谷崎潤一郎の名作「痴人の愛」が、原作誕生から100年を記念して、井土紀州監督の手によって再び映画化された。脚本は、同じく井土監督による谷崎原作の『卍』でタッグを組んだ小谷香織があたり、井土&小谷のコンビにて、同時センセーショナルを巻き起こした物語を、いまの時代背景に合わせた大胆な新解釈を施し完成させた。ここではW主演――河合譲治を演じた大西信満と、ナオミを演じた奈月セナの二人にインタビューした。

――今日は、公開へ向けてお二人にお話しを伺いたいと思います。よろしくお願いします。まずは、公開を迎えるお気持ちをお聞かせください。

大西信満(以下、大西) よろしくお願いします。みんなで力を合わせて創り上げた作品ですから、一人でも多くの人に観てもらえるように、できることをやっていきたいと思います。

奈月セナ(以下、奈月) 主役を演じるのが初めてでしたから、プレッシャーも大きいです。日々そわそわしています。

――そのプレッシャーはどのように克服されたのでしょう?

奈月 とても有名な作品ですし、どの時代でもセンセーショナルを巻き起こす内容だと思いますから、その世界観を壊さないようにというのは、クランクイン前まで慎重に考えていました。克服……とは違うかもしれませんが、現場で共演の皆さんがお芝居で引っ張ってくださったので、乗り越えられたのだと感じています。

――少し月並みな質問になりますが、出演の経緯を教えてください。

大西 監督の前作『卍』が公開されたころに、次は「痴人の愛」をやりますから、どうですか? という話をいただいたのが最初でしょうか。まだ、確定ではありませんでしたけど、原作を読んだのは結構昔、学生のころだったので、話の筋を確認しようと読み返したりして、作品のことを頭の片隅に置いている状態で過ごしていた時に、最終的なオファーをいただきました。

――河合譲治 役と聞いた時は?

大西 「痴人の愛」ですから、やるならその役であろうとは感じていました。だから、(撮影が)具体的になったら(役を)入れる準備をしようと用意して、決まってから役を詰めていく作業をしていきました。

――奈月さんは、初主演になりますね。

奈月 これまで、レジェンドさん監督ともに、ご一緒したことはなかったのですが、突然オファーをいただいて決まりました。

――突然、主演のオファーが。

奈月 そうですよ。なんで私なんだろう? というのは、すごく感じましたけど、監督から「ナオミにぴったりだから」と仰っていただけて嬉しかったです。

 ただ、原作はあまり詳しくなかったので、改めて読み込みながら、ナオミの人物像を探っていきましたけど、私ってこう見えているのかなって(笑)、あまり自覚のない部分でありました。

――作品としては、原作のエッセンスをうまく現代に合わせてアレンジしていると感じました。

大西 まぁ、原作通りにしたら公開できないでしょうから(笑)。この作品に限らず、原作の当時と今とで、時代背景がまったく異なるものをやる時って、そこをどういう風に現代に寄せていくのかっていう作業が大事になりますから。今回、この作品をやるにあたっても、どういう風に(現代に合わせて)作っていくかという部分は、結構監督とやり取りをさせていただきました。

――具体的には?

大西 もちろん、原作(文字)と映像という媒体の違いを踏まえた上で、それをどう見せていくか、また時代性にあわせて、今はいろいろなことに敏感になっていますから、当時の世界観をどういう風に表現するかということは、すごく話し合いをした気がします。

――先に公開されたオフィシャルリリースの中で大西さんは、「当時とはまた違う、現代の窮屈さの中……」とコメントされています。

大西 原作は、当時――大正時代の倫理観というか、世間体というか、こうあるべきというところから外れていく話ですけど、現代でも、ここ10年ぐらいの間には、いろいろな規制が入ってきていますから、そういう縛りの中で、どのように(譲治が)解放に向かっていく姿を表現するのか。それを一番大事に捉え、日々自分の中で考えていた気がします。

――奈月さんは、原作を踏まえて、アレンジされた台本を読んだ時はどう感じましたか?

