6月4日発売『ステレオサウンド No.231』の特集は、毎年冬号恒例「ベストバイコンポーネント」で上位に選出された製品の魅力を探る「ベストセラーモデル 選ばれる理由」です。ステレオサウンドオンラインでは、本特集の内容を順次公開してまいります。今回は、ハーベスのスピーカーシステム『HL-Compact7ES3 XD』の人気の理由を探求します。(ステレオサウンド編集部)

ハーベス HL-Compact7ES3 XD ¥820,000(ペア・税抜)
● 型式:2ウェイ2スピーカー・バスレフ型
● 使用ユニット:ウーファー・20cmコーン型、トゥイーター・2.5cmドーム型
● クロスオーバー周波数:3.3kHz
● 感度:86dB/W/m
● インピーダンス:6Ω
● 寸法/重量:W271×H520×D331mm/13.2kg
● 備考:写真の専用スタンド「HSS7C」(¥72,000 ペア・税抜)は別売
● 問合せ先:サエクコマース(株) ☎ 03(3588)8481
● 発売:2020年

試聴記ステレオサウンド 216号掲載

 

変らぬ魅力を放ち続ける、黄金の中庸。このスピーカーとの暮らしは、末長い幸福をもたらす

 ハーベスのスピーカーシステムは、私の記憶・認識では、その時代時代のオーディオシーンの最先端を走っていたことは一度もない。そのルーツがイギリスBBCの先端的な音響研究技術(放送局のモニタースピーカー開発など)にあったのは周知の通りだが、ハーベスのスピーカーから感知されるのはいつも、技術ではなく心地良さである。

 私が本誌「ベストバイコンポーネント」の選者になったのは2011年のこと。毎回その選考には頭を悩ませるのだけれど、初年度は特に苦労した覚えがある。けれども、ハーベスのHLコンパクト7ES3が含まれているジャンル/価格帯だけは、一片の迷いもなくこのシステムに、最高点である三つ星をつけることができた。すなわち私は、HLコンパクト7ES3に全幅の信頼を置いていたのである。

 同機の発売は2006年。したがって2011年の時点ですでに誕生から5年が経っていたのであるが、その間に登場した数多の新製品に埋もれることなく、変らぬ魅力を放ち続けていたということだ。「置いていた」と過去形なのは、2020年にクロスオーバー等に大きな改良を受けた、XDヴァージョンが登場したからなのだが、現在に至るまで、HLコンパクト7ES3~ES3 XDに、私はベストバイで三つ星を献上し続けている。この十数年、コスト上昇や為替変動によって、価格はずいぶんと上がってしまったから、価格が選考の大きなファクターとなるベストバイでは、ましてや以前の価格を知っている者としては、条件がなかなか厳しくなるわけだけれど、私は変らず最高点を付けている。

 

一頭地を抜くバランスの良さで、もっとも自然なサウンドを再生する。これ以上何を望むのか?

 ハーベスHLコンパクト7ES3(XD)のサウンドの特質を言い表わすのにもっとも適切なフレーズは「黄金の中庸」である(と私は思う)。何か取り立てて傑出・突出しているところはないものの、音楽を快適に適正に再生する上で必要な項目をバランスよく備えているのだ。このバランスの良さは、他の数々の素晴らしい(より高価な)スピーカーシステムと比べても一頭地を抜いている。そしてXDモデルとなって、バランスの良さはそのままに透明感が上がった。

 私は、最高の褒め言葉として「普通の音」や「妥当な質感」を使うことがあるのだけれど、本機ほど、この言葉を肯定的に使えるスピーカーも他にはないように思える。楽音の音色の描き分けにしても、これ以上何を望むのかと言いたくなる。声というものは、楽器というものは、オーケストラというものは、あのようなサウンドで鳴るからである。

 もちろん、本機より周波数的にも音圧的にもワイドレンジなスピーカーはたくさんある。音場がもっと広大に広がるモデル、超低域から超高域までスカッと伸びたシステム、音像がより実在感あふれて現出するスピーカーは他にある。また、私は本機の音色が、あらゆる現代スピーカーシステムの中でもっとも自然だと感じるが、そうではない人もいらっしゃるはずだ。あれもそれもわかった上で、やはり私は、本機のサウンドはど真ん中を行っていると思う。

 ハーベスのスピーカーからイメージされるのは、どちらかと言えば穏当な、保守的なサウンドということになるのかもしれない。それはある意味、本当のことだ。家庭にふさわしい、耳に優しい、人間に寄り添ったサウンドをハーベスは再生する。だからその点等で物足りないと言う意見も頷ける。だが、ハーベスの魅力はそれだけではない。

 

2020年発売のHL-Compact7ES3 XDは、1988年に登場した初代機から改良を重ね、現在まで連綿と続くHL Compactシリーズの最新モデル。「XDヴァージョン」では、ドライバーユニット間のつながりをよりスムーズにするために、新設計のクロスオーバーネットワーク回路を採用。「RADIAL2」振動板を用いたウーファーにも改良が施された。

