6月4日発売『ステレオサウンド No.231』の特集は、毎年冬号恒例「ベストバイコンポーネント」で上位に選出された製品の魅力を探る「ベストセラーモデル 選ばれる理由」です。ステレオサウンドオンラインでは、本特集の内容を順次公開してまいります。今回は、B&Wのスピーカーシステム『801D4 Signature』の人気の理由を探求します。(ステレオサウンド編集部)

B&W 801D4 Signature ¥7,700,000(ペア・税抜)
● 型式:3ウェイ4スピーカー・バスレフ型
● 使用ユニット:ウーファー・25cmコーン型×2、ミッドレンジ・15cmコーン型、トゥイーター・2.5cmドーム型
● クロスオーバー周波数:350Hz、4kHz
● 感度:90dB/2.83V/m
● インピーダンス:8Ω
● 寸法/重量:W450×H1,221×D600mm/100.6kg
● 備考:写真の仕上げはミッドナイトブルー・メタリック、他にカリフォルニアバール・グロスあり
● 問合せ先:D&Mお客様相談センター ☎ 0570(666)112
● 発売:2023年

試聴記ステレオサウンド 228号掲載 

 

『ステレオサウンド』試聴室のリファレンスであり続けるB&Wスピーカーの最新進化型

 インターネットの普及・発達にともなって、現代は、その気になれば、どんな人でも膨大な情報にアクセスできるようになった。

 オーディオだって例外ではなく、インターネットリテラシー、検索のテクニック、語学力、そして好奇心のある人々が、私が知らなかったような、オーディオに関する数々の「事実」や、トリヴィアルなまでに面白い話を公開してくれている。当然、メーカーの新製品「情報」も見放題である。こうした「事実」や「情報」は玉石混淆であるとは言っても、私の誤った知識・認識を正してくれることもあって感謝することも多い。

 音質に関しても、「空気録音」という手段により、少なくとも相対的な比較は、インターネット上で楽しめるようになった。それがはたして、そのオーディオ機器の能力や魅力を十全に伝えてくれているかは別だと思うけれども、実際に音を聴くことができるという説得力は大きい。現代とはそうした時代だ。

 『ステレオサウンド』誌は今年で創刊58年目を迎えた。創刊当初から人間の聴感を最優先し、試聴方法に関してもさまざまな試行錯誤を繰り返しながら、製品試聴におけるセッティングメソッドを磨いてきた。それが本誌の最大の特色のひとつであり強みだと私は思っている。さまざまな機器に対応する試聴体制・メソッドがこれだけ整っている場所は、世界的にも珍しいのではないかと思う。

 聴感を最優先するのは当たり前じゃないかと思う人もたくさんおられようが、創刊当初は(たぶん、いまでも)それは当たり前のことではなかった。オーディオ機器は科学技術の産物であり、物理の法則に則って働いているのは事実だから、物理特性の向上、現代ならばあるべき動作を得るためのコンピューターシミュレーションとその実現を優先する人々が存在する。それが無意味だと私は言わない。なぜなら、物理特性の測定やシミュレーション技術の向上は、確実な音質向上に結びついていることがあるからだ。逆に言えば、聴感に結びつかない測定や特性向上は無意味ということにもなるのだけれど。

 セッティングメソッドと言っても、特別なことをやっているわけではない。使いこなしとはつまるところ「置き方」と「電源の取り方」と「ワイアリング」の3項目しかなく、それらを丁寧にチェックしているだけだ。だから、本誌試聴室以外で試聴するときも、その3項目をチェックし、ルームアコースティックの概要(そして自分の体調)さえ把握できれば、仕事はできる。

 使いこなしというと、特別な何かを使うことや、どこかを特別な何かに交換することだと思っている方もいらっしゃるが、『ステレオサウンド』誌の試聴では特別なものは何も使わない。少なくとも私が考える試聴とは、主観的ないい音を目指すものではなく、可能な限り客観的で公平なジャッジをすることが目的である。

 そのために必要なのは、セッティングメソッドと並び、リファレンスとなる、信頼できるオーディオ機器だ。とりわけスピーカーシステムの選択は重要である。そんな大役を本誌試聴室で長年務めてきたのが、英国B&W社の歴代フラグシップスピーカー。なぜなら、それらのスピーカーは、時代時代のもっとも信頼が置けるモデルだからである。

