鮮度の高いトラックダウンマスターをベースに、音像の光沢感と音場の奥行感が極めて豊かに響く

TM NETWORKの80年代を代表する2タイトルのSACD/CDハイブリッド盤がステレオサウンド社より登場した。作品のSACD化は、小室哲哉らメンバーの関連作を含めても今回が初めて。鮮度の高い「オリジナル・トラックダウンマスターからのマスタリング」がポイントである。

1987年7月発売の『Gift for Fanks』は、ブレイクのきっかけとなった10枚目のシングル「Get Wild」を収録した編集盤。デビューから4年間の軌跡をまとめたセレクション・アルバムという位置付けだ。LPやカセットの併売がないCDのみのリリースで、CDの収録時間を目一杯活かした内容も話題になった。

1988年12月リリースの『CAROL〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』は、6枚目にして全13曲(LPでは2枚組)のコンセプト・アルバム。ロンドン録音で、ミックスをAIRスタジオ出身のスティーヴ・ナイが担当。現地ミュージシャンのほか、同年9月にB’zとしてデビューしたばかりの松本孝弘も参加している。コンセプチュアルに構成されたアルバムである一方、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の主題歌「BEYOND THE TIME(メビウスの宇宙を越えて)」、『ぼくらの七日間戦争』の主題歌「SEVEN DAYS WAR」といったタイアップ曲も収録され、最高傑作の呼び声が高いアルバムである。

冒頭で触れたように、今回のSACD/CDハイブリッド盤の特徴はオリジナル・トラックダウンマスターからマスタリングされていること。アナログテープ録音の作品では、アルバムの収録順に楽曲を並べた「カッティングマスター」をマスターテープとして採用するのが一般的だが、今回は2作ともカッティングマスターよりも1世代若い「オリジナル・トラックダウンマスター」から新たにマスタリングが行なわれている。担当エンジニアは、ステレオサウンド社のSACDなども数多く手がけてきたSony Music Studios Tokyo所属の鈴木浩二氏。

Stereo Sound REFERENCE RECORD
SACD/CDハイブリッド盤『Gift for Fanks/TM NETWORK』

(ソニー・ミュージックレーベルズ/ステレオサウンド SSMS-069(TDGD90059)) ¥5,500 税込

収録曲
1.Get Wild
2.Come on Let's Dance (This is the FANKS DYNA-MIX)
3.Passenger
4.Your Song("D" Mix)
5.Dragon the Festival(Zoo Mix)
6.1/2の助走
7.愛をそのままに
8.Confession ~告白~
9.Rainbow Rainbow(陽気なアインシュタインと80年代モナリザの一夜)
10.1974(16光年の訪問者)
11.8月の長い夜
12.Nervous
13.You can Dance
14.Self Control(方舟に曳かれて)
●マスタリングエンジニア:鈴木浩二(ソニー・ミュージックスタジオ)
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編集盤である『Gift for Fanks』は、楽曲によって録音時期が異なり、デビュー作『RAINBOW RAINBOW』に収録された同名曲や「1/2の助走」とその時点での最新シングル「Get Wild」との間には4年の間隔がある。レコーディング技術や録音フォーマットが目まぐるしく進化した時期であることに加え、シングル・ヴァージョンなどもふんだんに選曲されていることから、スタジオに持ち込まれた10本を超えるトラックダウンマスターはテープ幅やスピード、ノイズリダクションの有無などが楽曲によってまちまちだったという。鈴木エンジニアは「アルバムとしての統一感ではなく、それぞれの楽曲の個性を活かしたい」というステレオサウンド制作陣のリクエストに応え、各楽曲の収録されるトラックダウンマスターの仕様に合わせたセッティングおよびマスタリング作業を行なっている。
スティーヴ・ナイによって2chにミックスされた『CAROL〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』のトラックダウンマスターは4本のテープに収められ、いずれもテープ幅は1/2インチ、テープスピードは76cm/sec、ノイズリダクションは「ドルビーSR(Spectral Recording)」が採用されていたという。こちらもSACD層/CD層ともに音づくり的なイコライジングは一切せず、オリジナル・トラックダウンマスターに収録された音を可能な限り忠実にトランスファーすることを目的とした作業が行なわれている。

今回はソニーSCD-1(SACD/CDプレーヤー)/デノンPMA-SA11(プリメインアンプ)/ハーベスHL-Compact(スピーカー)という自宅システムで2枚のSACD/CDハイブリッド盤を聴いた。それぞれオリジナルリリース当時のCDと聴き比べたのだが、どちらにも共通して言えるのは、音像の光沢感と音場の奥行感が極めて豊かで、時代を超えるような瑞々しさが備わっていること。そしてシンセサイザーの音色など、小室哲哉のサウンドプロダクションへのこだわりが細部まで感じられることだ。

『Gift for Fanks』の1曲目「Get Wild」をSACD層で再生すれば、その意味が分かっていただけると思う。サビのメロディを奏でるシンセのバックで、左右chに緻密にパンニングされたタムの連打がフェードインしてくるイントロ。四つ打ちのキックドラムに絡むシンセベースが、とにかく黒くて艶っぽい。窪田晴男のギターとシンセの高速シークエンスが楽曲のテンションを上げるBメロを経てサビに入ると、ヴォーカルの対旋律のように配置されたタムのフィルが立体的に迫ってくる。個人的にはこのSACD層を聴いていて一番耳を引かれた箇所である。ラストの「Self Control」では、リフを刻むシンセの丸みのある音色とギターのエッジーなカッティングのコントラストが心地よいイントロなど、情報量は多いのにヌケのいい音づくりが楽しめる。

Stereo Sound REFERENCE RECORD
SACD/CDハイブリッド盤『CAROL ~A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991~/TM NETWORK』

(ソニー・ミュージックレーベルズ/ステレオサウンド SSMS-070(TDGD90060)) ¥5,500 税込

収録曲
1.A Day In The Girl's Life(永遠の一瞬)
2.Carol(Carol's Theme I)
3.Chase In Labyrinth(闇のラビリンス)
4.Gia Corm Fillippo Dia(Devil's Carnival)
5.Come On Everybody
6.Beyond The Time(Expanded Version)
7.Seven Days War(Four Pieces Band Mix)
8.You're The Best
9.Winter Comes Around(冬の一日)
10.In The Forest(君の声が聞こえる)
11.Carol(Carol's Theme II)
12.Just One Victory(たったひとつの勝利)
13.Still Love Her(失われた風景)
●マスタリングエンジニア:鈴木浩二(ソニー・ミュージックスタジオ)
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『CAROL〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』のSACD層では、何と言ってもラストの「Still Love Her(失われた風景)」が印象に残る。小室の弾くベーゼンドルファーのピアノの響きとスティーヴ・ホワイトのドラムの小気味よさ、木根のハーモニカをフィーチャーした間奏の叙情性といった聴きどころが渾然一体となり、宇都宮の歌うシンガー・ソングライター的な詩世界を爽やかに彩る。また、従来のCDよりもシンセベースの存在感が強く、帯域バランスの安定性が増したことで、壮大なコンセプト・アルバムの終曲に相応しい格調が備わっている。

ここではSACD層の印象をご紹介したが、CD層でもリマスターの効果は明らか。音量を上げるほどに生々しいサウンドが立ち上がってくる。活動40周年という記念イヤーを迎え、現在も進化を続けるTM NETWORKを語る上で欠かせないこの2作。当時からの“FANKS”だけでなく、新しいリスナーにお楽しみいただきたい。