ソニーから、“置けば、そこがシアター空間。”というコンセプトのポータブルシアターシステム「HT-AX7」が発売された。横幅約30cmの小型フロントスピーカーと着脱可能なリアスピーカーからなるシステムで、バッテリー内蔵で持ち運びも可能。スマホやタブレットと組み合わせて家庭内の好きな場所で映画やライブが楽しめるわけだ。さらにソニー独自の立体音響技術「360 Spatial Sound Mapping 」(サンロクマル スペーシャル サウンド マッピング、以下360SSM)により、臨場感豊かな音場を再現できるという。今回はこの新提案アイテムについて、開発陣に詳しいお話をうかがった。(Stereo Sound ONLINE編集部)

ポータブルシアターシステム HT-AX7 市場想定価格¥77,000前後(税込)

●使用スピーカー:49×71mmフルレンジ×2(フロント)、60mmフルレンジ×2(サラウンド、セパレート型)
●Bluetooth対応コーデック:SBC、AAC
●伝送帯域:20Hz〜20kHz(44.1kHzサンプリング時)
●アンプ:S-Masterデジタルアンプ
●充電時間:約4.5 時間(急速充電10分で約150分再生)
●電池持続時間:約30 時間
●消費電力:約45W(待機時約1.9W)
●寸法/質量:W306×H97×D123mm/1.4kg(フロント)、W122×H39×D122mm/295g(サラウンド)

HT-AX7はフロント/リアスピーカーの置き方とSOUND FIELDエフェクトボタンの切り替えによってふたつのサウンド再生を楽しめる。左がSOUND FIELDエフェクト/ONで、右がSOUND FIELDエフェクト/OFFのイメージ

麻倉 7月末に発売された「HT-AX7」が話題です。Bluetoothで音楽信号を伝送し、好きな場所で立体音場が楽しめるポータブルスピーカーとのことですが、まずはその特徴について教えてください。

千々岩 HT-AX7の製品企画を担当した千々岩(ちぢいわ)と申します。まずHT-AX7は、“スマートフォンやタブレットと一緒にお家の好きな場所に置けば、そこがシアター空間になる”というコンセプトで開発しました。製品自体は横幅30cmほどのフロントスピーカーと、その上側の取り外し可能なふたつのワイヤレスリアスピーカーで構成しています。

麻倉 3ピース構成という点が、一般的なサウンドバーやBluetoothスピーカーと大いに違いますね。

千々岩 企画の背景としては、ライフスタイルの変化があります。これまで映画などを見る時は、リビングの大きなテレビの前に家族が揃って、というスタイルが主流だったと思います。しかし、スマホやタブレットといったモバイルデバイスの普及と共に、プライベートルームや寝室といった色々な場所でコンテンツを楽しむことが増えてきました。

 さらにNetflixやYouTube、Prime Videoなどの配信サービスも充実してきたことで、より手軽に様々なコンテンツが楽しめるようになっています。そういった状況を踏まえて、好きな場所、好きなスタイルでシアター空間を作れるということを提案していきたいと考えた次第です。

麻倉 確かに、昨今のオーディオビジュアルコンテンツの再生環境の変化は急速ですからね。

千々岩 従来のシアターシステムやサウンドバーは大型テレビで最高の没入体験をしたいという方をターゲットユーザーに、HT-AX7はタブレット、スマホなどで日常的にネット動画などを楽しんでいる方々に向けて提案していきたいと思っています。

本体にはペットボトルからから作られたリサイクル素材100%の布素材や再生プラスチックを使用。写真左側の梱包材にも竹やさとうきび、リサイクル紙などに由来するソニーのオリジナルブレンドマテリアルが採用されている

麻倉 面白い提案です。これまでのホームシアター製品とは違う、新しいカテゴリーと考えたほうがよさそうですね。

千々岩 ありがとうございます。HT-AX7は自由度の高いレイアウトが可能という点にも配慮しており、そこでは3つのポイントに注意しました。

 ひとつ目が、フロントスピーカーとリアスピーカーがセットになった3 in 1構成で、かつコンパクトなボディを実現したことです。重さも合計約2kgなので、持ち運びの際にもストレスはないでしょう。

 ふたつ目が完全ワイヤレスを実現したことです。スマホなどの再生デバイスとHT-AX7はBluetooth接続、フロントとリアスピーカー間は無線接続なので、完全ケーブルレスの視聴環境が実現できます。

 最後は再生時間で、ロングバッテリーの搭載により、通常のボリュウムであれば30時間の視聴が可能です。ぜひ、色々な場所で使っていただきたいと思います。

麻倉 ところで、リアスピーカーからはどんな音が再生されるのでしょう。

千々岩 HT-AX7では2種類の再生モードを準備しました。本体上部のサウンドフィールドエフェクトボタンをオンにすると、360SSMを使った立体音響を楽しんでいただくことができ、オフにすると部屋中すべてに音が広がります。

着脱式のリアスピーカーを手にする麻倉さん

麻倉 オン/オフの違いは、360SSMによる立体音響処理を加えているかどうかということですね。

千々岩 サウンドフィールドエフェクト/オンでは、360SSMを使って3基のスピーカーで波面合成を行い、複数のファントムスピーカーを生成して、立体音場を再現します。音源をリアルタイムで分析して音源の定位に応じて音を分離、抽出するアップミキサーも搭載していますので、2chソースでも豊かなサラウンド感を再現できます。

 オフではこの機能は使わずに、3つのスピーカーを使って心地いい音で部屋中を満たすような再生を行います。

麻倉 このふたつは、スピーカーの置き場所は同じでいいんですか?

