final(ファイナル)が、イヤホンの音を革新する「自分ダミーヘッドサービス」をスタートしている。“フラッグシップ完全ワイヤレスイヤホンZE8000の全く新しい音楽体験「8K SOUND」を、個人に合わせて最大限に引き出すfinal独自のサービス” で、「ZE8000」の愛用者に対し、測定や試聴を行って “最適化” を実現するという。どんな内容で、どんな効果があるのか、ZE8000の音を高く評価している麻倉さんにサービスを体験していただいた。DAY1、DAY2の2回の測定・試聴の後、3回目のファイナル本社訪問の際に、インタビューをお願いしている。(StereoSoundONLINE編集部)

麻倉 今回は、ファイナルの「自分ダミーヘッドサービス」を体験させていただきました。これは、人気モデルのZE8000を、ユーザーに最適化することでより好みのサウンドに進化させてくれるというものです。

 まず初回は、身体データを測定してもらいました。上半身全体と耳のスキャンで、私自身も初めての経験でした。

 広報を担当している森です。今回は3回に渡っておいでいただき、ありがとうございました。改めて、今回体験いただいた「自分ダミーヘッドサービス」の流れを振り返りますと、今おっしゃっていただいたDAY1は身体形状測定として、「上半身の3Dスキャン」「耳介及び外耳道入口付近の3Dスキャン」「外耳道の音響物理特性の測定」の3つを行いました。

麻倉 3Dスキャンはスイミングキャップを被って、椅子も自動で回転したりして面白かったですよ。

 続いてDAY2は「試聴による音のアライメント」で、弊社が準備した音源をお聴きいただき、麻倉さんが音楽を聴かれる時にどういうところに着目されているかを確認しました。DAY1の際にお預かりしたご愛用のZE8000に個人最適化のデータを適用してありますので、これを使っての試聴となります。

 通常は、この2回を弊社の本社オフィス(JR川崎駅近く)で実施し、その後に個人最適化したZE8000とイヤーピースをお送りして完了になります。

麻倉 2回目の試聴は、音のニュアンスの微妙な違いを聴き比べるという内容でしたが、被験者によって内容が変化するんですね。一緒に自分ダミーヘッドサービスを体験した編集部は4ステップで試聴が終了したのに、私は12ステップと違いがありました。

 DAY2では、選択された内容に応じて試聴のステップ数が変化します。編集部の方はDAY1で測定した身体形状から導き出した最適化がうまくその個人に合致していたので、ステップが少なくて済んだと思われます。DAY2の試聴はユーザーそれぞれが音楽を聴かれる時にどういうところに着目されているかを確認し、その結果に基づいて物理パラメータを微調整しますので、麻倉さんの場合は、それくらい細かな確認が必要だったとお考え下さい。

自分ダミーヘッドサービス」の概要

 「自分ダミーヘッドサービス」は、同社完全ワイヤレスイヤホン「ZE8000」のユーザーを対象にした、音質最適化サービスだ。希望者はファイナル本社まで足を運んで上半身の形状を3Dスキャンを行い、自分ダミーヘッドを形成する(DAY1)。さらに後日改めてファイナル本社に出向き、自分ダミーヘッドから得られたデータを盛り込んだZE8000(事前に愛機を預けて作業をしてもらう)を使って試聴を行う(DAY 2)。この結果を踏まえて個人最適化したZE8000が完成、ユーザーの元に届けられるという。

 以上の過程が必要なため、自分ダミーヘッドサービスは限られた人数ぶんしか作業ができず、現在は事前に応募し、当選した方から順番に対応しているとのことだ(第二回応募は2月5日に終了)。測定から納品までは1ヵ月程度必要で、費用は¥55,000(税込)。

自分ダミーヘッドサービスを完了した「ZE8000」

●自分ダミーヘッドサービスのポイント
1)既存サービスの前方定位とは異なる、音色の個人最適化を実装
2)ZE8000専用アプリ「final CONNECT」が「自分ダミーヘッドサービスカスタマイズver」にアップデート
3)ZE8000MK2専用イヤーピースを元に、加工を施した本サービス専用シリコンイヤーピースを提供
4)筐体に自分ダミーヘッド認証マークをレーザー刻印

