2022年のモデルチェンジで700 S3シリーズが誕生したとき、Bowers & Wilkins(以下、B&W)のフラッグシップ800 D4シリーズの技術を大胆に投入した音質改善が話題となった。上位モデルとの差が縮まったことで事実上の「750シリーズ」と評価されたことは記憶に新しい。

 その第3世代のラインナップ8機種のなかからフロアー、ブックシェルフ、センター各タイプを代表する3製品にシグネチャー仕様の特別モデルとして702 S3 Signature/705 S3 Signature/HTM71 S3 Signatureが導入された。シグネチャーは仕上げ色の追加など外観の変更だけでなく、内部パーツなどの見直しによる音質改善を実現する例も増えている。メーカーは公言していないが、次のモデルチェンジで導入予定の最新技術の一部を先取りする場合もあり、自ずと注目度が高まる。ちなみに今回のシグネチャーも生産本数を絞る限定モデルではなく、既存の702 S3/705 S3/HTM71 S3も引き続き販売される。

 

Speaker System
Bowers & Wilkins
702 S3 Signature
¥1,438,800(ペア)税込

● 型式:3ウェイ5スピーカー・バスレフ型
● 使用ユニット:25mmドーム型トゥイーター、150mmコーン型ミッドレンジ、165mmコーン型ウーファー×3
● クロスオーバー周波数:350Hz、4kHz
● 出力音圧レベル:90dB/2.83V/m
● インピーダンス:8Ω
● 寸法/質量:W290×H1,138×D410mm/35.3kg

705 S3 Signature
¥719,400(ペア)税込

● 型式:2ウェイ2スピーカー・バスレフ型
● 使用ユニット:25mmドーム型トゥイーター、165mmコーン型ウーファー
● クロスオーバー周波数:4kHz
● 出力音圧レベル:88dB/2.83V/m
● インピーダンス:8Ω
● 寸法/質量:W192×H413×D337mm/10.4kg
● オプション:専用スタンド(FS-700-S3、¥125,400ペア、税込)あり

HTM71 S3 Signature
¥519,200(本)税込

● 型式 : 3ウェイ4スピーカー・バスレフ型
● 使用ユニット : 25mmドーム型トゥイーター、130mmコーン型ミッドレンジ、130mmコーン型ウーファー×2
● クロスオーバー周波数 : 350Hz、4kHz
● 出力音圧レベル : 89dB/2.83V/m
● インピーダンス : 8Ω
● 寸法/質量 : W628×H233×D356mm/18.4kg[共通]
● カラリング : ダトク・グロス、ミッドナイトブルー・メタリック

 

●問合せ先 : デノン・マランツ・D&Mインポートオーディオお客様相談センター ☎︎ 0570(666)112

 

 

オリジナル機から小変更を積み重ね大きな音質改善を目指した

 シグネチャーモデルにオリジナルから加えられた変更箇所は、新色(ミッドナイト・ブルーメタリック/ダトク・グロス)の導入を含め5点ほどで、多くは小変更にとどまるが、音質改善が期待できるリファインも含まれる。具体的に紹介していこう。

 800 D4のシグネチャーモデル同様、トゥイーター前面をカバーするグリルメッシュの開口率を高めたことは言われて初めて気付く程度の控えめな変更だが、高域の抜けが改善するのは明白だ。クロスオーバーネットワークのパーツ変更は主に2つ。ムンドルフ製オイルコンデンサー(Evo Silver - Gold Oil)はワイヤー材を見直した上位グレードに変更、さらにウーファー用ローパスフィルター用のコイルを大型の空芯タイプにすることで低域の質感向上を狙っている。コイルの変更が音質に寄与する割合は高く、測定値にも現れるほどの音圧向上を実現したとのことだ。

 ウーファーとミッドウーファーのダンパーに含浸させる樹脂を変更し、従来よりしなやかな性質にしたことも音質改善に直結する。わずかとはいえダンパーで発生するノイズ成分を減らすことで、透明感の向上が期待できるのだ。さらに入力ターミナルの芯材に用いている真鍮を高純度なものに変更したことも音質改善につながりそうだ。それぞれ単独での改善度は小さいかもしれないが、複数の効果が重なることで最終的な音の変化は大きくなる可能性がある。試聴しながら確認していこう。

