HiVi視聴室では、特性の異なる3種類のスクリーンをリファレンスとして導入している。世界的にも評価が高いスチュワートのStudioTek 130 G3(スタジオテック130G3)、ゲイン1.0のマットスクリーン、オーエスのPure Matte Ⅲ Cinema(ピュアマットⅢシネマ)、そして熟練の職人の手塗りで仕上げられるキクチのGrace Matte 100(グレースマット100)という構成で、取材内容、あるいは組み合わせるプロジェクターに応じて、最適なスクリーンを選び、使い分けている。

 それぞれ持ち味は異なるものの、本質的なクォリティは一級品、品質的にもトップレベルのスクリーンである。その一翼をになうGrace Matte 100が先日、Dressty 4K/G2(ドレスティ4K/G2)に入れ替った。

 本誌(季刊HiVi)前号掲載の「HiVi 夏のベストバイ」企画でもスクリーン部門で第一位という高い評価を得た話題の新製品であり、注目すべき技術、提案を盛り込んだキクチの自信作だ。HiVi視聴室リファレンスとして新規導入されたDressty 4K/G2とは、いったいどんなスクリーンなのか。ここでは開発の背景を踏まえつつ、その詳細に迫っていきたい。

Screen
KIKUCHI Dressty 4K/G2

●型式:電動巻き上げ式/パネル式スクリーン
●サイズ :100インチ〜120インチ(16:9) ※それ以外のサイズは受注対応
●ピークゲイン :1.25(±5%)
●半値角 :水平75度±5度
●ベース生地 :ホワイトマットアドバンス
●素材 :軟質塩化ビニル、グラスファイバー、特殊拡散材
●問合せ先 :(株)キクチ科学研究所 ☎︎03(3952)5131

ラインナップ(電動巻き上げタイプ)
100インチ(16:9) : ¥440,000 税込
110インチ(16:9) : ¥467,500 税込
120インチ(16:9) : ¥495,000 税込

●備考 : いずれも受注対応品。電動巻き上げ式スクリーンのケースはブラック/ホワイトから選択。そのほかにパネルタイプあり。150インチ(16:9)や17:9アスペクトなど特注サイズもオーダー可能

 

 

Recodisシリーズスクリーンはワン・アンド・オンリーの存在

 本題に入る前に、熟練の職人が1枚1枚、手塗りで塗布して、丁寧に仕上げていくキクチのRecodis(レコディス)シリーズについて、簡単に復習しておこう。ご存じの方も多いと思うが、キクチは家庭用スクリーンだけでなく、会議室などの業務用途から映画館やイベント向けの超大型スクリーンまで手掛る総合スクリーンメーカーであり、特注のスクリーンを現場で完成させる熟練の職人が在籍している。

 その技術を活かしてワン・アンド・オンリーのホームシアタースクリーンが作れるのではないだろうか、これがRecodisスクリーンの始まりだ。その記念すべき第一弾が、ホームシアターの世界で絶大な評価を得ていたスチュワートのSnoMatte(スノーマット)を超えるスクリーンを目指し、開発されたのが2010年登場のGrace Matte 100だ。

 家庭用として国産初となる手塗りスクリーンGrace Matte 100の評判は、ホームシアターインストーラー、プロジェクターユーザーを中心に瞬く間に広まり、高い評価を獲得。実際、私自身、精細感に富んだ落ち着きのある表現力に魅了され、125インチのSnoMatteに加え、シネスコ155インチのGrace Matte 100を追加/導入している(現在はGrace Matte 100のみ使用)。

キクチRecodisスクリーンの系譜

2010年 Grace Matte 100
手塗りスクリーン/ゲイン1.0/半値角85度以上/ベーススクリーン・ホワイトマットアドバンス

2014年 Dressty 4K
手塗りスクリーン/ゲイン0.95/半値角85度以上/ベーススクリーン・ホワイトマットアドバンス・キュア

2024年 Dressty 4K/G2
手塗りスクリーン/ゲイン1.25/半値角75度以上/ベーススクリーン・ホワイトマットアドバンス

 

 

4K時代の到来に誕生したDressty 4Kスクリーン

 このGrace Matte 100スクリーンは映画ファンを中心に順調にユーザーを増やしていったわけだが、ソニーのネイティブ4Kパネル搭載プロジェクターVPL-VW1000ESが2012年に登場したころから、スポーツ、音楽と良質な4Kコンテンツが数多く登場。この4K映像をホームシアターで如何に映し出すのかという新たなテーマを突きつけられることになる。

 キクチの社内ではかつて一世を風靡したMALIBU(マリブ)やStudioTek 130 G3のような、もうちょっと華やかな、見栄えのするスクリーンがキクチオリジナルとして欲しい、という声が高まったという。

 そこでRecodisシリーズとして高ゲインスクリーンの製品化に取り組むこととなり、試作をスタート。Grace Matte 100では塗料にパール系の素材を“味付け”として採用したが、やりすぎは禁物。ゲインという意味で明るさはとれるものの、見た目のフォーカス感が甘くなり、4K解像度らしい精細感を出すのが難しいことを学んだという。

 いろいろなアプローチを試していくなかで見い出されたのが、隠し味としてシルバー系の塗料素材を加えて、少しシャキッと陰影を表現しようという手法だ。シルバー素材というと強烈なゲインを思い浮かべる方が多いと思うが、ここで採用したのは、ゲインが上がらないシルバー素材……、独自の“ローゲインシルバー”(キクチ社内の呼称)という素材だ。これを絶妙な割合で調合することで、ピークがグッと伸び、パッと見が明るくて、華やかな雰囲気が得られる、そんなちょうどいい塩梅の画調となった。

