新進気鋭の映像作家・髙橋栄一が監督・脚本・編集を行なった最新作『ホゾを咬む』が、いよいよ12月2日より後悔、いや公開となる。結婚して数年を経たカップルを軸に、監督の独自すぎる視点で「愛すること」を描いた話題の作品だ。

 登場人物たちはすべて、一癖も二癖もある曲者ぞろいで、観る者は、監督の構築した世界に引き込まれること間違いなし。ここでは本作のプロデューサー、およびヒロインでもある、主人公茂木ハジメの妻・ミツを演じた小沢まゆにインタビューを実施。製作の過程から、役作りの苦労などを聞いた。

――よろしくお願いします。本作ではプロデューサーも兼ねていらっしゃいますが、その経緯について教えてください。
 昨年公開の『夜のスカート』という映画が、私が初めてプロデュースした作品になります。それは40分ほどの中編でしたので、次は長編にチャレンジしたいという思いがあって、前に『サッドカラー』(2022)でご一緒した髙橋栄一監督に、一緒に映画を作りませんか? ってお声がけしたところからこの企画が始まりました。

――もともと映画を創りたかったのですか?
 はい、昔から漠然と、映画を創ってみたいという想いは持っていたのですが、でも監督をするほどの才能はないし、脚本を書く才能もないしと思って、自分で映画を創るのは難しいなぁと、半ば諦めていたんです。でも、ちょうど40になる年にコロナ禍になって、世の中がいっぺんにひっくり返るような出来事が起こるんだっていうことに驚いて、自分について考えることがすごく多くなって、40代をどう過ごしていこうかと深く考えるようになって! そうしたら、もしかしたら明日、自分の人生が終わるかもしれない。やりたいことは全部やらないと、と思ったら、今なら作れるかもしれないと感じて。それで、10分とか15分とかの短編でもいいから、まずは作ってみようという思いで臨んだのが『夜のスカート』でした。

――やりたいことを全部やると決意した割には、“後悔”を思わせるタイトル(作品)が続きますね(笑)。
 そうなんですよ(笑)。『夜のスカート』もテーマは後悔なんです。だから、2作続けて“後悔”をテーマに掲げているので、すごく後悔している人なのかなって思われたら嫌だなぁと思うんですけど……。でも、この作品自体は、もともと髙橋監督が持っていた企画なので、私というよりかは、髙橋監督が後悔しているのかもしれませんね(笑)。

――プロデューサーとしての立ち位置というか役割は、前作とは異なりますか?
 はい、前作と本作とで大きく違うのは、やはり『夜のスカート』の時は初めてで、分からないことだらけだったので、一緒に組ませていただいた小谷忠典監督に助けていただいた部分がすごくありました。小谷監督は、長編映画も創っているし、国際的な映画祭にも出品されるなど、自分のスタイルが既にできている方でしたから、次に創るのなら、監督は新進気鋭で、これから伸びていくような方と一緒に組みたい。そういう思いのもと、髙橋監督にお声がけをしました。

 ということもあって、最初の企画自体は髙橋監督の物ですけど、それをベースに、私と監督で脚本を練っていきました。こういうシーンがあったらいいよねとか、監督が書いているセリフについても、これはどういう意味ですか? と聞いたりしながら、一緒に作品を創っていったという感じです。ロケ地の選定とかキャスティングなど、映画創りのすべてに関わって、私が主導権を持ってというと変ですけど、責任を持ってやっています。

――最初の監督の脚本から、変わった部分、深めていった部分などがあれば教えてください。
 最初に企画をいただいた時から、夫が妻を監視したり、尾行したりするっていう大きな柱はありました。ただ、結末については、完成したものとは違っています。言ってしまえば、当初はドラマティックな展開が入っていたんです。でも、果たしてこの展開は必要だろうか? という疑問が私の中にあって、もっと日常的な展開でもいいんじゃないかなと感じたので、そういうところは変えています。