 

カーボン振動板によるトゥイーターユニットは、オリジナルモデルと同等。独立した消音器付きハウジングにフローティングマウントされた「トゥイーター・オン・トップ」構造は、B&Wスピーカーの一大特徴だ。グリルは、先にリリースされた最上位800 Series Signature用に開発された開放的なパターンとなっているのが違いだ。ミッドレンジ/ウーファーが搭載されているキャビネットは前面中心に向かって緩やかな曲線がつけられて、不要な音の回折を抑えている。写真は702 S3 Signatureだが、このキャビネット形状は705 S3 Signatureも同様

 

702 S3 Signatureは、165mmコーン型ユニット3基を低域に用いている。本機のベースとなった702 S3から、ダンパーと呼ばれる振動板を支持するユニット内のパーツが変更され、剛性を保ちながら、よりしなやかさが増し、微細ノイズの減少を果たしたという。振動板に採用された3層構造のエアロフォイルや磁気回路などは同等とのこと。なお、本機のミッドレンジおよび702 S3 Signatureのウーファー、HTM71 S3 Signatureのミッドレンジ/ウーファーの各ユニットも新ダンパーが採用されている

 

 

見通しがよく立体的な空間表現と立ち上がり/下がりの正確さが抜群

 今回はステレオ再生とサラウンド再生で環境が異なり、前者はB&Wの輸入元であるD&Mの試聴室、後者は本誌視聴室で行なった。ステレオ再生ではオリジナルモデルと今回のシグネチャーモデルとの比較も行なっている。

 702 S3 Signatureで聴いたラフマニノフの交響曲第2番は低音楽器の音色に混濁がなく、702 S3よりも動きが一段階鮮明になった。特に弱音が続くフレーズで細かく動く一音一音の粒立ちがクリアーになり、アグレシッブな鳴り方に進化したように思う。低音の足取りが重すぎるとテンポ感が伝わりにくくなるのだが、702 S3 Signatureでその不満を感じることはまずないはずだ。

 リッキー・リー・ジョーンズのライヴ音源を702 S3 Signatureで聴くと、ヴォーカルはなめらかで付帯音が乗らず、ギターが刻むコードは低音から高音まで発音タイミングが揃って空気を動かし、ヴォーカルとの一体感が半端ではない。空間情報を忠実に再現する性能にも磨きがかかっているのか、演奏会場の広さまで想像できる自然な距離感を再現。身体を包み込むような臨場感がとても心地よく感じされた。

 レイチェル・ポッジャーの『ゴルトベルク変奏曲 リイマジンド』はヴァイオリンの音域だけでなくコントラバスやファゴットが演奏する低音域の音形がクリアーに浮かび上がり、速いフレーズでも音域が高い楽器と正確に同期して一緒に動く。それが本来の鳴り方なのだが、どうしても低音楽器がワンテンポ遅れて鳴ることが多く、そうしたスピーカーではリズムも重くなりがちだ。702 S3 Signatureは3つのウーファーを搭載するスピーカーとは思えないほど軽快な動きを聴かせるので、実際の演奏では全員のテンポが完全に揃っていることがよくわかる。

 705 S3 Signatureで聴いた『ゴルトベルク〜』は残響時間が長い教会での録音にも関わらず通奏低音の動きが遅れず、見通しの良い音場が広がる。ヴァイオリンや木管楽器の楽器イメージの一つひとつが立体的で、しかも隣り合う楽器の間の空間が感じられるようなセパレーションの良さも確保している。ファゴットとフルートの音色を描き分ける能力がオリジナルモデルを上回っているだけでなく、同じクラスの他のスピーカーと比べても描写の精度が高いと感じた。800 D4シリーズが到達した精緻な描写にはさすがに届かないものの、第2世代の700シリーズとは完全に別物で、本機のオリジナル、ベースモデルである705 S3からも確実な進化を遂げている。