麻倉 さて今日は、自分ダミーヘッドサービスについて、さらに詳しくお話をうかがいたいと思っています。

細尾 よろしくお願いいたします。先程麻倉さんの特性データを適用したZE8000をお聴きいただきました。これが、私たちが考える理想の「8K SOUND」になりますが、いかがでしたでしょうか。

麻倉 素晴らしかったですね。まず、音が別物のようにリフレッシュされたというか、新鮮になって、音の伸びが向上しました。中等域に被っていたベールのようなものが剥がれ、見通しがよくなっています。そこに何があるのか、どういう人が歌っているのか、どういう場所なのかといった、音楽を構成する音場、音像、メロディの流れ方とかハーモニーまでよくわかるようになりました。

 試聴ソースには、『ヒラリー・ハーン・プレイズ・バッハ』と、情家みえ『エトレーヌ』から「チーク・トゥ・チーク」を選んでいます。

 ヒラリー・ハーンではヴァイオリンのアーティキュレーションが分かるようになった。オリジナルのZE8000ではこういった部分が若干フワッとした感じでしたが、そこに確固たる信念を持ったビブラートが入ってきた。演奏家の思い、演奏している状態が細かく再現できています。音色的には柔らかい方向から、ちょっとソリッドで、切れ味の鋭い音に変化しています。エッジの立ち方の角度が急峻になったと感じました。

 「チーク・トゥ・チーク」では、低域の弾みが出てくるようになりましたね。音の立ち上がりやキレもいいし、その中にある倍音感、味わいが感じられるようになりました。その後のピアノのエネルギー感、タッチに込めた勢いもいい。音の深みといった “演奏の妙” を楽しめます。

 情家さんのヴォーカルも濃密で、情報量が増えています。歌い出しと、喉の使い方、サステインしていくところなどの時間軸的な情報量もそうだし、その中に入っている音数の多さ、周波数レンジが広いところなども、きちんと再現されています。

 ただ、個人的にはオリジナルのZE8000の音も好きなんですよ(笑)。最適化したZE8000は正確な音を聴かせてくれるんだけど、ちょっとモニター寄りで、長時間聴いていると疲れるかもしれない。音の解析用には最高ですが、ゆったり音楽を聴きたいという使い方にはオリジナルの方が向いている気がします。

 DAY2の試聴の際に、かなりモニター志向、情報量をしっかり聴けるような音源を選んだので、それが私の嗜好だと判断されたのでしょう。その意味では、最適化がきちんと行われている証拠だと思います。

 そういった場合のために、専用アプリから自分ダミーヘッドのオン/オフができるようになっています。その時の気分や使い方に応じて切り替えてください。

「DAY1」では、装着者の身体特性を3Dスキャン

 自分ダミーヘッドサービスはDAY1とDAY2の2回に分けて測定、視聴を行う。初回のDAY1では愛用のZE8000を持ってファイナル本社を訪問し、そこで貴方の上半身の3Dスキャンや外耳道の物理測定、無響室でのチェックを行う。このデータを元に各人に最適化したダミーヘッドデータを算出し、それをZE8000に盛り込むことで最適化を実現するそうだ。

上半身の3Dスキャンは、スイミングキャップを装着して行う。これは髪の毛がスキャン時に邪魔になるためとのこと。スキャンは自動回転式の椅子に座って3回(カメラの高さ違い)行う

ハンディスキャナーで、精密な耳型の測定も行う。もちろん左右の耳それぞれをスキャンしている

細尾 アプリのモードは4種類を準備しています。「OFF」ではオリジナルのZE8000の状態になり、「Reference」が個人最適化の結果を反映させたモードです。「RF None」と「RF +n」はパラメーターを微調整してありますので、音楽のジャンルなどに応じて使い分けていただければと思っています。