――ところで、この作品はなぜ、モノクロで4:3(スタンダードサイズ)なのでしょう?
 実はカラーで撮っているんですけど、ラッシュ(撮影した映像)を観た時に、なんかピンとこない印象があって。(カラーだと)情報が多すぎるんですよ。監督がやりたい、人間の中で起こっていること――人の話を聞いて、それが脳を経てどのように返事するのか――と、機微の部分が、カラーだとなかなか見えてこなかったんです。

 その時に、撮影監督の西村(博光)さんが、試しにモノクロで観てみないって言ってくださって。それを観たら、いろいろな情報がシャットアウトされるせいか、すごく人の感情にフォーカスできるというか、注目することができたので、監督がこの映画を通して表現したいことが、より伝わるのはモノクロだなっていう判断で、モノクロにしました。

 画面が4:3なのは、西村さんの提案だそうです。西村さんはものすごい大ベテランでいらっしゃるんですけど、今回のこの小さな企画にも参加してくださって、キャストオーディションの時から、リハーサルとか本読みとかをする時もいつも来てくださいました。監督がこの映画で何をしたいのかっていうのを、ずっと見てくださって、西村さんから、ポートレートみたいに人物の強さが映った方がいいよねと提案していただき、4:3にしています。

――話を戻しまして、ドラマティックというか、ショッキングな登場人物がたくさんいました(笑)。
 それは監督のセンスですね(笑)。不思議な人物のように見えて、でもこういう方々って世の中には本当にたくさんいるし、聞こえてくる会話についても、自分には全然理解できないけど、彼ら・彼女らにとってはすごく普通の会話だったりする。監督は、そういうことを上手に作品に盛り込んでいらっしゃるので、そうしたセンスは、すごく好きです。

――不思議な登場人物たちは、夢の中の話なのかなとも感じましたが、ある意味、監督の分身でもある?
 そう仰っていただけるのは有り難いですね。監督の想いや経験が反映されている、ということだけはお伝えしておきます。観てくださる方には、いろいろな受け取り方をしてほしいです。

――そうしたキャラクターの造形は?
 もともと監督が創った脚本にいた人物たちなので、そこに私が提案したところはまったくないんです。ただ、私が演じる茂木ミツについては、どういう風に演じたらいいのかを監督といろいろと話をしながらキャラクターを作っていきました。

――ところで、なぜミツを演じたのですか?
 『夜のスカート』では、プロデューサーと主演をやりましたけど、かなり大変だったので、今回は、主演は別の方=ミネオ ショウさんに務めていただいて、私はプロデューサー業に専念したい。でも、俳優なのでちょっとでもいいから出演したい。そういう話を監督にしたところ、妻(ミツ)役をやってもらいたいと思っているんですけど、どうでしょう? と逆提案されて。それでミツを演じさせていただくことになりました。

――ミツのキャラクターは、他の登場人物とはだいぶ違います。
 そうですね。演じる上では、自由な人っていうのを心がけていました。誰にも影響されないし、自分の好きなことをして暮らしを楽しんでいる。夫は(あーしろ、こうしろなど)何かを言う人ではないので、自分が好きで家にいて、好きな服を着て、食べたいものを作ってモグモグ食べてというように、暮らしを本当に楽しんでいる自由な女性っていうのを心の真ん中に置いて演じていたので、そういう風に見えたのかもしれません。他の登場人物については、芝居を含めて、監督が間の取り方とか、空気感とかにこだわって演出してらっしゃったので、そういうところが映像に現れているのかもしれないですね。

――ミツは人間っぽいけど、ほかの登場人物は、ある意味生気がない感じでした。
 そうですね、そこは監督の狙いです。

――セリフについても、お互いに話しているようで、実は一方通行のようにも感じました。
 それも監督の狙いです。一方通行っていうのは一つのフックであって、夫婦の間においてもそうですけど、ハジメの一方通行な思い、一方通行な疑い、一方通行な愛情っていうのを、監視とか尾行という行動で表現していて、それぞれの人物たちの一方通行な会話とか、交わらない感じっていうのは、監督が意図しているところです。

