カンヌ、ヴェネツィア、ベルリン等の映画祭で数々の栄誉に輝き、2007年には芸術文化勲章のコマンドゥールを得たジャンヌ・モローの、映画監督としての姿にも光を当てる上映シリーズ『映画作家 ジャンヌ・モロー』が10月11日から新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開される。私のなかでは『死刑台のエレベーター』(音楽;マイルス・デイヴィス)や『危険な関係』(音楽;アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ、セロニアス・モンク)といった映画、ほかフランスのジャズ・ミュージシャンをバックに歌ったアルバム『Jeanne Chante Jeanne』など音楽絡みの印象が強く、監督作品があるということは不勉強にして存じ上げていなかった。が、この特集でそれを知ることができた。学びを得るという行為は、なんと素晴らしいのだろう。

 今回上映されるのは、計3作品。『リュミエール』は国内初公開となる1976年作品。ジャンヌは監督と脚本を手掛けるとともに出演もし、ルチア・ボゼー、フランシーヌ・ラセット、キャロリーヌ・カルティエらアクトレスと競演を繰り広げる。タンゴの巨匠アストル・ピアソラによる非常にコンテンポラリーな音楽が初めのほう、途中(ほんの少し)、最後のほうに登場するが、基本的には延々と会話のシーンが続く。タイトルはフランス語で「光」という意味。

 1979年作品『思春期』はかつて『ジャンヌ・モローの思春期』という邦題で日本公開されたことがある。主人公は12歳の少女、マリー。月経の描き方、年上男性へのまっすぐな憧れなど、「男が監督なら、こうは表現できないよなあ」というところもあり、なんというかじつに興味深く、ハチワレ猫の存在もよきアクセントとなっている。ジャンヌは監督・脚本を担当、祖母役のシモーヌ・シニョレもさすがの味わい深さだし、物語の背景が1939年(つまりナチスがチェコスロバキア解体、ポーランドとの不可侵条約からの脱退、ポーランド侵攻をした年)であることも重要だ。フランスの一地方ののどかな田園にも、ピリピリするような時代の緊張感が迫りつつあったことをも、この映画には描かれている。

 1983年の作品で国内初公開の『リリアン・ギッシュの肖像』はジャンヌがインタビュアーとなって、サイレント映画草創期のスター役者で、D.W.グリフィス監督の数多くの作品に貢献したリリアン・ギッシュからおそろしく貴重な、つい前のめりになって耳を傾けたくなるエピソードを聞き出した一作。江戸幕府の面々に話を尋ねる明治人はこんな気持ちだったのかも、と思いながら観た。収録時、おそらく80代後半であったろうリリアンは、驚くほど鮮明な記憶を持つ無邪気なコケイジャンの老女という感じ。途中に、グリフィス作品における若き日の姿がふんだんに挿入されているのも貴重だ(氷上シーンの、なんと命がけなことか)。光量の少なかった時代における鏡の使い方や、伝染病のおかげで「Vサインで口の両側を押し上げて笑顔を作るテクニック」を偶然に開発した逸話など、「へえー」と感服させられるばかりだった。

映画『映画作家 ジャンヌ・モロー』

10月11日より新宿シネマカリテ YEBISHU GARDEN CINEMA ほか全国公開

配給:エスパース・サロウ