麻倉 それはいい。“これが貴方に最適化した8K SOUNDです” と提示されるのもいいんだけど、そこからさらに細かな効果の違いを選べるのも嬉しいですね。

濱崎 毎日使っていただければ、モードもどれかに収斂されていくのではないでしょうか。そのあたりについては、長く使って自分のお気に入りを探していただきたいと思います。

麻倉 さて、これまで個人最適化としてHRTF(頭部伝達関数)を測定するといったサービスはありましたが、音質を最適化しようという発想は初めてだと思います。なぜこんな、誰もやっていないサービスを考えたのでしょう?

濱崎 元々ZE8000で8K SOUNDを作る時から、イヤホンとして突き抜けた製品にするためには音色の個人最適化は必要だろうという発想がありました。現状ではほとんどの方がイヤホンで2ch音源を聴いていますので、その中でファイナルでは、“音色” という要素に特化したサービスを考えたのです。

麻倉 その発想が凄いですね。これまで音色にフォーカスにしたサービスはありませんでした。

濱崎 音色というテーマはとても難しいんです。なぜなら、空間は客観的に表せますが、音色は言葉で簡単に表現できません。しかも一般的なイコライザーでの調整ともまったく違う考え方が必要になります。

麻倉 再生時にイヤホン側で周波数特性などを調整するだけではダメということでしょうか?

濱崎 そもそも人間は、耳だけでなく、体でも音による振動を感じています。生まれてからずっと、さまざまな音をある程度の距離を伴ったところから伝搬する音波として捉えており、それらの音を鼓膜や体で受容することで、“自分なりの聴こえ方” として認識しているのです。

 具体的には、到来する音波への頭や外耳などによる影響が重要です。そして、音の方向知覚には外耳による音波の変化が特に必須な情報です。つまり、HRTFに関連している情報が重要だといえます。こういった身体によって生じる到来する音波への物理的な影響を考慮することで、イヤホンの音を自然な聴こえ方に近づけることができるんじゃないかというのが、自分ダミーヘッドサービスの原点です。

取材に対応いただいた、株式会社ファイナル 代表取締役社長の細尾 満さん(右)と、技術主幹の濱崎公男さん(左)

麻倉 ということは、我々が普段認識している音は上半身などの条件によって聴こえ方が違っている、それくらい個人差があるということですか?

濱崎 鼓膜に到来する音波の物理的な特性には個人差があります。鼓膜から内耳に伝達された音信号から取り出した情報が脳に伝わり、その情報を脳で処理して、音色や音楽を楽しんでいます。その情報に、普段聞いている音との違いが起きると、嫌な音がするとか、分かりにくいといった印象を覚えるのです。

 例えばスピーカーを聴いている時は、自然界にある音と同様に、身体形状の影響が生じますが、ヘッドホン、イヤホンでは身体形状の影響が異なってしまいますので、音楽を楽しむという観点で問題が生じるのだろうと考えています。

麻倉 音を聴く際には、空気を伝わってくることによる感覚、体感も大切ということですね。

濱崎 特に低音については、人は音と一緒に振動を感じています。振動については、今回の自分ダミーヘッドでは解決できていません。将来的に何か違うアプローチが必要になると考えています。

麻倉 自分ダミーヘッドは、ベースとしてHRTFがあって、再生する音にそれを元にした関数を入れ込んでいるといった処理になるのでしょうか?

濱崎 今回は、外部から到来する音波の物理的な変化だけに着目しました。人は普段から、あらゆる音を総合的に聴いています。音を聴くという行為を、物理的な情報だけから理解しようと考えた結果、ある仮説を生み出しました。その仮説に基づいた物理情報のみを、個人最適化のパラメーターとしてイヤホンに適用するという形を取っています。

麻倉 音場については、定位感とか広がりが関連しているので、物理的に解析できるのはわかります。しかし音色は、音場以外にも多くの要素が含まれているので、定量化するのは難しいのではないでしょうか。

濱崎 おっしゃる通りです。そこで今回の自分ダミーヘッドでは、バーチャル音環境を設定しました。色々な環境で音を聴いた時に、個人の鼓膜にどんな情報が届いているかを細かく調査し、この調査に基づいて音情報の変化に対するひとつの考え方(仮説)を見出し、自分ダミーヘッドのバーチャル音環境に投入しています。

麻倉 入ってくるデータから得られる情報というのは、どうやって探っていったのでしょう?

