6月4日発売『ステレオサウンド No.231』の特集は、毎年冬号恒例「ベストバイコンポーネント」で上位に選出された製品の魅力を探る「ベストセラーモデル 選ばれる理由」です。ステレオサウンドオンラインでは、本特集の内容を順次公開してまいります。今回は、マジコのスピーカーシステム『S3 Mk3』の人気の理由を探求します。(ステレオサウンド編集部)

マジコ S3 Mk3 ¥8,400,000(ペア・税抜)
● 型式:3ウェイ4スピーカー・密閉型
● 使用ユニット:ウーファー・23cmコーン型×2、ミッドレンジ・13cmコーン型、トゥイーター・2.8cmドーム型
● 感度:88dB/W/m
● インピーダンス:4Ω
●寸法/重量:W434×H1,115×D449mm(アウトリガー含む)/101kg
● 備考:写真の価格・仕上げは、Softec仕上げのコバルトブルー、他に各種あり
● 問合せ先:(株)エレクトリ ☎ 03(5419)1594
● 発売:2023年
● 試聴記掲載:229号(電子版あり)

 

マジコでしか得られない極上の音。視覚的な音が心地よい

 マジコのスピーカーシステムを愛用するようになり、かれこれ10年以上が経過している。それまでのクレルLAT1000から、私はマジコのQ3にしたのである。そしてM3の登場を契機に、Q3から換えている。M3の導入は確か2016年だったから、私はおおよそ8年にわたってM3の音を聴いている勘定になる。飽きることも特に不満を憶えることもなく、私はマジコのスピーカーが奏でる音楽を自宅で愉しんでいる。

 マジコを主宰するアロン・ウルフ氏と初めて会ったのは、2005年の1月だったと思う。コンシューマーエレクトロニクスショウ(CES)のために訪れた米国ラスヴェガスで、私はマジコのデビュー作であるMINIに遭遇した。積層合板を何枚も重ねて造られたエンクロージュアがアルミニウム製フロントバッフルを支えている、密閉型の2ウェイ機だった。低音域の明瞭さは驚くほどで、全域で解像感の高さを意識させる新鮮な音が印象的だった。私はMINIが鳴るブースを毎日のように訪れ、設計者のアロン・ウルフ氏と言葉を交わした。ショウの最終日に、彼は日本の輸入元ができたことを教えてくれた。

 積層合板を重ねたエンクロージュアから金属製エンクロージュアに転じたのは、2011年のQシリーズ(Q5)から。当時LAT1000を鳴らしていた私は、ほぼ同格のQ3が提示する音に無性に惹かれた。共にアルミニウム合金製の筐体を纏っており、エンクロージュアの響きや共振を徹底して抑えた設計である。相違点を単純化すると、バスレフレックス型か密閉型かになる。マジコのQ3は低音域がやや慎ましいけれども、その明瞭さに関しては抜群だった。Q3を迎え入れた私は、それから至福の時を過ごした。

進化を続けるマジコの技術は、シリーズを超えてニューモデルに継承されていく

 現在のM3はQ3からの進化形である。後述する技術革新に加えて、わずかにラウンドさせたエンクロージュアには側板に発泡樹脂とカーボンファイバー織布を組み合せるなどの工夫が凝らされている。スパイクによるリジッドな接地から、緩衝効果のあるMポッドの3点脚部になったことも変化のひとつ。

 設計者のアロン・ウルフ氏は、スピーカーの音質に関わる技術革新に貪欲な人物である。Mシリーズではベリリウム振動板の表面にダイアモンドコーティングを施し、複層振動板には最先端素材のグラフェンを貼っている。それはSシリーズに反映されることになり、Aシリーズでは複層振動板が継承された。クロスオーバー素子に関しても、A5では銅合金製の箔抵抗(独ムンドルフ製)を初めて使うなど、飽くなき音質向上の追求が見られる。

 マジコの最新作は、SシリーズのS3マーク3である。実際にはMシリーズのM7とSシリーズのS5マーク3も新製品なのだが、拙稿の時点では日本に到着していない。ここでは本機を最新作と言わせてもらおう。

 新しいS3マーク3は、輸入元エレクトリのリスニングルームでじっくりと聴いている。私が初めて見たのは、独ミュンヘンのオーディオショウ会場だった。製品に関する技術的な詳細については、同社のピーター・マッケイ氏(クレル出身)と設計者であるアロン・ウルフ氏からうかがっている。

 アルミニウム合金製エンクロージュアは、オリジナル~マーク2の押出製法による筒状の一体成型から、各部をブロック化して組み立てる手法に改められた。輸入元や本国のHPから、同素材のブレーシング(補強)が幾重にも組み合された内部のCGを見ることができるが、かつてのQ3や現行のM3を彷彿とさせる内容であり、充分すぎる堅牢さが得られていると想像できる。エンクロージュアの厚みやブレーシングの箇所などは、社内に新たに導入された3Dレーザー干渉測定システムによって最適解を得たようだ。その結果として、エンクロージュアの静粛性はこれまでより3割も向上したというから凄い。わずかに湾曲が与えられたフロントバッフルは、音の拡散に役立っているはずだ。