奈月 さきほどもお話したように、この作品は、どの時代にもセンセーショナルな内容だと思っていて、多様性が認められるいまの時代においても、私は結構衝撃を受けたんです。だから、その世界観を壊さないように、どのように令和版に変化させていくのかというところは、とても慎重に監督と相談させていただきました。演じてみたら、ナオミと譲治の関係が意外と違和感ないように感じたりするシーンもあって、不思議な気持ちになりました。

 ナオミの役作りに関しても、監督と相談をさせていただきましたけど、その中で一番大きなヒントになったのは、劇中でも注目してほしいポイントになるところでもあるのですが、ナオミが着ている衣装なんです。原作でも、その時代では一般的ではないハイカラな衣装だったり、家の装飾だったりが出てくるので、そういうところを話し合っていくうちに、少しずつナオミが見えてくるようになりました。

――役作りについて、事前にお二人で相談したりしたのでしょうか?

大西 原作におけるナオミは圧倒的に幼いわけですが、映画版では成人した大人の女性になっていますから、自分の意思がより出てくるはずなんです。だから、譲治としてはナオミがどのように来るのか分からない。分からないからこそ、事前に決め打ちするのではなくて、奈月さんがこう来たらこう反応するというように、自然と現場合わせでやっていった感じです。

奈月 本当にそうでした。事前に創るというよりかは、現場で、その都度考えていくとていうスタイルでした。

大西 映画には、本を書く人がいて、演出する人がいて、演じる人がいて、それぞれに感じ方が違うわけですから、自分の中でこうしたいという思いがある場合には、監督とやり取りさせていただきますが、全体の設計図については監督がイニシアチブをとるものだと思っているし、(監督は)事前にその設計図をきちんと作る方なので、現場で創り上げるというより、来たもの(役)に、いかに最善を尽くして応えるかということを考えていました。

――ちなみに、アレンジされた映画の世界観についてどう感じましたか。

大西 そう来たか! って思いました(笑)。

奈月 私もそうですね。

――ナオミは初登場シーンから、男性に熱い視線を送っているように見えました。

奈月 本当ですか? 何も考えていないのがナオミかなと思っていたから(笑)、現場に入る前はこうきたらこう返すとか、色んなことを想像していましたが、現場に入ってからはあまり考え込まないように、心に素直に生きていました。ただ一方で、男性の懐に入り込むのがすごく上手なタイプだし、天然でできちゃうタイプだと思うので、それは意識していました。

――その反面、何か大きなものを抱えているような雰囲気も感じました。

奈月 醸し出していましたか? そう受け取ってもらえて良かったです。後半には、ナオミの幼少期の環境が垣間見えるシーンがありますので、どういう背景があって、その場にいるのかということは慎重に考えていました。

――その後、とある出来事を経て、譲治に惹かれるようになります。

奈月 恐らく、譲治の性格が、自分の中で父親と重ね合わせたりする部分とか、引っかかるところがあって、気になる存在になったというのは確かですね。

大西 その“とある出来事”がとても大事で、そこをどうやるというのは、すごく考えました。

――少しネタバレしますが、その後譲治の家へ行って、ナオミは急に人が変わったようになります。

奈月 その切り替えは大切にしていましたし、自分の中でも一番重要なポイントだと考えて演じました。

大西 そこは物語が転換するところですから、特に話し合ったように覚えています。やはり出会いとか、恋に落ちるシーンというのは、観ている方に唐突さを感じさせてはいけないので、矛盾せずに、しかもいかに大胆に振り切るか。そのダイナミックさが、映画の飛躍になると思うんです。