 

スピーカーターミナルはシングルワイアリング専用。エンクロージュアは、剛性追求一辺倒ではなく、ビチューメンシートを貼るなどして、木質の響きを活かしたチューニングが施されている。

 

 

暴力的なまでに激しく、そして悪魔的に甘美。穏当さにとどまらない恐るべきポテンシャル

 1989年の春、ステレオサウンド編集部に潜り込んで半年も経たない私は、朝沼予史宏さんや早瀬文雄さんや傅信幸さんと夜な夜な遅くまで試聴室に籠もって小型スピーカーを試聴していた(91号)。その数49モデル。正確には覚えていないけれど、一通りの試聴に3日間、その後、各先生が印象の良かったスピーカーを選んで組合せを作る(計24システム)試聴に3日間、連日10時間を超えて聴きまくっていた。バブルに沸く六本木の喧騒をよそに、ビルの一室に籠もって何をしていたのだろうかと今では思うが、楽しかったのだから仕方がない。その時の本では、第一特集がコンプレッションドライバー+ホーンを中心とした大型システムを聴いていて、どちらの記事にも関わっていた私は完全にキャパオーバー、半ベソで夜明けを迎えていたことも妙に懐かしい。話が逸れた。

 小型スピーカー試聴で朝沼さんが選ばれたスピーカーの中に、本機のルーツであるHLコンパクトがあった。そして深夜の六本木で朝沼さんが鳴らしたハーベスは、それはもう暴力的なまでに激しく、悪魔的に甘美なサウンドだった。クナッパーツブッシュのワーグナーの巨大なうねりが、あの小さなスピーカーから湧き出してくるのを、驚異の眼差しで見ていたことを鮮明に思い出す。使い手によってスピーカーが変貌する、あれは最高の証拠の一つだった。あの経験があって、私はオーディオは使い方次第であることを確信し、音は人なりであることも知った。穏当と思っていたハーベスは、それだけにとどまらない、恐るべきポテンシャルを秘めていることも知った。

 

デモーニッシュな能力と、存分に音楽を楽しませ適切に鳴らし分ける懐の深さ

 まだある。実は私はHLコンパクト7ES3を自宅で愛用している。残念ながらXDヴァージョンではないし、今は居間で使っているのだけれど、かつて私の部屋で鳴らしていた時に、クラシック音楽やヴォーカルはもちろん素晴らしかったが、マイルス・デイヴィスやカウント・ベイシーやジョン・コルトレーンがバリバリ鳴るさまに、たいそう驚いたことがある。このときもハーベスの凄さに私は唸らされたのだった。

 ではなぜメインのシステムにお前は使っていないのかと思われる方もおられるかもしれない。それにはいくつかの理由があるのだが、ひとつは以前ほどではないが、私は時折、常識外れの大音量で音楽を聴きたくなることがあって、そういう時はさすがにハーベスでは厳しいものがあること、50ヘルツ以下の超低域も私は(大音量で)再生したいこと、そして、比較的簡単に素晴らしい音で鳴ってしまうことが主な理由だ。最後の理由は倒錯的であり、むしろ美点であるのだけれど、一部のオーディオマニアの方には共感していただけるのではないかと思う。

 私が長年、ハーベスのHLコンパクト7ES3およびXDに最高の評価をしてきた理由はおおよそ以上のようなものだ。黄金の中庸に秘められたデモーニッシュな能力、そして決して高価なセパレートアンプを組み合せなくとも、存分に音楽を楽しませ適切に鳴らし分ける懐の深さも素晴らしい。さらに言えば、特別な突出感がないことは、長く付き合うには格好の性質になり得るし、それでいて既述のような能力もあるとなれば、ベストバイに推さないわけにはいかないではないか。

 ハーベスは古びない。このスピーカーと暮らす音楽/オーディオライフは、末長い幸福をもたらすのだ。

 

ハーベス XDシリーズの兄弟機

HL-P3ESR XD ¥580,000(ペア・税抜)

Super HL5 Plus XD ¥1,100,000(ペア・税抜)

HL-P3ESR XDは、1.9cm口径のアルミ・ドーム型トゥイーターと、11cm口径のコーン型ウーファーを搭載する2ウェイ密閉型。Super HL5 Plus XDは、2cm口径のチタン・ドーム型スーパートゥイーター、2.5cm口径のアルミ・ドーム型トゥイーター、20cm口径のコーン型ウーファーから構成される3ウェイバスレフ型である。どちらもクロスオーバーネットワークを中心に改良が加えられたことで「XD」へとモデルチェンジを果たした。いずれのモデルも、イギリス国内にあるハーベスの自社工場で、手作業で作られているということも特筆に値する。

 

 

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本記事は『ステレオサウンド No.231』
特集「ベストバイコンポーネント注目の製品 選ばれるその理由」より転載