アーティストの福山雅治さんが自身で監督を勤めた劇場作品『FUKUYAMAMASAHARU LIVE FILM 言霊の幸わう夏@NIPPON BUDOKAN 2023』が、1月19日(金)から全国公開される。本作は全国10館のドルビーシネマでの公開も決まっており、今週末の1月12日(金)からドルビーシネマ他での先行上映も決定した。

 そして昨日、本作のドルビーシネマ版試写会が開催された。さらに音響制作を手掛けた、株式会社ソナ 制作技術部 サウンドデザイナー/リレコーディングミキサーの染谷和孝さん、株式会社ミキサーズラボ 代表取締役社長 レコーディング、ミキシングエンジニアの三浦瑞生さん、株式会社ヒューマックスシネマ HAC事業部 リレコーディング ミキサーマネジャーの嶋田美穂さんによる、ドルビーアトモス音響ができるまでの裏側についてのトークセッションも開催されている。

 本作は、2023年夏に開催された「言霊の幸(さき)わう夏@NIPPON BUDOKAN 2023」の公演を収めたライブ作品となる。そこで福山さんが目指したのは、これまでのライブ収録作品のような “ライブの擬似体験” ではなく、 “ライブを超えたライブ体験” で、ドルビーシネマ(ドルビービジョン&ドルビーアトモス)で制作を行うことで、理想の絵と音の表現を追求している。

 まず映像については、40台以上のカメラで360度ステージを全方向から捉え、さらにドローン撮影も行うことで、これまでの固定カメラによる撮影とはひと味もふた味も違う演出を施している。ちなみにカメラは2K/SDR収録だったようで、後処理でHDR変換したものを上映している。

 福山さんはフィルムライクな映像にしたかったとかで、グレイン(粒子)感やハレーションの再現についても要望があったそうだ。また青の再現、グラデーションの見え方などにもこだわりがあったようで、ドルビービジョン上映ではそのあたりにも注目してみるといいだろう。

 そしてサウンド面でも、これまでにないドルビーアトモスを実現するために、多くの配慮が行われている。収録ではオーディエンス用(28本)を含めて合計128本のマイクを設置、ステージ用はもちろん、アンビエント用のマイク配置も細かく検討したそうだ。特にドルビーアトモスのライブ作品ではアンビエントマイクで拾った残響・反響音が重要な役割を持つとして、その本数や位置を染谷さん自身が厳密にプランニングしている。

 こうして収録された素材から、まず三浦さんが2chにミックスダウンを行い、ステレオ音声を作成しているが、その際も単純なミックス作業ではすまなかった。

 というのも、通常はライブで使用したシーケンスデータ(打ち込みのリズムなど)をそのまま使うそうだが、今回は “ライブの記録” ではないので、これを差し替えてよりバランスのいいサウンドに仕上げているそうだ。その結果オーディオトラック数は480chにも及んだとかで、48kHz/24ビットで480ch分のデータを保存するために1TバイトのHDDが必要だったという。

 さらに通常の福山さんのライブでは、演奏中は比較的静かで拍手も控えめなことが多いのだが、そのままではライブ感がでてこないので、今回は敢えて拍手のレベルを上げるなどの演出を加えている。

 次に、こうして出来上がったステレオ音声をベースに、ドルビーアトモス音声が制作された。といっても2chにミックスダウンした音源を使ったのではなく、三浦さんが2ch用に準備した音素材を使って、いちからドルビーアトモスで作り直すという作業を行ったわけだ。

 その際に三浦さんは、「ステレオとドルビーアトモスで聴こえ方は必ず変化します。その点は絶対福山さんから修正のリクエストがあると予測していたので、後から環境音などを細かく調整できるようトラックを分けておきました」と、111chにも及ぶ音素材を準備していたそうだ。この点については、染谷さんも嶋田さんも、「おかげで、福山さんからの要望に応えることができました。通常あれほど多くの素材が提供されることはありません」と感謝の気持ちを語っていた。

 なおドルビーアトモスのミックスでは、レストレーション作業として、ヴォーカルの邪魔になるような、近すぎる拍手や大きすぎる歓声をカットする必要がある。ただしそれらを完全に消してしまうとメリハリのない、空気感の乏しい再現になってしまうので、音を完全に消すのではなく、どこまで薄くするかがキモになるそうだ。今回も嶋田さんが複数のツールを使い分けて最適な消し具合に追い込んでいる。

 こうして3名のグループ作業によってドルビーアトモス音声が制作されたわけで、後日福山さんも今回と同じ、IMAGICA エンタテイメント メディアサービスの第2試写室(ドルビーシネマ対応)でその仕上がりを確認したという。その際の感想はうかがうことができなかったが、きっと満足いく仕上がりだったのだろう。

 ちなみに、今回僕がドルビーシネマの試写を見て感じたのは、映像・サウンドの両面でクリエイターの意図が明瞭に伝わってくるということだった。

 映像については、上記の通り2K/SDR収録ということもあり、厳しい見方をすると、引きのシーンで甘く感じる部分もあったし、薄暗い部分の暗部階調をもう少しなだらかに再現して欲しいと思うこともあった。しかしドローンでの迫力ある近接撮影や、スポットを浴びた福山さんのどアップなどの演出は楽しいし、ファンにはたまらないだろう。

 ドルビーアトモスでは、アリーナ席よりさらにステージ側(というか、もはやステージの上)で聴いているかのような距離感で音場が再現され、眼前で生声を聴いているかのようなニュアンスが楽しめる。

 サラウンド的には、演奏中の拍手や歓声が高い位置から響いてくるし、楽曲によっては楽器の音やコーラスがトップやサラウンドスピーカーから再生されている。しかもそれらがいわゆる反響音としてではなく、かなり直接音に近い力強さを備えているのも印象的だ。

写真左から、株式会社ソナ制作技術部サウンドデザイナー/リレコーディングミキサー 染谷和孝さん、株式会社ヒューマックスシネマHAC事業部リレコーディングミキサーマネジャー 嶋田美穂さん、株式会社ミキサーズラボ代表取締役社長レコーディング、ミキシングエンジニア 三浦瑞生さん

 この点について嶋田さんは、「武道館の包まれる感じ、空間の高さを出すために2〜3階にもアンビエントマイクを置いて収録を行っています」と語っていたので、そういった素材が活かされているのだろう。さらに直接音を使った演出の狙いについて染谷さんに聞いてみたところ、「コーラスや楽器の配置、拍手の種類なども福山さんの意向です。今回のドルビーアトモスは、ほぼ福山さんが演出したといっていいでしょう」との返事だった。つまりこれが、福山さんが “ライブを超えたライブ” で聴かせたい音ということだ。

 なお本作は、ドルビーシネマ、ドルビーアトモス対応館以外では5.1chサラウンド上映となるが、この5.1chはドルビーアトモスからダウンミックスして作られているとのことで、トップスピーカーの情報も(ある程度は)含まれている。とはいえトップスピーカーのあり/なしでは体験できる没入感には大きな違いがあるので、近くにドルビーシネマ/ドルビーアトモス上映館がある場合は、ぜひそこまで足を運ぶことをお薦めする。

 『FUKUYAMA MASAHARU LIVE FILM 言霊の幸わう夏@NIPPON BUDOKAN 2023』は、福山雅治というアーティストがドルビーシネマというツールを使って自分自身を徹底的にプロデュースした作品だ。今回のトークイベントで嶋田さんが、「本作の没入感とは、福山さんそのものです」と語っていたが、まさにそんな体験ができる136分に仕上がっている。(取材・文:泉 哲也)