第37回東京国際映画祭でオープニング作品として上映された白石和彌監督の『十一人の賊軍』が、現在公開中だ。明治維新の戊辰戦争で、新政府軍と奥羽越列藩同盟というふたつの勢力の間で翻弄される新発田藩を舞台にした時代劇アクション大作となる。

 そんな本作は、ドルビーシネマでも上映されている(ドルビーシネマで10館、ドルビーアトモスは42館で上映)。そして10月末、監督の白石和彌さん、録音の浦田和治さん、音響効果の柴崎憲治さんを招いて、本作のドルビーシネマでの制作過程に迫るトークショウが開催された。

登壇した3名の方々。左から録音の浦田和治さん、監督の白石和彌さん、音響効果の柴崎憲治さん

 冒頭、登壇した白石監督は、「ドルビーシネマで本作を仕上げた経緯もそうですが、僕も普段、浦田さんや柴崎さんに聞けないこともあるので、そのあたりについてもこの機会に質問してみたいなと思っています。よろしくお願いします」と挨拶をしてくれた。

 浦田さんは、「この作品は最初からドルビーアトモスで制作したいと思っていました。まだ日本の実写作品では採用数が少ないので、これをきっかけにどんどん日本映画のドルビーアトモスが増えていくといいなと思います」とサラウンドへの期待を話してくれた。

 柴崎さんも、「この作品はドルビーアトモスでやるよって言われて、かなり構えて制作にあたったんですが、作業は面白かったです。音が点で動くというのは楽しいですよ」とご自身もドルビーアトモスでの制作を楽しんだ様子がうかがえた。

 まず、時代劇作品の『十一人の賊軍』をドルビーシネマで制作することになった経緯を白石監督にうかがった。

 「企画段階から東映のプロデューサーチームは、これは世界に持っていきたい映画だというところまで視野に入れていたようです。そこで、映画として最高の環境の作品を作ろうという流れで、ドルビーシネマで作るということが決定したんだと思います。監督の立場からドルビーシネマでやりたいですって言っても嫌な顔をされることも多いんですが(笑)、今回はプロデューサー側からやりましょうと言ってくれたので、すごく嬉しかったですね。

 ドルビーアトモスでの制作は僕も初めてでしたが、デビュー作から柴崎さんと浦田さんにお世話になっていて、映画の音の設計とはどんなものかを教えていただいたので、おふたりがどんなドルビーアトモスに仕上げるのかという点に興味がありました」と、監督自身も音の仕上がりを楽しみにしていたことを語ってくれた。

 それを受けて浦田さんは、「作品によっては、後からドルビーアトモスにしましょうといったケースもあるんですが、今回は最初からドルビーアトモスで仕上げるという想定で準備をしていました。

 だから録音助手もダブルマイクなんですよね。しかも今回はほぼ同録(演技をしながらセリフも録音する)で、主役級が11人で他に相手方もいるわけですから25人くらいの声を収録しなくてはいけないんです。マイクの本数もかなり多いし、それらのセリフをちゃんと整音しなくてはいけないので、たいへんでした」と現場での苦労を紹介してくれた。

 柴崎さんも、「ドルビーアトモスは、5.1chと比べても断然音のトラック数が多いんですよ。雨音にしても、カットごとに音を全部つけている。その素材になる雨音が何種類も必要なわけです。さらにトップスピーカーとサラウンド・リアスピーカーを使って、それぞれのつながりで音を広げています。また人物が動くとそれに合わせたパンニングも行うなど、色々なことをやっています。かなり時間も、手間もかかるんです(笑)。

 でも音が全体を動くのはすごく楽しいんですよ。芝居に対して音がここにある、そういうのが効果音を作る人間としては楽しいですね。ダイアローグの邪魔をしないでどこまで聴かせるかのギリギリの線を狙って、というのが今回かなり多かったです」とのことだった。

 そこで白石監督に、ドルビーアトモスの表現で注意したポイントを聞いてみた。

 「いい意味で臨場感、音に包まれているので、このシーンでは何をお客さんに聴かせるべきかっていう選択はとても難しかったなという印象です。油断しているとセリフも埋もれちゃうじゃないですか。でも音楽も雨の音も聴かせたいっていう思いもある(笑)。

