小学1年生の夏、ブラウン管(当時の僕の家のテレビは白黒でした)に映し出された不思議な映像に、父が興奮して見入っていた。大きなランドセルのようなものを背負った人がふわふわ歩いているというもので、後にあれがアポロ11号の月面着陸のニュースだったと気がついた次第。普段はジャイアンツ戦にしか興味のなかった父があんなに一生懸命ニュース映像をチェックしていたわけで、当時の日本でアポロ11号がどれほど話題になっていたかがわかるというものだ。

 そんな人類の歴史的偉業を写した映像が実はフェイクだったのでは、という発想から生み出されたのが映画『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』。この都市伝説は昔からあったわけで、映画ファンなら同様のコンセプトで作られた名作『カプリコン1』(1977年)を思い出す人も多いだろう。あちらがサスペンス・アクション作品だったのに対し、『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』はハートウォーミングストーリーとして展開してくところが、時代の変化なのだろうか。

主人公のケリー(スカーレット・ヨハンソン)

 主人公は女性敏腕PRディレクターのケリー(スカーレット・ヨハンソン)で、失敗続きのNASAのイメージを回復すべく、宇宙飛行士たちを使ったタイアップを次々に実現していく。このあたりのイメージ戦略は、1960年代も今と同じだったんだなぁと考えさせられてしまうほどだ。

 そんなケリーに反発しつつも、共にアポロ計画実現のために奔走するのがNASAの発射責任者コール(チャニング・テイタム)だ。元エースパイロットながら、ある事情で宇宙飛行士になれなかった彼は、頑ななまでにピュアな姿勢で計画に取り組んでいく。そんなふたりのやり取りが、ていねいに描かれている。

 主な舞台となるのはフロリダで、打ち上げ基地であるケネディ宇宙センターの内部や謎のスタジオのしつらえ、屋外のビーチの賑いなど、ビジュアル的な見どころも多い。特にサターンVロケットの巨大な勇姿を捉えた夕景は、空のグラデーションの自然さも相まってひじょうに美しい。本作は4.5Kの解像度を持つ、アリAlexa Mini LFで撮影され、4K画質で仕上げられているとのことなので、その情報量が活かされているのだろう。

左端がチャニング・テイタム演じる、NASAの発射責任者コール

 サラウンドはセリフの再現が絶妙で、ニコール・キッドマンやチャニング・テイタムの感情がしっかり伝わってくる。ドルビーアトモス作品とのことだが、移動感を強調した演出ではない(試写は5.1ch上映をチェック)。音楽もタイトルにもなっている有名な楽曲を含め、自然な反響感を持って再現されている。なおロケット発射シーンはさすがの迫力で、ズボンの裾まで振動するほどの低音が楽しめます。

 今年はアポロ11号の月着陸から55年目にあたる。今日ほどコンピューターも発達していなかった時代に(磁気コアメモリーを使っていたとか)これだけの偉業を成し遂げたというだけでも、宇宙好きにとっては感涙もの。テクニカルな部分にあまり深く触れられていないのが残念ではあるけれど、この夏ぜひ見て欲しい快作です。

 蛇足ながら、本作の中ではブラウン管テレビがちょっとだけ重要な役割を果たしています。そこで「最新モデル」として映し出されるのが、ソニーのトリニトロン! ここもぜひ注目して下さい。(取材・文:泉 哲也)

『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』(原題:FLY ME TO THE MOON)
●7月19日(金)より全国の映画館で公開(US公開:2024年7月12日)
●監督:グレッグ・バーランティ(『フリー・ガイ』製作)
●出演:スカーレット・ヨハンソン、チャニング・テイタム、ウディ・ハレルソン