 ヴォーカルに浸透力の強さが感じられるのは、一語一語の発音が明瞭なことと、声の音像をにじみなく再現することに理由がありそうだ。立ち上がりの速さはギターも同じで、音をカットした直後に余分な共振が残らないのでリズムの切れの良さがいっそう際立つ。演奏のリズムとテンポを忠実に伝えるためには、音が立ち上がる瞬間と消える瞬間、どちらも正確に再現する必要がある。その基本的な表現ができていないスピーカーはたくさんあるのだが、B&Wは上位の800 D4シリーズだけでなく、700 S3シリーズでもそこを妥協なく追求、今回のSignatureでは、さらに確実な成果を上げていることがわかる。

 

今回のSignatureシリーズの進化は、①キャビネット仕上げ、②トゥイーターグリル、③ミッドレンジ/ウーファーの新ダンパー、④スピーカー端子素材の高純度化、⑤ネットワーク回路に使われるパーツ変更、に集約されるが、この⑤がもっとも音質への影響が大きい箇所だ。写真は702 S3 Signatureの帯域分割用基板で、上は高域/中域の、下は中域/低域の回路となる。前者は2個のムンドルフ製MCap EVOシルバーゴールドオイル仕様のコンデンサー、後者の大型空芯コイルなど高品位パーツがこれでもかと使われている。なお、帯域分割の周波数や定数などは変わらず、パーツ自体の高品位化を図り、「品位」を高めた格好だ

 

 

発音の速さ、高情報量の進化は音楽だけでなく映画でも活きる

 サラウンド再生はフロントに702 S3 Signature、705 S3 Signatureをリア、HTM71 S3 Signatureをセンターに配置し、サブウーファーとオーバーヘッドスピーカーには視聴室常設機材を加えた5.1.6スピーカー構成で視聴した。

 BD『バッハ300』は2023年のライプツィヒ・バッハ音楽祭をライヴで収録した映像だ。マルクト広場で行なわれた野外コンサートなのでホールトーンは存在せず、エコーを付加して残響感を作り出しているのだが、そこに違和感を覚えないほどすべてのチャンネルが自然につながり、一体感のある空間を再現した。一番の聴きどころは声やソロ楽器の質感の高さで、弱音でも芯がぶれたり痩せることがなく、強弱や表情の変化を自然に聴き取ることができた。

 BD『ニューイヤー・コンサート2024』はステージ上方への余韻の広がりとホール内を前後に動く残響の自然な包囲感をリアルに再現。ヴァイオリンを中心とした弦楽器の瑞々しい音色と切れの良いパーカッションのコントラストが鮮やかで、円を描くようなワルツの躍動感が伝わってくる。

 映画のサラウンド再生でも立ち上がりの速さと音色の正確な再現が聴きどころとなる。米国盤UHDブルーレイ『オッペンハイマー』の音響設計は静と動を鮮やかに対比させる手法が見事で、突如挿入される効果音の衝撃が強い緊張を生む。ここでも発音の速さが鍵を握るが、700 S3 Signatureで組んだシステムがもたらすテンションの高さは圧倒的なものがある。セリフも感情の起伏の強さがダイレクトに伝わり、緊張が緩む隙がない。

 『kuniko plays reich Ⅱ』でSACDのサラウンド再生も確認する。複数パート間の関係を意識的に立体配置した意図が明確に伝わり、音符の長さが少しずつ変化していく様子を精緻に聴き取ることができた。オルガンの音色への演奏家のこだわりが聴き手にもそのまま伝わることにも注目したい。

 今回のように情報量の多いスピーカーでシステムを組むと、音楽と映画どちらも作り手の意図やこだわりを高いレベルで実感できるようになり、ハイファイ再生の奥の深さを思い知らされる。

 

705 S3 Signatureの背面下部にスピーカー端子が配置されている。オリジナルモデルと外観は変わらず、真鍮素材にニッケルメッキを施している点は同等。ただし、真鍮素材のグレードが異なり、不純物が少ない高純度マテリアルを採用している。702 S3 SignatureとHTM71 S3 Signatureも同じ進化を遂げている

 

 

本記事の掲載は『HiVi 2024年夏号』