 こっちを立てると何かが聴こえなくなっていくということは、ドルビーアトモスに限らずサラウンド作品ではよくあるんですが、浦田さんと柴崎さんの場合は、今までそんなことはなかったんです。ただ今回に限っては、調整にすごく時間がかかった覚えはあります」(白石監督)

 なお、記者は事前にドルビーシネマの試写会で本作を見ているが、明るい昼間の屋外の風景の緻密さや色が印象的で、同時に夜のシーンで暗闇の中での微妙な暗部階調も自然に再現されていた。そこで白石監督に撮影時にドルビービジョン(HDR)として撮影で意識したことがあったのかもうかがってみた

 「人の見た目に近い表現をどこまでできるのかは、カメラマンを含めて僕たちも気になっていました。そこで、暗いところはいかに暗く、どこまで落とすことが可能なのか、また従来は白飛びしてしまうような高輝度部にも色々な情報が見えてくるので、その中でできる表現って何だろうということを模索しました。

 できることが広がる分、そのシーンの中で何を表現するかが散漫になってしまう可能性もあるので、きちんとした演出設計が必要でした。技術が広がれば広がるほど、僕らの演出意図がより厳しく試されるなっていう感じはすごくあります。映画というフォーマットの中でできることが、われわれが追いつかないくらい広がっていくなという印象です。

 映画って、匂い立つような部分がないと寂しいですよね。音にしても、本来聴こえていないものが聴こえているような感じにすることができると、厚みのある映画になると思うんです。そういったことを大きな指針として持ち続けるよう注意しました」(白石監督)

 また本作ではラストシーンをフィルムで撮影しているということで、その狙いや、フィルムで仕上げたドルビービジョン映像は狙い通りの絵に仕上がっているのかについてもうかがってみた。

 「フィルムで撮影していますが、それは実験に近い意味合いもありました。その意味では、ドルビービジョンで仕上げたらこんな風に見えるんだとか、色々な発見もありました。

 暗い中での光の見え方とかも違いましたね。今のカメラは焚き火の明かりでも充分撮影できちゃったりしますから、撮影方法の選択肢はすごく増えていると思います。それらを体験すると次への挑戦につながっていくので、やりたいこともすごく増えている状態です」とのことだった。

 確かに、本作では夜の暗い砦の中で賊軍メンバーが会話をするシーンも多い。それらのカットはどんな環境で撮影されたのだろうか。

 これについて白石監督は、「画面の見た目よりかなり暗い状態で撮影していると思います。これまでは暗いシーンでも照明をつけて撮影していたんですが、今回のような環境であれば役者さんの表情も変わるし、スタッフの集中力も違うので、現場の一体感も高まります。こういう芝居をしてもらいたいということが技術の面でも助けられている、大きな力になっていると思います」と、デジタル撮影での恩恵について解説してくれた。

 続いてドルビーアトモスについても、皆さんにお話をうかがった。そもそもドルビーアトモスで作品を制作するためには、5.1chの数倍の音素材が必要といわれる。その材料はどのようにして準備したのだろうか。

 すると浦田さんから、「セリフ以外の雰囲気も再現しなくてはいけないので、言葉は悪いかもしれないけど、現場では音を拾いまくっています」というお話があり、さらに白石監督から「セリフ用のマイクとワイヤレスマイク、さらに環境音だけを録るマイクも使っていましたね」というコメントも入った。

 浦田さんも「そうです。それがないと絶対ダメなんです。そういった素材で現場の雰囲気を作っていくのが基本ですから。今回は人数も多いし、アフレコもあって、本当にたいへんでした。普段は1ヵ月くらいで整音作業が終わるんですが、今回はアフレコを入れて4ヵ月ほどかかっています。

 その作業ではプロ・トゥールスを使いますが、その際にはエフェクターなどの色々なプラグインがあります。通常は10 種類ぐらいのプラグインを使うことが多いんですが、今回は20種類以上使っているんじゃないでしょうか。空間処理に関連したプラグインだけで5〜6種類あったと思います」とのことだった。

 また今回の雨音について、テープ時代の素材を使っているというお話もあった。その点についてもうかがってみた。

 「古いものでは、20〜30年前の素材を使うこともあります。というのも、今ではどう頑張っても録れない音も存在しますから。そもそも映画のサラウンドとしては、被写体にカメラが寄った時と引いた時で、音の空気感を変えたいんです。特に雨音は、ずっと一定だと単調になるので、お客さんが寝てしまう(笑)。そのためカメラアングルに応じて音の質感を変えていかないと駄目です。

