CINEMA 30。マランツの一体型AVセンターでは、最高峰のモデルだ。<セパレート型>AVセンターAV10+AMP10の開発で得られた地平を<一体型>で実現すべく、実にさまざまなトライがされた。その詳しくは、後編ページからのインタビューを参照してほしいが、簡単にいうと、音に関するあらゆる部分を刷新したのである。もっとも大きいのは、AV10+AMP10を開発した経験から得られた音質的なノウハウが、そのまま援用されたことだ。それも両機の設計者がCINEMA 30を担当したのだから、技術移転は極めてスムーズだ。
プリアンプで徹底したのが「分離」だ。なぜAVセンターのクォリティは、ピュアオーディオアンプに比べ音の切れが鈍く、もったりしているのか。それは「分離」が徹底しないからだと喝破し、徹底的に対策したのがAV10だ。
CINEMA 30は、完全にそれにならった。DACチップや電子ボリュウムのデバイス内部の回路レベルで、「頻繁に電流が流れているチャンネルの回路」同士を離し、その横に「電流があまり流れないチャンネルの回路」を隣接させることで、互いの干渉を最小限に抑えることに成功した。
パワーアンプは、D級仕様だったAMP10とは違ってAB級で11ch仕様となるが、その要のパワートランジスターを新調し、マランツが欲しい音が得られるようデバイス自体から刷新させた。これら以外にも、ものすごく多くの工夫が成されているが、それは後半のインタビューを読んでいただくことにして、早速、テスト視聴を始めよう。
AV Center
MARANTZ CINEMA 30
¥770,000 税込
●型式 : 13.4ch プロセッシング対応AVセンター
●定格出力 : 140W+140W(8Ω、20Hz〜20kHz、THD0.05%、2ch駆動)
●搭載パワーアンプ数 : 11
●接続端子 : HDMI入力7系統(8K/60p、4K/120p対応)、HDMI出力3系統(eARC対応)、アナログ音声入力8系統(RCA×7、フォノ[MM]×1)、デジタル音声入力5系統(同軸×2、光×2、USB TypeA×1)、13.4chプリ出力1系統(RCA)、LAN1系統、ほか
●寸法/質量 : W442×H189×D457mm/19.4kg
●備考 : 2.4GHz/5GHz無線LAN対応(IEEE802.11 a/b/g/n/ac準拠)、Bluetooth送受信対応(バージョン5.4、SBC対応)
●問合せ先 : デノン・マランツ・D&M インポートオーディオお客様相談センター TEL. 0570(666)112
8K/60p、4K/120p対応のHDMI入出力端子など、豊富なインターフェイスを誇る。2023年登場の9chアンプ内蔵11.4chプロセッシング対応のCINEMA 40からは、FM/AMアンテナ端子が省かれた一方で、プリ出力端子が11.4chから13.4chとなった。背面底面に横一列に配置されているスピーカー端子は接続のしやすさに留意されているが、間隔自体は狭いのでバナナプラグなどを活用したい
ノーブルな印象を与えるマランツの新デザインが採用されている。写真はフロントドアを開けたところ。詳細表示や細かいボタンは必要なときのみドアを開けてアクセスする思想だ
ピュアオーディオとAV。暗黙の壁を打ち破る驚異の音
2チャンネルでのCD再生、マルチチャンネルでのBD、UHDブルーレイ再生と進む。まずはHiVi視聴室のリファレンスSACD/CDプレーヤー・デノンDCD-SX1 LIMITEDで、ポール・マッカートニーのCD『Kisses On The Bottom』から「手紙でも書こう」を、アナログRCA/デジタル同軸で再生し、次にパナソニックDMR-ZR1でHDMI再生した。結論を述べると、CDがここまでのハイレベルな音で聴けることに驚いた。
これまでAVセンターは、本質的には映像付きのマルチチャンネルソースを再生するアンプであり、CDなどの2チャンネル音源は、ピュアオーディオアンプが担うべき……というグレード感、カテゴリー分けが暗黙のうちに、厳然とされていたが、本機はその壁を破った。まさにアイス・ブレーカーだ。