奈月 谷崎潤一郎の世界観を、存分に発揮できたと思います。

――そして、人生がうまくいかない譲治に春が来ました。

大西 「痴人の愛」というタイトルの通り、原作の世界観としては、譲治は惚ける人なわけですから、きちんと惚けなればダメだっていうふうに思っていて、脚本家を目指しているけど全然芽が出ない、仲間内でも一人だけおっさんだ、というように、ままならない人生からの焦りであったり、絶望であったりとかをごまかすためにナオミに没入してしまう。それはすごく意識していました。現実から目を逸らして、かなり年下の女性に骨抜きになってしまう。その愚かしさを、非倫理的に見えないように演じるのは、大きなテーマだった気がします。

――私を含め、今40~50代の世代には理解できる展開だと感じます。

大西 そうですね。それを現代の人、特に若い人にどういう風に感じてもらえるかっていうのは、タイトルに「痴人の愛」をつけている以上、原作から逸脱してはいけない。それは撮影が始まる前から話し合ってきましたし、その見せ方は一番工夫したというか、自分の中で大きく考えていたことです。

――しかし、幸せは長く続きません。その後の狂いようも見事でした。

大西 本当に、井土監督や脚本の小谷さんはうまいなって思いました。原作のエッセンスをしっかりと現代に置き換えていて、出来上がったものを見た時には、こうなったんだ、すごい! って思いました。それは僕たち役者だけではなくて、監督を始め、スタッフの皆さんも含めて、同じ方向を向いて進んでいけたからじゃないかと思っています。

――ナオミは幸せを手に入れたように見えて、そうではなかった。でも、男のように荒れ狂うわけでもなく……。

奈月 ナオミは、欲望のままというか、自分の感情に素直に生きていただけなので、どう感じていたのかを想像するのは、なかなか難しいですね。

大西 ナオミはある意味超然としていて、それで周りの人が振り回されるという話ですし、ナオミが自分からこうしたいという作品でもないですからね。

――言葉できない感情を、抑制した雰囲気でやっていたのがいいのかもしれないですね。

大西 それをきちんと奈月さんがやってくれて、超然としていてくれたので現場は常に、僕たち周りの人間が勝手に、ナオミさんこんな風になってる、どうしようどうしようって、慌てているような感じでした。

――浮気現場に乗り込んでの、譲治の行動も凄かったです。

大西 あのシーンは当初、そこまでするようにはなっていなかったんです。彼女とのやり取りを重ねていく中で、自然とあの芝居になりました。他にもそういうシーンがいくつかあって、例えばナオミがいなくなった時に、探し回ってようやく見つけて(近所で犬と戯れているシーン)、彼女の元に駆け寄って崩れ落ちてすがるところもそうでした。最初からそうしようと思っていたわけではないし、脚本にそう書いてあったわけでもなく、それはもう、彼女と芝居を重ねてきた中で自然と生まれてきたものなんです。こちらが、ここまでやってしまっていいんじゃないですかと示すと、監督が、そうしましょうとか、やりすぎだから変えましょう、と応えてくれて、すごくライブ感のある現場でした。

――ある意味、感情に乗ってのアドリブに近いと思いますが、奈月さんはすぐに反応できるものですか?

奈月 大西さんを信頼してお任せしていましたから、私はその言葉や行動についていくだけで、自然と反応できたのだと思います。ナオミは、自分の感情の赴くままに、好きなように動いていただけですから。

――他の演者さんは、そのライブ感のある芝居に、本当に慌てているように見えることもありました。

大西 やはりそれは自分だけではなく、みんなが、あっこう来たのかって、自然に驚いたりしているからでしょう。監督は、そこをガチガチに固めて決める人ではないし、役者を信頼してくれているので、“そうなりましたか”、“面白いですね”、“それでいきましょう”という受け取りをしてくださるので、やりやすい現場でした。

――譲治としては一応、夢は叶えました。しかし……。

大西 一度は夢を叶えたわけだから、納得しているんじゃないですかね。その後については、言ってみれば余生なわけですから、後悔はない。僕もそう思いました。

――ナオミは?