 3ウェイ・4ドライバーの構成は変っていない。しかしながら、搭載されているドライバーはすべて新規開発である。ミッドレンジとウーファーは、アルミニウム製ハニカムをコア(核)に、グラフェンを貼ったカーボンファイバー織布の複層構造。そして注目すべきは、新開発のフォーム素材によるサラウンド(エッジ)の採用。軽量さを保ちながら圧倒的な剛性を確保している3基の振動板は、私が使っているM3よりも性能的に上回っているはずだ。ダイアモンドコーティングを施したベリリウム製トゥイーターは、1インチ口径(26ミリ)から28ミリへと拡大されている。いずれのドライバーも、フラグシップのM9で開発された要素技術が惜しげもなく使われているのである。

 S3マーク3のアコースティックデザインでは、計測用マイクロフォンが吊り下げられたスピーカーの周りを回転して音を解析していくという、独クリッペル社のニアフィールドスキャナー(NFS)が使われている。M9を開発するために導入された最新鋭の解析システムであるが、本機を含めてこれからの製品開発に大いに活躍するのは間違いない。

 

本機に搭載されるすべてのユニットは、M9の開発で得られた技術を活かして新開発されたもの。2.8cm口径ドーム型トゥイーターは表面にダイアモンドコーティングを施したベリリウム振動板。13cm口径ミッドレンジの振動板は、表面にグラフェンを貼ったカーボンファイバー織布でアルミハニカムの核(コア)を挟み込んだ複層構造になっている。

 

23cm口径ウーファ―は2基搭載。チタニウム製のボイスコイルボビンの直径は、通常よりも大きい12.7cm。振動板はミッドレンジと同様、アルミニウム製ハニカムのコア材の両面にグラフェン強化カーボンファイバー織布を貼った複層構造。ウーファーとミッドレンジのサラウンド(エッジ)は前モデルのラバー系から変更され、新開発のフォーム材(発泡材)が初採用されている。

 

S3のオリジナルとMk2のエンクロージュアは、押出加工のアルミニウム合金材による円筒型のモノコック構造であったが、本機では厚さ1/2〜2インチという異なる4枚のアルミパネルで構成される構造に変更されている。3Dレーザー干渉測定システムにより、ブレーシング(補強)部分やエンクロージュアの厚みに最適解を求め、約30%の静音化を実現したという。

 

 

現実を見据えてデザインされたS3マーク3。緻密かつ開放的で自然体の音が素晴らしい

 私が鳴らしているM3は、Mシリーズで最初にリリースされたスピーカーだった。続くM6とM2ではカーボンファイバーコンポジットのエンクロージュアが投入され、全高2メートルを超えるフラグシップのM9に至っては、アルミニウム製ハニカムの前後にカーボンファイバーを貼った高剛性の複層構造になっている。得られる音のためであれば、コストを考えることなく新機軸にチャレンジしているのが、マジコのMシリーズである。

 いっぽう、Sシリーズからはコストを勘案したうえで最高の音質を実現しようという姿勢がうかがえる。そうはいっても、原材料や輸送費の値上がりに加えて為替相場の影響を受けることで、最新のS3マーク3はかなり高価なスピーカーになっているが、より現実を見据えてデザインされたことは明らかだ。

 輸入元のリスニングルームでS3マーク3を聴く前日に、私は試聴曲を自宅で鳴らしている。空間を含めた環境がまったく異なるのを承知しながらも、その音の記憶とS3マーク3の音を照らし合せるためである。

 S3マーク3は、鳴りっぷりの良さを前作から引き継いでいるようだ。2基の230ミリ口径ウーファーは音の立ち上がりが素早く、深く沈み込んだ低音も無理なく提示してくる。新しいサラウンド素材は振幅動作に鈍さを感じさせず、ウッドベースとエレクトリックベースの描き分けも実に巧みだ。男女のヴォーカルも声色から表情が容易にうかがい知れるし、音像定位の明確な視覚的な音が心地よい。M3ほどストイックな音には陥らず、緻密でありながら開放的な自然体の音が、S3マーク3の素晴らしいところと感じた次第。マジコでしか得られない、極上の音を奏でている。

 

前モデル

S3 Mk2
前モデルのS3 Mk2は2017年発売(現在は生産完了)。エンクロージュアは、押出加工で作られた、厚さ3/8インチ(9.5mm)のアルミニウム合金によるモノコック構造。垂直方向はシームレスで、天板と底板を加えた3ピースで構成されている。表面にダイアモンドコーティングを施したベリリウム振動板を採用したドーム型トゥイーターは2.5cm口径。ミッドレンジとウーファーの振動板は、コア材に硬質発泡体を採用し、グラフェンとカーボンファイバー織布という異種素材で挟み込んだ複層構造となっている。

 

 

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本記事は『ステレオサウンド No.231』
特集「ベストバイコンポーネント注目の製品 選ばれるその理由」より転載