 だから、雨音だけで何トラックも準備しています。全体の雨の音があり、さらに地面に打ち付ける音、屋根にあたる音などを自然に聴こえるようにミックスしていくんです。こうしていかないと、映画の嘘、リアルな映画の雰囲気が作れないんです。特に今回は雨のシーンも多かったし(笑)。

 あと雨が降っているシーンでも、セリフはちゃんと聴こえないといけない。だからカットに合わせて雨音を下げています。最初の印象がちゃんとしていれば音は残像として残っていくから、それを大切にして、あとはセリフに渡していく。芝居によっては背景の音はすべて抑える、といったやり方もしています」と柴崎さんがサウンドデザインの気配りを披露してくれた。

 「フロントスピーカーに対して、天井スピーカーはどうしても本当の低域は出にくいから、逆に低音 “感” を持った音を使ったりします。スピーカーの種類も考えながら素材を使わないと、単純に天井に音をふっただけではまとまらないんです。あと、昔の音を使うのは別の理由もあって、マイクの種類が今と違うので、音も違ってくるんですよ」と浦田さんが、オーディオビジュアルファンには興味深い話をしてくれた。

 これに対し柴崎さんも、「同じブランドでも、昔のマイクは12Vで、今の製品は24Vだったりするので、昔の方が音が痩せて聞こえるんですよ。でも余計なものが含まれていないぶん、狙った音そのものが録れているから、昔の素材を使ったりしますよね」と素材へのこだわりも開陳してくれた。

 ちなみに本作では大砲の音、銃声も多く登場する。特に大砲の爆音はかなり低い帯域まで含まれているようだ。こちらの素材は現場で収録されたのだろうか?

 すると柴崎さんは、「いや、今回はほとんどライブラリーです。実際に自衛隊の演習を録った素材などもあるので、そういうものを使っていますよ。一方で銃については、作中に登場するのが先込め銃なので、火薬の種類が違うんです。黒色火薬を使っているので、音が今みたいにパーンと綺麗には出ないはずなんです。そういった話を調べて、参考にしています」と、音作りへのこだわりを紹介してくれた。

 白石監督も、「柴崎さんも浦田さんも、その時代はどんな火薬を使っていて、しかもその火薬はどういう工程で作っていたのかを勉強するところから、音の設計を始めてくれるんです。もしかしたらおふたりには当たり前の作業かもしれないけど、物作りって調べ物から始まるんだという感覚がすごくありますね」と、おふたりの仕事への取り組みに驚いた様子だった。

 さて、事前に試写を拝見した時には、天井スピーカーからもかなりの低域成分が再生されたように感じたし、銃弾が右後方上側から前方左下に高低差を持って抜けていくといった演出もあった。そういったドルビーアトモスのミックス作用は、どんな手順で進められたのかうかがってみた。

 ここについて柴崎さんは、「ミックス作業は浦田さんと相談しながら進めました。低音は定位がはっきりしないから、動きに対して引っ張られて聴こえたりするんですよ。だから低い音は割と全体で鳴らしています。そうしないと音圧を感じられないので。もちろん、スピーカーを壊さない範囲でピークに気をつけています(笑)」とのことだった。

 「音のミックスについては、最後の段階で立ち会わせてもらいましたが、そこではおふたりがある程度のところまで作ってくださっていました。ですので、本当に苦労しているところは見ていなかったかもしれません(笑)」と白石監督は話していた。

 なお本作の音楽は、イタリアで録音されているそうだ。その使い方はどのようにして決まっていったのかも聞いてみた。

 「音楽の松隈ケンタさんやプロデューサーと相談して、どの曲をどこで使うかといった点は決めていきました。その基本形を作ったうえで、浦田さんや柴崎さんが、この段階で音楽を出した方がいいんじゃないかとか、もっと早めにフェードアウトした方がいいんじゃないかといった点を調整してくれました」と白石監督。

 さらに、「おふたりがすごいのは、音を間引いた瞬間の切れ味が素晴らしい点だと思っています。音楽を含めて、音をなくすタイミングをどこにするかといった判断が絶妙なんです。音がないっていうのは、ひとつの映画の中で大きな武器になるんですよね」と、サラウンドの活用術についても語ってくれた。

