2023年7月30日に神奈川県の日産スタジアムにて行われた『UVERworld KING’S PARADE 男祭り REBORN at Nissan Stadium』。その模様が2024年2月9日(金)から全国劇場公開となる。
このライブは昨年10月にWOWOWで独占放送されたが、劇場公開は2時間30分におよぶノーカット版で、しかもドルビーアトモスでの上映も行われる(全国25館)。今回、WOWOW辰巳放送センターの試写室で行われた関係者向け試写会に参加してきたので、そのインプレッションをお届けする。
“試写室” といっても、大型スクリーンにドルビーアトモスを含む最新のイマーシブオーディオフォーマットに対応可能な再生設備が整った空間で、ちょっとしたミニシアターくらいのサイズはある。ドルビーアトモス音声のミックスについては、基本となるアトモスホームでの作業はここで、最終仕上げはアトモスシネマ対応の東映スタジオで行ったそうだ。
本作でまず驚いたのが、いわゆるライブ映像としてはオーディエンスの声援や歌声がかなり大きなレベルで入っていること。会場となった日産スタジアムには、ドルビーアトモス収録のためのマイクセッティングが行われたそうだが、なんとオーディエンス用のマイクだけで42本使ったという。『6vs72000』と銘打ったUVERworldとオーディエンスのバトルのようなやりとりが、その場にいるかのような迫力で展開されていたのも納得だ。
とはいえ、オーディエンスの声援が大きいと肝心のUVERworldの演奏がかき消されてしまうのではないか? そんな心配もあるだろう。しかし、ヴォーカルのTAKUYA∞の歌声はもちろん、メンバー5人が演奏するギターやベース、サックス、ドラムスの音はきわめてクリアーに再現されていた。鮮明でしかもエネルギッシュな歌と演奏が目の前で展開し、周囲からは大勢の男たちの暑苦しいほどの声に包まれる。まさに日産スタジアムでの熱狂が甦ったかのようだ。
このエネルギーの塊のようなサウンドは、およそ200トラックにもおよんだという膨大な音素材を使い、ドルビーアトモスのオブジェクトチャンネルにていねいに配置したミキシング作業の賜物だろう。しかも楽曲としてのバランスまで考えていたというから恐れ入る(詳細はコラムを参照)。
耳を聾する大音響と演奏に約7万人の声援という音の洪水が、驚くほどきめ細かく再現されているのは、さすがドルビーアトモス。熱気たっぷりのヴォーカルやバンド演奏は粒立ちがよく、声援や合唱も歪むことなく鮮明に聴き取れる。しかも渾然一体となってスタジアムの熱狂的な空気感までしっかりと再現されているのだ。この生々しいまでの臨場感再現には感服だ!
試写会は90分ほどのダイジェスト版での上映だったが、それでも音量と熱量で、見終わる頃にはくたくたになってしまうほど。これがノーカット版だったら、ライブに参加したかのような充実した疲労感が得られることだろう。実際にライブに参加した人なら当日の興奮が甦るだろうし、参加できなかった人も会場の熱狂をリアルに追体験できるだろう。
音質も相当にハイレベルだし、熱狂度合いと迫力も今までのライブとはケタが違う。ぜひともドルビーアトモス上映館で、『UVERworld KING’S PARADE 男祭り REBORN at Nissan Stadium』の“熱量”を体感して欲しい。
『UVERworldKING’S PARADE 男祭り REBORN atNissan Stadium』の試写会終了後、本作のドルビーアトモス音声のミキシングを担当した、ビクタースタジオ レコーディングエンジニアの八反田亮太さんと、WOWOW 技術センター 制作技術ユニット エンジニアの戸田佳宏さんに、詳しい制作方法や音作りのポイントについてインタビューをお願いした。以下でその様子を紹介したい。
——今日はお時間をいただきありがとうございます。最初に本作でおふたりがどのような作業を担当されたのか教えていただけますか。
戸田 大まかな作業の分担としては、八反田さんがステレオミックスを行い、それを元に僕がドルビーアトモス版を製作したという流れです。八反田さんのステレオ音声は昨年のWOWOWでの放送や、今後発売するパッケージにも収録される予定です。
——今日はドルビーアトモスでの上映でしたが、こういった音楽作品の場合、ドルビーアトモスで会場の雰囲気を忠実に再現するか、サラウンドとしての演出を加えていくかなど、色々なやり方があると思いますが、そのあたりについてはおふたりで相談されたのでしょうか?