まずDCD-SX1 LIMITEDのアナログRCA再生。透明度が高く、明確な解像感と明瞭な伸びの良さが聴けた。力感もたっぷりだ。オーディオアンプという観点からでも第一級の音だ。余裕感があり、さきほどの話題の「分離」がクリアーなので、個々の音情報がディテイルまで見える。ダイアナ・クラールのピアノは剛性感が充実し、アクセント感がおしゃれだ。センターに浮かぶヴォーカルの表情が丁寧で、ベースの切れもアナログ的な質感だ。
次は本機に内蔵する32ビットDACでアナログ信号に変換する、同軸デジタル接続で聴く。細部までさらに明瞭になり、グラデーションが緻密に、輪郭もしっかりとしてきた。音の質感が洗練され、感情的な情報も増えた。力感のアナログ、上質感のデジタルという違いだ。SACDプレーヤーからのアナログとデジタルのインターフェイスで、音の個性の違いをこれほど描き分けられるとは……。これこそ、CINEMA 30の音性能の高さの象徴だ。どちらも極めてクォリティが高い地平での違いだ。
中央の大型トランスを挟むようにパワーアンプブロックを左右に分離して配置。アンプ基板はチャンネルごとに分割し、写真左には5ch分、右には6ch分をマウントしている。電源トランスはトロイダルコア型を採用。質量は5.8kgにも達する大型タイプだ。一般的なAVセンターでは、EIコア型が使われることが多く、本機の音の大きな特徴となる。単純にトランスの種類だけで音質が決まるわけではないが、ここでの音質の違いが大きいのは間違いなく、入念な検討を経て採用されたという
オーディオメイン基板。DAC基板(後編ページに写真あり)の信号を受けて、内蔵パワーアンプへの信号を受け渡すための鍵となるセクションで、シンプルな信号の流れが追求されている。写真右側の端子は、13.4ch分が用意されるプリアウトで、手前に多数配置された抵抗やコンデンサーに注目。プリ出力に対しても高品位を目指した証である
AV再生で最重要なHDMI接続のサウンドパフォーマンスが傑出
驚いたのがDMR-ZR1からのHDMI再生の素晴らしさ。HDMIの音に感銘を受けたのは、実はこれが2回目の体験だ。最初は我が家にAV10を導入した時、HDMIの音に感銘を受けた。その思いは本誌前号(2024年冬号掲載)にこう書いた。「ところが、AV10のHDMIは次元が違った。喩えていうならば、高級なCDプレーヤーをアナログ接続で、高級なプリアンプで聴いているような高品質の音なのだ。情報量が格段に多く、これまでの系では聞こえていなかった細やかなニュアンスが、明瞭に立ってきた」と。
CINEMA 30でもまったく同じ思いだ。解像度が非常に高く、音の一粒一粒に力が漲り、クリアーでワイドレンジなのだ。生命力と活力のあるヴォーカルとバンド演奏であった。ダイアナ・クラールのアクセント強調も、とても上質だ。もとよりDMR-ZR1もHDMI出力を磨いているが、それにしても、これほどハイクォリティなHDMIの音は、少なくとも一体型AVセンターでは、史上初だと私は聴いた。
CINEMA 30自身が再生機となるHEOS機能を使ってサーバー経由のハイレゾ音源も聴いたが、結論的にいえば、高級なピュアオーディオアンプと<同等>と形容しても過言ではないだろう、と印象を受けた。しかもここが重要なことだが、CINEMA 30は無色透明とまでは言わないが、自らの個性はこうだと強烈に押しつけない音の出し方を提示するのである。本機のような価格のピュアオーディオアンプなら、われわれのブランドはこの音だと、個性を主張するものだが、そんな態度はCINEMA 30は無縁だ。謙虚というか、入力信号を最大限に尊重し、キャラクターを付けずに、コンテンツが持つ質感を素直にリニアに増幅するという方向だ。それはもっとも<ハイファイ>なことではないだろうか。
高品位音楽ストリーミングサービスを含めたデジタルファイル再生を担うのが、HEOSと呼ばれる再生/操作機能だ。写真中央のヒートシンクの下にHEOS処理用の高速チップが実装されている。既存モデルともに最新の画面インターフェイスが採用された最新バージョンとなっている。操作画面の使いやすさが高まったほか、音質自体も絶え間ない向上が図られているようだ。端子側にあるヒートシンクはHDMIのレシーバー/トランスミッター放熱用のものだ