 B&Wのスピーカーよりも、(主観的に)楽しい音、面白い音、あるいは魅力的な音がするモデルは、どの時代にも存在しただろう。いや、誰かの主観という点では、B&Wのスピーカーで音楽を聴くのがもっとも楽しいとだって言える。だけれども、客観性という意味において、B&Wの右に出るスピーカーメーカーを私は思いつくことができない。B&Wが本誌の不動のリファレンスの地位にあり続けているのは、優れた客観性を備えているからだと思う。

 本誌に掲載された夥しい試聴記の多くは、B&Wのスピーカーシステムを使って生み出されてきたものだ。真摯なセッティングをともなって得られた、現在進行形の歴史の積み重ねは本誌だけのものであり、それは続けていく価値があろう。インターネット時代においても、活字と写真によってのみ伝えられるオーディオの魅力が必ずあるはずなのだ。

 

現行機「801D4」の特別仕様として2023年6月に登場したのが「801D4 Signature」。2種類の外装仕上げ(写真はカリフォルニアバール・グロス)が用意された他、各部に少なからぬ改良が施されている。その一例が、新デザインが採用されたトゥイーターのグリルメッシュだ。網目の開口が大きく、交差する部分が円形となった。トゥイーター本体に変更がないにも関わらず、この改良により、18kHz~30kHzの帯域で2デシベルほど音圧が高まったという。また、ウーファー用エンクロージュア上部(ミッドレンジ・ユニットを搭載するタービンヘッドを支える部分)の大型アルミニウム製プレートは、共振周波数をコントロールする目的で孔が10ヵ所も開けられ、その上にかぶせられるコノリーレザーを貼ったカラー(襟)は内側に特別なダンピング素材が配されている。

 

「801D4」と「801D4 Signature」で共通のミッドレンジ。黄色のケブラーに替わって、「800D3」(802~805が2015年、800が2016年の発表)で開発・搭載された銀色のコンティニュアム・コーンを引き続き採用しているが、振動系には大幅なメスが入った。中でもトピックとなったのが、バイオミメティック・サスペンション(BMS)と名付けられたダンパーだ。開発に8年を要したというこの新型ダンパーは、初動感度が高く、振幅時の不要な空気圧やノイズ(動作音)の低減など、ミッドレンジのパフォーマンス向上に大きく寄与しているという。

 

2基搭載されるウーファーは、「801D4」と「801D4 Signature」では構造的にはほとんど変更が見られないものの、2基のネオジム磁石で構成される磁気回路のトッププレートとミドルプレートに使われる鋼材(鉄素材)が異なっており、Signatureが採用する鋼材はヒステリシス特性の向上と渦電流の低減を実現したものという。なお、シンタクティックフォームの表裏にカーボンファイバーを貼り、独自形状に成型するエアロフォイル・コーンは、「800D3」から引き続き採用されているが、センターキャップは廃止され、D4で開発されたアンチレゾナンスプラグを搭載する。また、「800D3」ではダブル仕様であったダンパーはシングル構造となっている。

 

 

他メーカーとは異なるB&Wの“特殊性”

 本誌のリファレンススピーカーは、黎明期にはその都度、聴き手・書き手の聴き慣れたシステムを各種使っていたようだ。その後、ざっくりとした印象で書くと、アルテックA7がリファレンスとして登場することが増え、そこにブックシェルフ型スピーカーも併用されていた。1970年代中期になると、だんだんとアメリカのJBLのスタジオモニターシステムを使う機会が増えてくる。同時に、イギリスのBBCモニターの系譜を引くシステムの使用例も見られる。

 モニタースピーカー、すなわちプロフェッショナル用途に作られたオーディオ機器が、コンシューマー機よりも、音楽再生システムとして必ずしも優れているわけではないが、それらには最新の技術が真っ先に投入されることが多く、ワイドレンジ、低歪み、そしてタフネスを実現していたのだから、試聴のリファレンス機器という目的には適切であった。特にJBLのスタジオモニターは、ワイドレンジおよびタフネスという点では、当時、群を抜いており、以後長年にわたり本誌のリファレンスとして活躍する。現在でもスタジオモニターではないが、JBLのスピーカー(プロジェクトK2 S9900)は本誌リファレンス機器の一翼を担っている。