――そうしたセリフ回しにも、監督のこだわりが反映されている?
 そうですね、監督がこだわって書いたものです。人物の会話が、仰る通りキャッチボールになっていない。そのズレ感とか、その人と人との距離とか、そういうものを映画に収めているところは、本当に特徴的だと、私も思います。だからこれは、コミュニケーション社会において、いかにコミュニケーションを取るのが困難かっていうことの一つの現れなのかな? とも思ったりします。

――夫婦の会話についても全然噛み合ってなくて、いつ離婚するのかなと思っていました。
 そう思いますよね。

――よほど奥さんがハジメを好きなんだろうなって。だから一緒にいるのかと感じました。
 有り難いです。そうなんですよ。

――ミツは、夫のどこが好きなのでしょう?
 このミツという女性が、どうしてハジメという男性を好きになって結婚したのかというところは、すごく考えました。でないと、こんなに噛み合ってない相手とは、すぐに離婚しちゃいますよね。でも、彼女の中では、噛み合っていないとは感じていない。彼女があれだけ家で自由に楽しく過ごせているのは、彼と結婚して、彼と一緒にいるからだと思っていて、彼の前だと本当に自由な自分でいられるし、のびのびと暮らせるというところが、ミツにとってはすごく大事なことだから。だから、夫の全てを知りたいとも思わないし、ただただ自由な女性なんだと思います。

――ただ、ミツについては人間らしいというか、少女っぽい印象も受けました。
 ご飯を食べている時にきちんと座らないし、スプーンとかもきちんと持たないで、ぐいっと持って食べている。監督からの演出でそうやっていますけど、本当に子供っぽいですね。すごく無邪気で元気な奥さん。ある意味“欲”の塊だって、監督が仰っていましたけど、まさにミツは、自分の思うまま=欲のままにこう動いている。だから、本当に子供みたいに見えると思います。

――劇中に出てくる、ミツに似た女性は、ミツが気付いていない、外に出歩きたいという思いが生み出した別の人格なのかもとも思いました。
 それは面白い解釈ですね(笑)。それも含めて、観てくださる方に委ねたいと思います。

――ところで、最初から、夫が妻を尾行したり監視したりするという設定があったということですが、なぜそこまで妻に執着するのでしょう?
 知らない部分を知りたいっていうのは、人がどうしても持っている欲望だと思うので、今回の映画では、一番近くにいるはずの、何でも知っていると思っていた妻の、知らない部分があるのではないか? というところから、どんどんどんどん行動に没頭していってしまう。一方で監視されている妻はいつだって自由だけど、監視している夫は、自分の監視行為によってどんどん縛られていって、どんどん自分で沼にはまっていってしまう。そういう対比というのでしょうか、そこもすごく面白いなぁと思います。

――夫は、監視を続けることで、夢(妄想)と現実の境目がなくなっていくようにも感じました。
 はい、夫はどんどん盲目的になっていきますよね。疑心暗鬼という言葉もあるように、疑心ゆえにありもしないものまで見えてしまう、妄想が膨らんでしまう、そんな部分も映画に描いていますので、受け取っていただけると嬉しいです。

――最後には一応の結末を迎えますが、夫の知りたい欲望には、終わりはないでしょうね。
 そうですね。監視を続けた結果、夫は自分なりの答えを見つけていますが、その後の夫婦についても、観てくださった方々にいろいろと想像してもらえると嬉しいですね。

――さて、本作で、長編を創りたいという願いは叶いました。満足できましたか?
 はい! ただ、こんなに長く(108分)なるとは思っていなかったのでびっくりしました。最初は60分を超えるぐらい、自分の中では80分ぐらいに収まるといいなと思っていたのですが、実際につないでみたら、3時間を超えてしまって(笑)。

