山崎 貴監督最新作『ゴジラ-1.0』(ゴジラマイナスワン)が、11月3日のゴジラの日(1954年の同日に『ゴジラ』第1作が公開されたことを記念して制定)に公開される。さらに本作は通常上映に加えて、ドルビーシネマやIMAXなどのプレミアム・ラージ・フォーマットでも公開されることも話題だ。

 その公開に先駆け、山崎監督と音響効果の井上奈津子さんによる、ドルビーシネマを使った作品制作に関するトークショウが開催された。ドルビーシネマとは、HDR(ハイ・ダイナミックレンジ)映像のドルビービジョンと、3D立体音響のドルビーアトモスを採用し、専用にデザインされた劇場で上映するシステムを指す。

「ゴジラ-1.0」 2023年11月3日(金・祝)全国東宝系にてロードショー
<キャスト>神木隆之介 浜辺美波 山田裕貴 青木崇高 吉岡秀隆 安藤サクラ 佐々木蔵之介<スタッフ>監督・脚本・VFX 山崎 貴©2023 TOHO CO., LTD.

 登壇した山崎監督は開口一番、「念願のドルビーシネマで『ゴジラ』を完成することができました。僕は昔からドルビーシネマをやりたかったんですけど、なかなか許してもらえなくて(笑)。遂に、遂にこの作品で実現できましたので、本当に嬉しく思っています」と、ドルビーシネマへの熱い思いを語った。

 井上さんも、「今回初めてドルビーアトモスというフォーマットに触れて、無限の可能性と魅力を感じています。それをこの場でお伝えできたらいいなと思っています」と話してくれた。

 司会を努めたドルビージャパンの遠藤氏から、本作でドルビーシネマを採用することになった経緯を聞かれた山崎さんは、以下のように説明してくれた。

ドルビーシネマで『ゴジラ-1.0』を制作できた喜びを語ってくれた山崎 貴監督

 「ラージ・フォーマットをやろうとなった時に、ドルビーシネマは必須だろうと考えました。そもそも映像でHDR、ハイ・ダイナミックレンジという機能があって、真っ暗なところは真っ黒で、一番明るいところは目に眩しいほどの白が表現できるんです。

 通常の映画館は黒といってもちょっとグレーだったりして、ピカッと光らせたいんだけど、その白の幅がそこまでは出ない。でもドルビーシネマだと、真っ黒が出せるんです。そこで何が起こるかというと、スクリーンを見た時に、その向こうに本当に普通の世界があるように見えるんです。

 そのためドルビーシネマでは、スクリーンで切り取った向こうに、もうひとつ現実世界があるような感覚を覚えることがあります。立体的に思えるというか、本当にそこに物体があるように思えるわけです。

 で、ゴジラですよ! この映画で作り手として一番届けたかったのは、本当にゴジラがいるんじゃないかっていう恐怖なんです。ひじょうに怖いゴジラを表現したかった。映像のコントラストが自然に備わっていると、本当にゴジラが来て暴れているって脳が錯覚するんですね。そんなリアリティを出せるのが、ドルビーシネマだと思います。

 映画で感情を揺さぶる時に、怖いという気持ちはすごく大きいので、それを表現するためにドルビーシネマという技術を使えたのは、今回本当に嬉しかったです」

音響効果の井上奈津子さん

 続いて井上さんからドルビーアトモスの音作りについて解説が行われた。井上さんは本作で、セリフと音楽以外のすべてを担当したという。

 「今回は、東宝スタジオで7.1chミックスを行って、その後に東映スタジオに移動して、ドルビーアトモスのアップミックス作業をやらせていただきました。

 これまで7.1chまでのサラウンドフォーマットは経験していたので、音の表現の広がりっていうのは、そんなに変わらないんじゃないかなって思っていたのですが、初めてスタジオでドルビーアトモスの音を聞いた時に、全然違う世界があった! って思ったんです。特に、音が縦方向に広がることによる空間の抜けというものには、言葉で言い表わせないほど感動しました」

 という井上さんの言葉に対し山崎監督も、「怪獣はでかいですからね。音像を上に持っていけると、ゴジラが頭上で吠えているということを表現できて、すごくよかったです。怪獣映画に向いている」と、作品内でのサウンドデザインを少し暴露してくれた。「もちろん通常上映の7.1chもすごくよくできているんですが、ドルビーアトモスになるとまったく違う世界になりました」とのことだ。

 また今回の『ゴジラ-1.0』のドルビービジョンは、もともとの撮影素材からHDRでグレーディングされているという。映画作品の場合、一旦SDRで本編を仕上げて、それをもとにHDRに変換するケースも多いはずで、その意味でもかなり贅沢な作り方とも思える。

 この点について聞かれた山崎監督は、「そうなんですよ。今回はACES(エイシス)というひじょうに幅広い情報を持ったフォーマットで作業しているんです。白組では『アルキメデスの大戦』くらいから若手エンジニアがACESを使いましょうと提案し、作業をするようになったんです。ここから作ったドルビービジョンは、素材のものすごい階調をそのまま上映できるんです」と語った。

 ACES(AcademyColor Encoding System)とは、様々なデバイスで使用できるカラーマネジメントおよび画像交換システムで、異なる入力ソース間(カメラ、VFXなど)の色空間を標準化することを目的としているそうだ。 高いダイナミックレンジ、RGBベースのワークフロー、およびスペクトル軌跡全体を網羅する超広色域を備えているという。