濱崎 物理的にこういう数値が得られるのでないかという仮説を立て、シミュレーションでそれをバーチャルに再現し、思考しています。その結果をイヤホンに入れてみて、そこからさらに検証を繰り返していきました。

「DAY2」の試聴は、ユーザーが音楽のどこに注意しているかを判定する

 DAY2では、ユーザーの身体的特性を盛り込んだZE8000を使って、ファイナルが準備した様々な音源を試聴、どちらが自分の好みかを選んでいく。測定用アプリもファイナルが独自に開発したとかで、選んだ内容に応じて何種類の音源を試聴するかなどが自動的に判断される模様。

試聴中の麻倉さん。音源として色々なジャンルの楽曲やナレーションなどが準備されている

DAY1の測定結果から生成された麻倉さんのダミーヘッドと耳型のデータ。よく見ると、確かに麻倉さんの特長を捉えています

ZE8000MK2の付属品をベースに、自分ダミーヘッドサービス用に改良されたイヤーチップが提供される。サイズはSS/S/M/L/LLの5種類

麻倉 音数が多いとか、少ないかなど細かい項目を分けて、ひとつひとつ検証していったということですか?

濱崎 従来は、各人が音に対してどのように感じるかという主観評価をベースに検討されることが多かったと思いますが、これだと個人毎の音の聴こえ方を解析できないんです。私たちは、その人が聴いている音の状態を物理的に再現してあげれば、脳がその音をきちんと受容してくれるだろうという考え方で進めています。

麻倉 しかし、空間で音を聴いている状態をイヤホンで作ってあげるというのは、言葉でいうほど簡単ではありませんよね。

濱崎 人は音楽を楽しむ際には、再生される空間としての音場や各オブジェクト音の方向、音の高さや大きさ、そして音色を認識しています。そこから、音の高さと大きさ、音の空間印象を除いていくと音色が残るわけです。音の高さや大きさ、音の方向は客観的に評価ができますが、音色はそうはいきません。そこで、ありとあらゆる音を対象にするのではなく、今回は2チャンネルステレオで録音されたコンテンツを聴くという行為に絞って音色を検討しました。

麻倉 なるほど、自然の音の中から音色だけを取り出すこともできるという発想が凄いですね。

濱崎 仮に音の情報が100あったとして、その中で人間が情報として処理できているのは3割くらいです。同じ音源を聴いても人それぞれで感想が違うのは、個人が持っている経験とか、音の聴き方に起因すると考えています。

 そこで自分ダミーヘッドでは、まず物理現象について追求していき、主観評価的な検証は最終段階のみで行なっています。しかも、音の好みではなく、音楽を聴くときにどのようなところに焦点をあてて聴いているかということだけの検証です。

麻倉 今回の仮説では、人が音を聴く時には、耳以外にも身体を伝わって音波が届いており、音色の印象はその届き方や経路に影響されるということでした。でももうひとつ重要な、聴く側の脳の働き、音を聴いてどう感じるかについては何もしていないわけですね。

濱崎 そこについては、自分ダミーヘッドでは何もしていません。ただ、その人が音を聴く時にどんな点に注意しているかは知りたいと思いましたので、そこはDAY2で確認しています。

麻倉 DAY2の試聴にはそんな狙いもあったんですね。先ほど申し上げた通り、私は敢えてモニター的な聴こえ方、はっきりくっきりした再生を選びましたが、最適化されたZE8000もシャキッとした音になっていました。