 そこでドルビーアトモスの演出で印象に残っている点をうかがってみると、「最後の戦いで仲野(太賀)君が撃たれた後の音を一瞬なくして、映像もハイスピードカメラの動きになって、といった辺りのリズムがものすごくよかったなと思っています。ここは監督が考えたことですが、僕もちょっと気に入っているんです」と柴崎さん。

 「冒頭、奥羽越列藩同盟の戦闘シーンはみんな気合を入れて音をつけまくってしまったので(笑)、幕末の戦争なのにノルマンディー上陸作戦みたいになってしまいました。映画のイントロとしてはいいと思うんですけど(笑)」(白石監督)

 「あそこは気負いすぎちゃって、参ったなぁって。でもだんだん力が抜けてきて、後半はバランスもよくなったよ」(柴崎さん)

 「そういう流れでいいんじゃないかなと思います。だんだん落ち着いてくるっていうか、間合いをとっていくという演出ですね」(浦田さん)

 「ドルビーアトモスは、空気感を作るっていう効果がすごくいいんですよ。街中の再現や、港の向こうに船が見えたりといったシーンの臨場感、観客が没入できるのがドルビーアトモスのいいところだと思います。そういった環境音を作ることがものすごく楽しいっていうか、お客さんが普通のこととして見てくれるのが一番嬉しいですね」(柴崎さん)

 ここまでで、3名が映画の制作手段としてドルビーシネマ、ドルビーアトモスを気に入っていることもよくわかった。そこで、今後これらの技術をどんな風に使ってみたいと思っているかもうかがってみた。

 白石監督は、「一度ドルビーアトモスをやってしまったら、5.1chに戻れるのかな、物足りなく感じちゃうんじゃないのかなっていう気がするんですよね。もちろんすべての劇場で上映できるわけじゃないのはわかっていますが、ドルビーシネマで体感しちゃうと、物足りなく感じてしまうのは贅沢なんでしょうか」と、心中を語ってくれた。

 浦田さんも、「それが普通だと思いますよ。だから僕としても、すべての劇場がドルビーシネマになって欲しいと思います」とのこと。

 柴崎さんも、「ある程度の規模の作品は、すべてドルビーシネマで作ってもいいと思うんです。今回の『十一人の賊軍』みたいな内容じゃなくて、恋愛ものだっていいわけですよ」と話してくれた。

 すると浦田さんが、「僕は次はしっとりした作品でドルビーアトモスを使ってみたい」と提案。「となると監督は僕じゃないかもしれないです」という白石家監督だったが、「ドルビーアトモスなら環境音、バックグランドの再現、没入感も優れているので、その中で芝居ができるでしょう。そういうものをやるのも、これからいいと思う」という柴崎さんの指摘を受けて、「そうですね、『碁盤斬り』の長屋のシーンとかをドルビーアトモスでつくれると、スクリーンの奥にも音があるような演出ができますね」と新たな作品づくりの可能性を考え始めた様子だった。

 最後に、公開に向けてひと言ずつコメントをお願いした。

 「このような時代劇作品をどうすればお客さんに楽しんでもらえるか、僕自身が現状できることをやり尽くした作品なので、ぜひたくさんの方に見てもらいたいです。ドルビーシネマで見てもらえると、より “体感した” と感じてもらえる作品になっていると思います。体感してもらえると、だいたいみんな『私も十二人目の賊軍になりました!』と言ってくれるので、ぜひ皆さんも十二人目の賊軍になってもらいたいと思っています」(白石監督)

 「まだまだ上映館が少ないという点はありますが、一人でも多くの人がドルビーシネマで見てくれると、本当に嬉しいなと思っています。音の表現も映像の表現も、まだまだ可能性はあるので、その辺りについては技術者として、新しいものを取り入れていきたいと思っています」(浦田さん)

 「ドルビーシネマで10館、ドルビーアトモスが42館とのことで、上映館の数が多くなって嬉しい(笑)。とにかくお客さんに楽しんでもらえればいいですね」(柴崎さん)

 と、それぞれの立場から公開に対する期待が語られ、トークショウは終了となった。白石監督を始めとする多くのクリエイターの想いが詰まった『十一人の賊軍』、ぜひドルビーシネマの環境で “体感” していただきたい。 (取材・文:泉 哲也)

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