千々岩 サウンドフィールドエフェクト/オンの場合は、フロントスピーカーとリアスピーカーを置いた三角形の中心に座ってもらうように考えています。視聴位置から各スピーカーまで1〜1.2mぐらい離してもらうと、ベストな距離感でパーソナルな立体音響空間が作れます。

 オフにすると設置の自由度がさらに高くなりますので、3基のスピーカーで部屋全体を囲むように置いていただくのがお薦めです。この時のスピーカーは左右の高さが違っても構わないので、自由に置いて下さい。

 部屋の広さは40平方メートル、24畳くらいまでは対応できます。オフの状態では部屋全体を音で満たす、カフェなどのBGMを楽しんでいるイメージとお考え下さい。

 なおHT-AX7は色々なデバイスとの組み合わせを想定しており、マルチポイント接続にも対応しています。2台同時につなぐことができますので、便利に使えるでしょう。

HT-AX7に搭載されたX-Balanced Speaker Unit。左端がリアスピーカー用で、その右隣りがフロントスピーカー用。右の写真はリアスピーカーの背面部

加藤 音響設計の加藤です。ここからは私が音質についての施策を説明します。HT-AX7は、フロント/リアスピーカー両方にX-Balanced Speaker Unit(エックス バランスド スピーカー ユニット)を採用しています。

 フロント/リアとも、限られたスペース内で振動板面積を拡大できる楕円形ユニットを搭載することで、音圧アップを実現しました。丸型ユニットと比べて、同じ音圧で再生しても振幅が小さくてすみますので、歪みを抑えたクリアーな音質を実現できます。

麻倉 X-Balanced Speakerは、既発売のサウンドバー等に搭載されているものと同じと考えていいですか?

加藤 サイズは異なりますが、仕様は同じです。振動系の重心位置にボイスコイルを置くことにより、スムーズな動きを実現し、ヴォーカルの明瞭度をアップさせています。

 フロントスピーカー本体には、パッシブラジエーターを2基搭載しました。こちらは四角い振動板なので、角の部分には応力が溜まって動きが悪くなることもあります。それを防ぐためにスリットを入れて動きをスムーズにするという工夫も加えています。

 リアスピーカー用ユニットはおにぎりのような形状にして、フロント用と同じ効果を狙っています。高剛性の材料を採用した浅型振動板で指向性を広くし、音を満遍なく放射できるように工夫しています。開発時には実際に測定を行い、音が広く拡散していることを確認しました。

麻倉 しかし高音は指向性が強いので、そう簡単には広がりませんよね。

フロントスピーカーの内部構造。四角柱の筐体の全面にL/Rスピーカーを搭載し、その両端には低域増強用のパッシブラジエーターが配置されている

加藤 確かに高域は拡散しにくいのですが、天井の反射などを利用して視聴エリアを広げています。

 またスピーカーユニットは、通常樹脂製のエッジを介してユニットに取り付けられていますが、今回は樹脂の周辺部そのものをユニットにすることで高さを抑えています。これにより、リアスピーカーをコンパクトにできました。

津田 電気設計を担当した津田と申します。ここからは電気回路についてご説明します。

 HT-AX7の基板では、電源グランドのパターンを分離することで、無線モジュールや充電回路からのノイズが混入しないように対策し、クリアーなサウンドを実現しています。

 無線伝送については、ソースとのBluetooth接続とフロント/リアスピーカー間の無線という2種類を使用しています。そのいずれに対しても、音飛びが起きにくいように無線モジュールの配置や設定の調節を行いました。

麻倉 フロントとリア間の無線通信はソニーの独自方式ですか?

津田 はい、2.4GHz帯を使った独自方式です。フロントスピーカー上のそれぞれのモジュールについては、本体後方の基板両側、一番離れた位置にBluetooth通信用と、リアとの通信用を配置しています。さらに、Bluetooth通信モジュールは、シールドケースをかぶせてノイズ対策を施し、アンテナを基板上に配置せず、線を引き回して前方に配置しています。

麻倉 そういえば、リアスピーカーをフロントスピーカーに載せた状態ではどんなサウンドが再生されるのでしょう?