 優れたフォーカス感と立体感を確保しつつ、Grace Matte 100に比べても、華やかさが感じられるような手塗りスクリーンDressty 4Kが2014年に完成したのである。2014年は4K実験放送が開始され、4K映像コンテンツが初めて家庭に届けられたタイミングであった。

 ここで意外だったのは、Dressty 4Kのスクリーンゲインを計測すると、感覚的な明るさからイメージする値よりも大幅に低い0.95という低い値にとどまっていたこと。ゲイン1.0のGrace Matte 100よりも下がっていたというわけだ。

 ただし、カタログに表記されるスクリーンゲインのスペック値は、あくまで完全拡散板に当てた時の反射する光量の値をベースにするものであって、見た目のピーク感とは必ずしも一致しないことも珍しくない。Dressty 4Kに関しては、スペックから性能を追い込んだわけでなく、様々なコンテンツを実際に見ながら最終画質を詰めていったわけだが、それが結果としてゲイン1.0以下だったというだけのこと。決して不思議なことではない。

スクリーンは、生地ごとに適視範囲がある。スクリーンの重要スペックであるゲインは、スクリーン中心に光を照射し、輝度計で反射光の明るさを測定する。最も明るくなる位置をピークゲインとし、そこから同一円弧上に5度ずつ移動して測定し、明るさが半分になる(ハーフゲイン)の角度を半値角と呼び、その範囲を適視範囲と定めている。Dressty 4K/G2は75度±5度となる

 

 

Dressty 4K/G2は高忠実度を超えたHDR時代にふさわしい表現を目指す

 そして2020年前後からいよいよDressty 4Kの次世代製品の開発がスタートする。UHDブルーレイの普及、ネット動画配信サービスの台頭もあって、良質な4K&HDRコンテンツが手軽に入手できるようになり、スクリーンにも変化が求められ始めた頃だ。

 とは言え、プロジェクターからの光を受けて、映像を映し出すスクリーンにとって、「HDR対応」という概念をどのように解釈するのか、とキクチの中で議論が続いたという。確かに技術的に考えても、明確な回答はない。「スクリーンだけで」暗部と明部が同一画面上にある映像を、暗部だけを沈めて明部だけを伸ばすことは、現実的にできない。

 明らかなのは、最終的にコントラストを決定づけるのは、プロジェクター自体の高コントラスト性能をベースに、いかに迷光を抑えるような再生環境が作れるかということ。室内を極力暗くすれば、スクリーン上で暗部が締まり、それで初めて明部が伸びているように感じられる。ゲインが低ければ暗部が締まるが、逆にゲインが高ければ明部が伸びて暗部は持ち上がる。これがスクリーンの原理である。HDRの時代でもスクリーンの基本は変わらないというわけだ。

 ここでキクチが考えたのは、Dressty 4Kの次世代版ではあえて、キャラクターを立たせて、主張のあるスクリーンとして提案するということ。Hi-Fi(高忠実度)再生という基本姿勢は変わらないが、見た目のコントラスト感、奥行感に余裕をもたせ、色再現はこってりとして、濃厚。そして目標とするゲインはStudioTeck 130 G3と同等のレベル(1.3)だ。

 基本方針は決まったが、これを製品として仕上げるのは至難の業。マットスクリーンとして高ゲインを目指すとなると、シルバー系の素材が不可欠だが、これも頼りすぎると、ギラつきが気になりやすく、長時間の映画鑑賞としては好ましくない。そこでパール系素材との調合となるわけだが、フォーカス感、色再現のバランスの確保が難しい。

 試行錯誤を重ねる中で行き着いたのが、手塗りで塗布する幕面を2層構造とするというアイデアだ。その詳細は公にはなっていないが、メインとなる1層目(下層)をパール素材中心にある程度仕上げて、そこからさらにシルバー素材を調合した薄い2層目を完成させるというもの。

 2層構造とすることで、スクリーン設計の自由度が飛躍的に上がり、シルバー素材とパール素材、それぞれ持ち味を素直に引き出せるようになった。幾度かの試作を重ねた結果、ゲインは1.25まで跳ね上がり、高繊細かつ引き込まれるような自然な奥行感が得られた。今年2024年、晴れて、目論見通りのスクリーンであるDressty 4K/G2が完成したのである。

 Dressty 4K/G2は、1層目を仕上げて、乾燥させた後に、さらにもう1層を塗布して仕上げるわけで、単純に考えても製造時間は大幅に増し、職人の手間は2倍以上に跳ね上がる。生産性を考えると、とても実現できるような製品企画ではないだろう。

 それでもキクチがDressty 4K/G2にこだわるのは、スクリーンが変わると、また違う感動があることをプロジェクターユーザーに感じてもらいたいから。Dressty 4K/G2は、これからHiVi視聴室のリファレンススクリーンとして使い続けていくことになるが、この先、いったいどんな驚きや発見があるのか。いまから楽しみでならない。

Recodisシリーズは、ベースのマット系生地に細かな調合が施された塗料を複数回スプレーで塗布することで作られている「手吹きクリーン」。キクチ内でも限られた職人だけが担当している特別な幕面だ。写真は撮影用のもので、実際の作業時は黒マスクをかけて養生を行なう

 

 

本記事の掲載は『HiVi 2024年秋号』