ。

 今回、Hybrid Centerの内部を見学できたので、その様子を紹介したい。ちなみに壁面には波形のような模様が見えているが、これは窓の前に設置されたフェンスに開口部を設けたもので、音波や振動といったイメージを表現しているそうだ。中央の吹き抜け部分には階段が設置され、ここを通じて上下の移動がしやすいようになっているのも特長という。

 Hybrid Centerは、1〜2Fが試験・評価設備、3〜4Fには企画などの執務エリアに分けられている。まず2Fのオーディオ試聴室にお邪魔する。ここは主にホームオーディオと車載用のスピーカーの開発を行うための部屋で、広さは20畳以上ありそうだ。今回は音を聴くことはできなかったが、フローリングの室内で自然な調音も施されているようだ。

オーディオ機器の試聴室。ゆったりした空間でサウンドの確認も可能だ

カーオーディオ用のユニットを評価する場合は、写真後ろのフロントバッフルが交換できるエンクロージャーを使用

 スピーカーを駆動するアンプには、同じく横浜市に本拠を置くブランドの製品が並び、他にもカーオーディオ用の再生機器や作業スペースが準備されていた。車載用スピーカーを試聴する時のために、フロントバッフルを交換可能なエンクロージャーも用意されている。

 同じく2Fには恒温槽室なる設備も準備されている。これは、完成した製品について様々な温度下での耐久試験を行うための設備という。家庭用のオーディオ機器などは基本的に室内で使われるので、設置場所の温度が極端に変化することはない。

 しかし屋外で使う無線機や車関連の製品の場合、零下30度から極端な場合(車のダッシュボード周りなど)は60〜80度といった条件になる可能性もある。この部屋では、そんな過酷な環境でも製品がきちんと動作できるかを確認しているということだ。

 そのための恒温槽測定機を46台揃えているのもVCSの特長だという。これまで各事業部に分散していた設備を集結し、また新たに導入もしたとのことで、JVCケンウッドの規模の組織でこれだけの台数を、しかも一箇所に揃えているのは珍しいとのことだ。恒温槽でのテストは数ヵ月に渡る場合もあるそうだが、これだけの台数を揃えているので計画的な運用も行える。

恒温槽測定機がずらりと並ぶ

発表会の行われた日には、アメリカの消防士が使う無線機の測定が行われていた

 1Fには2種類の無響室が用意されている。そのひとつは「ザ・無響室」といった仕様で、すべての壁面や天井、さらに床下まで約90cm厚の吸音材で囲った空間となる。ここでは音が出る製品なら何でも特性をチェックできるとのことで、その際に使用するマイクの位置も外部からコントロールできるなど利便性に配慮している(いちいちドアを開けて調整し直す必要がない)。

理想的な無響室と呼びたい環境も整備。試しにこの中で風船を割ってくれたが、破裂音は思っていた以上にあっさりしていた

吸音材の奥行は90cmほどあり。これが天井を含むすべての壁面を覆っている。写真はドアの横面

測定位置は中空に浮いた状態になっており、本当の床面は1mほど下にある。そこにも吸音材が並んでいる

 もうひとつの半無響室と呼ばれる部屋は、床は通常の素材で、壁と天井を約60cm厚の吸音材で囲っている。こちらは乗用車が入る広さを持っており、運転席にダミーヘッドを置いてドライバーにどんな音が聞こえているかなども測定できるという。無響室としては(部屋の広さ、空間の違いはあるが)、どちらも同程度の性能を備えているとかで、測定の内容や製品に応じて使い分けているそうだ。

半吸音室は、床面以外を厚さ60cmの吸音材で囲んだ空間。車などの大きな物体も搬入できる

ドライバーシートにダミーヘッドを設置し、そこでの音の聴こえ方なども測定可能

 また1Fには電波暗室も3部屋準備されている。電波暗室とは聞き慣れない言葉かもしれないが、部屋をすべて鉄板で囲い、その内側に電波吸収体を貼り付けることで外部からの電波を遮断した空間になる(携帯電話も通じない)。

 現在のわれわれの生活環境では、テレビ、ラジオ、携帯、WiFiといった様々な電波が飛び交っている。電気製品の場合、それ自体が電波の発生源になってしまうわけで、この部屋で放射ノイズを測定しているわけだ。

 一番大きな電波暗室は乗用車が入る広さで、しかもターンテーブルで車の向きを360度動かすこともできるので、車のどの位置からノイズが出ているかまで細かく測定可能とのことだった。

大型の電波暗室。こちらも車がそのまま入れるサイズだ

部屋全体を鉄板で多い、内側に電波吸収体を並べることで外部からの電波やノイズを遮断している。この環境で車や電気製品がどんなノイズを発生するかを測定する

写真の白いパネルが電波吸収体で、青い物体はいわゆる発泡スチロール

 他にも振動試験用の設備も備えており、カーナビなどの振動耐性や小型機器の落下試験などもVCS内で行える。ここではクライアントの要望やこれまでの経験を踏まえて、どういった条件で測定を行えばいいのかを決めているそうだ。振動測定機も2〜3台揃えている。

振動試験機。赤く囲まれた部分の内側にあるトレイに検査する品物を乗せて振動を与える仕組み

 続いて執務エリアも見せてもらった。Hybrid Centerの4Fには276席の作業机とコラボゾーン(打ち合わせスペース)が、3Fには252席+作業スペースが準備されている。

 4Fはコラボゾーンを中心に4つに色分けされ、オレンジが商品企画、グリーンは管理部門といった具合に、受け持っている業種によっておおまかなエリアが割り振られている。コラボゾーンには高さが異なるテーブルや椅子を揃えるなど、気分転換などがしやすいように配慮されている。リモート会議などのための個室ブースもあるそうだ。

 なおVCSには関係会社を含めると約3400人が所属しており、そのうち3分の2が技術職になるという。ハイブリッドワークを推奨していることもあり、座席数としては約2600前後を確保したそうだ(打ち合わせなどのスペースは除く)。フリーアドレスなので社員の私物はそれぞれのロッカーに収納、その日の気分や仕事の内容に応じて働く場所を選ぶことになる。

4Fの執務エリア。写真正面が打ち合わせスペースで、その両側に作業用の席が並んでいる

 3Fの目玉は、JKC PLAZAと呼ばれるオープンスペースと大階段だ。JKC PLAZAは通常のフロアーから少し下がったエリアで、3方向を階段に囲まれている。エリア内のソファや階段など思い思いの場所に座って議論をしたり、簡単なイベントを実施したりといった使い方を想定しているそうだ。

 大階段は、横幅が3m、天井高も5m以上ありそうな開放的な空間で、窓に向かって下っていく不思議な配置になっている。その構造を活かして、イベントやプレゼンテーション用として活用していく予定だそうだ。

JKC PLAZA。気分転換や息抜きをしたい場合にもちょうといいスペースだ

3Fの大階段

窓に向かって階段を降りていくという、ちょっと不思議な経験も可能

 今回Hybrid Centerを見学し、組織としての風通しがよく、物作りに向いた環境を実現できていると感じた。製造や測定といった作業も取り組みやすくなっているし、冒頭に説明があった通り、オフィス内でこれまで出会うことのなかった人たちが交流できる可能性も上がっている。

 JVCケンウッドではそこから生まれる新しい業種やジャンルへの展開も推進していきたいと考えているとのことで、VCSから生まれる新たなシナジーに期待が高まる。(取材・文:泉 哲也)