作家・永井荷風による原作をコロナ禍の現代に置き換えて映像化した『つゆのあとさき』が待望の公開を迎えた。およそ100年前に、世間に衝撃を与えた世界観を見事に21世紀の風俗の中に落とし込んだ本作で、まさに体当たりの演技を見せた主演・高橋ユキノに、書面インタビューを行なった。以下に、そのコメントを紹介したい。

――琴音を演じることが決まった時に、琴音について感じたり考えたことがあれば、教えてください。

 決まったよとご連絡をいただいた時には、「わたしが琴音を演じていいんだ」という嬉しさと責任感が込み上げてきて、外にいたにも関わらず涙が止まりませんでした。自分が琴音の人生を演じるとあらば、自分は出来る限りを尽くして琴音の理解者でありたいと思いました。「琴音」という一人の女の子に寄り添えたらと。

――琴音の役作りを行なう際、注意・留意したところがあれば教えてください。

 「琴音」という人物は、壁を作り、相手によって被る仮面を変え、過ごしている女の子でした。映画で描かれる大部分で、彼女は素顔をあらわにしない。20歳の今の彼女の、何層にもフィルターが重なった心の、その核には何があるのかを考えていました。芝居で言えば、彼女の背骨の感じはどうなのか。そのためには彼女の街の見え方をわたしも知ることが大切だと、とにかくたくさん準備しました。

 映画のポスタービジュアルもそうですが、この作品は「街」と「人」が密接に描かれており、渋谷は、彼女にとってのジャングルのようなもので、そこで生き抜く姿を表現したかった。この映画では、琴音を含む映画の登場人物である女の子たちは売春をしてお金を稼いで生活をしていますが、当事者でなくとも、演者として「彼女たちの街の見え方」をどう捉えられるかが大切だと感じていました。今回、この『つゆのあとさき』という作品では社会問題を取り扱った要素がありますが、あくまでその中で生き抜く人間にフォーカスを当てています。

 「パパ活」という言葉は印象としてとても強いですが、ただ人間のお話なんです。パパ活云々で視野を狭めてしまうとイメージでアイコン化された女の子になってしまうと思い、たくさん取材を重ねた上で、それを生業とする「琴音」はどんな人間か、シンプルにそう考えていました。

――琴音は相手(男性)によって、魅せる表情が異なりますが、それはなぜでしょう?

 先ほどお話しさせていただいたことと被りますが、「琴音」という人物は相手によって被る仮面を変え、過ごしている女の子でした。「この人向けにはこのくらい」と相手を見てごく自然に対応を変えていく。一部ダンサーの木村を除いて、どの男性に対しても腹の中は変わらずに対応しています。

――不動産勤めの客とは待ち合わせ時はすごく嫌そうな顔をしています。ホテルに行ってもそうですけど、いざ本番になるとき急に甘えるのはなぜでしょう?

 琴音は本番となったら、相手の需要に対して自分を割り切れてしまう、キャラを変えることができてしまう。生業としてどこかもう慣れきっていて、その時になったらひとまず徹して、躊躇をもたないのだと思います。

――琴音にとって男とは何でしょう? 劇中のセリフによれば、ステイタスではないようです。

 嫌悪する対象でもあり、興味を持つ対象でもあると思います。だからこそ琴音は揺らぎが起きないよう、別の生き物を見つめるような眼差しで男たちを見つめます。

――ダンサーとホテルで過ごす時、とてもうれしそうです。初めて見せるような生き生きとした表情です。なぜでしょう?

 顔がタイプだったからです。普段の客とは違い、女性慣れしている木村に対して、身体の相性も良いと感じていました。本当は、一喜一憂したりいちいち期待したり、心を動かさないほうが結果的に自分がラクという信条のもと動く琴音ですが、この時ばかりは20歳の女の子でした。

――原作でも琴音は中傷を受けています。中傷をすること、されることについて思うことがあれば教えてください。

 私自身が私生活で感じている事としては、SNSに垂れ流れてくる他人のゴシップや中傷のような情報を見かけることが続くと心が塞いでくるんです。一方琴音は、「気味悪い」「迷惑」とは思っているものの、周りの誹謗中傷に対して、大きく動じる姿は描かれていません。それは自分の軸がぶれない様にするため、自分を守るための琴音なりの方法だとも感じられます。だから、周りが言っていることになるべく関心を寄せない。その姿は、簡単に強さだと表現していいものではないように思います。

――ところで琴音はずっとキャンディを舐めています。これには何か意味がありますか。

 琴音が咥えているキャンディについては、撮影中に山嵜監督から突然手渡されたものです。キャンディを舐める姿は、母乳を咥える乳児の状態と類似していて、その心理は安心感を得ているのだと仰っていました。たばこについても、そのような話をどこかで聞いたことがありますね。

――ある意味金づるでしかない男性の中で、前野さん演じる川島には、優しく接します。どういう心境なのでしょうか?

 琴音にとって、川島もほかの男たちと大きく違うところはありませんでした。「こいつ、マジじゃん」くらいのもので。優しさとも捉えられる行動は、異例なケースを面白がった彼女の気まぐれのようなものだと思います。琴音はセックスをしてお金を貰う、その目的であの場にいるわけなので、ぐだぐだとした話を聞くよりも、「やろうか」と自分のペースに持っていこうとしています。

――高橋さん自身、琴音のような環境・状況(行き場がない、お金がないなど)になりそうになったら、どうしますか?