八反田 ドルビーアトモスの音作りについては、基本的に戸田さんにお任せしていました。その後の確認の際に、少し話し合ったくらいですね。
戸田 僕はもともとテレビ番組用のサウンドミックスを担当していたので、会場を再現するといった作り方に慣れていました。そこで、まず会場空間をドルビーアトモスで再現するところから始め、それを八反田さんに聴いていただいて、音楽的なこだわりや、音楽作品としてのミックスの完成度を高めていきました。
八反田 戸田さんとは、前回の『UVERworld KING'S PARADE 男祭り FINAL at Tokyo Dome 2019.12.20』のドルビーアトモス音声(劇場公開およびブルーレイに収録)でも一緒にドルビーアトモスのミックス作業をしていますので、事前の話し合いが必要になることもありませんでしたね。
戸田 今回のドルビーアトモス音声では、これだけお客さんが入って、しかも観客は男性だけっていう、あり得ないような環境ですから(笑)、その熱量を何とか表現できないか、追体験してもらうことができないかというところからスタートしています。
鳥居 今日の試写を拝見して、オーディエンスの声をかなり積極的に活かしているなぁと感じました。でありながら、ヴォーカルを始めとする演奏のバランスも絶妙で、これはオーディエンスをプラスワンの演奏者として捉えているのではないかと思ったのですが、ミックスの際にそういった狙いはあったのでしょうか?
八反田 確かにそういう側面もあるんですが、『男祭り』は実際の会場もオーディエンスがうるさいぐらい大きいんですよ(笑)。本当にエネルギーがすごいので、あながちフィクションでもありません。音楽としてのバランスを重視していて、そこをどう聴いてもらいたいかといった理想を突き詰めたような部分はありますね。その意味ではライブとまったく同じ音場というわけではありません。
鳥居 ドルビーアトモスでは、たくさんの音を重ねても分離がいいので、それぞれの要素がちゃんと聴こえるという話を聞いたことがあります。今回のミックスで、そういった点を意識したことはありますか?
八反田 最初に仕上げたステレオと比べると、ドルビーアトモスではかなり方向性が違うバランス、音場になっていると思います。ドルビーアトモスの場合は会場の再現が一番の目標になりますので。それを踏まえて音声を広げていったというイメージです。
音の分離という意味では、使えるスピーカーの数が多いぶん、音数が増えた場合でも、色々な音を同じスピーカーから出す必要がないという状況には、マスキングを避けられるので助けられました。また音情報として、会場ではトラック数が限られますので、シーケンスについてもかなりコンパクトにまとめていますが、ドルビーアトモスのミックスの際には全部バラバラにしています。そこでもトラック数はかなり増えています。
鳥居 今回はオーディオエンス用のマイクも40本以上使っているとのことでしたが、それらの情報はすべて使っているのですか?
戸田 正確には42本です。ステージ周りや2階席、さらに屋根裏のキャットウォークにも取り付けました。現場で収録したものはほぼすべて生かしています。音楽性を表現するところや、臨場感をブラッシュアップさせるために効果があったと考えています。
——日産スタジアムの場合、会場真ん中の天井はありませんが、そういった環境でのハイトやトップスピーカーの使い方で苦労したことはありましたか?
戸田 会場がとにかく広いので、その再現に配慮しました。ドルビーアトモスで再生した場合に空間の広さ、会場の反響具合がちゃんと表現できるようにトップスピーカーを使っています。また高い位置に設置したマイクでは歓声が綺麗に録れていたので、お客さんに包まれる感じ、『男祭り』ならではの会場の一体感を再現しました。
鳥居 ヴォーカルがかなり近い場所で歌っているように感じましたが、聴こえ方としてはアリーナ席をイメージされたのでしょうか?
戸田 アリーナの前側、ダイレクトに声が届く場所をイメージしました。映像作品なので、ヴォーカルが歌っている映像とのバランス、音楽作品としてちゃんと成立する塩梅をとっていったというところでしょうか。
八反田 ドルビーアトモスでは物理的にスピーカーの位置も違うので、定位を変えることができます。そういったところも演出としておいしく使うことができました。
——MCのシーンでのリバーブが結構強めというか、声が広がっていく様子をかなり細かく聴き取ることができました。
戸田 あのシーンではリバーブなどを強調するような処理は行っていません。オーディエンスマイクで拾った音を時間軸で調整し、ほぼそのまま使っています。MCと楽曲でのヴォーカルのリバーブではミックスで差をつけてはいますが、パラメーターとしては同じです。むしろ曲中の方がオーディエンスのレベルを抑えて、ヴォーカルを上げるといった処理をしています。
——今回はMCから切れ間なく曲に入ることも多かったと思いますが、そこの切り替えはどうやっていたのでしょう?