 いっぽうのBBCモニター系は、ワイドレンジではあるけれども、パワーハンドリングの点では(JBLほど)タフではなく、それはイギリスの録音制作側も含めたオーディオ界に、より優れたスピーカーシステムの開発を促すこととなった。結果、アメリカとは異なるアプローチで、ワイドレンジ、低歪み、パワフルなスピーカーシステムが誕生することになり、それらの新しいシステムはヨーロッパでレコーディングモニター等として続々と採用されていくことになる。その代表格がB&Wの800シリーズだった。

 デジタル時代に入り、ダイナミックレンジが数値上の拡大を果たし、適切なレベル下での歪みが低減するようになると、ワイドレンジ・低歪み・タフネスに加え、全帯域にわたる質感とスピードの一致・連続性や、高いS/Nなどがいっそう求められるようになった。それらを実現すべく、B&Wは他社の追随を許さないほどの、スピーカーに関する高度な技術開発を進めていった。

 コンピューターをいち早く活用し、振動板の微視的な振る舞いを解析したり、各ユニットのタイミングを揃えるため、帯域毎にキャビネットを独立させたり、バッフル面積を最小限に止めることで音の広がりをスムーズにしたり、エンクロージュア内の定在波を効率的に抑制し強度を高める新構造を採用するなど、いずれも最終的な音質、つまりは聴感に寄与する効果的な技術を次々に開発していった。振動板素材に対する研究も熱心で、新素材の採用も積極的に行なった。

 いま述べたような技術開発は、実は他社でも進められていたことではある。特に日本メーカーは一時期は最先端を走っており、例えば振動板素材などではダイアモンドを含む、さまざまな材料が実用化されていた。そしてそれは新製品発表のたびに目まぐるしい変化を繰り返していた。20世紀の話である。しかし、それらのメーカーとB&Wでは大きな違いがあった。それは何か。

 ひとつは新技術を実際の製品に適切に反映し、確実な高音質に結びつけるアプリケーションの手腕。もうひとつは、研究開発の持続性。このふたつが決定的に違うと私は思う。いくら素晴らしい技術でも現実にアダプトできないと良き音楽再生には寄与しないし、そのためにはこれだと決めた新技術は、継続してアップデートしていく必要がある。B&Wの製品は確かに最先端を走ってはいるが、新技術の搭載を目的化していないのだ。さらに持続・継続することは、ノウハウの蓄積となり、言わば集合知となる。そのことによってさらなるレベルアップが起きる。

 B&Wは、多くのハイエンドブランドとは異なり、設計者個人の思想や再生音楽観が色濃く反映されていると感じさせることはほとんどない。同社は1966年の創立だから、現在まで設計陣は幾度かの代替わりをしているのだけれど、製品のコンセプトにしてもサウンドにしても、連綿と続く一貫性がある。技術と思想が世代を超えて踏襲され、しかも結果としてのサウンドは常に水準を超えているのだ。そんなスピーカーメーカーが他にあるだろうか。先にB&Wのスピーカーには優れた客観性があると書いたが、その理由はこのような集合知の産物であるからとしても間違いではないように思う。

 誤解して欲しくないのは、私は個人的工房のようなハイエンドプロダクツと、B&Wのような物作りの優劣を論じているのではない。主観的に楽しい音は往々にして、前者のような開発から生まれるものだし、何をよしとするのかは、人それぞれなのだから。

 (比較論は好まないと別項で書いていながら、ここでそれを展開したのは、B&Wの“特殊性”を説明するのに他に手段がなかったからで、どうかご理解いただきたい)

 

801D4 ¥6,400,000(ペア・税抜)
※グロス・ブラック仕上げ以外は620万円(ペア・税抜)

2021年に刷新された800シリーズ・ダイアモンドの発表時の最上位機で、2.5cm口径ダイアモンド・トゥイーター、15cm口径コーン型ミッドレンジ、25cm口径コーン型ウーファー×2という3ウェイ4スピーカー構成を採用し、エンクロージュア底面にバスレフポートを装備するなど、800シリーズ最上位機が備えてきた基本的なシステム構成を踏襲する現行機である。「801D4 Signature」が発表されるまでの約2年間、ステレオサウンド試聴室のリファレンス・スピーカーとして活躍した。

