ウェットな空気が画面から直接こちらに吹いてくるようだ。1970年代から第一線に立つ重鎮脚本家・荒井晴彦の最新監督作品。松浦寿輝の第123回芥川賞受賞の同名小説を原作にしつつ、「秋風の吹くピンク映画界」というモチーフを加えた。

 とある古アパートに住む栩谷(綾野剛)は確かに映画監督だが、ここ5年のあいだ作品を作れていない。伊関(柄本佑)は、かつて脚本家志望だったが、今は不動産屋で働いている。伊関が立ち退きを求めに栩谷の部屋を訪れたところ、そこに生まれたのはなんとも不思議なヴァイブレーション。共通項に「映画づくり」があることがわかるとさらに、会って話す時間が増え、立ち退きへの説得はおざなりになってゆく。

 彼らが映画づくりに熱くなっていたころ、栩谷にも伊関にも、素晴らしく魅力的な、惚れ込まずにはいられない同棲相手がいた。互いに、その「過去の彼女」についての会話を繰り広げる二人。が、あることをきっかけに、それが同一人物であることがわかってゆく。その女性は、時期を違えて、彼らとそれぞれ交際していたのである。二人の男がぼんやりと考える「相手の彼女像(一面識もないし、今後も二度と会うことがないだろう)」が、「それは、俺の元彼女だよ」と、だんだんクリアな像をむすんでゆくあたりの、時間の推移の描き方を、私は実に美しいと思った。

 この女性・祥子を演じるのは、ロック・ドラマーとしても知られる、さとうほなみ。男二人が、幻となった「魅力的な元彼女」をやや自慢げに振り返る物語でもあるのだから、その女性の役柄にコクがあれば、作品も輝きを増す。はたして、さとうほなみは見事なまでにミューズを演じ、しかも醸し出される生活感が半端ではない。「現在」をモノクロ、「彼女と俺が愛し合っていた時代」をカラーにした見せ方も心憎い。また、山崎ハコの歌声が、ああいう形で使われているのも、粋だ。

映画『花腐し』

11月10日(金) テアトル新宿ほか全国公開

出演:綾野剛 柄本佑 さとうほなみ
吉岡睦雄、川瀬陽太、MINAMO、Nia、マキタスポーツ、山崎ハコ、赤座美代子/奥田瑛二

監督:荒井晴彦 原作:松浦寿輝『花腐し』(講談社文庫) 脚本:荒井晴彦 中野太 製作:東映ビデオ、バップ、アークエンタテインメント 制作プロダクション:アークエンタテインメント 配給:東映ビデオ
2023年/日本/137分/5.1ch/ビスタ/モノクロ・カラー/デジタル R18+
(C)2023「花腐し」製作委員会