戸田 そこがこの作品の難しいところでした。見る人にも音楽にすっと入ってもらいたい、没入してもらいたいけど、かといって急に空間が狭くなってしまうとイマーシブ感が損なわれてしまうので、会場の広さを感じながらも音楽にフォーカスしてもらえるように工夫しています。
鳥居 所々、楽器が高い位置に配置されているように聴こえました。楽曲に応じてサラウンドの演出を変えているのでしょうか?
八反田 楽器の細かい音をちゃんと聴いてもらえるように、ちょっとだけ手を加えている部分もあります。
戸田 実際に収録した音でそのままライブの再現ができていたら特にそういったことも必要なかったのですが、聴いてみて物足りなかった部分については、音楽表現の手助けとしてのミックス作業を行っています。結果として曲によって聴こえ方が変わって、面白くなったのではないでしょうか。
八反田 ステレオではマスキングされてしまう部分も、ドルビーアトモスを使えば面や空間での表現につなげることができました。前回の東京ドームの時もそういうトライはしましたが、今回は2回目ということもあって、もうちょっと攻めています(笑)。
鳥居 ドルビーアトモスでは、オブジェクトでの音の定位、再現が可能になるわけですが、今回もその機能は使っているのでしょうか?
戸田 オブジェクトはたくさん使っています。映像に合わせて音をダイナミックに動かすという使い方ではありませんが、音に包まれる音場を目指しています。特に劇場の場合、オブジェクトを使ったほうがトップの表現性が格段に上がるのです。
——今回のミックス作業で、特に注意した点はどこでしょう?
戸田 ステージ上の音だけを広げると、ライブ感が薄くなってしまいますので立体的な空間表現を考えました。といっても、単純にオーディエンスの音を増やしていくと、肝心の演奏が埋もれてしまうので、ヴォーカルや楽器などのパートについても音楽的なバランスを整えていきました。今回面白かったのは、そこで “熱量” の議論になったことです。
八反田 そうでした、 “熱量” というキーワードがよく出たんです(笑)。
戸田 歌は主役として明瞭に聞こえつつも、ステージで歌っているライブ感を表現することを意識しました。またオーディエンスに包まれている、その “熱量感” を出したかったですね。
鳥居 本作は2月9日に公開されるそうですが、何館くらいで上映されるのでしょう?
戸田 67館での劇場公開で、そのうち25館がドルビーアトモスを導入しています。
——5.1ch上映館もありますが、ドルビーアトモスとは別にミックス作業を行ったのですか?
戸田 まずドルビーアトモスで仕上げて、そこからドルビーのレンダラーを使って5.1ch用に出力しました。音のパラメーターはまったく同じですが、そのままではレベルが飽和気味になる傾向があったので、あらかじめマスターフェーダーで少しだけレベルを抑えています。
鳥居 パッケージにはドルビーアトモスも収録されるんですか?
戸田 パッケージはステレオ音声のみの収録になっています。こちらは3月6日に発売されます。
鳥居 これだけドルビーアトモスを活かした音作りがされているのだから、ブルーレイもドルビーアトモスで出して欲しかったですね。
最近はサウンドバーなどでもドルビーアトモス再生に対応した製品が増えてきています。そうなると、映画だけでなく音楽もドルビーアトモスで楽しみたいというファンは増えてくるはずです。第二弾でもいいから、ドルビーアトモス版も発売して下さい。2週間限定上映だけではもったいない(笑)。
戸田 ありがとうございます、担当者に伝えさせていただきます。
鳥居 最後に今回の作品について、UVERworldのファンにひと言お願いします。
八反田 ファンの皆さんならご存知のUVERworldの熱気を劇場でも楽しめるので、是非劇場ではドルビーアトモスで見て欲しいです。
戸田 表現できる空間もドルビーアトモスの方が広くなっていますから、お薦めです。5.1chのミックスもよくまとまっていますので、できれば両方を見て楽しんでいただけると嬉しいです。
(まとめ:泉 哲也)
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