 

 

頼れる物差しとして試聴室リファレンス機のファーストコールとなったシグネチュア800

 『ステレオサウンド』誌が、B&Wのスピーカーをリファレンスに採用したのは、1985年の76号、801Fが最初だったと思う。そのときはJBL4344と併用する形での登場だった。レコーディング現場でのB&Wの高評価を受けての起用だったのではないかと推察するが、当時私はまだ編集部に入っていないので真相はわからない。その後徐々にB&Wのスピーカーの使用率が上がり、マトリクス801S3(1992年発表)は、常設されていたと記憶する。

 1995年、世界を驚かせるスピーカーシステムが同社から発売される(発表はʼ93年)。「ノーチラス」の登場だ。各スピーカーユニットの後ろ側にニョキッと突き出したツノ(ウーファー用のそれは巻貝のように丸められていた)を持つノーチラスのフォルムは前例のないもので、回折・反射の悪影響を極限まで減らすなど、技術的にも画期的な内容を誇るものだった。ツノの役割も詳細な説明があったが、それをそのまま本誌の記事にしても難しすぎると思った私は、簡単にその役割を言い表わす言葉はないものかと頭を捻った。

 本文は傅信幸さんにお願いしたから安心だったが、編集担当の私は写真キャプションで説明するためのいい言葉を考えなくてはならず、辿り着いたのが「消音機構」という言い方だった。それが技術的に完全に正しいかどうかは別として、役割としてはこれで伝わりそうだ。言葉を思いついた私は、輸入元の担当のSさんに、言い方として間違っていないか問い合せた。Sさんに「それでいいですよ」とおっしゃっていただいたとき、なんだかやけに嬉しかったことを憶えている。

 ノーチラスは4ウェイのマルチアンプ駆動専用モデルという特別なシステムで、取扱いにも繊細さが要求されるため、本誌のリファレンススピーカーには適さないものだったが、その技術を踏襲したノーチラス801が1998年に登場する。

 ノーチラス801は、まさに新時代のモニター/リファレンスシステムと呼ぶべきスピーカーだった。編集長になっていた私は、三浦孝仁さんに執筆を依頼、13ページにおよぶ試聴記は、熱を帯びた素晴らしい仕事だったと思う。例によって詳細を読者にお伝えするために、写真をたくさん撮って、細部までいろいろと確認していたのだが、私が感服したのは、いい意味での「割り切り」が随所に見られたことだった。技術的に譲れないところにはコストをふんだんにかけているが、大勢に影響がなさそうなところは、あっけないほど簡単な作りとなっていた。

 これは決して理想主義的作品ではない。量産することを前提にした工業製品なのだ。そのことに私はシビれた。コストに糸目をつけず理想を追ったオーディオ機器には夢がある。だがB&Wはそうした製品作りは行なわない。それでいて、時代の最先端をいくサウンドが得られているのだから、総合的な意味での技術力の高さに私は目を瞠ったのだった。

 15インチウーファーを搭載したノーチラス801は、前述したタフネス(高いパワーハンドリング)を強く意識したためか、ドライブするのには苦労した。ドライブが難しいスピーカーのほうが試聴テストにはふさわしいという考え方もあるのだけれど、よほど力量のあるアンプでなければウーファーが十全に動いてくれないため、アンプの評価をするには、その点を差し引いて行なう必要があった。

 プロの現場からも一般の市場からもこの低域の問題は指摘されたようで、2001年に登場したシグネチュア800は、ウーファー口径が10インチと二回りほど小さくなり、それをダブルで搭載することでエネルギーと量感を確保した。スリムになったエンクロージュアは音場再現性を著しく高めており、小型化によるS/Nの向上や、新開発ウーファーなど多項目のリファインにより、音数の多さにも瞠目させられたものだ。このモデルは、試聴リファレンススピーカーとしての登板がひじょうに多くなり、本誌の頼れる物差しとして、B&Wがファーストコールになった最初のシステムと言える。

 ただシグネチュア800にも鳴らし難い点があり、それはある帯域でインピーダンスがかなり低下していたことで、音量を欲張らなければ低域を含めよく鳴ってくれたが、ついつい音量を欲張ってしまう(かつての)私の試聴の際には、気絶しそうなアンプがけっこうあった。これは思い出話。