自分最適化を行ったモデルについては、本体下側に「JDH」(自分・ダミー・ヘッド)の刻印が施される

濱崎 基本的には、DAY1のデータで個人性適用のパラメータはほぼ決まっています。DAY2はそこにちょっとだけ微調整を加えるという形です。

細尾 私もDAY2でモニター的な聴き方で選んでみたところ、分析的な聴こえ方をするようになりました。そこでもう一度、今度はリラックスした気分で選んでみたら、かなりいい感じで楽しめるようになりました。

麻倉 やはりそれくらいの繊細な変化があるんですね。

細尾 先ほど濱崎が、人によって音楽の注意ポイントが違うと申し上げましたが、今回の自分ダミーヘッドを作ってみて、逆にそこが開放されたようにも感じています。

 というのも、私は音楽を聴く時に音色が気になる方で、クラシックの大編成などでは静かなパートと大音量のパートで、音量をころころ変えていたんです。しかし自分ダミーヘッドを適応してからは、それがなくなりました。音量が小さくても明瞭度が上がって、ちゃんと空間を感じるので、気にならなくなったんです。手前味噌かもしれませんが(笑)、完全ワイヤレスイヤホンでオーケストラが楽しめたのは、初めてでした。

麻倉 従来のイヤホンはシャキシャキ系、ドンジャリの音作りがされた製品が多かったので、オリジナルのZE8000を聴いた時も、自然さ、やすらぎを覚えて驚いたんです。

 そして今回自分ダミーヘッドを追加すると、わずかに感じていたヴェールがなくなって、細かい音から強い音まで、すべてが明瞭に再現されてきた。ここは大きな進化でした。ちゃんと空間で音楽を聴いているような環境にしてくれるわけで、自然な音楽鑑賞に近づいた体験ができました。

濱崎 ベースの低音感や解像度も上がって聴こえると思います。これまで渾然としていた低域のところも、ちゃんと低音のグラデーションが聴き取れるのではないでしょうか。

麻倉 確かに分解能が上がっていると感じました。例えばベースなら、周波数特性や時間軸、音階などの音の要素があります。音階もドレミファソラシドの各音のエッジが立ってきているし、倍音成分が豊かに入っていたということが聴き取れました。ピアノも鍵盤を押した時の衝撃と音の消え際といった時間軸的な分解能がいっそうよく伝わってきたのです。

 イヤホンは発音源が鼓膜に近いこともあって、情報の再現という意味では通常のスピーカーよりも有利です。今回の自分ダミーヘッドはそこに落ち着いたニュアンスが加わっているように感じました。

濱崎 自分ダミーヘッドの技術を使えば、イヤホンでも色々な体験を再現できます。今回は音色を忠実に再現することに注力しましたが、空間再現性を向上させることも可能だと考えています。将来的にはその両方を組み合わせて、イヤホンで究極のイマーシブ体験を実現したいですね。

麻倉 今回の自分ダミーヘッドサービスはその第一歩ということですね。

濱崎 まずは音色がきちんと再現できていないといけませんから、ここを仕上げてから空間再現の手法を考えます。最終的にはユーザーの嗜好、好みの音楽ジャンルまで踏まえた再現ができないかと思っています。

インタビューはファイナル本社で行っている。自分ダミーヘッドサービスの測定や試聴もここで行われる

麻倉 さて、ファイナルとしてはZE8000で8K SOUNDを提唱しているわけで、今回はそこに自分ダミーヘッドが加わった。その次はどんな展開をお考えなのでしょう?

細尾 まずは自分ダミーヘッドサービスをもっと手軽に実現したい。現状は上半身や耳型の正確なスキャンが必要なので、お客さんに弊社までおいでいただかなくてはなりませんが、これをスマホのカメラで撮影した画像で処理できないか考えています。巷にはiPhone用のスキャナーアプリも多くありますので、それを活用できないか検証しているところです。それが可能になれば、自分ダミーヘッドサービスを世界中で展開できます。

麻倉 そういえば、ZE8000は海外でも人気だそうですね。

細尾 おかげさまで、特に欧米でご好評いただいています。日本の場合、賛否両論なんですが、欧米では不思議なくらいみんな好意的です。

麻倉 先日発売された「ZE8000 MK2」でも、自分ダミーヘッドサービスを展開していくんでしょうか?

