投野さんによる、ヘッドホンのあれこれを紹介する連載第2回をお届けします。近年はヘッドホンやイヤホンの高音質化も進んでおり、音楽を楽しむ場合にもそれらのアイテムがメインという方も多いでしょう。ではそんなヘッドホンは、どのようにして生まれ、どんな進歩を遂げてきたのか? 今回はそんな “ヘッドホンの事始め” をご紹介いただきます。(StereoSound ONLINE編集部)

§2 ヘッドホン進化の歴史

 私の連載も2回目となりました。今回のテーマは、ヘッドホン誕生の歴史です。

 生物にせよ、人が作り出したものにせよ、すべてに起源と進化の過程があり、その歴史を知ることで現在の見え方が変わるし、そうすることで更なる未来も見えてくるものだと私は思っています。本稿では、ヘッドホンの歴史に貢献された先人エンジニアたちの、創意工夫の逸話を紹介していこうと思います。

 私はヘッドホンの開発に長く携わってきた中で、ヘッドホンの元となる機器が電話だったことを学びました。ではその更に前の原初といえるような起源とは何でしょうか?

遠くの音を聴くときに、無意識にこんな動作をする人も多いはず。モデルは投野さんの長女で、童謡歌手の彩香さんです

スポーツの応援などで使われるメガホンをふたつにカットし、振動板と糸で両者をつなぐことで、離れた場所でも人の声を伝送できます。いわゆる糸電話の原理が電話やイヤホンのアイデアになったのかも

 人は、遠くの音に聞き耳を立てる時に、手をかざすという動作をします。これは、手のひらが耳介の収音効果を拡張する壁として働き、遠くで鳴っている小さな音でも増幅してくれるからです。これこそヘッドホンの起源だったのではないかと思うのです。人は、この音声伝達の効果を持つ専用の道具を創作、発達させていきます。ホーン型のメガホンが生まれ、それを二つに分割して紙と糸でつないだ糸電話がうまれます。

 そしてこの紙振動板にソレノイド(電気エネルギーと機械的運動の相互変換を行う部品)を取り付け、糸の替わりに電線で音を伝送する、そのようにして発明されたのが、1876年にベル研究所で完成した電話器です。図下の写真の、ふたつに分割されたホーンの大きい方が送話器(つまりマイク)の、小さい方が受話器(つまりヘッドホン)の元となったのです。

1876年のBell電話機。確かにメガホンをふたつにわけたようなデザインです
(参考 https://www.ibiblio.org/about/

 電話器は、通話の道具として登場したものですが、民間人の会話用途以外に、電話交換手などの業務や戦時の通信行為の中で長時間装用する用途も発生してきます。そうして、連続装用可能な受話器が生まれてきたのです。

 まず、1891年にフランス人のE.Mercadier(メルカディエ)氏が製作した聴診器型の受話器「イヤホン」が、次に1910年にアメリカ人のN.Baldwin(ボルドウィン)氏が製作した耳乗せ型の受話器「ヘッドホン」が誕生します。Baldwinのヘッドホンは、この誕生時にすでに、ケーブル、ハウジング、ハンガー、スライダー、ヘッドバンドという構成で、今のヘッドホンとしての基本構造をすべて持っていることが分かります。

ボルドウィン氏が製作した耳乗せ型受話器
(参考 https://gotamillionrhymes.wordpress.com/2021/03/12/looking-back-in-time-headphones/

 実は、私は2017年にインディアナポリスの「Rhythm! Discovery Center」という音楽博物館を訪れた際に、この時代のヘッドホンに出会うことができて、それはちょっと感動でした。

 当時のヘッドホン用ドライバーの駆動方式としては、固定磁石と電磁石の吸引反発力を利用して鉄片が動くマグネチック型が多かったと思います。今でいうバランスドアーマチュア(BA)型ドライバーの原型といったところでしょうか。

 他の方式としては、ロッシェル塩(酒石酸ナトリウムカリウム。強誘電体でピックアップなどの圧電素子にも使われる)の圧電効果を利用したクリスタルイヤホンなども1919年には存在していました。今でいうところのMEMSドライバーの多くはこの圧電方式なので、やはりオーディオ技術の原型は、ほとんどが1900年前後の先輩技術者たちによって実用化されていたのだと思います。

 20世紀に入ると、音楽メディアの発達によって、いよいよ音楽鑑賞用のヘッドホンが登場してきます。

 民間向け音楽メディア普及の歴史を振り返ると、電気録音技術の進化によって78回転のSPレコードが商品化されたのが1925年、ステレオのLPレコードが商品化されたのが1957年でした。このように音楽が家庭で、(少しずつだけど)高音質で提供可能になると、それに伴い高音質を提供できるヘッドホンも、必然的に登場していきます。

