音質評価の数値化や重要なパラメーターの絞り込みに取り組み、さらにリスニング環境が音楽鑑賞に及ぼす影響まで客観的に分析

 カナダに本拠を置くパラダイムのスピーカーが日本に導入されてからまだ5年に満たないが、実は同社の歴史は40年を超えており、特に北米では広く浸透している。アジアと同様ヨーロッパ市場に導入されたのも比較的最近のことで、規模を考えると海外展開に時間がかかったのは少し意外に思えるのだが、とはいえフラグシップのPERSONAシリーズ登場を機に日本市場にも本格導入が進み、いまでは複数のシリーズを擁する有力ブランドとして評価を獲得した感がある。

 Stereo Sound 誌でも主要な製品の試聴記を掲載してきたが、ブランドの歴史や開発の基本思想については未知の部分もある。今回はトロントのパラダイム本社の協力を得て、歴史から設計哲学まで幅広い質問への回答を入手することができた。読者の関心が高いと思われる歴史、技術、音という3つのテーマに沿って紹介していこう。

 

パラダイムの歴史
創業当初からカナダ国立研究機関(NRC)とともに研究・開発を進めるなど科学的設計手法を重視

 パラダイムはスコット・バグビーとジェリー・バンダーマレルが1982年にトロントで創業したオーディオメーカーで、スピーカーシステムの設計・製造が事業の中心を占める。

 

Scott Bagby(スコット・バグビー)氏

Jerry VanderMarel(ジェリー・バンダーマレル)氏

創業者の2人。Scott Bagby氏とJerry VanderMarel氏。スコット氏がスピーカーの設計・製造を担当、ジェリー氏が販売・マーケティング・宣伝を担当した。

 

 

「優れた音質のスピーカーを開発するためにカナダ国立研究機関(NRC)で行なわれていた二重盲検試験法の研究成果を初期のスピーカー開発の指針としました。会社の規模が大きくなる以前は無響室や二重盲検試験ルームなど、NRCの施設を活用して開発を進めていました」(パラダイム、以下同)。

 二重盲検試験(ダブルブラインドテスト)とは評価者やスタッフが評価対象を一切識別できない状態で評価する方法のことで、先入観や主観的な要素に左右されることなく正確な判断ができる手法として広く浸透している。スピーカー開発では音質評価担当者による試聴を優先するメーカーも少なくないが、パラダイムは創業当時から科学的手法を重視していたことがうかがえる。

 創業当時に成功を収めた具体的な製品をパラダイム社に問い合せたところ、1980年代に発売されたMONITORシリーズやブックシェルフ型のTITAN、ATOMなどの製品が該当するという回答があった。いずれも基本性能を確保しながら手頃な価格を実現していたとされ、ブランド評価の確立に貢献した製品群とのこと。コンパクトなTITANとATOMはオーディオ入門層だけでなくホームシアター向けスピーカーとしても支持を集めたようだ。

 1990年代後半には上位モデルとしてREFERENCE STUDIOシリーズを導入し、ハイエンドスピーカーの領域でも評価を獲得することに成功したという。その成功を背景にさらなる事業の拡大を見据え、20,900平方メートルに及ぶ広大な本社工場を1998年から2001年にかけてトロントに建設。当初はNRCと共同体制だった開発環境を人材ごと社内に取り込みながら、研究開発部門や製造部門を統合する過程をたどる。その詳細については「技術編」であらためて紹介することにしよう。

 今世紀初頭に実現した本社工場の新設は、パラダイムにとって重要な節目となった。研究開発から生産、そして品質管理から流通のコントロールまで、一貫した体制を築き上げたのだ。

 

カナダのトロントに本拠を置くパラダイムの本社工場。北米最大のスピーカー製造施設(約20,900平方メートル)の一つで、ロボット支援木工スタジオ、手作業の組立てライン、高度なテストラボ(二つのダブルブラインド・リスニングルームを含む)、約935立方メートルの無響室などを有しているという。

工場内に設けられた無響室内。

 

「生産・流通プロセスの複数の段階を掌握することで、大規模な垂直統合メーカーとして成長を遂げました」

 設計部門と生産部門が近いことのメリットは容易に想像できるが、もう少し具体的に詳細を尋ねてみた。

「ドライバーユニットとクロスオーバーネットワークそれぞれの開発・設計・製造に加えて、エンクロージュアの設計と製造、そしてそれらの組立て工程と音質管理、各種測定まで、すべてをトロントの本社工場で行なっています。工場設備のなかには935立方メートルの容積を有する巨大な無響室、コンピューター制御の木工工場、細心の注意を払って組織された手作業の工程、プラスチック部品の射出成型、ボイスコイルの組立てや±0.1ターン精度でのコイル巻線工程、さらに自動車工場に匹敵する塗装仕上げ工程などが含まれます」

 パラダイムのドライバーユニット製造部門は全米でも最大規模とされるが、それ以外にもプラスチック部品からネットワーク用のデバイスなど、一般的には外注することが多いパーツまで内製化していることがうかがえる。内製化することによってコスト、品質、納期など複数の側面で優位に立つことができるのは言うまでもない。

 

現在のパラダイム社のManaging Director、John Bagby(ジョン・バグビー)氏。スコット氏の子息で、2019年に就任した。

 

現在のフラグシップ機PERSONAシリーズの登場

  設計・生産環境の充実を背景にパラダイムのスピーカーは次のステップへと飛躍を遂げる。ARTエッジやベリリウム・トゥイーターなど、現在に至るまで同社の中核を担い続けている重要な技術を導入したSIGNATUREシリーズを、2004年に投入したのだ。同シリーズは三世代にわたって改良を重ねるが、さらにその先を目指して2010年代初頭に新しいプラットフォームの開発に着手。約5年の歳月を経て、現在のフラグシップのPERSONAシリーズが2016年に完成する。最上位機種のPERSONA 9Hはミュンヘンの国際的なオーディオイベント「ハイエンド」でデビューを果たす。海外市場への本格的な進出を視野に入れたパラダイムの新しい時代がスタートを切ったのだ。

>後編に続く

 

 

本記事の掲載は『ステレオサウンド No.229 2024年 WINTER』