細尾 まだ未定です。この2モデルはハードウェア面で違いがあり、補正用パラメーターが異なりますので、開発には時間がかかりそうです。

麻倉 自分ダミーヘッドは個人カスタマイズ技術で、これまでのオーディオ機器ではこういったアプローチはありませんでした。その意味でもファイナルには、より突っ込んだ取組みを期待したいですね。

細尾 録音状態の悪いソースについて、ZE8000ではなるべくそのまま、余計な補正をしないで再現していました。でも、自分ダミーヘッドを加えるとなぜか荒さが気にならなくなるんです。刺激音が強かったり、ダイナミックレンジが抑制されたりしているようなソースでも聴きやすくなります。理由は分析できていませんが、これも予想外の効果でした。

麻倉 音楽的に強調したい部分やタメなど、これまでなかなか聴こえてこなかった、演奏家が意図している美味しいところが出てきたという感じがしますね。音楽を解釈できる音というか、これまで以上に演奏の本質に到達することができます。そもそもZE8000というイヤホンが、そういう音を再生できる基本的な物理仕様を備えていたというところも、素晴らしい。

細尾 ありがとうございます。最初にも申しあげましたが、ZE8000はもともと自分ダミーヘッドサービスについてある程度の仮説を立てており、それを実現したいと思って開発したという経緯があります。

麻倉 デジタル機器の特徴として、購入後に性能をアップグレードできるというものがあります。しかし音色の進化というものは、これまで基本的にはありませんでした。特に、人の感覚にまで訴えるアプローチは初めてだと思います。

細尾 そこを目指したわけではありませんが、結果としてこのような内容になりました。

濱崎 基本的にはイヤホン、ヘッドホンの問題点を解決していく過程で、自分ダミーヘッドのような対応が求められたということです。そもそもスピーカーは離れた場所にあるのに対し、イヤホン、ヘッドホンは鼓膜のすぐ近くで音を出します。この違いが、音の聴こえ方の差につながっています。

 そこでイヤホン、ヘッドホンの問題点を逆手に取り、スピーカーで問題になる部屋の影響がないという利点を活かす方法を考えました。いくら高級なスピーカーを買ったとしても、ある程度部屋の環境を整えてあげないと実力は発揮できません。しかしイヤホン、ヘッドホンには部屋の影響はありませんから、個人の耳に合わせてあげると、スピーカーを超えるとまでは言えませんが、かなりの高音質で聴くことはできるはずです。

麻倉 そこで音色に着目したのがさすがですね。今後はワイヤレスイヤホンだけじゃなく、有線ヘッドホンでもこの効果を楽しみたいという人も出てくると思います。

細尾 有線イヤホンでも使えるようなアダプターボックスの開発は検討しています。原理的には可能ですが、ZE8000用の測定データがそのまま転用できるかなどは技術的な検証が必要です。

 自分ダミーヘッドサービスもアイデアはだいぶ早くからありましたが、実用レベルに落とし込むのには時間がかかりました。測定用のシステムもすべて自社開発ですので、今回の料金も相当のサービス価格なんですよ(笑)。

麻倉 自分ダミーヘッドサービスの代金はZE8000の本体よりも高いけど、かつてない新提案として、音楽好きならトライしてみる価値はあるでしょう。今日はお時間をいただきありがとうございました。

こんなに聴こえ方が変わるんだ! 改めて最適化した「ZE8000」で、
私の好みにジャストミートしたサウンドを堪能しています (麻倉怜士)

 インタビュー取材の後に、二度目の自分ダミーヘッドの調整をしました。なぜかというと、一回目にやっていただいた時に、ちょっと私が頑張りすぎまして。“仕事モードで俺はもう負けないぞ” みたいな(笑)。