奈月 特にネガティブな要素はなく、前向きな気持ちでいたと感じています。嘘か誠か分からないような、絶妙な存在感みたいなものを感じていただけたら嬉しいです。

――今回、譲治を演じていかがですか?

大西 譲治の役柄自体がもう、ひたすらに突き進むものだったので、どれだけ惚けて、かつ突き進めたのかという部分では、自分ができる最善は尽くしたつもりです。きちんとその時の思いを込められたという意味では、後悔はないです。

――奈月さんはナオミを演じていかがですか?

奈月 今回、ナオミを演じてみて、私自身がナオミに支えられていたと感じています。ナオミは悪女のイメージがあるけど、彼女は彼女なりに素直に生きていて、私は頑固で理性的に生きなきゃ! って堅苦しく生きてきたから、演じている間は本当に生きやすさみたいなものを感じていました。

 初めて谷崎潤一郎の作品に出演させて頂いたのですが、それまでは人間の変態性の部分って、内に秘めるもので、外に出してしまうと途端にネガティブな要素がついてくるというイメージを持っていたんですけど、作品の中でその変態の部分と正面から向き合うことで、ネガティブな要素が消えたかなと感じています。

――ちなみに、監督の印象はいかがですか?

大西 井土監督は、監督という面だけでなく脚本家としての考え方もされる方なので、現場で何かを大きく動かすというより、事前に設計図をきちんと作って、現場では、生身の人間をそこに置いてどういう風になるかっていうことを楽しんでいる人、僕はそういう印象を持っています。

奈月 そうですね。しかも、谷崎潤一郎への愛がとてつもなく大きいんです。すごかったですよ。

大西 そうだよね。譲治の部屋のセットに飾ってある小物(本など)は、結構監督の私物だと話されていました。

奈月 当時の衣装の参考書とかも、監督が持参してくださって、たいへん助かりました。

――最後に、今後の抱負をお願いします。

大西 役者という仕事は、寄せていただいた期待に対し、いかに応えることができるのかということの連続だと思っているので、オファーが来た時に、こんな役がきたって面白がりながら、監督の撮りたいものに、いかに自分を近づけていけるか。それが変わらぬテーマだと思っています。

奈月 まだ、役者の入り口に立ったばかりなので、作品の中で確実にその役が存在できるように演じていきたい、と思っています。

――話は変わりますが、かつて小社HiVi誌の音楽コラムではお世話になりました。

奈月 こちらこそ、お世話になりました。今でもデノンのレコードプレーヤーとJBLのスピーカーで、相変わらず大好きなブラックとソウルを楽しんでいます。最近、監督もソウルをお好きなことを知りましたので、いつかそのお話をしてみたいと思いました。ただ、相当にマニアな方なので、お話についていけるか不安もありますけど。

映画『痴人の愛』

2024年11月29日(金)より 池袋シネマ・ロサ 他で全国順次公開

出演:大西信満、奈月セナ

監督:井土紀州 脚本:小谷香織 企画:利倉 亮、郷 龍二 プロデューサー:江尻健司 アシスタントプロデューサー:竹内宏子 撮影:田宮健彦 録音:大塚 学 美術:中谷暢宏 編集:桐畑 寛 助監督:小泉 剛 制作:福島隆弘、洲鎌恒男 ヘアメイク:藤澤真央 スタイリスト:髙地郁美 現場衣裳:藤田賢美 スチール:石井勇気 音楽:高橋宏治 整音:山田幸治 キャスティング協力:関根浩一 営業統括:堤 亜希彦 制作:レジェンド・ピクチャーズ 宣伝:Cinemago 配給:マグネタイズ
2024年/日本/106分/カラー/ステレオ/R-15
(C)2024「痴人の愛」製作委員会

▼公式サイト
https://www.legendpictures.co.jp/movie/chijinnoai/

▼大西信満 公式サイト

▼奈月セナ 公式サイト