 ダイアモンドトゥイーターをB&Wとして初搭載した800D(2005年)は、確かに高域の質感や伸びに素晴らしさがあったが、同時にロハセルコアを持つサンドイッチコーンを採用した新開発ウーファーなど、同社らしい総合的な改良が施されており、決して新技術だけが突出しない確かな開発姿勢にまたもや感服させられた。インピーダンスの問題も解決されていて、リファレンススピーカーとして盤石なものに仕上げられていた。

 毎度毎度驚いていても芸がないが、2010年発表の800ダイアモンドの音には、ひじょうに驚かされた印象が残っている。外観こそ前作・前々作と大して代り映えがしないのだけれど、各ユニットが軽やかに動き、とにかく音離れの良さが圧倒的で、新時代の再生音を提示してくれたモデルであった。だから個人的には、800ダイアモンドがあれば何も不足がなく、試聴リファレンス機として満足していたのだが、そんなことで許してくれるB&Wではなかった。

 

B&Wのスピーカーがステレオサウンド誌の特集取材でリファレンスとして大々的に使われたのは、76号(1985年秋号)が最初。「801F」にクレルのパワーアンプ「KMA100」を組み合せて、26機種のプリアンプを試聴している。

 

D3以前の800シリーズ最上位機の主な変遷

ステレオサウンド試聴室のリファレンスとなった主なB&Wのスピーカーシステムを並べると、1998年以降の800シリーズの最上位機の変遷と一致する。リファレンス機のひとつとして試聴室に長らく常設されていた「Matrix801 Series3」から大きくフォルムを変え、1998年にデビューを果たしたのが「Nautilus 801」だ。「Nautilus」の消音機構を継承する中域用エンクロージュア、トゥイーター・ハウジング、ティアドロップ形状のエンクロージュアなど、今日の800シリーズの礎となる多くの要素が満載されていた。また、同社初となる38cm口径ウーファーの搭載も話題となった。2001年になるとその上位機として、低域を25cm口径コーン型×2基とした「Nautilus 800」とその豪華版としてエンクロージュアの前面から上部を革貼りとし、側面をタイガーアイ突板の光沢塗装で仕上げた「Signature 800」が登場する。そして、2005年の「800D」で注目されたのは、型番末尾のDが象徴するダイアモンド振動板(2.5cm口径ドーム型)採用トゥイーターの搭載だ。ロハセル(発泡体)の表裏にカーボンファイバー織布を貼った分厚い振動板をウーファーに採用したのも「800D」における見逃せない変更点のひとつであった。2010年の「800 Diamond」(通称D2)ではウーファーの磁気回路(デュアルマグネット化)などを中心に細部のリファインが施され、全体の完成度を高めた。なお、ここで801の型番は一度欠番になり、38cm口径ウーファー搭載機は姿を消す。完成と思われたこのB&Wの最高級ラインが大きな変貌を遂げたのは2016年の「800D3」だ。800シリーズがD3化されたのは2015年だったが、最上位の「800D3」だけは1年後の2016年に登場する(「802D3」は2015年度のステレオサウンドグランプリでゴールデンサウンド賞を獲得し、「800D3」が登場するまでステレオサウンド試聴室のリファレンスを務めた)。エンクロージュアには、曲面部を前方に配したリバースラップと呼ばれる新たなフォルムが与えられ、背面にヒートシンク状の金属を採用して飛躍的に剛性を上げた。ミッドレンジの振動板は銀色のコンティニュアム・コーンとなり、中域用キャビネットもマーラン樹脂製からアルミニウムの一体成型品へと変更。その他にも変更点は枚挙に暇がなく、フルモデルチェンジと言えるほどの進化を遂げている。いずれのモデルも市場で高い人気を集め、ステレオサウンド誌のベストバイコンポーネントで上位入賞を果たしているのは言うまでもない。

 

 