 初のダイナミック型ドライバーを採用した高音質ヘッドホンは、1937年のドイツBeyer社「DT-48」でした。また、LPレコード再生用のステレオ方式ヘッドホンとしては、1958年のアメリカKoss社「SP3」が最初でした。このように、音楽メディアと再生ヘッドホンは協調進化してきたことが分かります。

Beyer「DT48」 (参考 https://tascam.jp/jp/contents/beyerdynamic )

スミソニアン博物館のサイトで紹介されている「KOSS SP3」
(参考 https://www.smithsonianmag.com/arts-culture/a-partial-history-of-headphones-4693742/

 こうして、ステレオLPとステレオ再生装置が家庭で音楽を聴く楽しみを牽引してゆき、さらなる高音質の追求で、機能分化した再生装置が世界中で競って開発されます。1960年代以降は、徐々にコンポーネントオーディオの文化が人々の心をひきつける憧れの対象になってゆきました。そんな中、ヘッドホンも多様なものが開発はされましたが、当時はあくまでもスピーカーの代用品という位置づけだったと思います。

 当時、音楽鑑賞用ヘッドホンに用いられ始めたダイナミック式のドライバーですが、実は大きくふたつの流れがありました。

 ひとつは5〜7cmの小型スピーカーをヘッドホンに流用するスタイルで、ステレオ装置のアンプのスピーカー出力から数百オームの減衰抵抗を経由してヘッドホンに信号供給されるものでした。もうひとつは、ダイナミックマイクのユニットを転用したスタイルで、ユニット抵抗としては数百オームあるので、アンプのスピーカー出力を直接つないでちょうど良い音量で聴ける利点がありました。

 ヘッドホン製品としては前者が多かったと思いますが、後者のスタイルのものも欧州のヘッドホンブランドから多数発売されました。高インピーダンスヘッドホンは、そのような流れを汲んで継続していたものと、私は理解しています。

 1970年代になると、ドライバー用の音響部品に新素材が多数登場してきます。

 それまでのダイナミックドライバーに用いられていた磁石の磁性体としてはフェライトが多く使われていましたが、フェライトの5〜10倍ほどの高磁力を有する希土類磁石が実用化され、磁石の小型化が可能になります。

 また、スピーカーベースで一般的に使われていた数百ミクロンの厚みを持つコーン紙に対して、PETのようなフィルム材料で、しかも数ミクロンという薄膜のものが二軸延伸製法により実用化され、小型軽量で柔軟な振動板が実現可能になったのです。そのような時代背景でソニーはこれらの新素材を組み合わせ、23mmという超小型のドライバーで耳乗せスタイルのヘッドホンを実現したのです。

ウォークマン1号機。録音機能なしでは売れないとの社内外の声に反して大ヒットとなり、新たなライフスタイルを創造した

 この小型・高感度のヘッドホンは電池駆動の小電力アンプでも音楽聴取が可能であり、1979年にソニーからポータブル・ステレオカセットテーププレーヤーとの組み合わせで、「ウォークマン」として製品化されました。ヘッドホンとしては、ウォークマン付属は「MDR-3L2(ミニプラグ)」、別売ヘッドホンとしては、「MDR-3」「MDR-5」「MDR-7」(すべて標準プラグ)の3機種が商品化されました。

 これらの小型再生機器は、単に人々が音楽を聴く上での利便性が増したという改善にとどまりませんでした。従来の音楽再生というと、居間に置かれた家族のステレオ装置の前で聴くものでしたが、ウォークマン以降は、いつでも、どこでも、だれでも、またお気に入りの曲だけのオリジナルアルバムで楽しめる、そんな「パーソナルオーディオ」のライフスタイルを生み出していくことになります。

投野さんに、ヘッドホンの進化の歴史を大きく分類していただきました

 以降、この潮流は音楽作品を含む音楽文化を変えていくとともに、ヘッドホン自体の多くの進化も牽引してゆきます。リスナーの求める最新の音楽を再生する高音質追求、軽い装着性と携帯性を追求してインイヤー式に至る小型化、好みの装着感を実現する様々な装着スタイルの創意工夫、据え置き機材でなく服飾品として音楽性の求められるデザインの挑戦、交通移動の騒音下でさえも音楽が楽しめるノイズキャンセル機能の高精度化、ワイヤーの行動制約から人々を解放する無線通信技術の開発、立体音響の最新フォーマットの臨場感をヘッドホンで実現するレンダリングシステムの実現・・・、そういった無数の進化によって、今は百花繚乱のヘッドホンオーディオの世界となっています。

 私は、近年のヘッドホンオーディオの進化を振り返ると、それはまるで地球の5億年前、カンブリア紀の生命爆発のようだとさえ思うのです。