 仕事モードっていうのは、やはりモニターモードになりますから、音楽の内容がすごくくっきりと解像高く聴けるような楽曲を選んだのですね。その結果、最終的に調整されたZE8000で聴けたのは、はっきりくっきりの音でした。

 弁証法的に言うと、完全ワイヤレスイヤホンの世界は、多くの製品が強調感、アーティフィシャルなものでしたが、それを “テーゼ”(命題)とするとZE8000はまさに “アンチテーゼ” です。

 スピーカーで聴くような自然な音の出方、素直な音響感があり、それにはすごく感動しました。ただ、ずっと聴いていると、もう少し細かいところまで聴きたい、ディテイルを知りたいと思うようになりました。

 メガネの解像感を上げる、フォーカスを合わせたくなるといった思いでしょうか。特にそういう思いが、最初の自分ダミーヘッドの試聴(DAY2)の時は、特に強くしていたんです。

 その結果は、もう見事に反映されたというか、モニター的なはっきりくっきりとした音でした。オリジナルと、最適化したZE8000の違いがすごく出てきたのですが、個人的な好みで言うともう少ししなやかさが欲しいなと思うところもありました。今回のインプレッションでも、ちょっと音がきついんじゃないか、みたいなコメントもしていますが、それは私が頑張りすぎた(?)せいだったんですね。

 すると後日、ファイナルさんからもう一度測定をしてみませんかとのお誘いがありました。そこで、2月中旬にDAY2の試聴をやりなおしてみました。今回は私もリラックスモードで、“戦うぞ!” みたいな感じじゃなくて、好きな音を選ぼうという気持ちで臨みました。

 その結果を反映したZE8000を聴きましたが、これが実に素晴らしい! 一回目は “物理的な素晴らしさ” でしたが、今回は違います。オーディオ的にも、私の好みにも、まさにジャストミートした音でした。

 もともとZE8000が持っているナチュラルな雰囲気、自然な音場感や音の出方を持ちながら、細かい部分まで明瞭になりました。オリジナルのZE8000を使っていた時に、もう少しフォーカス感が上がったらいいなと思っていたところが、的確に叶えられ、同時にナチュラルさはそのままキープしている。

 UAレコードの『情家みえ/エトレーヌ』から、冒頭の「チーク・トウ・チーク」を聴きます。

 最初のピアノやドラムスがひじょうに細かやかに登場し、ベースの立ち上がり、下がりが俊敏です。ヴォーカルの音像感が明確になり、まさに彼女が眼前に立って歌っている雰囲気。ボディ感もいいです。発音の明確さ・明晰さも、細かいところまで際立っています。これは弁証法での “止揚”(アウフヘーベン)に当たると思いました。

 使いこなしとして、ZE8000のアプリ「final connect」には、面白い仕掛けがあります。「OFF」はオリジナル音質、「Reference」は自分専用ダミーヘッド、さらに「RF None」「RF +n」という4つのモードが用意されているのです。これは、私の個人データをもとに、味付けとしてもう少し幅を広げてみたモードといいます。

 聴いてみました。「RF None」は低域が充実しています。安定感に優れ、量感も高い。それもタイトな低音でとても質がよい。ただし、私の好みだとちょっと低音が多いかな、みたいな印象がありました。

 「RF +n」は、低音は「Reference」とほぼ変わらずで、中高域がはっきりしてくる。鮮明な音ですね。ただこちらも私の好みからするといまひとつしっくりこないので、やはり自分専用ダミーヘッドとしてアナリーゼされた「Reference」が一番よい(というより『好き』)だと思いました。

 でもこの4モードは有効に活用できそうです。モニター的に分析するには「RF +n」が、低域が少ない音源では「RF None」が、懐かしい音というか、もともとの音が聴きたいという時には「OFF」、自分専用ダミーヘッドとして聴く時は「Reference」……というように適切に使いこなすのも、とても面白いと思いました。これからZE8000 ライフがより楽しくなりそうな予感が強くしております。