2020年の日本で起きた実話をもとにした作品であるという。「男性関係にだらしなく、働かず、酒浸りで、日常的に怒鳴りつけ、暴力をふるう母親」の許で「体を売って家計を助けること」を命ぜられ、「あげくのはてに薬物依存にもなってしまった」杏という少女の、それでも捨てられなかった一条の希望の光と、諦念の末に訪れてしまった「吹っ切れ」を、観る者が深く感じるための一作といえようか。が、母は決して「将来、この子に売春をさせよう」と思って杏を産んだわけではないだろうし、杏も小さい頃はそれなりに愛されて育ったに違いないのだ。というのは、彼女にはなんともいえない品の良さ、他者を思いやる気持ちがあるからで、生まれてからずっと鬼畜とだけ生活していたら、この感覚は身につかないと思う。それに彼女は、それでも「母」を愛している。それも、この物語のカギだ。

 気鋭の役者である河合優実が、「杏」を、まさに全身全霊で演じている。映画はおそらくアングルに応じて、同じシーンを(カメラが映り込まないように)繰り返し演じるのが常だから、河合優実は相当な覚悟とスタミナの上で「杏」を演じ切ったことになる。杏が更生するための道を開くベテラン刑事(佐藤二朗)や、ふたりをとりあげるジャーナリスト(稲垣吾郎)の存在もストーリーに深みを与え、加えて、2020年春にやってきたコロナ禍がいかに多くのものをズタズタに壊滅させたかということも思い出させる。

 観終わった後、「親切とおせっかいの境目」や、「別の角度から見ると、善にも感じられる“罪”」の存在について考えこまされた。監督・脚本は入江悠。

映画『あんのこと』

6月7日(金)新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほか全国公開

<キャスト>
河合優実 佐藤二朗 稲垣吾郎 河井青葉 広岡由里子 早見あかり

<スタッフ>
監督・脚本:入江悠
製作総指揮:木下直哉 企画:國實瑞惠 エグゼグティブプロデューサー:武部由実子 プロデューサー:谷川由希子 関友彦 座喜味香苗 音楽:安川午朗 音楽プロデューサー:津島玄一 撮影:浦田秀穂 照明:常谷良男 録音:藤丸和徳 編集:佐藤崇 音響効果:大河原将 美術:塩川節子 スタイリスト:田口慧 ヘアメイク:大宅理絵 金田順子 助監督:岡部哲也 キャスティングディレクター:杉野剛 制作担当:安達守 ラインプロデューサー:山田真史 製作:木下グループ 鈍牛倶楽部 制作プロダクション:コギトワークス 配給:キノフィルムズ PG12
(C)2023『あんのこと』製作委員会