HDAM基板。HDAMとはマランツ独自の高速アンプモジュールで、さまざまな役割を担うキーパーツだ。本機では、HDAM SA2というグレードのモジュールが使われている。1列目/4列目と2列目/3列目をずらした状態で配置している。これは配線ラインができるだけ最短距離となるような工夫で、こうした積み重ねが品位を高めていくのである
感情に溢れたサウンド音響の緻密な臨場感に舌を巻く
次に5.1ch音声収録の音楽ソフトを再生する。ノラ・ジョーンズのロンドンの老舗ジャズクラブ・ロニー・スコッツでのライヴBDだ。画質、音質ともに非常に水準が高いので、リファレンスにしているディスクだ。まず拍手、歓声、空気感などのアンビエンスが実に生々しい、センターに確実に位置するノラ・ジョーンズの歌声が鮮烈で、音像がタイトにして、音の芯に塊感がある。彼女自身のピアノ、ドラムス、ベースというシンプルな編成のうえで、こってりと説得力鋭く迫る歌声は、見渡しの良い音場をたっぷりとした量感で睥睨する。
ヒット曲「ドント・ノー・ホワイ」の歌詞「But you'll be on my mind Forever」と歌う感情の濃さ、鋭い突き上げ感は、耳と体の快感だ。画調の鮮鋭でグロッシー、そして力感に溢れるというキーワードは、そっくりそのまま音調でも同じだ。画質と同質の粘っこい声の質感はまさに画音一致している。ここまでディテイルを再現し、緻密に臨場感を再構成するCINEMA 30の音力には、舌を巻いた。
Auro-3D音声収録の名作、ボブ・ジェームスのUHDブルーレイ『Feel Like Making Live!』。左のキーボード、センターのベース、右のドラムスと音像が安定的に定位し、そこから噴出する音の飛翔力が圧倒的に速い。軽快で俊敏、そしてグロッシーな音の流れが、イマーシブ音場に深く透徹する。その空気感の濃密なこと。本音源は元々の5.1chに、Auro-3Dが開発されたベルギーはギャラクシー・スタジオで、アンビエントを含めて再録音された音源で、ハイトチャンネルを足したイマーシブな全周音場は豊麗で、密度感がたいへん濃い。
CINEMA 30は、この名録音の機微をつぶさに伝えてくれる。フェンダー・ローズの麗しい音色と、即興的なフレーズに立ち昇る都会的な香りが視聴室に充満された。
映画は『ラ・ラ・ランド』の冒頭、LAのフリーウェイでの大合唱のオープニング・ナンバー「Another Day of Sun」。女性の単独歌唱から、歌声の数が増え、遂には大合唱になるという盛り上がり、声の多重感、マッシブな迫力が高い質感を伴なって聴けた。ピアノ、ベース、ソロヴォーカル、パーカッションなど音像が多く、しかも背後で大合唱が歌うという多音像の音源だが、合唱が混濁せずに、クリアーに伸びやかにLAの青空に抜けていく。この闊達な音進行は、映像に見るLAの爽快で眩しい光と呼応する。音像が安定的に定位し、その移動感も鮮やか。
チャプター5の薄暮のロサンゼルス郊外の丘の上のロマンティックシーン、「A Lovely Night」。ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンの親密なヴォーカルが、ニュアンスに富み、生々しい。CINEMA 30はその感情と気分を、高解像度に伝えてくれる。シーンの後半のビックバンドサウンドは弦の躍動的なトレモロ、ベースのピチカートの切れ味、ブラスの豊潤で金属的な感触……と、音像がヴィヴィッドに輝き出し、親愛な雰囲気が横溢する。
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結論。CINEMA 30は、オーディオ的な音性能の高さが、コンテンツが持つ音の魅力を巧みに引き出し、闊達に嬉しく聴かせてくれる、まさにハイファイなAVセンターであることが、2チャンネル音源からイマーシブ音源までの多数のソースによって確認できた。
【後編】はこちら>
本記事の掲載は『HiVi 2024年春号』