 私自身、ちょうど映画の舞台でもあるコロナ禍、生活に困窮していました。役者をやっておらず、別のお仕事をして働いていたのですがコロナで出勤日数が減り、保証はあれどそれだけでは暮らしていけず、少し落ち着いてきたころに飲食店のアルバイトを始めましたが、トラブルが起き、働いた分の給与が支払われませんでした。さらに、当時住んでいたマンションの隣人の方からベランダに油を撒かれる事件が起きて、管理人さんに相談したもののお隣さんは昔からそういう苦情があるが分譲で部屋を買っている人だから出て行ってもらうなどの措置はできないと。東京に頼れる人もいないし精神的にもやられてしまって、部屋を引き払うことになりました。

 そして実家に戻り、家の仕事を手伝っていました。私の場合「実家」という行き場がありましたが、映画の中で語られるように琴音は家族に縁を切られている。あの時、もし私もそうだったら。どうにか生き抜く術を考えたときに巡り合わせによっては、琴音と同じ道を選んでいた未来もあったのかもしれません。

――終盤でさくらが自宅まで来たとき、ふと見せる表情には、日ごろの琴音とは違った心情を感じました。その時のことで覚えていること、考えていたことがあれば教えてください。

 あのシーンの撮影はたしか最終日で、琴音のアングルはリハ1回、本番1回で撮影しました。リハの際に、自宅からさくらが去っていく瞬間に涙が出てきて。でもあそこではまだ自分の柔らかいところを見せたくない意地があって、その葛藤で、さくらに涙がバレないように、反射的にカーテンを閉めたんです。監督からの動きの指示としては無かった部分なのですが、監督はすぐに「なるほど」と言って深くを聞かずに、本番にもその動作を組み込んでくださいました。いつもと少し違うと感じ取ってくださったのは、そういったちいさな振動があったからかなと思います。

――ラスト、屋上でのシーンでの琴音は、ようやく人間らしい表情をするようになったと感じました。覚えていることがあれば教えてください。

 実はあの屋上のラストシーンは、撮影初日に撮ったものなんです。観る人によっては、あそこで初めてさくらに対する琴音の心情がわかる大切なシーンなので、初日に撮ると分かった時は心臓がぎゅうっとなりました。実際の撮影では、長いこと涙が止まらなくて大変でした。とにかく集中していて思考が働いていなかったので、具体的にあのシーンはこうというものはないのですが、屋上からはいつも歩き回っている街が下に見えて、汚いくせに夕焼けでやたらきれいに見えて憎たらしく思えたのを覚えています。

――今回共演の女子三人組、西野さん、吉田さんの感想があれば教えてください。

 西野さんはさくらのイメージに近い女の子でした。上品な雰囲気を持っているところなんかは特に。普段は、偏食気味な食生活を送るわたしのことを心配していつも「ご飯食べた?」って聞いてくれます(笑)。三重出身でリラックスすると関西弁マックスで喋ってくれるのがとてもかわいい。

 実は吉田さんとは撮影のスケジュール上、ご一緒できる時間が短かったのですが、吉田さん演じる楓には、楓ならではの掴めなさが表れており、お芝居をする中で良い緊張感を貰っていました。

――今後、俳優として目指すところがあれば教えてください。 あるいは演じてみたい役・設定があれば教えてください。

 毎日をちゃんと生きて、人間・高橋としての質量をもっと大きく出来たら、より芝居で見せられる景色が広がると思っていますので、そうなっていけたらと。頑張ります。

――弊社は、名前の通り、自宅でオーディオやホームシアターを楽しむための専門出版社です。高橋さんご自身、オーディオやホームシアターにご興味はありますか? 自宅で聴いてみたい・観てみたい作品はありますか? 日頃どんなジャンルの作品を観たり聴いたりしますか? 可能であれば教えてください。

 とても興味があります。よく昔の作品を借りにレンタルショップへ行くのですが、自宅ではDVDを観る際に、古いプロジェクターを使って壁に投映して鑑賞しています。なるべく映画館で観るときの状況に近づけたくて。音響にはまだあまり拘れてなくて、これから環境をもっと良くできればなと思っています。

 本格的なホームシアターをもし自宅に持てたら観たい作品は、好きな映画である『アデル、ブルーは熱い色』『永遠に僕のもの』『あん』です。よく観るジャンルとしてはヒューマンドラマが多いかなと思います。

映画『つゆのあとさき』

ユーロスペースほか全国順次公開中

<あらすじ>
キャバクラで働いていた琴音(20)は、コロナ禍で店が休業、一緒に住んでいた男に家財を持ち逃げされ、家賃を払えなくなり、行き場を失ってしまう。そんな中、知り合った楓(21)の 紹介で出会い系喫茶に出入りするようになり、男性客とパパ活をすることで日々を切り抜ける生活をしている。客に絡まれたりネット上で中傷をされたりしながらも、逞しく生きている琴音は、あることがきっかけで、同じ出会い系喫茶でパパ活をする大学生のさくら(20)と出会う。生まじめで何事も重く受け止めてしまうさくらと琴音は不思議とウマが合い、友情を深めていくのだった。

体目当ての矢田(42)、IT企業の社長でパトロンでもある清岡(36)、容姿端麗なダンサーの木村(28)ら軽薄な男たちと、生活のため、ホスト通いのため、学費のため、様々な理由でパパ活をする女性達の対比で物語は進んでいく。

<キャスト>
高橋ユキノ 西野凪沙 吉田伶香 渋江譲二 守屋文雄 松嵜翔平 / テイ龍進 前野朋哉

<スタッフ>
原案:永井荷風「つゆのあとさき」
監督:山嵜晋平 脚本:中野太 鈴木理恵 山嵜晋平 製作著作:BBB 配給:BBB 配給協力:インターフィルム 制作:コギトワークス
(C)2024BBB