 元々の脚本は60分ぐらいの内容なんですけど、監督が“間”とか、人が会話をする前後の“空気”とかまで、全部撮っていて、そこも表現したいということで、それを全シーン活かしてつないだら、すごい長さになってしまったんです。

 俳優って大体は、“よーいスタート”がかかってから、3秒ぐらい間をおいて演技を始めるのがスタンダードなやり方なんですけど、主演のミネオさんは、3秒おいて演技を始めたら監督から「ちょっと早いです。もう5秒ぐらい待ってください」とか、「10秒ぐらい待ってください」って言われたそうで、その通りやっても、「もうちょっと」と言われるので、ご自身の中で20数えてから演技を始めたって仰っていましたから、監督の感覚というか間がそれぐらいなんだろうなと思います。

――フィックスの長回しが多かったのも、そういうものを大事にしているからなんですね。
 はい、間も映像として捉えて、映画的に表現をすることも、監督がこの映画でチャレンジしていることの一つになります。

――そう伺うと、エレベーター前の会話の“間”の意味が分かりました。
 そうですよね。監督としては、人の話をちゃんと聞いて、受け取って、そして考えて、自分の言葉を発する、その工程(時間)を映像に収めているんです。だから不思議な世界に感じられると思うんですよ。エレベーターの中でも、日焼け止めの会話をずーっとしていますけど、あのトーンでいけば、100階ぐらいまで到着しちゃう感じですから。

――そのまま異世界に迷い込んでいくような(笑)。
 そうなんです。私が最初に本編を観て思ったのは、ハジメという人物が、夏の暑さも相まって、迷路に迷い込んでいくというか、不思議な世界に迷い込んでいく。そういう雰囲気がすごく出ているなと感じました。

――奥さんの夢の中の話というか、お釈迦様と孫悟空のような感じで、奥さんの手のひらの上で遊ばれている夫、という風にも感じました。
 分かります。私も最初に観た時はそう感じました。夫はものすごく彼女の手のひらの上で転がされているなぁと。

 監視されていることも、疑われていることも全部知っていて、(夫を)うまいこと転がしている感じにも見えました(笑)。

 ただ、2回、3回と観るたびに、感じ方も本当に変わってくるので、そういう意味ではすごく面白い映画になったと思います。何回も観に来てほしいです。

映画『ホゾを咬む』

12月2日(土)~12月8日(金)連日14:10~/新宿K’s cinema
12月15日(金)~12月21日(木)池袋HUMAXシネマズにてレイトショー 他全国順次公開

<キャスト>
ミネオショウ、小沢まゆ、木村知貴、河屋秀俊

<スタッフ>
脚本・監督・編集:髙橋栄一 プロデューサー:小沢まゆ 製作・配給:second cocoon 文化庁「ARTS for the future!2」補助対象事業
2023年/日本/4:3/モノクロ/108分/DCP /5.1ch
(c)2023 second cocoon

■小沢まゆ(Mayu Ozawa)/茂木ミツ 役 兼 本作プロデューサー
映画『少女~an adolescent』(奥田瑛二監督/2001)に主演し俳優デビュー。同作で第42回テサロニキ国際映画祭、第17回パリ映画祭、第7回モスクワ国際映画祭Faces of Loveにて最優秀主演女優賞を受賞。主な出演作品に『古奈子は男選びが悪い』(前田弘二監督/2006/主演)、『いっちょんすかん』(行定勲監督/2018)、『DEATH DAYS』(長久允監督/2022)、『こいびとのみつけかた』(前田弘二監督/2023)などがある。2022年に初プロデュース映画『夜のスカート』(小谷忠典監督)が劇場公開。出身地熊本県の震災復興映画イベントを主催するなど多方面で活動している。

小沢まゆSNS
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