恐ろしいまでのハイレゾリューションサウンドによりオーディオの最先端を更新した800D3。その進化の最前線にいる801D4とシグネチュア

 新しいD3シリーズは、2015年にセカンドモデルの802D3が発表されていて、その時点でも当時最高峰と呼べる凄まじいハイクォリティサウンドを聴かせてくれたのだが、翌年(2016年)登場したフラグシップの800D3は、恐ろしいまでのハイレゾリューションサウンドで、またもやオーディオの最先端を更新した。長年同社のアイコンだった黄色いケブラーコーンから、銀色のコンティニュアム・コーンにミッドレンジユニットが変更されたほか、キャビネットの形状・構造、その他も大きく見直されていた。ウーファーのサンドイッチコーンは、エアロフォイル型と呼ばれる厚みがなだらかに変化する新設計のものとなり、低域の質感向上も著しいものであった。B&Wのフラグシップの新型が出るということは、オーディオの可能性を広げることなのだと私は思ったほどだった。

 いまでも、リファレンス機としての800D3の能力を私は高く買っているのだが、さらに広帯域にわたってレゾリューションを高めた801D4が2021年に登場する。ユニット構成は前作と同じだが、型番は懐かしい801となった。

 音数が多いの少ないのと人は安易に口にするが、音数の多さを判定するには、音数の多い音楽が必要だというのが私の意見だ。すなわち80人なり150人なりで演奏された音楽の優れた録音で、どれだけの音が聴こえるのかが、音数という評価軸では重要だ。小編成ソースでの弱音の再現性・リニアリティもたしかに音数の判定にはなるが、大編成のそれとは、要求される性能は実は異なる。音数の多い再生には、すべてにおいて辻褄があっていることが必要なのだ。

 ここまで述べてきたB&Wの歴代モデルの歴史は、(私が言うところの)音数の拡大の歴史でもある。横道に逸れることなく、言わば正常進化の形で、スピーカーの総合的な性能を向上させてきているB&Wには最大限の敬意を示さざるを得ないだろう。

 その進化の最前線にいるのが801D4だ。D4にはさらに、理想主義的な作品となった特別ヴァージョンの801D4シグネチュアもあり、こちらはリファレンス的でありながら、一種主観的な楽しささえ感じさせてくれ、これも素晴らしい出来栄えである。

 私が長年、ストレスなく試聴が行なえているのは、B&Wのこうした性能の高さがあってこそで、あらためてここで感謝を表したい。

 これまでたびたび表明しているように、私の個人のオーディオと仕事のオーディオはまったく別の問題である。私の部屋の個人的オーディオシステムでは、基本的に製品試聴は行なわないし、私のそこでの判断は個人的な想いがすべてである。もちろん自分の部屋での経験は仕事に反映はされるけれども、そこはリファレンスとはちょっと違う場所なのだ。仕事のオーディオは逆に、できるだけ個人の嗜好を排した評価のため、客観的な性能の高いリファレンスシステムが必要だ。

 測定器など、精密な機器を正確に動作させるには、較正(キャリブレーション)という作業が必須だった。私にとっての試聴も同じで、前記した使いこなしの3項目のチェックなど、較正作業と何ら変らない。リファレンスシステムについても、較正、あるいは補整さえうまくできたと思えば、ある程度なら、どんなスピーカーでも試聴は可能だろう。そして、キャリブレーションが最小限で済む、あるいは必要がないのが、ステレオサウンド試聴室にB&Wの歴代フラグシップモデルがセッティングされている状態なのである。

 本稿では何度も客観的という言葉を使った。でも思い返してみれば、B&Wのスピーカーが奏でる再生音楽に、試聴ということを思わず忘れて、すっかり心を奪われてしまうことが何度も何度もあった。思えばずいぶんと長い時間を、私はB&Wのスピーカーと過ごしてきたのだ。その意味で、同社の歴代フラグシップモデルは、そのときの私の、「もうひとつの愛機」と呼べる存在であるのかもしれない。

805D4 Signature ¥1,680,000(ペア・税抜)
昨年、「801D4 Signature」と同時に登場した現行機「805D4」の特別モデル。トゥイーターのグリルメッシュのほか、コンティニュアム・コーンによるウーファーやネットワーク回路などに改良が施され、Signature機共通の2種類(写真はミッドナイトブルー・メタリック)の外装仕上げをラインナップする。

 

 

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本記事は『ステレオサウンド No.231』
特集「ベストバイコンポーネント注目の製品 選ばれるその理由」より転載