 実は『ゴジラ-1.0』のドルビーシネマ上映は後から決まったそうだが、ACESでマスターを仕上げてあったので、そこからドルビービジョンにグレーディングすることで対応できたということだ。「なんの問題もないです。こんなこともあろうかと(笑)」と山崎監督は嬉しそうに話してくれた。

 なおドルビービジョンを使った表現で効果的だったのは、ゴジラが暗闇から現れるシーンだったそうだ。「夜の暗い中で、肉眼で見ているような映像もご覧いただけると思います。ピカッと目に眩しい光なのに、その中にちゃんと階調があるんです」とのことだ。

 ちなみに今回のCG作業について詳細を聞いてみたところ、CG自体は2Kで制作しており、上映も2Kで行われているとのことだった。ただし、近くに寄ってゴジラを見せるために、数億ポリゴンのデータから起こしたゴジラを制作したそうだ。

 山崎監督は『三丁目の夕日』でも自身でゴジラのCGを作っているが、その時は100万ポリゴンを使って怒られたという。しかし今回は奥単位のポリゴンで制作しており、そのためにめちゃくちゃデータが重たくなっているという。ゴジラと街のデータを呼び出すだけで30〜40分かかるほどだったそうだ。

 さらにサウンド面で興味深かったのが、7.1chとドルビーアトモスのサウンドデザインへの取り組み方だ。まず7.1chを仕上げて、そこからドルビーアトモスにアップミックスしたという話があったが、実はアップミックスという言葉から想像されるものとはレベルの違う作業が行われていたのだ。

 井上さんによると、「ドルビーアトモスで音を定位させる作業は、音響チームとしてはものすごく楽しくできたんです。それを監督やプロデューサーに見ていただいた時に、めちゃくちゃいいねと言ってもらえると思っていたんですが、あれっこんなもん? みたいな感じだったんです。

 音響チームは7.1chのミックスにものすごく囚われていて、このバランスを崩してはいけない、そこにアトモスとしての楽しさを足していこうと思っていたんです。でも監督はドルビーアトモスは別だから行っちゃいなよ、と。

 なので、より体感型だし、ドルビーアトモスならではのアトラクション感、楽しさをもっともっと出していこうというミックスに変わっています。このフォーマットのために作ったっていう部分で、音響チームで試行錯誤していくのが楽しかったし、難しかった部分です」とのことで、大きな方針は変わらないけれど、ミックスをやり直すくらいの取り組みだったようだ。

 「せっかくなんで、ちょっとエグいくらいのドルビーアトモスを感じて欲しかったんです。だから、相当攻めたバランスになっています。絵と音が相まって、スペクタクルがシーンになると本当にその場に行ったかのようです」とは山崎監督の弁だ。

 なお本作では、音楽収録の際にトップスピーカー用のマイクを立てて録音を行ったそうだ。そしてこの音を使ってミックスすることで、まったく違う音像になったと井上さんは話していた。さらにゴジラのアイコンとも言える咆哮や足音についても、「凄いことをやっています」(山崎監督)という。

 「ゴジラの鳴き声は初代のものを使うというのは、方針として決まっていました。じゃあ私の役目って何だろうと考えた時に、この国宝みたいな声を、現代の音響システムで慣らし切ることだなと思ったんです。その声を崩さないように拡張するために色々なことをやってみたのですが、最終的に響きが足りないと気が付きました。

 そこで屋外で実際に音を鳴らして、その反響を収録して素材として使いたいと考えました。で、鳴らすなら、ものすごくでかいスピーカーで、広い場所で、天井がなく抜けていて、なおかつ反射がある場所、ZOZOマリンスタジアムしかない! と。

 皆さんに協力していただいて、電光掲示板の奥のスピーカーで鳴らした時の感動は忘れられないですよね。本当にゴジラがそこにいる、と思いました」(井上さん)

 「ゴジラを目の当たりした人達はこの音を聞くんだと思うと、ちょっと震える感じがしました。収録現場では、マイクも大量に使っていました。こんなにいるのと聞いたら、いるんです! と(笑)」(山崎監督)

 「10人くらいの録音部隊みんなに録音機とマイクを持ってもらって、球場中に散ってもらいました」(井上さん)

 足音についてはいちから制作しているが、オリジナルが持っている恐怖の記号のようなイメージを崩さないように配慮したそうだ。「足音としてのディテイルを出しすぎないように意識しました。その意味では初代を意識しながら音を作っていきました」(井上さん)とのことだ。

 最後に、ドルビーシネマで作品を作ってみた感想を聞かれて、お二人は以下のように答えてくれた。

 「そこにゴジラが来る、肉眼でゴジラを見たときと同じような感覚をスクリーンの上で体感できると思うので、ぜひドルビーシネマでご覧いただければと思います」(山崎監督)

 「ドルビーシネマは無限の可能性があって、その中でこの作品のために音をデザインしていますので、劇場で体感してほしいです。すべての音の要素がこのためにミックスされたものですので、7.1chとの違いも楽しんでもらいたいと思います」(井上さん)

 『ゴジラ-1.0』は映像面、サウンド面で制作陣の思いが詰め込まれた作品に仕上がっているのは間違いない。まずは山崎監督のこだわり満載のドルビーシネマで体感し、さらに他の上映方式で楽しんでみるのもいいだろう。そして将来的には、ドルビービジョン&ドルビーアトモスで収録されたUHDブルーレイで本作を満喫したいと感じた次第だ。(取材・文:泉 哲也)