津田 その場合は、一般的な 2chのBluetoothスピーカーとして動作します。さらに上に乗せたリアスピーカーからも音を出しており、広がりを作っております。

パワーアンプ等の基板は本体背面側に搭載。写真左側のシールドがついたパーツがBluetooth通信モジュールで、右端の黄色い枠で囲まれているのがサラウンドスピーカーとの通信用無線モジュール

千々岩 ではそろそろHT-A7の音を体験いただきたいと思います。まずはリアスピーカーを本体に乗せた状態で、次にリアスピーカーを後ろに配置して、その違いを体験いただければと思います。

――映画やライブ、2ch音楽コンテンツを再生。サウンドフィールドエフェクトのオン/オフも随時切り替えている。

千々岩 いかがでしたでしょうか。アクション作品の迫力や、会話のシーンで虫の鳴き声に包まれるような包囲感を体験いただけたのではないでしょうか。

麻倉 確かに、こんなコンパクトなシステムからこれだけのサラウンドが体験できると、楽しいですね。今の時流に合った提案だと思います。

千々岩 ありがとうございます。

麻倉 ただし、映画ソフトのダイナミズムはもっと欲しい。ボリュウムを上げても寂しい感じがしました。映画は低域も重要ですから、HT-AX7とペアになるサブウーファーがあるといいですね。

 音楽コンテンツは、例えば情家みえさんの「チーク・トゥ・チーク」などはフラットに収録した楽曲ですが、サウンドフィールドエフェクト/オンではちょっと演出がついたように感じました。このあたり、オン/オフだけではなく効果量も切り替えられるとよかったですね。

SOUND FIELDエフェクト/ONのサウンドを視聴する麻倉さん

千々岩 なるほど、次の商品企画の参考にさせていただきます。その他に気になった点はあったら教えていただけますか。

麻倉 まず、スタイリングがいい。スマホやタブレット、PCで映画やライブを見る場合、画面サイズはせいぜい10インチ前後でしょう。そういった使い方でどんな音響再生が相応しいかを、よく考えた結果でしょう。

 またドルビーアトモス作品をHT-AX7で再生した時に、Bluetooth伝送なので信号自体はドルビーアトモスではないけれど、どことなくアトモスの雰囲気が感じられました。イリュージョンという表現がぴったりくる、そんな印象があります。

加藤 苦心した点でしたので、そういっていただけると嬉しいです。

麻倉 こういった小画面向きのシステムは今まで存在しませんでした。その意味では新しい流れに対応しているわけで、小画面での音場再現という提案は今後さらに大切になっていくでしょう。今後は、広がり感に加えて濃密感、濃い音場が再現できるともっと映画が楽しくなると思いました。

 では最後に開発に関わった皆さんから、HT-AX7に込めた思いをひと言ずつお願いします。

●取材に協力いただいた方々(左より)
ソニー株式会社 共創戦略推進部門 ホームエンタテインメント商品企画部 統括課長 荻野明子さん
商品技術センター 商品設計第2部門 製品設計1部 津田祐己さん
共創戦略推進部門 ホームエンタテインメント商品企画部 千々岩 絢さん
麻倉怜士さん
商品技術センター 商品設計第2部門 商品設計1部 加藤智也さん
商品技術センター 商品設計第2部門 商品設計1部 プロジェクトリーダー 板垣鉄平さん

千々岩 今回は、従来のサウンドバーとは違うコンセプトの製品としてHT-AX7を企画しました。その意味では、大きなチャレンジができたと思っています。今後は、既存のサウンドバーとは違う手軽さだったり、新しいシアター体験をどこでも手に入れることができるという魅力を伝えていきたいと思っています。

荻野 商品企画統括の荻野です。今回弊社では、同時期にAVアンプ「STR-AN1000」とHT-AX7というふたつの製品に360SSM技術を搭載しました。ひとつの技術を、両極端の分野で活用した製品が発売できたと思っています。

 ユーザーさんには、リビングやシアタールームではSTR-AN1000を使っていい音で楽しんでいただき、HT-AX7は寝室で天井プロジェクターなどと組み合わせるといった楽しみ方をしていただければと思っています。

津田 完全に新しい製品ということで、チャレンジングなテーマがたくさんありましたが、使いやすい製品に仕上がったのではないでしょうか。リアスピーカーの充電も簡単にできますし、30時間の連続再生にも対応するなど、ストレスなくお使いいただけるように配慮しました。音質にもこだわりましたので、多くの方に使っていただきたいと思っています。

板垣 プロジェクトリーダーの板垣です。HT-AX7はこの価格帯で360SSMを搭載した製品に仕上げられたということで、ぜひ若い方々にも楽しんでいただきたいと思っています。我々が想定してない置き方や使い方もあると思いますので、ご自身でも使いこなしを工夫してもらいたいですね。

加藤 HT-AX7は手軽に使えるホームシアターシステムという点が一番の特徴だと思っています。ぜひ多くの方に、包みこまれる音場というものを楽しんでもらえたらと思っています。

麻倉 HT-AX7は、新しい方向性を持ったソニーらしい提案です。X-Balanced Speakerや360SSMなどの既存技術をうまく使って、いいバランスでまとめていると感じました。上位モデルを含めたラインナップの拡充も期待します。